7 誇り
「師匠はね、ソフィアさんのスキルの力で全盛期の力を出せるんだよ。だから、今は本気を出せないの」
ミリエラがリーネに説明した。
えっへん、となぜか自慢げだ。
「全盛期の……?」
「まあ、そういうことだ。今の俺はしがないBランク冒険者。昔からの戦いのダメージや年齢もあって、あのころよりもずっと衰えている」
俺はリーネに答えた。
「だから、君が望むような『レッスン』はできそうにないな」
「あら? それなら話は簡単でしょう。そのソフィアさんとやらのところに行って、スキルをかけてもらってください」
リーネがニヤリと笑った。
「全盛期になったあなたを、このわたくしが打ち倒してごらんにいれますわ」
自信たっぷりの笑顔。
自分が負けるはずがない、という強烈な自負があふれていた。
無理もない。
彼女はまだ十三か、十四歳くらいだろう。
そんな若さでこれほどの魔力を備えているのだ。
もちろん、総合力では歴戦の魔法使いである『白の賢者』ガウディオーラには及ぶべくもない。
だが、きちんと鍛錬を積めば、いずれは彼を追い抜くかもしれない。
そう予感させるだけの逸材である。
ただし──。
「君はさっき『誇り』という言葉を使ったな」
リーネを静かに見据える。
「それが何か?」
「いきなり襲いかかったり、サーナを叩きのめしたことが、君の誇りを示すことなのか?」
「当然ですわ。英雄に求められるものは、絶対的な力。それを証明し続けることこそ、わたくしの誇り!」
胸を張るリーネ。
「白の賢者ガウディオーラは強かった。だが、あの人の誇りは、自身の力を誇示することじゃない。あの人は、多くの命を守るために戦った。賞賛じゃない。プライドじゃない。優越感でもない。ただ守るという目的のためだけに──それこそがあの人の誇りだ」
俺は彼女に向かって、首を振る。
「君の強さは認めるさ。才能も素晴らしい。だが『白の賢者』の名を継ぎたいなら、もう一度考えることだ」
「むむむ」
リーネが唇をかみしめた。
「お説教ですか? これだから年配の男性は──上から目線がうっとうしいですわ」
「上から目線と感じたなら謝る。ただ俺は、君のように才能のある若い魔法使いが、道を誤ってほしくないだけだ」
年を取ると、ついお節介になってしまう。
彼女のような有望な若者が道を外れるかもしれない、と思うと、つい……な。
「それが上から目線と言っているのです。あー、もう、腹立たしいっ!」
リーネは軽く癇癪を起こしたらしい。
いくら強くても、やはり精神性は子どもなんだろう。
だが……だからこそ、それを導いてやるのが大人の務めだ。
「うるさいうるさいうるさいですわ! 弱い人に言われても、わたくしには響きません! わたくしを否定したいなら、言葉ではなく力で来ればいいでしょう」
リーネが顔を真っ赤にして叫んだ。
「さっきも言ったとおり、ソフィアさんという方のところに行きましょう。そこで勝負です! 全盛期の『黒き剣帝』と『白の賢者』の名を継ぐもの──最強はどちらなのか!」
「……力でねじ伏せられなければ納得できないなら、そうしよう。ただし講習会が終わってからだ。君だって新人の冒険者として講習を受けないとな」
「むー……」
リーネはすねたように口を尖らせた。
「まあ、いいですわ。その代わり、講習会が終わった後で、わたくしと必ず戦ってくださいませ」
「ああ、約束だ」
俺は力強くうなずいた。
※
どこまでも広がる闇──。
その一画に、淡い輝きが揺らめく。
「ゼラマトンが殺された」
揺らめく光は、人型のシルエットを取った。
第二階位の堕天使ガイエルである。
邪神シャルムロドムスから、かつて五大英雄と呼ばれた男の抹殺を命じられたガイエルは、まず手始めに配下の堕天使を地上に向かわせた。
目的は標的の男──『黒き剣帝』の戦力分析。
もしも可能なら、そのまま撃破させるつもりだったが……。
さすがにそこまで甘くはなかったらしい。
「ほう。あの者は第五階位の堕天使。それを倒すものが人間の世界に?」
「かの大戦から三十年弱──戦時から平時になり、人間たちのレベルも落ちたものだと思っていたが」
「中には、猛者もいるということですか……」
配下の堕天使たちがうなる。
ランクこそ第五階位だが、ゼラマトンはなかなかの豪の者である。
特に風属性の神術は上位の堕天使に引けを取らないほど強力だ。
そんなゼラマトンを一蹴するとは──。
「『黒き剣帝』健在といったところか」
ガイエルが立ち上がる。
「あまり時間をかけては邪神様にお叱りを受ける。私が直々に出る」
「ガイエル様、直々に──?」
どよめく配下の堕天使たち。
「かつて邪神様と渡り合ったという話だが、しょせんは人間。私の敵ではない」
※
「では、勝負と行きましょうか──『黒き剣帝』」
「ああ。お手柔らかに、な」
講習会が終わり、俺はミリエラとともに『癒しの盾』本部に戻ってきた。
リーネも当然のようについてきた。
で、ソフィアにスキルをかけてもらい、全盛期の力を取り戻した状態でリーネと対峙している。
さて、どう対処するべきか──。
俺は思案しながらリーネを見据えた。