8 異能の里へ
「ミーシャの弟子……!?」
「格闘も、僧侶魔法も。全部ミーシャ様から教わった」
驚く俺に元気よくうなずくクリス。
こんな場所でミーシャの教え子に出会うとは。
不思議な縁だな。
「そろそろ行かないと。クリスはけっこう多忙」
言って、彼女は背を向けた。
「今回は本当に感謝。縁があったら、また。黒き剣帝とギルドマスター」
「ああ。ミーシャによろしくな」
勢いよく去っていく後ろ姿に、俺は声をかけた。
「じゃあ、俺たちは異能の里へ向かうか」
と、ソフィアに向き直る。
冒険者ギルドを成長させるという目的はあるが、まずは全人類の脅威になるであろう邪神軍への対処だ。
「悪いな。冒険者としての活動はしばらく休止になるかもしれない」
「そんな! ジラルドさんは自身の使命を果たそうとしているのでしょう。謝る必要なんてありません」
と、ソフィア。
「私はスキルを使うことくらいしかサポートできませんが……」
「最高のサポートだ。君のおかげで俺は戦えている」
「えへへ」
照れたように、ソフィアがはにかむ。
その笑顔が、レフィアの笑みに重なった。
「ジラルドさん?」
「……先へ進もう」
一瞬ソフィアに見とれてしまった。
俺は視線を逸らすようにして、歩き出す。
彼女のスキルの詳細を知るために。
もしも、邪神軍の世界侵攻が行われたときに、俺が今以上の戦力になれるように。
一路、異能の里へ──。
※
どこまでも広がる闇。
その中心部に巨大な神殿がたたずむ。
「やはり、あの男──『黒き剣帝』はかつての力を取り戻しているようだ。第二階位堕天使のガイエルが全く歯が立たずに殺された」
神殿の最奥で、邪神シャルムロドムスがつぶやいた。
「平和な世で弱体化した戦士や魔法使いたち……だが、歴戦の猛者もわずかながら健在だろう。大半は衰えたであろうが」
「我が神よ。歴戦の猛者といっても、しょせんは人間!」
「ごく一部に例外的な強さを持つものがいるとはいえ、過度に恐れる必要はありません!」
第二階位や第三階位の堕天使たちが勢いよく叫ぶ。
「我らが必ずや、人間どもを討伐してご覧に入れましょう」
「この忌々しい封印が解け次第、人間どもなど根絶やしに──」
「その『ごく一部の例外』に我らは苦杯を舐めさせられた。よもや忘れてはおるまい」
邪神は堕天使たちをジロリとにらんだ。
「……し、失礼いたしました」
たちまち押し黙る堕天使たち。
「うなだれるな。これは自戒でもある」
邪神がため息をついた。
かつての大戦で、彼は人間たちを見下していた。
自分たちに立ち向かえる存在など皆無だと信じていた。
人間界征服はあくまでも本来の目的の前の小事。
来たるべき『原初の神』との決戦に向けた、ただの足掛かり──。
完全に油断していた。
完全に、人間やエルフ、ドワーフたちを過小評価していた。
「人間たちの中にも恐るべき手練れは存在する。だが、今度は負けぬ。二度と負けぬ」
今の自分に油断はない。
冷静に、そして客観的に人間どもの戦力を分析する。
まず、平和な世が続いたことで、人間全体の戦闘能力は低下しているようだ。
以前に比べ、本物の猛者と呼べる者はかなり少なくなっている。
では、かつて自分たちを敗北に追いやった五大英雄はどうか?
警戒対象の筆頭──『黒き剣帝』はかつての力を取り戻している。
逆に、すでに力衰えた英雄たち──『白の賢者』や『赤き竜騎士』、『碧の聖拳』は邪神や第一階位堕天使の敵ではないだろう。
唯一、エルフである『蒼の魔女』だけはかつての大戦時の力を維持しているようだから、『黒き剣帝』同様に要警戒だが……。
「万全の準備で臨む。まずはあの男の始末だ。ガイエルに代わって、誰か名乗りを上げるものはおらぬか?」
呼びかけるシャルムロドムス。
堕天使たちは押し黙ったまま。
ガイエルは第二階位堕天使の中でも上位の戦闘力を備えていた。
『黒き剣帝』はその彼を一蹴したのだ。
「では、私にお命じください、邪神様」
目の前に、黒い炎が揺らいだ。
「お前は、第一階位の堕天使だ。残念だが、今はまだこの結界を通って人間界まで行くことができぬ。結界がさらに弱まるのを待て」
「お言葉ですが、邪神様」
黒い炎はより大きく揺らめく。
高まる神気とともに、巨大な光弾が放たれた。
爆音。
すぐ近くの空間に亀裂が走っていた。
「この通り。結界に一時的に穴を空けられます。私だけなら……なんとか人間界まで通れる穴を作れそうです」
言う間にも、空間の亀裂はみるみるうちに塞がり、やがて元通りに閉じてしまった。
「今の弱まった結界なら──そして、お前一人なら、人間界まで行けるのか」
邪神はニヤリと笑った。
第一階位堕天使の戦闘能力は圧倒的だ。
第二階位までとは隔絶した能力と神気を誇る、猛者中の猛者たちである。
もちろん、彼らもかつての大戦時と違い、今回は油断などない。
「では、お前に命じよう。『黒き剣帝』の首を取ってまいれ。第一階位堕天使ノアよ」
「御意」
次回から第4章になります。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
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