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ジュブナイル・イクリプス  作者: リル
雫ルート
54/90

57.私たちのこれから

 雫と過ごしたあの最後の夜から、いくつか時が過ぎた。

 暑さはだんだん強くなってきて、もう夏も真ん中だということを思い知らせる。


 あの日からしばらく経ってから、私はお父さんと廊下で出くわした。

「……」

「……」

 しばらく、私とお父さんは何も話さない。

 もちろん、お父さんもこの時点では、私と雫のことをすでに知っていた。

「お前、綾観家との婚約を取りやめたようだな」

「はい」

 私はただ、そう頷く。すでに覚悟はできていたことだった。

「あの娘、雫も同意したらしいが」

「はい、そうなりました」

 もう、嘘をつく意味はどこにもない。

 だから私は、お父さんにありのままの真実を伝えられた。

「……そうか」

 お父さんはしばらく、何も話さない。まるで何か、話すべきことを探っているようだった。

 しばらく、そんなふうに時間が過ぎてゆく。

 私もそろそろ、話を断ち切ろうと思っていた時だった。

「よかったな」

 ずっと黙り込んでいたお父さんは、ただそれだけを残して私から去ってゆく。その語らぬ背中は、いつものお父さんのままだった。

 これで、よかったのかな。

 私はしばらく、どうしたらいいのかわからなくて、その場で立ち尽くしていた。


 そんなことを思いながら、私が執務室に入ってきた時だった。

「……な、なんだ?」

 目の前の風景を見て、私はどう反応すればいいのか、しばらく迷う。

 だって、まだ残されていたダンボールの中に、あの日のようにバニーガールな雫が入っていたんだから。

 ……たくさんの、かわいいうさぎたちと共に。

「おはよう、柾木。遅かったじゃない」

「い、いや、その問題じゃ……」

「あ、この子たち? 今日は少し彩りがほしくてね。みんなも連れてきちゃった」

「いや、だから」

 こ、こんな時にはどういう反応を返したらいいんだろう。

 私は頭が固いから、よくわからない。

「大丈夫。みんなちゃんと、わたしんちで面倒見るよ」

「そっちじゃなくて、なんだ、これは……?」

「だって、拾ってほしいんだもん」

 あの日のような目のやり方に困る服で、あの日よりもおだやかな顔をしながら、雫は私のことをじっと見上げた。

「これからだってずっといっしょだよ。まあ、婚約は取りやめたけどね」

「……雫」

「でも、やめたのは婚約と体の関係だけだから、戸惑うことなんか、何一つもないよ。ね?」

 私、どうすればいいんだろう。

 そういや、「あの日」の以来、雫と顔を向かって話したのは今度が初めてだった。

 変わってないんだ、雫。

 ……私のこと、相変わらず大切に思ってくれてるんだ。

「あれ? どうしたの、柾木。やっぱり拾ってくれないの?」

「いや、これは愛が重いっていうか、なんていうか……」

 でも、やっぱり雫の押しの強さはまったく変わってない。

 それは確かにうれしいけど、なんていうか、ちょっとこそばゆいっていうか……そんな気がして、雫のことをうまく見つめられなかった。

 私だって、あの日からずっと変わらないな……。

 たぶん、これからもこれはずっと変わらないんだろう。


 それから、私は今までの雫とのことを、お姉ちゃんに話すことになった。

 別にお姉ちゃんがせがんだわけじゃない。自分がそうしたいと決めただけだ。

「あら、そうだったの」

 私が今までの出来事を話すと、お姉ちゃんはそんなことを口にしながら、こっちをじっと見た。

「私ね、まだ寂しいのかもしれない。雫とはずっと、あんな形でいたんだから」

「うん。そうだろうね」

「でも、やはり今の決定、後悔はしてない。だって、これは自分で決めたことだから」

 私がそんなことをしている間、お姉ちゃんは何も言わず、ただこっちの話を聞いてくれた。

 いつもながら、その優しさが今はただありがたい。

 そんなことを考えていたら、いつのまにか、お姉ちゃんが私の頭をやさしく撫でていた。

「お、お姉ちゃん?」

「頑張ったね、柾木ちゃんは」

「う、うん?」

 お姉ちゃんはただ、こっちに微笑みかけながら頭を撫でてくれる。まるで私の心の中を見越しているような顔だった。

 ……やっぱり、お姉ちゃんには敵わない。

 まぶしい日差しの中で、私はそうやってお姉ちゃんに撫でられていた。


 ちなみに、あちらから話しかけてきたため、慎治にも雫とのことを口にすることになった。

「あ、そういや柾木、お前、綾観さんとは――」

「大丈夫。ちゃんとけじめをつけたから」

「……あ?!」

 私の言葉がそこまで意外だったのか、慎治は目を丸くする。

 ……昔から考えていたけど、慎治って感情が豊かすぎ。

「ま、マジか?」

「ああ、大マジだ」

「そ、そんな……」

