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ジュブナイル・イクリプス  作者: リル
秀樹ルート
24/90

24.ある夜のこと

「どこ行ったんだ、まったく……」

 秀樹の家を訪れて二日くらい経った、ある日の夕暮れ。

 私は珍しく外を走り回りながら、秀樹の姿を探していた。さっき、「組織」の建物の中で、秀樹の姿が見つからないことに気づいたからだ。

 どこに行ったんだろう。もう外に出入りしてもいいって許可は取れたものの、やっぱり、あまり遠くまで秀樹一人で行くのは危険だ。秀樹もそれは知っていると思うけど、今はなかなか連絡がつかない。

 これって、ひょっとしたら今朝のことと繋がっているのかな。

 街のあっちこっちを駆け回りながら、私はそんなことを思っていた。


 それは今朝のこと。

「どうした、あまり元気がないようだが」

 私は廊下で出くわした秀樹に、そう話しかけた。なんでだろう。今日の秀樹は、どこか寂しそうだ。

「……別に」

「別も何もないだろう。昨日からずっと一人でいたがってるし」

「そんな時もあるよ。気にしなくていいから」

「そうなのか」

 それっきり、話は途切れる。いつもの秀樹とはあまりにもかけ離れた態度で、私は少し動揺していた。もちろん、自分だって何でもないフリはしたものの、今日一日は、それが気になって仕方なかった。

 最近、どうしたんだろう、秀樹って。以前、私が秀樹の家に行ってから、ずっとこんな感じだ。

 何か、私には言えない事情とか、あるのかな……。


 もう時間もだいぶ遅くなったからか、空はあっという間に暗くなっていた。

 そういや、秀樹って晩ごはんも食べてないと思うんだけど。いちおう、その時に備えて、近くのコンビニでパンも買ってきた。秀樹の口にあうのかはわからないが。

 そういや、今日の夜、雨が降るって言ってた気がする。

 ……やっぱり、傘もいっしょに持っていった方が良いかな。

 そんなことを思いながら、私は暗くなった街を彷徨っていた。


 結局、私が傘とパンを両手にして、「組織」の建物の近くにある公園に入ってきた時だった。

「……いた」

 その公園の、入り口の奥にあるベンチに、秀樹はちょこんと座っていた。

 もう暗いから、微かな光に頼るしかないんだけど……遠くに見えるその姿は、どこか寂しそうっていうか、朝より元気がないように思えた。

 ともかく、急がないと。

 私はそのまま、秀樹に向かって早足で歩いてゆく。


 近づいてみたら、やっぱり秀樹は俯いたまま、ベンチにじっと座っていた。ひょっとしたら、今、私がここにいることすら気づいていないのかもしれない。

「どうしたんだ」

 それに、こうやって話しかけてみても、秀樹からは返事がなかった。

 本当にどうしたんだろう。やっぱり何か、悩みとかあるのかな?

「柾木とは関係ないもん」

「……どういう口調だ」

 とはいえ、秀樹は少し間を置いてから、そう答えてくれた。よかった。まだ私と話すつもりではあるらしい。

「俺がどこにいたって、柾木にはどうでもいいじゃん」

「なんでだ」

「でも、俺なんか、どうせ目障りとか、そんなふうに思ってるんだろ」

「それはまた、どうしてだ」

 秀樹は、まるで以前、ゆかりさんといた時のように拗ねていた。でも、今はただひねくれているだけで、こっちが嫌いになったとか、そういう感じではない。子供っぽい拗ね方というか、なんていうか。

 今はそんなふうに、いじけていたい気分なのかな。

 それならば、こっちもそれに合わせてあげた方がいいだろう。今の秀樹は、だいぶ落ち込んでいるようだったから。

 そんなことを思いながら、私は、秀樹のとなりに腰を下ろした。

「そもそも、こっちは別にそう思っていない」

「嘘つき。いつも俺にはトゲトゲしかったくせに」

 今日の秀樹は、いつもと違ってつんつんしている。今まで秀樹が、私にこんな態度を見せたことはあったのだろうか。

 ひょっとしたら、秀樹はずっと、それが気になっていたのかもしれない。

 以前の私が、秀樹には冷たかったことを。


 もちろん、私は秀樹ではないのだから、実際にどう思っているのか、なんでいじけているのかはわからない。

 でも、今までの秀樹の様子と、今日のこのいじけ方から考えてみると、少しだけ、その気持ちがわかるような気がする。

 秀樹の言っているとおり、以前、ここで「別の姿」で出会うまでの私は冷たかった。私は学園に行くたびに、ずっと秀樹につんけんとした態度を取ってきた。

 だが、ここで出会ってからの私は、以前に比べると遥かにやさしい。

 秀樹のことだから、それをすんなりと受け入れたものの、この私の急に変わった態度が、ただの「お仕事」ではないだろうか、と疑っているのだ。

 今の秀樹は、ただでさえ「別の姿」になってしまったせいで不安定なのだから、そういうことを思い始めると、だんだん辛くなってきたのだろう。今まで秀樹は、ずっとその感情を我慢してきたはずだ。

