6 AランクとFランク
「おい、何をやっている!? ここでもめ事は困るぞ!」
連盟の職員がやってきた。
「ただの余興よ。新米冒険者にちょっと戦技指導をするだけ。それだって先輩冒険者の務めでしょう」
サーナが淡々と告げた。
「ここはAランク冒険者のサーナ・ガルリが責任をもって収めるわ。それでいいかしら?」
「ま、まあ、あんたがそう言うなら……」
Aランク冒険者である彼女に言われたからか、職員はおとなしく引っ込んだ。
「へえ、Aランクですか。世界中で数えるほどしかいないSランクに次ぐ実力者──冒険者のレベルをはかるにはちょうどよさそうですわね」
そういうリーネの胸には、Fランク──つまり最低ランクを示すペンダントが下げられている。
「じゃあ、始めましょうか」
「こんな場所で戦ったら被害が出るでしょ。中庭に来なさい」
やる気に満ちたリーネを、サーナが余裕たっぷりにいさめる。
「レッスンはそこでしてあげる」
「……ふん。分かりましたわ」
リーネは小さく鼻を鳴らした。
「ただし、レッスンをするのはこちらの方ですけど、ね」
両者の魔法バトルは激しいものになった。
「『炎の刃』!」
「『氷の盾』!」
「『雷撃弾』!」
「『風竜弾』!」
炎と氷が、雷撃と竜巻が、その他いくつもの属性の魔法がぶつかり合う。
リーネの実力は、本物だった。
だが──。
「それでもやっぱり経験不足ね」
サーナが告げる。
まるで未熟な生徒を諭す教師のように。
「最初から全力を出していたらすぐに息切れするわよ。ほら、魔力が尽きてきた」
「はあ、はあ、はあ……」
その言葉通り、リーネの息が乱れていた。
大量の魔力を消費したことで、体力も失ったのだろう。
「そんな息遣いではまともに呪文を唱えることもできないでしょう? 私の勝ちね」
サーナが勝ち誇る。
「これがAランクとFランクの差よ」
「なるほど……はあ、はあ……実戦経験が足りないからペース配分がめちゃくちゃ……ということですわね……?」
息を荒らげながら、つぶやくリーネ。
「一理あります……」
「素質が素晴らしいことは認めるわ。だけど、あなたには経験と──何よりも謙虚さが足りない。身の程を知ったうえで、真面目に修行することね。いずれは素晴らしい魔法使いになれるはずよ」
「いずれ? すでになっていますわ」
リーネが、ふん、と鼻を鳴らした。
いつの間にか呼吸の乱れが戻っている。
「えっ……?」
「本当に魔力が尽きたと思いましたか? 『白の賢者』直系であるわたくしの魔力──この程度で終わりのはずがないでしょう」
リーネが余裕たっぷりに微笑む。
「あっさりだまされるなんて、Aランクといっても大したことはありませんのね」
ぞくり。
背筋に寒気が走った。
この感覚は──同じだ。
かつて、ともに戦った最強の魔法使いガウディオーラが放つものと。
「はああああああああああああああああああああっ!」
気合いの声とともに、リーネの全身から純白のオーラがたちのぼった。
魔力の、光。
周囲の大気がプラズマ化し、連鎖爆発を起こした。
何かの攻撃呪文を使ったわけではない。
彼女が魔力を全開で解き放った、ただそれだけで起きた現象だ。
「な、なんなの、この子は──」
今まで余裕たっぷりに戦闘を進めていたサーナが、初めて表情を引きつらせた。
俺も驚いていた。
信じられないほど膨大な魔力──。
見たところ、十代前半くらいのリーネが、すでにそんなレベルにまで達しているというのか!?
「ふうっ、これが本気を出したわたくしの魔力ですわ」
白い炎に包まれたリーネが、薄く笑った。
「仮にもAランクなら分かるでしょう? あなたとわたくしの魔力量の差が。実力の差が」
「くっ……こ、こんな……」
うめきながら後ずさるサーナ。
完全に気圧されているようだ。
「では、ここからはわたくしがレッスンして差し上げますわ。まずは軽く──」
ボウッ!
リーネの体を覆う魔力炎の一部が、光弾と化して放たれる。
「『炎の刃』!」
サーナが迎撃の呪文を放つが、あっさりと弾き散らされ、そのまま彼女は吹き飛ばされた。
「きゃあっ……」
地面にたたきつけられて気絶するエルフの女魔法使い。
「弱い……弱すぎますわね。Aランクといっても、こんな程度ですの?」
ふうっ、とため息をつくリーネ。
その瞳が、今度は俺を見据えた。
「さて、前座は終わり。次はあなたにレッスンしてもらいたいですわね、『黒き剣帝』」
俺に挑みかかるような瞳だった。
ここまで来ると、俺が出なければ彼女も収まりがつかないか?
だけど、今の俺は全盛期の力を出せない。
さあ、どう対処するか──。
「講習会が始まっちゃうし、それくらいにしたら?」
横合いからミリエラが口を出した。
「っていうか、あたしだって帰ったら師匠に稽古つけてもらうんだからね。『本気』の師匠と戦える時間は限られているんだから、戦いたいなら順番待ちしてよね」
「時間が……限られている?」
リーネが眉根を寄せた。