5 白の賢者
「講習会?」
「はい。冒険者登録したばかりの方を対象に、ギルド連盟が定期的に行っているんです。クエストの種類や受注までの流れ、ギルドに所属する際の注意点など、いろいろな説明が受けられるようですよ」
たずねるミリエラに、ソフィアが説明した。
「んー……あたし、めんどいからパス」
「いや、受けておいたほうがいいんじゃないか? 君は冒険者業界のことはよく知らないんだろう?」
俺は彼女を諭した。
「会場はこの町にあるギルド連盟会館ですから、そんなに遠くないですよ。トレーニングの息抜きだと思って、行ってきたらいかがでしょう?」
「まあ、二人がそう言うなら」
ミリエラはまだ面倒がっていたが、いちおう納得してくれたようだ。
──というわけで、翌日。
俺はミリエラとともにギルド連盟の会館までやって来た。
講習会は、会館の1Fにある大きなホールで行われる。
いかにも冒険者になりたて、といった様子の初々しい若者があちこちにいた。
俺自身が冒険者を始めたのは三十年くらい前だからな。
そのころの自分を見ているようで、懐かしい。
「師匠やソフィアさんが言うからしぶしぶ来たけど、講習会なんて退屈だなー……」
ミリエラはため息をついていた。
「こんなのに参加するくらいなら、その時間を自分の修行にあてたいのに」
「まあ、あまりぼやかないでくれ。帰ったら稽古をつけてやるから」
「本当? やったー、だから師匠って好き!」
ミリエラが嬉しそうに言った。
「あ、あ、あなたは──まさか『黒き剣帝』!?」
突然、そんな声が響いた。
ん? と思って振り返ると、一人の少女が立っている。
純白のローブに黄金の杖。
長い金髪は縦にロールしている。
貴族や王族を思わせる気品を備えた美少女だ。
「そんな二つ名で呼ばれたこともあったな」
俺は彼女に答える。
と、
「えっ、『黒き剣帝』ってあの伝説の!?」
「まさか、こんなところにいるわけが……!?」
「いや、さっき本人がそう答えてたぞ……」
周囲が、ざわめく。
ことさらに目立とうとは思わないし、普段はなるべく俺が『黒き剣帝』であることは言わないようにしている。
邪神大戦のときも、俺が主に活動してたのはここから離れた場所だ。
『黒き剣帝』という呼び名はそれなりに知れ渡っていても、今の俺と結びつける者はほとんどいない。
二十年以上の歳月というのは、そんなものだ。
「ただのおっさんじゃねーか……」
「まあ、邪神が攻めてきたのってもう二十年以上も前だろ。当時の英雄たちだって年を食ってるさ」
「それにしても、見ろよ冒険者証を。Bランクって書いてあるぞ」
「本当だ。いくら年を取って衰えたとしても、Bはないよな」
……Bどころか、ちょっと前まではCランクだったわけだが。
加齢はもちろんだが、当時の戦いでのダメージの蓄積は、今も俺の体を蝕んでいる。
四十代という、まだ老けこむには早い年齢にも関わらず、俺がここまで衰えているのは、そのダメージによるところが大きい。
「ジラルド・スーザ……現在は44歳。おじいさまに聞いていた人相とも合致しますわ。『黒き剣帝』で間違いなさそうですわね」
少女が俺を見つめる。
「おじいさま、とは?」
「ラグ・ガウディオーラ」
少女は俺を見据えたまま言い放った。
「な、何……!? 君はまさか──」
俺は息を呑んだ。
「ラグの孫、リーネ・ガウディオーラと申します。以後お見知りおきを」
彼女はローブの裾をつまみ、優雅に一礼した。
それから、俺をしげしげと見つめる。
さっきからずっと見られてるな、この子に。
「邪神大戦で活躍した五人の戦士たち──いわゆる五大英雄。その中で最強と謳われる『黒き剣帝』──」
リーネがつぶやく。
「まあ、師匠は強いからねー」
なぜか偉そうに腕組みをしてうなずくミリエラ。
「納得いきませんわ!」
いきなり彼女がキレた。
「最強は我が祖父──『白の賢者』ラグ・ガウディオーラのはず! それがなぜか、世間的にはあなたこそが最強の英雄ということになっています! 一体、なぜですか!?」
「なぜといわれても、な。人々の評判のことまで、俺には責任を負えないぞ」
「おじいさまの栄誉は著しく傷つけられました。ですから──」
リーネが黄金の杖を掲げた。
「わたくしが代わりに証明してみせますわ。『白の賢者』こそが最強だと。おじいさまの代わりに、この二代目『白の賢者』が!」
言うなり、リーネは黄金の杖を振りかざした。
ガウディオーラが使っていたのと同じ杖──いや、もしかしたら彼から受け継いだ杖かもしれないな。
「『バーストアロー』!」
杖の先端から光り輝く魔力エネルギーの矢が放たれる。
ごうんっ!
横合いから放たれた輝きが、その矢を撃ち落とした。
「ちょっと物騒ね、あなた」
彼女の攻撃を撃ち落としたのは、エルフの女魔法使いだった。
美しい金色の髪を三つ編みにしている。
青く澄んだ瞳は、知的な輝きに満ちている。
「サーナ……?」
そう、かつて俺が所属していた『栄光の剣』で仲間だったAランク冒険者。
そして『栄光の剣』を離脱して、新ギルドを立ち上げたメンバーの一人である。
「ご無沙汰しております、ジラルドさん。『守護の剣』に加入してくれた新人の冒険者がいるので、私はその付き添いで来たんです」
一礼するサーナ。
「──生意気ですわ。このわたくしの一撃を止めるなんて」
彼女の顔つきが変わった。
「『白の賢者』の誇りにかけて、引き下がれませんわね」
「引き下がれない? じゃあ、どうするつもり?」
「あなたを叩きのめします」
言い放つリーネ。
「そして、わたくしの──ガウディオーラ一族の強さを証明しますわ」
まさか、こんな場所で戦うつもりか!?
冒険者には血の気が多い者も少なからずいるし、小競り合い程度なら日常茶飯事である。
とはいえ、こんな場所で──。
ソフィアにスキルをかけてもらうことはできないから、俺は今の力で──Cランク相当の実力でなんとか二人を止めるしかない。
「大丈夫ですよ、ジラルドさん」
サーナが言った。
「これはただの──そう、レッスンですから」
「レッスンだと」
「私の実力はご存じでしょう、ジラルドさん。あの生意気な女の子をちょっとお仕置きするだけですから」
「お仕置き? このわたくしを?」
リーネが顔をしかめた。
「生意気ですわ」
「あら、生意気なのはどっちかしら? AランクとFランクで勝負になると思っているの?」
「ふん、ランキングがすべてだと思っているのですか?」
二人の視線がぶつかり、火花が散った。