9 守るために
「負けたくない負けたくない負けたくない負けたくない……」
リーネは延々とつぶやいている。
「わたくしは誰にも負けたくなああああああああああああああああいっ!」
絶叫とともに、強烈な光が弾けた。
感情の高ぶりが、さらに魔力を強めたのか!?
巨大なエネルギー弾が突き進む。
俺は闘気でコーティングした剣を振るい、それを斬り散らした。
と、そこで気が付いた。
今のは──リーネが放った呪文じゃない。
「な、何ですの……!? わたくしは、何もしていない──」
「なるほど、貴様が『黒き剣帝』か」
驚くリーネの声をかき消すように、上空から声が響いた。
「小手調べ代わりとはいえ、我が神術を防ぐとは。さすがは、かつての大戦で邪神様と渡り合っただけのことはある」
雲のはざまに、巨大なシルエットが浮かんでいる。
「でかいな……」
身長は100メートル近くあるだろうか。
光り輝く翼や頭頂部に浮かぶ光輪からして、堕天使だろう。
だが、以前に戦ったゼラマトンとは体のサイズも、威圧感もまるで違う。
もっと高位の堕天使だ。
「私はガイエル。第二階位の堕天使である」
巨大な堕天使が名乗った。
「だ、第二階位……!」
リーネがうめく。
「な、なんだ、あれ……!?」
「化け物……!」
「堕天使だ──けど、でかすぎる!」
「ひいっ、助けてえっ!」
中庭の向こうからは、無数の悲鳴が響いていた。
町の人たちがいっせいに逃げていく。
ガイエルは翼をたたみ、俺たちのすぐ前方に降下した。
百メートルを超す巨体だというのに、地響き一つない。
神術で重力制御でもしたのか。
……衝撃波などで『癒しの盾』の本部が吹き飛ばされなかったのは、幸いだった。
「滅びよ、人間ども。邪神様が望むものは、貴様らの恐怖と悲鳴、苦痛と絶望である!」
朗々と叫ぶガイエル。
堕天使の目的はいくつかあるようだが、その一つが『人間の魂の収集』だ。
それも恐怖や絶望といった『負の想念』を抱えたまま死んだ人間の魂を集めているという。
どうやら、それが邪神のエネルギーになるらしい。
そして魂を食して力を増した邪神は、さらに多くの堕天使を生み出す。
負の連鎖だ。
「かつての大戦で邪神や力ある堕天使たちは軒並み封印された。人間界には来られなくなったはずだ。なぜ第二階位が──」
「封印はすでに弱まりつつある」
俺の疑問に答えるガイエル。
「遠からず始まるであろう。邪神軍の大侵攻が。今度は、以前のようにはいかんぞ」
「なんだと……!?」
俺はゾッとなった。
また──邪神大戦のような戦いが始まるというのか。
邪神軍によって多くの町が滅び、多くの人が殺され、苦しむ──あの悲惨な大戦が。
「私はその手始めに、人間の中で力のある戦士を狩っておくよう、邪神様直々に命を受けた。かつての英雄──『黒き剣帝』」
「わざわざ名指しで狙ってきたのか。そいつは光栄なことだ」
軽口を叩きつつも、俺はガイエルを見据える。
「『黒き剣帝』がなんだというのですか! ここに、その男を超える逸材がいるというのに!」
リーネが会話に割って入った。
「……なんだ、貴様は」
「わたくしは『白の賢者』の力を継ぐ者! その力を見せてあげます!」
リーネが縦ロールの金髪を、ふぁさっ、とかき上げた。
新たな敵が現れたためか、ふたたび闘志が湧き上がったようだ。
ついでに、さっき俺に完封されたことはきれいに記憶から抹消したらしい。
……まあ、立ち直りが早いのはいいことだが。
「我が祖父は第一階位の堕天使や邪神とさえ戦ったのです。その孫であるわたくしが、第二階位ごときにひるむもんですか! 瞬殺して差し上げますわ!」
リーネの全身から白い火柱が──魔力のオーラが噴き出した。
「最大級火炎魔法──『紅蓮爆導』!」
直径数百メートルはあろうかという、超巨大な火球が放たれる。
火球は狙いあやまたず、ガイエルに直撃した。
大爆発──が起きるかと思いきや、堕天使は火球を片手で受け止めていた。
あっさりと、握りつぶしてしまう。
「なっ……!?」
「まさか、これが攻撃のつもりだったのか?」
ガイエルは平然としていた。
あのクラスの魔法をいとも簡単に無効化できるとは。
さすがに第二階位の堕天使だけのことはある。
「そ、そんな、無傷……!? ありえませんわ。わたくしの最大呪文が──」
「失せろ、人間」
ガイエルが片手を振る。
「きゃあっ」
生み出された無数の竜巻が、リーネを吹っ飛ばした。
「くっ……うう……」
リーネはうずくまったまま立ち上がれないようだ。
「な、なんで……!? わたくしは最強のはずです……血統も才能も努力も──誰にも負けない……はずなのに、どうして……負ける……黒き剣帝にも、堕天使にも……どうして……!?」
頭をかきむしるリーネ。
かなり混乱しているようだった。
超天才少女にとって、敗北二連発は相当こたえたんだろう。
あるいは、精神的に打たれ弱いところがあるのかもしれないな。
ともあれ──今はガイエルをなんとかしなければならない。
「確かに、かつての貴様は強かったのかもしれん。だが、今は年を取って衰えたのだろう。見えるぞ……長年の戦いのダメージが体中に蓄積しているのが」
ガイエルが笑った。
「衰えた状態でもゼラマトン程度なら倒せるのかもしれん。だが、私は違う。全盛期の貴様ならともかく、今の貴様に負けるものか!」
「見えるだと? 今の俺が、全盛期には程遠いように見えるのか?」
俺は闘気を高めた。
「むっ、力が高まっていく……!」
ガイエルがうなる。
「貴様の体を取り巻いている『力』はなんだ……? 魔法──いや、異能か? 時空に干渉している……? 馬鹿な……!」
「時間がないんだ。来た早々で悪いが、すぐに終わらせてもらう」
俺は剣を掲げた。
闘気でコーティングし、刀身や柄が二回りほど巨大になった剣だ。
第二階位堕天使となれば、雑魚ではない。
俺としても、小手先の技ではなく、ある程度以上の威力を備えた技を撃つ必要がある。
だが──。
「撃てるのか……!?」
全盛期の力を得たとはいえ、俺の肉体は四十代のまま。
長年の戦いで蓄積したダメージもある。
技の威力に、体が耐えられるかどうか。
「──それでも、やるしかない」
俺は剣を握りなおす。
スキルの効果時間はいつまでも続かない。
今、奴を仕留められなければ、周囲の町は確実に壊滅する──。
町の人たちを、守るために。
「今ここで消えろ、堕天使!」
俺は、さらに闘気を高める──。