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ジュブナイル・イクリプス  作者: リル
雫ルート
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53.信じているよ

 雫とああいう時間を過ごしてから、次の日の昼頃。

 私は久しぶりに、秀樹を執務室に招いていた。

 話したいことが、あったから。

 ――雫と私が、今まで築いてきた関係について。


「今日は秀樹に、少し話したいことがある」

 私が改めた態度でそう言うと、秀樹は首を傾げた。どういうことか、まだ思いつかないらしい。

 ちなみに、律儀正しく、今日も秀樹は「別の姿」だ。ここまで徹底する必要もないだろうというのに、その心遣いがとてもありがたい。

「えっ、なになに? 柾木」

 秀樹のあどけない顔を見ていると、どうも今から話そうをすることを言い出しづらい。だって、これは私にとっても、雫にとっても、あまり口にしたくない話題だ。

 でも、秀樹は今、私の彼氏だ。付き合っている以上、やはりこれは伝えておいた方がいい。

 今まで秀樹は、私と雫の関係のこと、不思議がっていたはずだから。

 雫も許してくれたわけだし、やはり秀樹に、ああいう嘘はつきたくなかった。

 ……雫、私、やってみせるから。

 あなたの思いやり、決して無駄にはさせない。


「……そういうことだ」

「へー」 

 私の話を最後まで聞いた秀樹は、どこかすっきりした顔になった。

「そっか、だから柾木って、最近ずっと悩んでたんだ」

「ああ」

 やはり秀樹は、私の様子に気がついていたようだった。

 参ったな。秀樹にごまかすことなんか、できそうにない。

 ……自分って、そこまで考えてること、顔によく出るタイプなのかな。

 こんなの、確かめようと思うだけで怖くなってくるんだけど。

「まあ、なんか悩んでるんだろうなーとは思ったよ。柾木ったら真面目すぎる性格だし」

「そ、そこまでなのか」

「うん、だからこそ、あんまり素直になれないのかなーって思った」

 は、恥ずかしい。

 別に納得しているわけでもなんでもないのに、なぜか視線を逸したくなった。

「でも、今なら柾木の気持ちがわかるよ。そりゃ話せないよね。綾観さんもすごいなぁ」

「別に隠すとか、そういうつもりじゃなかったんだが……これだけは仕方なかった。ごめん」

「それはもういいよ。柾木のことだから、悩んで当然だよ」

 秀樹はどうしても、私がこの件で謝るのが気に食わないらしい。

 でも、こっちとしてはわかってもらえて、素直に嬉しかった。

 ――雫のこと、理解してくれて、本当にありがたかった。


「それじゃ、最近の柾木はずいぶん大変だったんだろうな。一人で悩んだりして」

「そ、それはそうだが」

 やはり、秀樹の前では嘘がつけない。

 今のやり取りで、改めてそれを痛感した。

「でも、それじゃ仕方ないな。俺だって、もしそうなったら悩んじゃうよ」

 秀樹は、私の前でウンウンと頷く。いつものように、素直で、隠し事一つもない表情だった。

 秀樹は私のこと、真剣に考えてくれてるんだ。

 それが、今はとてもありがたく思える。

 こういうの、誰かに打ち明けたいと思っても、なかなかできないんだから。


「で、俺は今、どうしたらいいのか悩んでるわけだが……」

 だから、私は自然に、そんなことを話していた。

 だって、以前からずっと、私はそればかり考えてきたんだから。

 別に、自分で考えないとか、そういうわけじゃない。ただ、少しだけ、助けがほしかっただけだ。

 やはり、私一人だけじゃ、どうしたらいいのか、わからなくなったから――

「それは柾木と綾觀さん、二人の問題だろ?」

 でも、秀樹の反応は、予想外だった。

 冷たい声ってわけじゃないけど、いつもの甘やかすような口調とはかなり違う。

「俺だって、柾木の力になってあげたい。心からそう思ってる。でも、これは俺が関わっちゃいけない問題だと思う」

「そうか」

「だって、俺はこれについては、まったくの第三者でしょ?」

 それは、一見冷たく思えて、そこまで間違ってない話だった。

 たしかに、秀樹は私の恋人なのだが――ここでの当事者は、私と雫、二人である。

 たぶん、秀樹はそれがわかり切っていたからこそ、そんなことを言ってきたのだろう。