 ……想像したことすらなかったのか。今の慎治は、見事に固まっていた。

「や、やったな。よくやったよ、柾木」

「……ああ」

「本当に漢だよ、お前……」

「なんでそうなる」

 本当に、なんでそうなるんだろう。

 これはただの、女の子同士が関係を少し改めた、それだけの話であるはずなのに。


 ちなみに、雫の兄である賢一さんとは、最近再び話を交わした。もちろん、話題は雫との婚約を取りやめたことである。

「そうか、君たちの間で、そういうやり取りがあったとは……」

 まるで一本取られたような口調で、賢一さんはそんなことを語った。

「ええ、雫の方も納得してくれました」

「よかったな。そう、本当によかった」

 そんなことを口にしながら、賢一さんは私の方をじっと見た。たぶん、このように「妹の婚約者」として話を交わすのも、今度が最後になるんだろう。

「とはいえ、こちらとしては少し、寂しい気持ちだな」

「はい?」

 予想外の答えに私がぼうっとしていると、賢一さんは話を続ける。

「こちらとしては、君のような子が雫の婚約者になってくれて、非常に心強かった。少なくとも、僕は君のことを心から頼っていたよ」

「あ、ありがとうございます」

「君と雫は、こちらから見てもすごく似合っていた。君なら雫を本当に嫁にあげてもいい。僕はそんなことを、何度も思ったんだ」

「……ありがとう、ございます」

 それは、本当に嬉しかった。

 私たち、そこまで認められていたんだ。

「まあ、君の『元の姿』は、どうやらそっちじゃないようだが……。それはともかく、最後にもう一度、握手の一つでも交わさないか」

「……はい」

「これからも、どうか雫のことを、よろしく頼む」

 私は、賢一さんが差し出す手を力強く握った。

 きっと、この人と「男同士」として向き合うのも、今度が最後になるだろう。

 賢一さんも、私の手を強く握り返す。

 未だに「男」のことがわかり切ってない私だけど、今だけは、なんとなく男同士の「通じている」って気持ちが、しっかりと伝わってくる気がした。


「でも、上手く行ったようでよかったな」

 そういやあの日の以来、秀樹と久しぶりに面と向かって話すことができた。

 そこまで久しぶりなわけでもないのに、なぜかとても懐かしく思えてしまう。

「柾木のことだから、あんまり心配はしなかったけどね。でも、ひと安心したよ」

「ああ」

 そんなことを言った秀樹は、急に真面目な顔をする。

 なぜだろう。とても重い荷物を承ったような、そんな表情だった。

「どうした?」

「ううん、荷が重いな、なんてこと考えてた」

「何がだ」

 私がそう聞くと、秀樹は少し戸惑ってから、やがて口を開く。

「だって、これから俺は、綾観さんに恥ずかしくないように振る舞わなきゃいけないからな」

「……どうしてだ」

「具体的には、柾木のこと、精一杯愛しないといけない」

「いや、だから」

「もちろん俺は言われなくたってそうするからね。柾木のこと、大好きだもん。でも、やっぱり綾観さんのこと考えると、いちゃいちゃにも力が入るなーって思っただけ」

「秀樹……」

 なんか、すごく恥ずかしい。

 自分って、どれだけ二人に愛されてきたんだろう。

「柾木のこと、これからも大切にするよ。綾観さんに負けないくらい」

 人がそんなことを思っていたというのに、秀樹はそんなことを口にしながら、私に寄り添う。

「そうしないと、綾観さんに頭上げられないしね。もちろん、大好きだから苦しいことなんか何一つないけどさ」

「……まったく」

 私も、秀樹のことをそっと抱きしめた。

 自分のことを考えてくれている人が、ここまで多いっていうのは照れくさくもあるけど、やっぱり嬉しい。


 そして、今日はどんな日かと言うと――

「あ、柾木! こっちこっちっ」

 もう七月も終わりつつある、ある土曜日の午後。私は雫と会うために、約束した公園までやってきた。

 いつもの「組織」の近くにあるところではなく、自転車道まである立派なところ。

 あんまりこういうところに来る機会はないから、なぜか今がちょっと照れくさい。

 いや、実はつい最近、夜に自転車で散歩に来たことがあるけれど……。その話は、今はちょっと置いておこう。

 ――今は、雫との時間なんだから。

「ご、ごめん。待った?」

「ううん。わたしだって今、来たばっかだし」

 私が謝ると、雫はそう言いながら手を振ってみせる。その横には、今まで付き合いながらもあまり見たことのない、雫の自転車がおかれている。

 ……今日は、雫といっしょにこの公園を自転車で回ろうと約束したんだ。

 それも、今までとは違う「元の姿」で。


「なんか、照れくさいね」

 雫も目の置き場でちょっと困っているのか、いつもより慌てている。でも、居心地悪いとか、そういう様子ではなかった。

「変だね。柾木はずっとわたしの隣にいたというのに、姿が変わっただけで、ここまで心持ちが変わっちゃう」

「別にいいよ。おかしいわけじゃないし」

