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ジュブナイル・イクリプス  作者: リル
プロローグ
3/90

03.  2035年の朝

 そして、幾つかの日々が過ぎてから。

 2035年の6月。夏が始まったばかりである今。


『ぴーぴー』

「な、何?!」

 自分のベッドで寝ていた私は、その突飛な音に目を覚ました。

 ――も、ものすごくうるさいんだけど、あれ。

 気を取り戻して「そっち」を見たら、そこには自分が昔から使ってきた『端末』の画面がぼんやりと浮かんでいた。

「いつも」使っている、仕事用の「端末」ではない。

 ――あ、ここは『本部』じゃないんだ。

 私はやっと、自分が久しぶりに家に帰ってきたことを思い出す。


「うーん……」

 伸びをしながらあくびをすると、本当に久しぶりである自分の部屋と、その部屋に降り注ぐ朝日が感じられた。

 私も、ずいぶん昔の夢を見たな。

 まさか「あの頃」の夢を見るとは、思いもしてなかった。

 なぜいまさら、そんな夢を見たんだろう。

 もう、恥ずかしくて、忘れたくなるくらいの記憶なのに。

「ねえ、柾木ちゃん。起きた?」

 そんな事をぼんやりと思っているときに、美咲お姉ちゃんがいつものように私を呼んだ。

 ――そういえば、昔にはお姉ちゃんがいつも私を起こしてくれたんだよね。

 さすがに今は自分で起こるんだけど、時々それを思い出すと、少し懐かしくなる。

「あら。柾木ちゃん。まだ寝ているのかな?」

 それを思い出していたら、お姉ちゃんにもう一度呼ばれた。

 まずい。早く行かないと。

「うーん。今起きたよ。すぐ行く、待ってて」

「あ。起きたのね。朝ごはん、出来てるから」

「わかった。ちょっと待ってね」

 私はそれだけ言うと、早く服を着替えて、外に出た。

 ――元の姿で朝ごはんを食べるのも、こんなにゆっくり朝の準備が出来るのも、ずいぶん久しぶりだった。

 いつものようにきれいに髪を結んで、顔を洗ってから居間に向かう。

 あれからずいぶん時間が経ったけれど、未だに私はツインテールで、ちっこくて、いつも年下に見られる女の子だった。


「おはよう、柾木ちゃん」

 外に出ると、美咲お姉ちゃんが微笑みながら私を待っていた。

 あの頃から時間はだいぶ経ったが、お姉ちゃんの優しさだけは変わってない。私より遥かに大人びた印象に、長い茶色の髪。少しウェーブのかかった髪だけど、そこがまだいい、と私は思っている。

