9 ティータイムと襲来
「ち、ちょっと待って! それって師匠がそっちのギルドに移るってこと!?」
ミリエラが声を上げた。
「別に、強引に引き抜きに来たわけじゃないわ」
ヴェルナがミリエラに言った。
長い赤色の髪をバサリとかき上げる。
「あくまでもジラルドさんの気持ち次第ね。ただ、あたしたちのギルドには『栄光の剣』に所属していた高ランク冒険者が何人も移ってきているわ。きっとこれから、ギルドランクも一気に駆け上がっていくはずよ。そこの初代ギルドマスター……待遇としては破格じゃないかしら」
「俺は、ただのCランク冒険者だぞ」
「今は、でしょう?」
ヴェルナが首を振る。
「冥皇封滅剣の技は莫大な闘気を使用するから、体に大きな負担がかかる──そのせいで、今では体のあちこちを故障して、満足に戦えない。年齢による衰え以上に、今までの激戦の反動があなたの体を蝕んでいることを、あたしは知っています」
「……誰に聞いたんだ、その話」
「以前のクエストでウィンドリア王国のマチルダ陛下にお目通りがかなったので」
「彼女か……」
マチルダは、俺と同じく五大英雄の一人。
そして【赤き竜騎士】との異名をとった女だ。
当時、第一王女だった彼女は、今ではウィンドリアの女王である。
「かつての邪神大戦の英雄『黒き剣帝』。そしてその後も長きにわたり、多くの冒険者を育成した偉大な功労者──人格能力とも、あたしはあなた以上の冒険者に会ったことがありません」
うっとりした顔で告げるヴェルナ。
そこまで褒められると、背中がむずがゆくなる。
「ですから、あたしたちが作るギルドのマスターに、どうしてもなってほしいんです。ここにいる四人も、ここにはいないメンバーもみんな、同じ気持ちです」
随分と高く評価されているようだ。
しかも、かつての仲間たちに。
俺は胸が熱くなった。
居場所を失ったと思っていたけれど──本当は、失ってなんていなかったのかもしれないな。
俺を仲間だと感じてくれる奴らは、ちゃんといたんだ。
……ありがとう、みんな。
心の中でそっと礼を言う。
「もちろん、ジラルドさんの意思を尊重します。こちらのギルドに残られるなら、無理にとは言いません」
「確かに、こんな弱小ギルドにとどまるより、ジラルドさんにとってはずっといい話ですよね」
ソフィアがぽつりとつぶやいた。
寂しげな笑みを浮かべて。
「私にはジラルドさんを引き留めることはできません。解散は免れましたが、まだまだ底辺といっていいEランクギルドです。これから先、ミリエラちゃん以外に所属冒険者が増えるかどうかも分かりません」
「そんなぁ……」
しゅん、とうなだれるミリエラ。
「俺は──」
気持ちが、千々に乱れる。
かつての仲間たちの誘いは、正直すごく魅力的だった。
涙が出るくらいにありがたい申し出だ。
もしも『栄光の剣』を追放された直後に、今の申し出があったら、俺は大喜びで承諾しただろう。
……まあ、ギルドマスターになりたいとは思わないが、彼らと一緒のギルドで働くのは嬉しい。
ただし、今は事情が違う。
「俺──は」
もう出会ってしまったんだ。
ソフィアに、コレットに、ミリエラに。
そして、彼女たちとがんばろうと心に決めた。
だから、
「──気を落とすな二人とも。俺は、どこにも行かない」
俺はソフィアとミリエラに微笑んだ。
それからヴェルナに向き直り、深々と頭を下げる。
「せっかく誘いに来てもらって、悪いな。俺は、君たちについていくことはできない」
「ジラルドさん……」
「俺はこの『癒しの盾』で再出発すると決めたんだ。君たちが誘ってくれたのはうれしい。俺みたいなロートルには過分な申し出だと思っているし、本当にありがたいよ。ただ、俺の返事は──今言ったとおりだ」
そう、今はここが俺の居場所なんだ。
「ジラルドさん……」
一瞬、ヴェルナが泣きそうな顔になった。
勝気な少女らしからぬ、悲しげな表情。
「……あなたなら、そう言う気がしていました。義理堅いですね、あいかわらず」
だが、すぐにヴェルナは微笑んでくれた。
ソフィアとミリエラに頭を下げ、
「突然来た上に、ぶしつけなことをして悪かったわね。全員を代表して、謝罪させてちょうだい」
「いえ、そんな──」
ソフィアが慌てたように両手を振る。
「あ、そうだ。せっかくなので、みなさんでお茶でもいかがでしょうか? ジラルドさんと久しぶりに会ったんでしょう? 積もる話もあるかもしれませんし」
「──そうだな。スキルの効き目も切れたし、今日の訓練は終わりだ」
俺たちは『癒しの盾』本部内の一室でゆったりと紅茶を飲んでいた。
午後のティータイムといった趣である。
俺としても、もう二度と会えないと思っていた仲間たちとこうして語らえるのは嬉しい。
前のギルドを追放された際、俺には味方なんていないのだと思っていたが、そうではなかったらしい。
セクハラやパワハラがでっち上げだと、ちゃんと信じてくれた者も大勢いた──。
それが、何よりも嬉しい。
「あたしたちを含めて『栄光の剣』から全部で三十七人が離脱しました」
ヴェルナが言った。
「現在は新ギルド設立のために、各メンバーが準備を進めています」
「せっかく来てもらったのに、断ることになってしまって悪かったな」
「いえ、そんな! あたしたちこそ突然来た上に、引き抜きのようなことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
「まーまー、さっきから謝り合いしてるし、もういいんじゃない?」
あっけらかんと笑ったのはミリエラだ。
場が、明るく和んだ。
「……そういえば、あなたはエルフなのね。しかも──古来種じゃない?」
たずねたのは、サーナ。
エルフ族の女魔法使いである。
「うん。あたし、第十三森林区画出身だし」
「十三──!? それって『青の魔女』と同じ……? 【選ばれた血族】の出身だったの」
「いやー、そんなたいそうなものじゃ……あはは」
驚くサーナに、ミリエラは照れたような顔をする。
「なんだ、【選ばれた血族】って?」
かつての邪神大戦で『青の魔女』とは何度も一緒に戦ったが、そういう単語を聞くのは初めてだった。
「……いえ、申し訳ありません。人族に話す内容ではないので……」
サーナが頭を下げた。
「驚いて、つい言うべきでないことまで口走ってしまいました」
「そうか。まあ、話せないことなら無理に話すことはないさ。俺の方こそ、悪かった」
俺も頭を下げる。
と、そのときだった。
りぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいんっ。
鈴の音に似た、甲高い共鳴音が鳴り響く。
空からだ。
「なんだ……!?」
上空に十数個の巨大なシルエットが浮かんでいた。