2 ギルド追放
「はあ、はあ、はあ……」
さんざん痛めつけられ、俺は床の上に大の字になっていた。
「ふん、かつては『黒き剣帝』と呼ばれた男も、みじめなもんだな。ははは!」
そんな俺をバルツたちが見下ろしている。
誰もが嘲笑や軽蔑の表情を浮かべていた。
涙が出そうなくらい悔しく、悲しかった。
「どうして……だ……」
俺は、お前たちのことを家族のように思っていた。
大切な仲間だと。
そう感じていたのは、俺だけだったのか。
俺の、ひとりよがりな感情にすぎなかったのか。
お前たちにとって俺は、うとましいロートル冒険者なのか。
ここは──俺がいていい場所じゃないのか。
「出ていけ、ジラルド」
バルツが冷ややかに告げる。
「最初の言葉をもう一度言うぞ。お前はクビだ」
──こうして俺は三十年所属したギルドから追放された。
俺は街道を歩いていた。
空しい。
怒りよりも、悲しみよりも、俺は虚無感でいっぱいだった。
『栄光の剣』で三十年がんばってきた。
俺の人生の半分以上の時間を、あのギルドでの仕事に費やしてきた。
あるいは、俺の人生そのものといってもいいかもしれない。
それを全否定されたような気分だった。
パワハラやセクハラ──冤罪なのに、誰も信じてくれなかった。
仲間や家族だと思っていたのは、俺の一方通行な思いだったんだろうか。
「まあ、いいか……潮時だったんだ」
俺は自分に言い聞かせる。
重い足取りで向かう先は、故郷だ。
とはいっても、もう三十年以上帰っていない。
もともと天涯孤独の身で、『冒険者として名を上げてやる』といって故郷を出たのは十三歳のときだ。
もちろん、俺を待つ人なんていない。
昔、付き合っていた恋人はいたが、とっくに別れたしな。
ただ、他に行く場所もない。
「いや、俺の居場所なんてもう世界中のどこにもないか」
自嘲気味につぶやく俺。
と、
「きゃあっ」
前方の建物から女の悲鳴が聞こえた。
どうやらギルド連盟の建物のようだ。
「お願いです、どうか猶予をお与えください……」
地面に這いつくばり、懇願する女。
二十歳くらいだろうか。
綺麗な銀髪を長く伸ばした女だ。
うつむいていて、顔がよく見えない。
「このままギルド解散だけは、どうか……父と母が必死で守ってきたギルドなんです……」
「猶予だぁ? ギルドランクFの下位が3年続いたら連盟から除名ってルールだろうが!」
「恨むんなら、お前のギルドの弱小っぷりを恨めよ!」
職員らしき男たちが彼女を罵倒した。
「そ、それは! 嫌がらせを受けて、クエストを妨害されたり、冒険者を引き抜かれたりして──」
「知るかよ! この業界じゃ、そんなの日常茶飯事だろうが!」
「連盟から除名されれば、冒険者ギルドは立ち行かなくなる。『癒しの盾』は解散するしかないな!」
「うう……」
うずくまったまま、悔しげにうめく彼女。
「ただし──現場の俺たちにもある程度の裁量権は与えられてる。どうだ? お前次第じゃ、もうちょっとだけ猶予を与えられるかもしれんぞ?」
「といっても、数か月程度だが──当然、それなりの見返りはもらう」
欲望にまみれた視線が、彼女の豊満な胸元に注がれた。
「それは……あなたたちの言いなりになる代わりに、ギルドをしばらく存続させてもらえる、ということですか? ──お断りします!」
女が顔を上げて叫ぶ。
おとなしげな顔に似合わぬ、強い口調だ。
「えっ……!?」
俺はその瞬間、絶句した。
彼女の、顔──。
優しく儚げな美貌。
それは俺がよく知っている女性の顔に、生き写しだったからだ。
「いや、そんなはずはない……!」
その女性──かつての恋人であるレフィアとは、もう二十年以上前に別れたのだから。
ともあれ、このまま黙って見ていられない。
「そこまでにしておけ」
俺は割って入った。
「なんだ、おっさん!」
「関係ない奴は引っこんでろよ!」
男たちが怒鳴る。
「うら若き女性を寄ってたかって追いつめるのを見過ごせない」
「へっ、正義の味方気取りか?」
「俺たちギルド連盟に歯向かうつもりかよ?」
建物内からさらに数名の男たちが出てきた。
連盟──正式には冒険者ギルド世界連盟。
大陸中に乱立する無数の冒険者ギルドを統括する組織である。
彼らによって各ギルドのランク付けなどが行われており、大きな勢力を誇っていた。
そこに所属する職員の中には、特権階級意識を持っている者も少なからずいる。
そう、目の前の彼らのように──。
「やっちまえ!」
ごろつきそのものの態度で男たちが殴りかかってきた。
俺は慌てて防御態勢を取るが、しょせんは多勢に無勢だ。
もともと勝算があって、割って入ったわけじゃない。
かつての恋人そっくりの女の危機に、思わず体が動いただけだ。
「ぐっ、ううう……くっ……!」
あっという間に囲まれ、俺は何度も殴られ、蹴られる。
ギルドを追放されたときに続き、またボコられるのか……。
などと頭の片隅で妙に冷静なことを考えていた。
「き、君は、逃げろ……」
俺は彼女に言った。
「や、やめてください……!」
彼女が悲痛な声を上げた。
「その方は関係ないでしょう。やめて──」
刹那、彼女の手から青い光があふれた。
光が、俺の体を包みこむ。
「っ……!」
体中から、炎が弾けるような感覚が生じた。
なんだ、これは──!?
力が、湧いてくる。
すさまじい力だ。
今なら、目の前の彼らを問題なくぶちのめせそうなほどに。
「うおおおおおおおおおっ……!」
無我夢中で振るった拳が、職員の一人を吹っ飛ばした。
「ぐ、があっ……!?」
数十メートルも吹き飛ばされる男。
「えっ……?」
殴った俺も、殴られた男も、そいつらの仲間たちも、全員が呆然としていた。
俺はゆっくりと立ち上がった。
体の底から力が満ちあふれてくる。
「この感覚は──」
俺はグッと拳を握り締めた。
まるで全盛期のあのころのようだ。
そう、邪神大戦で五大英雄の一人『黒き剣帝』と称された、あのころの力。
それが、俺の中から湧き上がってくる──。
【読んでくださった方へのお願い】
ページ下部にある『ポイントを入れて作者を応援しましょう!』のところにある☆☆☆☆☆をポチっと押すことで★★★★★になり評価されます。
「面白かった!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひポチポチっとしていただけましたら励みになります!