6 疾風の闘気
「今のは独り言。お家騒動なんてクリスは口にしてない。一言も口にしてない」
「お、おう……」
どこまでも嘘が下手な少女だった。
「俺は何も耳にしてない」
とりあえず調子を合わせておく。
「……セーフ」
たちまちクリスはホッとした顔になった。
「話を戻そう。さっき君が言っていた『罠』というのはなんだ?」
「『奴ら』の話を立ち聞きした」
「『奴ら』?」
「クリスは『奴ら』なんて言ってない。一言も」
またこのパターンか。
「俺は何も耳にしてない。で、話を続けてくれ」
言うと、彼女はまた安堵した顔になる。
「とにかく──船底に何かを仕掛けられた模様。魔力爆弾か、罠モンスターの類。だけど正確な場所が不明」
と、説明するクリス。
「罠……か」
突然のことだが、彼女が嘘を言っているようにも見えなかった。
もしも魔力爆弾なら、最悪の場合、船自体が吹っ飛ぶかもしれない。
「さすがにゾッとしないな」
「言葉のわりに態度は平然」
「それなりに修羅場をくぐっているからな」
俺は軽く肩をすくめた。
「とにかくそいつを調べて、危険なら排除しよう」
「奴らは巧妙に仕掛けているはず。簡単には見つけられない」
「見つけられる当てがある。ちょっと行ってくるよ」
俺はソフィアを呼びに行く。
「ジラルドさん……?」
「悪いが、すぐにスキルを発動させてくれ」
俺はクリスの話を手短に説明した。
「本当に探知可能?」
と、クリスが俺たちのところまで走ってきた。
「そんな技能を持っているなら、クリスと一緒に来てほしい」
「いや、この場所から探る」
俺は彼女の申し出に首を振った。
こういうときは、あれの出番だ。
「索敵探知用の闘気──」
「では、スキル発動!」
ソフィアが右手を俺にかざす。
青い光が俺の全身を包みこんだ。
同時に、体中から炎が噴き出すようないつもの感覚が湧き上がる。
黒い炎に似たエネルギーが、俺の全身から噴き出した。
全盛期の闘気を、今なら使いこなすことができる。
「闘気解放──拡散」
俺の全身を覆う闘気が、黒から緑色へと変化した。
『戦う意思』をトリガーとして発動する生命エネルギー、闘気。
その精神の方向性によって、闘気はさらに何種類にも分かれている。
『攻撃性』に特化した『紅蓮の闘気』に対し、今使ったのは『探求』を具現化した『疾風の闘気』だ。
「この船のどこかに罠や魔力爆弾の類が仕掛けられている可能性がある。探すぞ」
俺は目を閉じ、集中する。
体を覆う闘気を揺らめく風のように変化させ、船内いっぱいに伸ばすイメージ。
わずかな空気の動き、人の話し声、物音、波の揺らめきに風の騒ぎ──あらゆる音を知覚する。
それによって船内の出来事を知覚していく。
探る。
船内の隅々まで。
探る。
船内に不審物が仕掛けられていないかどうか。
探る。
怪しい人物がいないか。
「──見つけた」
船の底にある船員用の小さな部屋。
そこで数人の男たちが話している。
「もうすぐ、皇女もろとも船は吹き飛ぶ」
「すべて海の藻屑となれば証拠も残るまい」
「積極的な活動が裏目に出たな、皇女さま」
「まあ、これで我らが皇女の戴冠は間違いない」
「今夜は祝杯といくか」
彼らは小声でささやくようにして話しているが、知覚を最大限にまで引き上げる『疾風の闘気』の前には筒抜けだった。
皇女──。
確かサリクス帝国には三人の皇女がいたはずだ。
シャーロット、ラヴィニア、サレナ。
現皇帝に男児の子はおらず、次の皇帝は彼女たちのいずれかがなる……という話だった。
「なるほど、お家騒動……か」
クリスが先ほどつぶやいた言葉を思い出す。
となれば、彼女もまたその騒動になんらかの形でかかわっているんだろうか……?
「何か分かった?」
クリスがこちらを見つめる。
「話し声が聞こえた。陰謀のような内容だが──」
言いつつ、俺はさらに探った。
彼らの言葉からして、おそらく船に魔力爆弾の類が仕掛けられているんだろう。
とはいえ、まだ爆発まで猶予があるはずだ。
もしすぐに爆発するような状態なら、彼らが悠長に話しているわけがない。
時限装置などで、彼らが船から離れた後に起爆する──といったところだろう。
その前に爆弾を見つけ出し、排除することにしよう。
そして──俺は魔力爆弾をあっさりと見つけた。
『疾風の闘気』で船内を探索したところ、客室の一つに仕掛けられていたのだ。
俺はソフィア、クリスとともにその客室までやって来た。
「排除開始」
意気込むクリス。
「しかし、客室にいきなり入ると怪しまれるだろう」
「クリスがいい感じにする」
「いい感じ?」
「僧侶魔法──『認識歪曲』」
これは──!?
かつて『碧の聖拳』ミーシャも使っていた、高位の僧侶魔法……!?