8 剣VS魔法
それは、三十年近く前の記憶──。
俺は仲間とともに、邪神シャルムロドムスの配下の中で最強の一体──『第一階位堕天使』を打ち倒し、ブルーティア王国を救った。
その凱旋パレードだ。
「ありがとう、五人の英雄たち!」
「俺たちの国は、あなた方に救われた!」
「あれが、最強と名高い『黒き剣帝』……!」
「隣にいるのは『蒼の魔女』よ。美人……!」
「この調子で残りの堕天使や邪神も倒してくれ!」
「頼むぞ、五大英雄!」
街道は人々の歓声であふれている。
「おおげさに騒ぎすぎじゃ。まだ邪神との戦いが終わったわけでもないというのに」
ため息をついたのは、『蒼の魔女』アルジェラーナ。
二十代半ばの美しい女性だ。
といっても、彼女はエルフ族なので実際の年齢は少なく見積もっても数百歳。
もしかしたら数千歳クラスかもしれない。
「わらわの魔力をもってすれば。第一階位の堕天使といえども敵ではない。この程度の戦功で騒がれるなど、むしろわらわに対する侮辱であろう」
彼女は最高レベルの魔法剣士である。
己の実力に絶対の自信と誇りを持っていた。
そんな矜持が言葉の端々からにじんでいる。
「まあまあ。君の実力は分かっているが、第一階位の堕天使を倒したのは、今後の戦局において非常に大きい。邪神軍最強の一角を崩したんだからな」
俺は彼女をなだめつつ言った。
残る強敵は三体の『第一階位』堕天使と、邪神シャルムロドムスのみ。
この戦いの終局は少しずつ近づいている──。
「とはいえ、確かに戦いは終わったわけじゃない。まだまだ気を引き締めないと、な」
当時の俺は十代後半だった。
地上最強の剣士『黒き剣帝』という二つ名で呼ばれるようになったのは、ここ数か月のことだ。
「それに英雄扱いされるのは、どうにも背中がむずがゆくなる」
苦笑交じりに付け足す。
「確かに、私も英雄扱いされるのは苦手です」
「まあ、英雄扱いはともかく──今日くらいは訪れた平和に浸ってもよいのではないですか」
穏やかな笑顔で言ったのは、『白の賢者』ガウディオーラ。
四十代の柔和な中年男性だ。
優しげな外見とは裏腹に、攻撃魔法の能力においては世界最強と謳われていた。
「私たちの戦いは、多くの命を救いました。そのことを素直に誇りたいと思います。邪神の軍団にこの国が蹂躙されることなく、みんなが平和に笑っていられることを喜びたいと思います」
優しい性格のガウディオーラらしい意見だ。
彼の言葉に、他の二人の仲間──『赤き竜騎士』や『碧の聖拳』も深くうなずく。
「誇り……か」
俺たち五人はみんな、常人をはるかに超える能力を備えている。
だが、そのこと自体を誇る者はいない。
ガウディオーラの言う通り、王国の多くの民が救われたことを──みんなが笑顔でいられることを、素直に誇りたいと思った。
そしてこれからも──人を守るために戦い、それを誇りにしたい、と。
「だから──力に溺れそうになっている君を見過ごせないな」
俺はリーネを見据えた。
先ほどの回想で柔和な笑みを浮かべていたガウディオーラの顔が、そこに重なる。
「ふん、この期に及んでまたお説教ですか? 偉そうなことを言いたいなら、わたくしを打ち倒してからにしてくださいな」
リーネが杖を構えた。
「かつての英雄に敬意を表し、最大の魔力で行かせてもらいますわよ!」
その全身から白い炎に似た魔力のオーラが立ち上る。
「最大級火炎魔法──『紅蓮爆導』!」
直径数百メートルはあろうかという、超巨大な火球──。
規格外の魔力があって初めて発動可能な、大火力広範囲殲滅呪文である。
かつて『白の賢者』ガウディオーラがもっとも得意とした呪文の一つ。
それを、この若さで修めているとは……!
「天才、というやつか」
俺は、彼女の才能に舌を巻いた。
いきなり襲い掛かったり、不必要に力を誇示したり──素行面では決して褒められない。
だが、リーネの才能と実力はまぎれもなく本物だった。
「さすがは『白の賢者』の血族だ」
だが──だからこそ、彼女には『力』だけでなく、正しい『心』も身に付けてほしい。
そう、ガウディオーラのように。
「そのためには──今ここで、君をねじ伏せる。君以上の力で」
世の中、上には上がいる。
そんな当たり前の事実を、おそらくリーネは味わってこなかった。
「闘気収束──縛鎖」
掲げた闘気剣を斜めに振り下ろす。
黒い闘気は青く変色し、無数の鞭のような形に分裂しながら火球をからめとった。
「爆ぜろ」
俺が一声かけると、火球は膨れ上がり、弾け散った。
吹き荒れる衝撃波を、俺は続けざまに生み出した闘気の障壁で抑えこむ。
「う、嘘……わたくしの最大級魔法が……!?」
リーネは呆然とした顔で、その場にへたり込んだ。
「嘘よ……こんなの……」
目の前の出来事が信じられないのだろう。
絶対の自信をもって放った一撃が、いとも簡単に封じられたという事実が。
目の前の出来事を認められないのだろう。
自分の力を上回る存在がいる、という敗北感を。
「もう一度、撃ってみろ」
俺はあえて追撃せずに、剣を構えなおした。
「君の攻撃は、俺には通じない。それを納得できるまで、何度でも」
「ば、馬鹿にしないでくださいませっ!」
その後の攻防は、十五度。
リーネは炎や風、雷に氷など様々な属性の魔法を放った。
いずれも宮廷魔術師クラスでも習得が難しいほどの、超難度呪文である。
……本当に天才だな。
俺は心の底から感嘆した。
それだけに、彼女に謙虚さや人を守りたいという使命感が目覚めれば──。
最強にして最高の冒険者になれるだろう。
いや、なってほしい。
だから、俺は──ここで彼女を叩きのめす。
十六度目。
俺の闘気剣が、またもや彼女の最大呪文を吹き散らす。
「はあ、はあ、はあ、はあ……っ」
リーネは息を乱し、その場に倒れこんだ。
サーナとの戦いで見せた魔力切れの演技とは違う。
本当に魔力を使い果たしたようだ。
「気は済んだか? 今の君では、どうあがいても俺に届かない」
「うう……ぐぐぐ」
「君の負けだ、リーネ」
「ううううう……ふえええええええ……」
リーネは悔し泣きを始めてしまった。
「……いざ泣かれると、ちょっと罪悪感を覚えてしまうな」
だが、これも君の成長のためには必要なことなんだ。
すまないな、リーネ。
月間ハイファンタジーランキング13位まで上がってきました。ありがとうございます!
月間の表紙入り(10位以内)まで、あと一伸び……!
もし『面白い』『続きが気になる』と思ってもらえましたら、下記のフォームから、ポイント評価をお願いします。
ぽちぽちっと押すだけで簡単に評価できます。
どうぞ応援のほどお願いいたします!m(_ _)m