「でも、ちょっと不思議な気分だから」

 そんなことを言いながら、雫は私の方へと寄り添う。

 ゆっくりこっちへと近づいてきた雫は――いつもと違う、ツインテールの髪型をしていた。

「わたしね、今度は柾木に合わせてみたの。えへへ、どうかな?」

「……かわいい」

「ほんと? やった~」

 いつもの「今どき」の雫からは考えられない、ツインテの髪型。

 でも、やっぱり雫と言うべきか、私の目には、とてもかわいく思えた。

 こういうのを、惚れた方が負けっていうのかな。

 まあ、私が雫のこと、かわいいと思っているのはずっと以前からだけど。


 私がそんなことを思っていた時だった。

「でもね、柾木の方もかわいいよ」

「……え?」

 いきなり自分の名前が出てきて、私は驚いてしまう。か、かわいいって、私が?

「で、でも、私は――」

「だって、今日は柾木も髪型、違うんでしょ? ほら、ポニーテールだし」

「そ、そうだけど……」

 そう。今日は私も、少し髪型を変えてみた。

 とはいえ、別に変わったものではなく、少し髪を結んでみたくらいだけど……。

 さすがに、自転車に乗るというのに髪を解くわけにはいかないから、こうやって「いつもと違う結び方」をやってみたわけだ。

 ポニーテールは外などでたまにする髪型だけど、雫の前では、初めて見せた姿であるはずだ。

 ……そもそも、雫って私の「元の姿」を目にするのも今度で二回目であるはずだけど。


「まあまあ、みんなかわいいでいいんじゃない。みんな違くてみんないい」

「そ、それはちょっと違う気もするけど……」

 とか言ったけど、私も「かわいい」って話を聞いて、すごく嬉しかった。

 雫にそう言ってもらえる日が来るだなんて、考えたことすらなかったから。

 こんなふうに、「元の姿」で雫といっしょにいる。

 まるで夢のような、甘くてふわふわとした時間が、ここにあった。


「それじゃ、そろそろ行こうか。せっかくの休日だし、楽しみたいよね」

「う、うん」

 そんなことを言いながら、私たちは自転車をぎゅっと掴む。ここは自転車道もあるんだから、今日のような晴れ渡った日に、軽く散歩するには打ってつけだ。

「わたしね、まだ柾木とどうやって向き合えばいいのか、やっぱり戸惑ってるかもしれない」

 自転車を漕ぎながら、雫がそんなことを口にする。

「でも、わたし、やっぱり柾木といっしょにいたいの。元とか別とか、そんなことはどうでもいい。婚約でもなんでも、こうやってそばにいたい」

 照れくさそうな顔で、雫は私からそっと視線をそらす。いつもの雫とは少し違う態度だけど、その口調は間違いなく心の底から出てきたものだった。

「だからね、柾木」

「うん?」

「これからも、よろしくね。わたしの愛する人」

「う、うん」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったね。えへへっ」

「そ、そんなわけじゃないよ。私だって、嬉しかったから」

 だから、今、雫の顔、うまく見られない。

 私たちはお互い、顔を赤くしたまま、しっかり並んで自転車を漕ぐ。

 夏はまだまだ、終わりそうになかった。


「じゃ、ここからは自転車で走ろうか」

 自転車道にたどり着いてから、雫はそんなことを言いつつ、私に振り向く。

 いたずらっぽい、ニコッとした笑顔。

 私がいちばん好きな、雫のかわいい顔が、そこにあった。

「うん」

 だから、私は抑えめながら、少し笑ってみせる。

 あまり笑うのは得意じゃないけど――それでも、今は雫といっしょに、笑い合うのが好きだから。


「じゃ、せーの!」

 私たちは、その掛け声とともに前へと駆けてゆく。

 涼しい風を全身で感じながら、私たちの歩くべき明日へと――

これにて雫ルートは終了となります。

実は新しいエピソードを書き進めながらも、以前書いたところの手直しをちょくちょくやってきたんですが…。特に雫編の場合、かなり重要な記述を加えたところもありますので、お時間がありましたら読み返していただけると幸いです。

今回はいろいろと、連載作の難しさを痛感しました。元々は完成作での発表を目指していたため、連載になったことで無駄が多くなってしまったことは、これから改善していきたいと思います。


さて、これからは(元ならば)美由美編に入るつもりだったんですが…。

最近、本筋のいちゃいちゃが足りない! という自覚と、ずっと似たような重さのルートばかり(雫編と美由美編はジュブイクにおける役割がほぼ同じであるため)だとやっぱり飽きてしまうことを考えて、次回は高坂さんと秀樹さんのいちゃいちゃなエクストラエピソードを少し書いてみたいと思っています。

突然工事であるため、時間は少しかかるかもしれませんが、どうぞお楽しみください。


それでは、次回のジュブイクもよろしくお願いします!

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