「……あの時のことが、まだ気になっていたのか」

「……」

「ごめん、それは俺の責任だと思う。あの頃は、あまり秀樹のこと、知らなかったから」

 そんなことを言ったものの、秀樹は相変わらずじっとしている。今回はどうも、容易くは行かなさそうだ。

 でも、私はこのようにいじけている秀樹に付き合ってやろうと思う。今のようにひねくれている秀樹には、それがいちばんいい。

 ……なんだか、いつもと関係が逆になったような気がする。

「でも、今までの柾木は、こうなった俺が可哀想なんだから、仕方なく付き合ってくれてるんじゃないの?」

「違う」

「以前にはそこまで嫌だったのに?」

 今日の秀樹は、手強い。

 それを聞いた私は、心に何かがグサッと刺さったような気持ちになった。最近、それは自分の間違いって、ようやく気づいたばかりなのに。

「……それは、俺が素直じゃないから」

 だから、私は辛くなる気持ちを抑えて、こう答えた。

 変だな。「自分は素直じゃない」って。たしかにそうなんだけど、それじゃ、こんなことを口にしている自分は、いったいなんだろう。滑稽だ。

「でも、今は違う。別にそうしたいわけじゃない」

「……」

「自分って、そういうの自然にできないから、そうなってただけだ」

 これも本当のことだった。私は子供の頃から、誰かに素直に気持ちを伝えるのが下手だった。たぶん、これはお父さんからの譲りだと思う。

 ぐぅぅー

 その時、秀樹のお腹が大きく鳴った。

 やっぱり、晩ごはん、食べてなかったんだ。周りから聞いた話で、どうやら夕暮れ前からいなくなったようだったから、想定はしていたけれど……。

「パン、食うか?」

 私が持ってきたアンパンを差し出すと、秀樹は少し迷ってから、それを手にした。まるでリスでもあるように、それをもぐもぐと口にする。

 こんな秀樹は、やっぱり初めてだった。

 それくらい、私に嫌われてるかもしれないってことが、怖かったのだろうか。


「怖かったんだろうな」

 秀樹がパンを食べ終わる頃、私はそんなことを口にした。そろそろまた話してもいいかな、と思ったからだ。

「その、俺の態度が急に変わったから、どっちなのかわからなくて。さっきも言ったけど、それは全部、自分の責任だと思う。悪かった」

 しばらく、沈黙が流れる。

 私たちは、何もしゃべらないまま、ずっとそうして黙っていた。

 自分の心は、ちゃんと秀樹に伝わったのだろうか。あまりこういうのが得意じゃないし、今は「別の姿」だから、余計に心配してしまう。

「それで、ずっと不安にさせていたなら、ごめん」

「……」

 秀樹は、答えない。

 でも、きっと、私の話をちゃんと聞いているはずだ。

「だから、もう帰ろう。周りも暗いだろ?」

 私がそう話しかけたら、秀樹は急に、こんなことを言ってきた。

「おんぶして」

「あ?」

「おんぶ。俺はおんぶされたいの」

 ……なんだろ。今日の秀樹、すごく子供っぽい。

 やっぱり、今までいろいろなこと、我慢してたんだ。

「もうすぐ、雨が降るかもしれないのに?」

「んじゃ、傘は俺が持つ。おんぶして」

 今日の秀樹は、これっぽっちも譲る気がなさそうだ。こうなったら仕方ない。今の私なら、できないわけでもないし。

「仕方ないな」

 それに、これくらいで秀樹の気持ちが晴れるなら、それでよかった。

 やっぱり今日の出来事は、私が秀樹のことを、理不尽に扱っていたせいだから。


 私が秀樹をおんぶして帰る時、空からは雨が降りはじめていた。

 当たり前だけど、「別の姿」でも秀樹は重かったし、こんな雨の中、誰かを背に乗せてから帰るのはちょっと大変だった。

 でも、まあ、できないわけではない。どうにかできるように、私は体から、力を絞り出す。

 秀樹は傘をさしたまま、私の背に顔を埋めていた。どうやら、その姿勢が心地よいらしい。

 ……なぜか、ちょっとくすぐったい気持ちになった。

 今の私たちって、いったいなんだろう。

 心が、すごくドキドキする。

 今は自分の後ろにいる秀樹に、心を奪われてしまったようだ。

 バレてないよね、これ。

 こんなの、バレちゃったら、ものすごく恥ずかしい。


 今日のことで、わかったことがある。

 以前にも思ってたけど、やっぱり秀樹って、普通の男の子だ。

 大人しかったり、そういうところはちゃんとあるんだけど、年相応というか、自分のように、弱いところとか、もろいところもちゃんとある、そんな男の子なんだ。

 でも、それを明かすことは辛いから、わざと何でもないフリをしているだけ。

 そこは、とても、自分自身とよく似ている。

「気持ちいいのか?」

 そんなことを思いながら、私は秀樹にそう聞く。できる限り、優しい声を意識したけど、どうだったのかな。

「……うん」

 ちょっと間を置いてから、秀樹はそう答えてくれた。自分がそれに安心していると、ふと、後ろからこんな声が聞こえてくる。

「今日は、ごめんね。俺がわがままで」

 やっぱり、秀樹は秀樹だ。

 思わず苦笑いをこぼしながら、私はそんなことを思った。

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