11 VS堕天使
「あれは──」
大きさは、身長五メートルから十メートルとまちまちだが、いずれもいびつな手足に輝く翼と、頭部には光輪を浮かべている。
堕天使。
三十年前にこの世界に攻め入ってきた邪神の先兵である。
邪神自体は先の大戦で封印されたが、堕天使のような兵隊クラスまではその封印が及ばず、時折こうして人間界に攻めてくる。
それを狩るのも、冒険者の仕事だ。
見た感じ、第八か九階位──堕天使の中では最下級に属する連中のようだった。
「ここはあたしたちが行きます。ジラルドさん」
ヴェルナが進み出た。
「相手は堕天使の集団だ。気を付けろ」
といっても、彼らほどの手練れなら、まず問題はないだろうが。
俺はさっきのミリエラとの訓練で、スキルの効果時間を使い切ってしまっている。
まずは彼女たちに任せたほうがよさそうだ──。
ヴェルナたち五人のパーティ構成は、こうだ。
まず、ヴェルナ。
二本の剣を操る剣士で、特にスピードに優れている。
魔法士のサーナはエルフ族で強大な魔力を誇り、弓術士の少年ナスティは正確無比な連射能力が持ち味。
槍術士の青年ザックはパワーあふれる攻撃を得意とし、召喚士の少女マリアンヌがさまざまな特殊能力を持ったモンスターを呼び出して四人をサポートする。
全員がAランクの上に、攻防ともにバランスの取れた非常に強力な構成だった。
これなら堕天使相手でも十分に戦えるだろう。
「はあああああああああっ!」
ヴェルナの双剣が閃き、堕天使の巨体を切り裂いた。
サーナの魔法が、ザックの槍が、さらに二体を屠る。
ナスティが無数の矢を放って前衛を援護し、マリアンヌは小竜を召喚して堕天使に遠距離攻撃を加える。
「あいかわらず、すごいな」
俺は感嘆する。
五人の強さも、連携も、すさまじいの一言だ。
十分に戦えるどころか、堕天使軍団をまるで寄せつけない。
さすがの一言に尽きる。
どうやら俺の出る幕はなさそうだ。
「──ほう、人間にしては中々やるな」
天空からまばゆい光が降り注いだ。
雲間から地面まで結ばれた黄金の光。
その中から、人型のシルエットが姿を現す。
「っ……!」
すさまじいプレッシャーが吹き荒れた。
さっきまでの、下位の堕天使とは違う。
おそらくは第四から第六に位置する、中位堕天使だ。
「邪神大戦で邪神やランクの高い堕天使は軒並み異界に封じられたはずだ。なぜ、この地上に──」
うめく俺。
「ほう、当時のことを知っているのか」
堕天使が俺をにらんだ。
「確かに、かつての大戦で人間が神と協力して敷いた結界は強力だ。おかげで、邪神様や上位堕天使はもちろん、我ら中位堕天使も人間界に行くことさえできなくなった……だが、それももう終わりだ」
笑う堕天使。
「結界の効力はすでに弱まり始めている。邪神様や第一階位は無理でも、それ以下の堕天使であれば、どうにか通過できるほどに、な」
「なんだと……!?」
人間が個の武力で立ち向かえるのは、下位堕天使までだ。
中位以上の堕天使は、完全に別次元の戦闘能力を誇る。
そんな連中が、いよいよ三十年近くの沈黙を破り、人間界に侵攻しようとしているのか──。
俺は、戦慄した。
「我が名はゼラマトン。邪神シャルムロドムス様に仕えし第五階位の堕天使よ」
「中位堕天使……か」
ヴェルナが表情を引き締める。
他の四人も張り詰めた表情に変わっていた。
「だけど、あたしたちは負けない!」
五人は先ほど同様に、連携攻撃を開始する。
「よせ、無茶だ!」
俺の制止の声は届かず、
「──ぬるいわ。『風咆弾』!」
次の瞬間、強烈な爆風とともにヴェルナたち全員が吹き飛ばされた。
「私は風を操る。お前たち人間の攻撃をいっさい寄せつけず、すべてを吹き飛ばす──攻防一体の神術だ」
ゼラマトンが勝ち誇る。
「まだまだ……っ!」
ヴェルナたちは立ち上がり、ふたたび連携攻撃を仕掛ける。
しかし、結果は同じだった。
堕天使の風の前に近づくことさえできず、遠距離から一方的にダメージを受ける。
数度の攻防で、ヴェルナたち全員が地面に倒れてしまった。
一方的な戦いだ。
「ソフィア、頼む」
俺は彼女に言った。
「でも、スキルの効果時間は過ぎて……」
「分かっている。だけど、このままじゃヴェルナたちが殺される。駄目元で試してくれないか?」
「そ、そうですね。では──」
ソフィアが俺に向かって手をかざした。
手のひらに淡い輝きが浮かび──すぐに消えてしまう。
「やはり……無理か」
スキルが発動したときの、あの全身から力が吹きあがってくるような感覚はなかった。
と、
「師匠、あたしも行くね」
ミリエラが剣を抜く。
「あたしだって冒険者なんだから!」
「駄目だ! 君に太刀打ちできる相手じゃない。無駄に死ぬだけだぞ!」
加勢しようとするミリエラを慌てて止めた。
「だけど、このままじゃヴェルナたちが……っ!」
分かってる。
俺だって、かつての仲間たちを見殺しにするつもりなんてない。
だが、Cランクの俺が行ったところで、下手をすれば足手まといになってしまう。
どうすればいいんだ。
俺に、あの日の力があれば。
スキルに時間制限があるのが、歯がゆい。
もっと力が欲しい。
もっと長い時間、あの力を使いたい。
もっと、俺に──。
「お願い……!」
その気持ちを汲み取ったように、ソフィアが俺の手を握る。
「力を! みんなを助けるための力を、今ここに!」
「これは──」
体が、熱い。
血が、肉が、燃え上がるようだ。
体の芯から吹き上がる炎のような『力』。
そう、これはまさしく──。
俺の全盛期である『黒き剣帝』の力である。
なぜ、効果時間を過ぎたのにスキルが発動しているのか?
いや、理由なんてどうだっていい。
今は、この力を振るえることに感謝しよう。
この力でヴェルナたちを、そして町の人たちを守ることだけを考えるんだ。