 いつも思うんだけど、女の子の中の女の子、というフレーズがぴったりだ。柔らかくて、穏やかで、それに料理だってうまくて、お姉ちゃんには一生敵わない。

 大学も卒業して、もう自分の道を歩いているお姉ちゃん。

 「あの」お仕事はもう辞めたんだけど、今は好きな人もいるようだし、昔より平和で過ごしているような気がする。

「うん。おはよう。お姉ちゃん」

 私はそう言いながら、皿の上にあるトーストを一枚取った。

 ただのトーストなんだけど、やっぱりお姉ちゃんのトーストは別格で、ワップルや手作りヨーグルトもすごく美味しい。

 私には、とうてい真似が出来ないくらいだ。

 甘いお菓子とならば、私も少しはお姉ちゃんに勝てるんだけど。

「今日は顔が明るいね。昨日、いい夢でも見た?」

「うーん。ちょっと恥ずかしいかな。昔のことを見てたの」

 私はちょっと照れながら、そんな事をお姉ちゃんに話す。

 お姉ちゃんは、くすっ、と笑いながら、私の話を聞いてくれた。

「そういえば、本当に昔のことだよね。あれも」

 お姉ちゃんは懐かしい顔で、私を見ながらそういった。

「あの頃に比べると、わたしたち、少しは大人になったのかな」

「お姉ちゃんはもうずいぶん大人でしょ? 私には、まだ遅いんだけど」

「あら、柾木ちゃんって、結構大人しくなってるよ?」

「そんなバレバレな嘘、つかないでよ。私も、自分がまだ子供ってことくらい、よくわかってるから」


 私はそう言いながら、お姉ちゃんから目をずらした。

 私も、自分の事はちゃんとわかっている。

 自分の背って、子供の時からあまり伸びてない。

 顔だって昔のままだし、知らない人から見れば本当に子供でしか思えない。

 ――もう私は、立派な学園2年生だというのに。

 胸だって、ほんの少しだけど、その、しっかり出ているというのに。


「でも柾木ちゃん。背が低いとか、そんなの、あまり気にしないんじゃない」

「ま、それは……そうだけどね」

 私は頷きながら、もう一度トーストを手に取る。

 確かに子供扱いはちょっと頭にくるんだけど、自分は未だに、この姿が好きだった。

 おかげでまだ聞きたい服が着れるわけだし、別に体が大人しくなるとか、そんなことには興味がない。

 もちろん子供扱いされるのはちょっとあれだけど、私は、こんな自分のあり方がまったく嫌いじゃなかった。

 背が低いと言って、別に不便なこともないし、生きるのに問題があるわけでもない。

 だから、これからもずっと、このままでいいと思っていた。

 自分はやっぱり、可愛くて、自分が愛することができる、私でいたいと思ったから。

 ――お仕事の自分は、こんなに可愛くいられないわけだしね。


「そういえば、わたし、まだはっきりと覚えてるの」

「え、何を?」

 私が驚いた顔をすると、お姉ちゃんは楽しそうな笑顔で、こう言った。

「小学校の時ね。柾木ちゃんがよく言ったんでしょ? クラスメイトの男の子たちが、いつもからかってばかりだって」

「あ。確かにそれ、言ってたよね」

「いつも涙目で、帰ってきた後に『男なんて大嫌い!』って言ってたよね。その時の柾木ちゃん、申し訳ないんだけど、その、すごく可愛かった」

「もう、お姉ちゃん。いつの話なの、それ」

「だって、今もそうでしょ? あ、ちょっと昔の話だよね。今はもうすっかりだし」

「当たり前じゃない。私も、もう昔とだいぶ変わったから」


 そう言いながら、昔のことを少し思い出す。

 今も少しはそうだけど、私は幼い頃、男の子たちによくからかわれた。

 それは私がちっちゃくて負けず嫌いなこともあったんだけど、それ以前に、私の名前と姿とのアンバランスが大きかった。

 だって、高坂「柾木」と来て、それが女の子だと思ってくれる人は、あまりいない。

 おかげで、私は小学校の頃、いつもクラスの男たちの目当てになった。

 あいつらがあまりもしつこかったから、その結果、私はいつの間にか男嫌いになっていた。

 ――その時は、本当に、男なんて低脳な奴ばかりだと思っていたから。

「でもおかしいね。柾木って私よりは男っぽく育てられているんでしょ? むしろ、その子たちとはよく気が合いそうだったけどね」

「冗談でもそんなの言わないで。こっちは大変だったんだから」

「だけど、私としたらちょっと不思議だよね。そこまでからかわれたと言うのに、なぜこの名前はいやだ、って言わなかったの?」

「……多分、そこまで嫌じゃないから」

「よく男に間違えるし、似合わないって言われるし、可愛くもないのに?」

「でも、お父さんが付けてくれた大事な名前だもの。ちゃんと自分の名前だ、と思っているから、じゃないかな」

 私はそう言いながら、残っていたパンを口にした。

 お姉ちゃんが言うとおり、この名前で大変な目に会ったのは一度二度じゃない。

 特に小学校の時は、それのせいで酷い目にあったりした。

 でも、なぜだろう。

 私は、「高坂柾木」と言う、自分の名前が嫌いじゃなかった。

 それは、ひょっとしたら、その名前が「美咲」というお姉ちゃんのと対になっているからかも知れない。

 もしかしかったら、自分がお姉ちゃんよりは男らしく育てられたから、この名前も嫌いじゃなかったかも知れない。

 それじゃなかったら、これが「お父さん」のつけてくれた、思いが込められた名前だからかも知れない。

 でも、これだけは言える。

 私は、今までこの名前を後悔したのが一度もない、と。


「あはは、柾木ちゃん、難しい顔してる」

 私がそんなのを考えていたとき、お姉ちゃんが私を見ながら、くすっ、と笑った。

「ごめん。そんなつもりではなかったの。ただね、気になったから、つい」

 お姉ちゃんはそう言いながら、ごめんなさい、と頭を下げた。

「そんな、謝らなくていいの。私のせいでしょ?」

 そう言いながら手を振ると、お姉ちゃんはいつものように微笑みながら、突然こんなことを聞いてきた。

「ありがとうね。では、柾木ちゃん。今は好きな人いる?」

 ぷっ!!

「な、なに言ってんの?!」

「あら。すごく驚いてるね。もしかしたら、図星だったかも」

「そんなのない! 私、まだ好きな人、いないから」

「おかしいな。最近よく言うんでしょ? あの子のこと」

「いや。あいつはね、違うの。ちゃんと話したこともないし。いやいや、その前にね……」


 私はそう言いながら、必死で首を横に振った。

 そういえば、あいつのこと、お姉ちゃんに話したことがあったんだ。

 でも、違う。

 あいつとはそんな関係じゃない。

 って言うか、本当に何の関係もない。

 ちょっと頭に来た時に、うっかりとお姉ちゃんに言っちゃっただけだ。

 ……お姉ちゃんは、いったい何を考えているんだろう?

 あいつと私の関係、勘違いしてなかったらいいんだけど。


「あ、そろそろ時間ね」

 そんなに顔を赤くしていた時に、お姉ちゃんがそう言いながら私を見た。

「え、もうそんなになったの?」

「うん。今日は早いね。ちょっと話しすぎたかしら」

「そうかもね。こんな機会、最近はあまりなかったから」


 私はそう言いながら、腰を上げた。

 お姉ちゃんと話すのが楽しくて、つい長くなってしまった。

 お姉ちゃんが「本部」を出てから、こんな時間もあまり持てなかったんだ。

 だから、今のこの瞬間が、私はとてもうれしい。


「では、いってらっしゃい」

「うん。行ってくるね。お姉ちゃん」

 私はそう挨拶をしながら、いつも乗っている車に座った。

 久しぶりだな。学校に行くのは。

 しーちゃん。今、元気にしてるのかなー……

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