「これは柾木と綾観さん、二人が決めるべき問題だよ。俺は背中を押してあげることはできるけど、それ以上はできそうにない」

「……」

「だから俺はこんなことしかできないけど、柾木のこと、心配してないよ。きっと大丈夫だって、思ってるからね」

「そう、なのか」

 まるで絶対的なことでも口にするように、秀樹はそう言い切る。

 なぜだろう。今の私には、秀樹がとても、とても大人びてみえた。

 凛々しいっていうか、頼りになるっていうか。いつもの甘ったるい態度とは、だいぶ違う。

 ひょっとして、私が知っている秀樹はまだまだ序の口だったのかな。

 もうわかっていたつもりでいたので、少しだけ焦る。

「そもそも、綾観さんって柾木のこと、頼ってるんでしょ? だからもうちょっとだけ、自信持ってもいいと思うよ」

「……そうか」

「綾観さんは、柾木のこと信じてると言ったらしいけどさ。俺だって、柾木のこと、信じてるからな」

「秀樹……」

「だから、心配とか、実はあんまりしてない。柾木だからね」

 少し、うるっと来た。

 自分って、こんなに頼られていたのかと、初めて気づく。

 雫も、秀樹も、私のことを、ここまで信じてくれてたんだ。

 自分ってそこまで評価されていいのか、と迷ってしまうけれど、今は、素直にそれが嬉しい。

 ……こんな感情を外に出すのは、ちょっと照れくさいけれど。


 そんなことをぼんやりと思っていたら、目の前の秀樹は、いつの間にかニヤニヤと笑っていた。

 い、今の自分の様子、そこまでおかしかったのかな。

 恥ずかしい……ってこともあるけど、なぜか気になってしまう。

「……なんでそんな顔してるんだ」

「だって、柾木が綾観さんのこと、大切にしてるって、伝わってきたから」

「そ、そうなのか……」

 そんなことを言われると、秀樹のこと、まっすぐに見られない。

 やはり、私、考えてること、そのまま顔に出る性格だったのかな。自分ではよくわからないし、今は秀樹に聞いてみる勇気もない。

「でも、ちょっと妬いちゃうなぁ」

「ど、どこがだ?」

「柾木と綾観さんの関係のこと」

 そんなことを口にした秀樹は、急に寂しそうな顔をする。まるで子供のようで大人のような、上手く言えない表情だった。

「柾木って、綾観さんといっしょの時には表情が変わるんだよね。俺には見せない顔、してる」

「そうだったのか」

「うん、それが以前から、ずっと羨ましいっていうか、憧れでさ」

 私、雫といっしょならそこまでいつもと違ってたんだ。

 昔から肌で感じていたことではあるけど、まさか、秀樹に気づかれるとは思わなかった。

「たぶん俺、死ぬまで柾木と綾觀さんの関係、羨むんだろうね。どれだけ俺が柾木のこと好きだとしても、ああいう関係には、たどり着けないと思うから」

「そう、なのか」

「あ~あ。少なくてもこんなところは、綾観さんに完全に負けちゃったな。ちょっと悔しいかも。好きな気持ちだけなら、絶対に負けないつもりだったのに」

「……まったく」

 秀樹はあそこまで、私のこと、好きなんだ。雫と私の関係に憧れてしまうほどに。

 なぜだろう、それがとても嬉しい。

 もちろん、それを顔に出したりは決してしないけれど、私は心の底から、そんなことを思った。

 この人と付き合って、本当によかったって。

 だからこそ、今までの関係が続かなくなって、雫を悲しませてしまったのは辛いけれど、それでも、雫の心遣いを大切にしたいって。

 ――雫は、誰よりも私のことを考えて、そんな辛いこと、言ってくれたんだから。

 私は、精一杯その気持ちに報わってあげたい。


 その時、いきなり私の「端末」が、新着メッセージを知らせてきた。

 ――明日、話したいことがあるの。だから会いたい。

 それは、雫からのメッセージ。いつもと違って、だいぶ味気ないものだった。

 ……雫が、自分の気持ちを決めたような感覚。

 なぜか私は、そんな予感がした。

「今のメッセージ、綾観さんから?」

 秀樹もそれに気づいたか、こっちを見ながらそう聞いてくる。

 私は静かに、頷いてみせた。

「明日、会うことになった」

「そうなんだ、あれ、そういや――」

 そこまで話して、秀樹は急に、何か気づいたような顔になる。

「明日、午後から雨なんじゃなかったっけ」


 私たちの間にだけ降っていた雨は。

 どうやら、今度は現実にまで影響力を及ぼせたらしい。

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