1 ロートル剣士
「お前はクビだ、ジラルド」
突然のギルドマスターの言葉に、俺は耳を疑った。
俺の名はジラルド・スーザ。
年齢は四十四歳。
このギルド『栄光の剣』に三十年所属している冒険者だ。
「なぜだ、俺は長年このギルドに貢献してきたつもりだ!」
俺は思わず声を張り上げた。
「『栄光の剣』が最底辺からギルドランクSになるまで、ずっとこのギルドに尽くしてきた。今は若いころに比べれば衰えてしまったが……それでも俺なりに依頼をこなし続けている」
「……ふむ。確かにお前は勤勉だよ。後輩の冒険者の面倒見もいいと評判だ。人望も非常に厚い」
うなずくギルドマスターのバルツ。
「俺にとって、ここは職場であると同時に、ギルドの仲間たちは家族同然だと思っている。それをいきなりクビだと言われても、納得できない!」
「家族だと? 聞いてあきれる」
バルツは憎々しげに俺をにらんだ。
「新入りの冒険者への脅迫めいた言動がいくつも報告されているぞ。さらに女性冒険者を酒に誘い、酔わせていかがわしい行為に及ぼうとしたとか。こっちも複数人の被害者がいると聞いている」
「馬鹿な!」
俺は愕然とした気持ちで叫んだ。
何かの冗談か、悪い夢だと思った。
俺はそんなパワハラやセクハラなんてしていない。
するわけがない。
「お前はかつてのSランク冒険者で邪神大戦の英雄──今は衰えたとはいえ、次期ギルドマスターに推す声も多いそうじゃないか。だからちょっと調子に乗ってしまったんじゃないか?」
バルツが俺をにらむ。
「だが、今回の件で次期ギルドマスターの可能性は消えたな……くくく」
まさか──。
俺は呆然と彼を見た。
確かに、『次のギルドマスターにジラルドを』という声が、ギルド内で少なからず上がっていることは知っていた。
ただ、俺は組織のトップに立つよりも、あくまでも現場にこだわりたかった。
ギルドマスターになりたい、なんて野心はない。
だが、もしかしたらバルツは──俺に今の地位を奪われることを恐れて、罪を捏造した……!?
「察しがいいな」
ニヤリと笑うギルドマスター。
「で、これが証拠だ。入れ、お前たち」
ぱちん、と指を鳴らす。
部屋の中に十数人の冒険者が入ってきた。
十代、二十代の若者が中心だ。
いずれもバルツと同じく、憎々しげに俺をにらんでいる。
彼の腹心たちか……?
「パワハラにセクハラか……見損ないましたよ」
「そんな人にこのギルドにいてもらっちゃ困りますね」
「何が大戦の英雄よ、このエロオヤジ!」
非難と罵倒が心に突き刺さるようだった。
「違う、俺は──」
「うるさい!」
抗弁しようとした俺の声は、彼らにかき消された。
聞く耳など持たない、といった態度だ。
「このパワハラ野郎が!」
「俺の女に手を出しやがって!」
「こいつはお仕置きが必要だよな、おっさん! おらっ!」
「ぐあ……っ」
俺は数人から立て続けに殴られ、壁まで吹き飛ばされた。
「げほ、ごほ……っ」
背中を強く打って息が詰まる。
全盛期のころなら軽くあしらえるような攻撃も、衰えた今の俺にはとても無理だ。
年齢のせいもあるが、何よりも──若いころの激しい戦いの数々が、俺の体へのダメージを蓄積させていた。
今の俺は本来の戦技をほとんど使えない。
加齢と長年のダメージは、Sランクだったころのパワーやスピード、身のこなしを完全に失わせていた。
さらに四方から数人に囲まれ、殴られ、蹴られ、何度も地面に這いつくばった。
「ぐああ……ああ……」
俺はほとんど一方的に痛めつけられていた。
抵抗する気力も湧かなかった。
仮に抵抗したとしても、俺の戦闘能力じゃ太刀打ちできないだろうな。
若いころとは、違うんだ。
俺はもう衰えた、ただのロートル冒険者なんだ──。
怒りよりも、諦めの境地で、俺は殴られ、蹴られ続けた。