5 船の出会い
俺たちは船の甲板にいた。
この船はウィンドリアとサリクスを結ぶ定期便で、一日に両国を三往復している。
所要時間は片道およそ二時間だ。
そこから先は馬車での移動を予定していた。
「邪神軍が復活したら──やっぱり、世界を巻きこんだ大戦争になるんでしょうか」
ソフィアが心配そうにたずねた。
「奴らは人間を憎んでいるからな。封印が解けた場合は、喜んで世界中を襲うんじゃないか」
「っ……!」
俺の説明にソフィアが顔を青ざめさせた。
「いや、大丈夫だ。そのときは俺たち冒険者や主要な国の軍なんかが一致団結して戦うさ。かつての邪神大戦のように」
安心させるために追加で説明しておく。
「私、怖いです……」
ソフィアは、ふうっ、とため息をついた。
考えてみれば、邪神大戦は彼女が生まれる前の話だ。
邪神軍の脅威を、直接は知らないんだな、ソフィアは。
邪神たちが封印された後も、下位の堕天使や聖獣は散発的に表れて、地上を襲っているから、まったく何も知らないというわけじゃないだろうが……。
やはり邪神軍というのは、ソフィアのような若い人間にとっては『恐るべき未知の脅威』なのだろう。
「ジラルドさんは三十年くらい前の大戦でも活躍されたんですよね」
と、ソフィア。
「確か、母と一緒に」
「ああ、君の母は強い冒険者だったよ」
俺は昔を懐かしみ、目を細めた。
長い銀髪に清楚な美貌。
そう、ソフィアそっくりの容姿である。
すらりとした体つきに青い僧侶服がよく似合っていた。
「そういえば、ソフィアも僧侶だったな」
「ええ。といっても、今はギルドマスターの仕事で精いっぱいなので、僧侶としてはあまり活動できてないんですが……」
ソフィアが苦笑いを浮かべる。
「僧侶系の呪文も下位ランクのものしか使えなくて……」
「まあ、ソフィアはギルドマスターとして立派にやってるからな。何もかもをこなそうとしなくてもいいんじゃないか?」
「ちゃんとできていますか、私? 『癒しの盾』のギルドマスターを」
ソフィアが上目遣いに俺を見る。
どこか自信なさげに揺れる瞳を、俺はまっすぐに見つめた。
「大丈夫だ。そもそも君が俺の力を引き出してくれたから、Sランクモンスターを倒せたし、その実績でギルドの強制解散を免れただろ。これだけでも十分な仕事だ」
「えへへ……私は、ただスキルを使っただけですから」
「スキルだけじゃない。コレットと一緒に何年もギルドを守ってきてくれたんだろう。君は立派なギルドマスターだよ」
俺はニッと笑った。
ソフィアも、つられたように微笑んでくれた。
──ぞわり。
突然、背筋に嫌な予感が走り抜けた。
理屈ではない、本能だ。
「ソフィア、ちょっと待っていてくれないか。すぐ戻る」
断るなり、俺はすぐに甲板を駆け出した。
気配は、どこだ。
探りながら、周囲に気を配る。
と、
「罠探索……罠探索……いまだ見つからず……ぶつぶつ」
一人の少女が前方から歩いてきた。
「っ……!? こっちに気配発見──」
きょろきょろと辺りを見回しながら、いきなり駆け出す。
避けきれずに、俺は彼女とぶつかってしまった。
「きゃんっ」
悲鳴を上げて尻もちをつく彼女。
「すまない、大丈夫か」
「い、いえ、今のはクリスの不注意」
言いながら、少女が立ち上がった。
金髪をショートヘアにした可憐な少女だった。
小柄な体に青い僧侶服をまとっている。
「こちらこそ申し訳ない。前方不注意」
ぺこりと頭を下げる彼女。
「ところで『罠探索』とか言ってなかったか、今」
「……気のせい」
つい、と彼女は視線をそらした。
どうやら嘘をつくのが下手らしい。
「俺も何か嫌な気配を察知した。もしかしたら──君の言う『罠』に、俺のカンが働いたのかもしれない」
「……野生のカンか。罠の気配に気づくとはなかなかのもの」
「やっぱり罠なんだな?」
「……! 誘導尋問に引っかかった」
「いや、誘導したつもりはないが」
「痛恨」
うなだれる少女。
「えっと、君は……?」
とりあえず話を進めよう。
「クリス・サ……いえ、クリス・ギラニアという名前」
嘘をつくのに慣れてないのか、明らかに偽名を名乗ってますという感じだった。
詮索はしないでおく。
「俺はジラルド・スーザ」
「……! 伝説の『黒き剣帝』?」
ん、知ってるのか。
俺の活動場所は別の大陸がメインだったし、ことさらに名乗ることはしなかった。
それに本名よりも『黒き剣帝』という二つ名が独り歩きしていたせいか、思った以上に本名が知られていないようだ。
第一、邪神大戦から三十年近く経っているし、な。
だから本名を名乗っても、あまり反応がないことが少なからずある。
が、彼女は俺が『黒き剣帝』だとすぐに気づいたようだった。
「伝説の五大英雄の一人が、サリクスに何の用?」
クリスが真剣な表情で俺を見つめる。
「まさか、王国のお家騒動を聞きつけて──」
ん、お家騒動?