1 栄光の剣、崩壊の序曲
2章開始です。ジラルドを追放したギルド『栄光の剣』がらみの話になります。
次回はまたジラルド視点に戻ります。
『栄光の剣』の本部──。
「ええい、また所属冒険者が抜けたのか!」
ギルドマスターのバルツが叫んだ。
いまいましい。
以前に所属していたジラルド・スーザを無実の罪──パワハラやセクハラ──で追い出してからというもの、所属冒険者の流出が止まらない。
まずこのギルドのエース格だったAランク冒険者のヴェルナが抜け、他にも30人以上の有望な冒険者が離脱した。
いくらAランクギルドの『栄光の剣』といえども、これだけ大量に実力派のメンバーが抜けてしまうのは打撃が大きすぎる。
おかげでクエストの遂行に多大な支障をきたしてしまった。
クエストの達成率や達成数、特に難度の高いクエストのそれらの数字は、ギルドのランキングに大きな影響を及ぼす。
「下手をしたらギルドランクがBまで下がることも……ええい!」
難度の高いクエストは、連盟を通さず、上位ランクのギルドに直接依頼されることも少なくない。
だがBランクに落ちれば、そういった依頼は激減する。
やはりそういった依頼は、SやAランクのギルドに来ることがほとんどだからだ。
Bになると、高難度クエストに付随する多額の報酬や栄誉を得がたくなり、ギルドの実績という点でも大きくダウンする。
そうなれば、さらにギルドランクは下がっていき、一気にC以下に脱落するケースも珍しくはない。
「落ちるときはあっという間だからな、この業界は……」
バルツがうめく。
実際、かつてはこのギルドと同等の規模だったAランクギルドの中にも、ちょっとしたきっかけでBに落ち、あとは負の連鎖でEにまで落ちてしまったギルドもいくつかある。
「この『栄光の剣』が同じ道をたどるわけにはいかん。ここは俺が三十年近くかけて育て上げてきたんだ。平の冒険者だったころから、ひたすらに……そして権力も富も女も、すべてを手にした……それをなくしてたまるか!」
吠えた。
きっかけがジラルドだというのが、いまいましかった。
三十年来の冒険者仲間であり、邪神大戦の英雄『黒き剣帝』。
全盛期は世界最強と呼ばれたSランク冒険者の一人。
平凡な冒険者に過ぎなかったバルツにとって、ジラルドは憧れであると同時に嫉妬の対象だった。
ギルドマスターになってからも、周囲からは実績も人望も厚いジラルドをマスターに、という声が多いことを知っていた。
それが、バルツの劣等感をあおった。
とうとう耐え難くなり、無実の罪をでっちあげ、自分の手の者から罵倒やリンチを加えて追放したのだが──。
それが一部の冒険者の不審を買って、このざまだ。
「くそ、全部ジラルドのせいだ……」
バルツの頭の中では、現状のすべてがあの男のせいだと脳内変換されていた。
いや、そう思わなければやっていられなかった。
「くそっ! くそっ! くそおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
バルツは絶叫とともに壁を殴る。
「っ……! ぐっ……」
拳が痛み、顔をしかめた。
「そ、そんな! これまで『タイレル商会』様の護衛任務は我がギルドに一任されていたじゃないですか。どうして、急に──」
「んー、だってあんたらのギルドは内紛が起きてるんだろ? 強い冒険者がどんどん辞めてるそうじゃないか」
五十がらみの商人──ウィンドリア王国有数の商会である『タイレル商会』の会長がバルツを見据えた。
冷たい目だった。
「はっきり言うぞ。あんたらのギルドは、すでに以前の力を失っている。離脱したメンバーは第三階位の堕天使を討つほど強力なんだろ?」
会長が淡々と告げる。
背筋が寒くなってくる。
自分たちを切り捨てようとしているのが分かったからだ。
「ま、待ってください。我々は長い付き合いじゃないですか。今までだって、何度となく護衛してきたでしょう」
「隊商には危険が伴う。我々だって遊びじゃない。より腕の立つ冒険者に護衛の依頼を頼みたいというのは当然だろう」
取り付く島もなかった。
「あんたらのとこから離脱したメンバーが、新しいギルドを作るそうじゃないか。どうせなら、そっちに頼むのもいいかもしれないな……」
ニヤリと笑う会長。
「新興のうちに仲良くしておけば、後々いい関係になれるだろう」
「そ、そんな……」
「まあ、また別のお得意先を見つけてくれ。今まで世話になったな」
言って、会長は去っていった。
(まずい……まずいぞ……)
バルツは頭を抱える。
嫌な予感がした。
これは始まりに過ぎないのではないだろうか。
今後も、同じように『お得意様』から高報酬クエストの依頼をされなくなり、『栄光の剣』の実績がどんどんと下がっていく──。
その先に待っているのは、ギルドランクBへの転落のみ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ、まずい! これはまずいぞぉぉぉぉっ!」
バルツは絶叫した。
そして、その予感はやがて現実のものとなる。
Aランクギルドとして数々の輝かしい実績を打ち立ててきた『栄光の剣』。
その没落はすでに始まっていたのだ──。