2 スキルの名は
堕天使ゼラマトンとの戦いから二週間。
その日の朝、俺は『癒しの盾』本部の裏庭で素振りをしていた。
「……よし、ずいぶんと回復した」
まだ多少、体に痛みが残っている。
だが、動く分には支障はなさそうだ。
ゼラマトンとの戦いで、俺はソフィアにスキル【体調回復(特効)】をかけたもらった。
ただし、本来の仕様効果時間が過ぎた状態だったのだが、なぜか延長して発動したのだ。
理由は、分からない。
そのせいなのかは分からないが、戦いが終わった後、俺の体にはダメージが蓄積されていた。
翌日になると、筋肉痛でほとんど動けなかったほどだ。
あるいは大量の闘気を操った反動なのかもしれないな。
いくらソフィアのスキルで全盛期の闘気を操れるとはいえ、基本的に俺の肉体は四十四歳のまま。
若いころに比べれば、衰えているし、邪神大戦時やその後の戦いでのダメージの蓄積がかなりある。
特に闘気を操る戦い方は体に普段が大きいからな。
そういったダメージが、ソフィアのスキルで顕在化したのかもしれない。
やむなく、俺はしばらく冒険者稼業を休んだ。
その間、ミリエラに指導──といっても、直接手合わせはできないが──をしたり、彼女に簡単なクエストを頼んだり、といった感じで過ごしていた。
そうして二週間。
ようやく疲労やダメージも回復したようだった。
「よかった。もう剣を振れるようになったんですね、ジラルドさん」
ソフィアがやってきた。
美しい銀髪が陽光に透けている。
綺麗だ──。
俺は思わず見とれてしまった。
やはり、かつての恋人レフィアに生き写しである。
その顔を見るだけで、若い日の思い出がよみがえり、胸の中が甘酸っぱくなるほどだった。
「? どうかなさいましたか、ジラルドさん?」
きょとん、と首をかしげるソフィア。
そんな仕草もレフィアとよく似ている。
……っと、いかんいかん。
中年男の感傷なんて、ソフィアからしたらいい迷惑だろう。
「いや、なんでもないんだ」
俺は感傷を断ち切るように何度も首を振った。
「少し痛みはあるが、いずれ消えるだろう。もう大丈夫だ、ソフィア」
「よかったです。だけど、無理はしないでくださいね」
「分かっている。もういい年だし、長年のダメージの蓄積は馬鹿にならないからな。まあ、自分の体と相談しながらやるさ」
俺はソフィアに微笑んだ。
「気遣ってくれて感謝する、ソフィア」
「そ、それは……私はギルドマスターですし。所属冒険者の体調を気遣うのは当然です……」
言いながら、彼女はわずかに頬を赤らめる。
ん、どうしたんだ?
彼女の態度が少し気になったが、それはそれとして、俺は二週間前からの疑問をたずねることにした。
「ああ、そうだ。君に一つ聞きたいことがあるだが」
「? なんでしょう?」
「君のスキルは時間制限があるはずだ。だが、この間の堕天使との戦いでは、その効果時間を超えて、俺の体に作用した。あれは──どういうことだ」
たずねる俺。
「前にも、スキルの効果時間が少しずつ伸びていると言っていたが、ゼラマトンのときも同じように効果時間が長くなった──ということなのかな?」
「うーん……確かに効果時間は少しずつ伸びてるんですけど、それとも少し違う感覚なんです」
と、ソフィア。
「ジラルドさんに触れて、私の体中が急に熱くなりました。普段のスキル発動では感じないくらいに、すごく熱く──」
「体が、熱く……?」
「スキルそのものが、変化したような──そんな感覚でした」
スキルの変化、か。
まだ彼女のスキルには謎があるな。
そもそも【体調回復(特効)】という名前だが、明らかにその効果は体調回復にはとどまらない。
「むしろ【全盛期ふたたび】とでも名付けたほうがいいんじゃないか」
「えっ?」
また首をかしげるソフィア。
やはり、レフィアそっくりの仕草だ。
「君のスキルの名称だ。【全盛期ふたたび】のほうが、内容をよく表しているような気がして、な」
「……なるほど」
「他の人間に対しても、同じ効果が出るのか? 俺のように全盛期の力を取り戻したり──」
「どうでしょう? 私は自分のスキルを体調の回復だと思いこんでいたので、そこはあまり気にしたことがないんです」
そもそも俺みたいに全盛期と今の実力にかなりの開きがないと、実際に全盛期まで立ち戻っているのかどうかを実感しづらいかもしれないな。
いや、あるいは──。
「こういうことも考えられないか? たとえば、今はまだ全盛期に達していない成長途中の人間を、君のスキルで全盛期まで引き上げられるかもしれない、と」
「つまり──未来の、より強くなった状態にできる、ということですか?」
「あくまでも可能性だが」
「なるほど……試してみる価値はありそうです」
なら、うってつけの相手がいるな。
「ミリエラに協力を頼んでみよう」
俺はソフィアに提案した。
「──というわけで、スキルの効果検証を手伝ってくれないか、ミリエラ?」
「私のスキルは今までにもいろいろな人にかけてきました。危険がないことは、私が保証します」
俺とソフィアがミリエラに言った。
ちなみに彼女は、さっきの話の十分後くらいにギルドにやってきた。
何かクエストがないか、ソフィアに聞きに来たらしい。
「あたしが……全盛期の実力に?」
ミリエラは顔を輝かせた。
「すっごーい! じゃあ、未来の──最強になったあたしにいきなりなれるんだねっ?」
「いや、試してみないと分からない」
「じゃあ、試そ。今すぐ試そ。ね? ね?」
ものすごく乗り気のようだ……。