7 砕け陰謀
「これは──」
俺はソフィアと顔を見回せた。
周囲の人間が誰も俺たちを見咎めない。
そもそも、俺たちを気にも留めない。
「ほかの人間の認識を変えている……のか?」
高位僧侶魔法『認識歪曲』。
簡単に言えば、周囲への知覚に干渉する魔法だ。
強力な術者が使えば、ほぼ完全催眠と同義になる非常に強力な魔法。
とはいえ、今はそこまでの効果はないらしい。
おそらく、周囲の人間が俺たちに注目しなくなるよう、認識を微妙にズラしているんだろう。
おかげで俺たちはまったく怪しまれずに、室内に入ることができた。
「僧侶魔法──『探知Ⅶ』」
ふたたび呪文を唱えるクリス。
これも僧侶が使える探知系魔法の中で最上級のものだ。
部屋の片隅──何もない場所に黒いモヤがにじみ出たかと思うと、五十センチくらいの大きさの箱が出現した。
「魔力爆弾の模様」
つぶやくクリス。
「今、起爆装置を解除する」
「できるのか?」
「クリスにお任せ」
自信ありげにうなずく彼女。
と、箱の前方からさらに黒いモヤがにじみ出た。
「今度はなんだ……!?」
モヤは実体化し、黒い鬼のような姿のモンスターへと変わる。
「爆弾を守護する罠モンスターの模様」
と、クリス。
「セットでお得」
いや、こういう場合はお得とは言わないだろう。
彼女の言葉のセンスはよく分からない。
「とりあえず──」
だんっ!
クリスが力強く床を踏みこみ、ダッシュした。
速い!
身体強化系の魔法を併用しているのか、あるいはなんらかの武術なのか。
常人をはるかに超えるスピードで、一瞬にしてモンスターとの間合いを詰めるクリス。
「はあっ!」
気合い一閃、拳打でモンスターを吹っ飛ばす。
「クリス、強い」
彼女は俺たちを見て、にっこり笑った。
確かに、今の腕前といい僧侶魔法といい、一体クリスは何者なんだろうか。
そんな疑問を抱いた直後、
「ぐるるる」
モンスターがうなりながら立ち上がった。
今の一撃はおそらく鉄をも砕くほどの衝撃だったはず。
にもかかわらず、さしたるダメージはないようだ。
「なかなかの耐久力」
クリスがうなった。
「下がっててくれ」
俺が前に出る。
剣を抜き、刀身を闘気でコーティングした。
「……威力が強すぎると船内を破壊しかねないな」
モンスターだけを確実に斬らなければならない。
奴の耐久力を考慮しつつ、周囲を壊さない程度の威力──闘気量を細かく調節する。
大出力で闘気技をぶっ放すのとは、また別種の技術が必要だ。
俺は慎重に闘気量を見極め、
「闘気収束──切断」
右手で軽く剣を振るう。
高速かつ強力な斬撃を。
悲鳴を上げること暇すら与えず、俺の剣がモンスターを真っ二つにした。
ほとばしる闘気がさらにその体を燃やし尽くす。
床や壁にはかすかな焦げ目すらつけない。
「闘気量はぴったりだったようだな」
我ながら絶妙な調整だった。
戦うほどに、邪神大戦当時の感覚に立ち戻っていく感じだ。
モンスター撃破後、俺たちはすぐに船底の一室に向かった。
奴らはまだそこにいた。
「お姉さまの手の者か」
乗りこむなり、クリスが一喝する。
ん、お姉さま?
どういう意味だ。
「くっ……」
「なぜ、ここが──」
男たちは焦った顔で後ずさった。
「お前たちのしたことは国家に対する重大な反逆。拘束し、本国にて罪を裁く」
クリスが静かに告げた。
その声音には不思議なほどの威厳が備わっている。
国家に対する反逆──ということは、やはりお家騒動絡みだろうか。
「ええい、こいつらを足止めしろ! そのためにお前たちを雇ったんだ!」
「我らはその間に逃げる!」
男たちが叫ぶ。
「承知しました」
部屋の後方──暗がりになっていた部分から三つのシルエットが現れた。
いずれも軽装鎧に剣を持っている。
奴らの護衛に雇われた冒険者だろう。
こいつらさえ無力化すれば。奴らに抵抗するだけの戦闘能力はない。
「一気に決めさせてもらう」
俺は闘気を高めた。
そろそろソフィアのスキル効果が切れる。
その前に戦いを終わらせるんだ。
「闘気解放──収束」
放ったのは、疾風の闘気。
「くっ……!?」
「こ、これは──」
渦巻く風のようになった闘気は、そのまま三人を拘束した。
「動けない……」
身動きを封じている間に、縄で三人を縛ってしまう。
ちょうどそこで、スキルの効果が切れた。
「……ふう」
「お疲れさまです、ジラルドさん」
ソフィアが側に来て、タオルで俺の額をぬぐってくれた。
全開で闘気を使い続けたせいか、体中が汗だくだった。
──その後、一時間足らずで対岸に到着した。
船を降りると、クリスが事前に連絡していたらしく、男たちを護送するための一団が待機していた。
「く、くそおおおおおお!」
「だが、最後に勝つのは我らが盟主だ!」
男たちは悔しげに叫びながら、引っ立てられていった。
「おかげで事なきを得た。感謝」
クリスは俺たちに一礼した。
「さすがの戦いぶり。伝説は本当だった……ミーシャ様から聞いていた通りの武人」
と、俺を見て微笑む。
「ミーシャを知っているのか?」
「知っているも何も──」
彼女はますます笑い、
「『碧の聖拳』ミーシャ様は、クリスの師匠だから」