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ジュブナイル・イクリプス  作者: リル
秀樹ルート
21/90

21.なぜかちょっと悔しい

 タッ、タッ、タッ。

 その日の深夜にも、私はパソコンの前で、いつものように作業に打ち込んでいた。

 もちろん、その作業は「作戦」を練り、みんなの状態をチェックすることである。つまり、訓練担当である教官から送られてくるデータを参考して、それに合わせて作戦などを作るのが私の仕事だ。

 最近、暇な時が多かった反動なのかどうかはわからないが、今日はいつもより、やるべきことが溜まっていた。とはいえ、「反軍」から「化け物」が送られてくる時よりは余裕がある。たしか、眠れる時間はかなり減ったが、あんな時と比べるとだいぶ楽だ。

 そういや、あの時のメールはそれっきりだな。まったく連絡が来ていない。まあ、私も今は忙しいし、そんなことに一々気を使えないというのが本音だけど。

 まだ、やることは残っている。眠くなってくるのをどうにか我慢するため、私は近くにあるエナジードリンクを一気飲みした。力技ではあるが、こういうやり方でも取らなければやっていけない。

 そんなことを思いながら、クーラーの効いた事務室で作業に熱中していた時だった。

『やっほー柾木!』

 まだ眠れなかったのか、雫からそういうメッセージが送られてきた。

 こういうことは稀によくある。自分でも何を言っているのかよくわかんなくなってきたけれど、雫は時折こんなふうに、変な時にこっちにちょっかいを出してくることがあった。

『もう二時だ。そろそろ寝ろ』

『やだー柾木と遊びたいんだもん』

 今日の雫は、いつにも増してわがままだ。何か疲れることでもあってのだろうか。学園での雫(ちなみに、ものすごいお嬢様学院である)は、どんな時にも無理して、明るく振る舞っているらしいし。

『遊ぼ~(ぴょんぴょん)』

『遊ぼ~っ(ぴょんぴょん)』

 かわいいうさぎのスタンプまで使いながら、雫はこっちを振り回しにきた。かわいい、ものすごくかわいいんだけど……。今は、そんなところじゃない。

『こっちもお仕事があるから、勘弁してくれないか?』

『だって、最近の柾木、あの橘さんにかかりっきりだし』

『ああ、そのせいだったのか』

 たしかに、雫が拗ねてしまうこともよくわかる。雫って、わりとヤキモチ焼きな性格だ。まあ、あの強気な性格から見ると、まったく意外じゃないんだけど。

 だから、最近、見知らぬ女の子……ってことになっている秀樹と私がよくいっしょにいるのは、雫にとって、ちょっとつらいことだったのかもしれない。

『わたしというかわいい彼女がいるのに、橘さんばかりずるいよ柾木。こっちも拗ねちゃうよ?』

『わかった。わかった。今度、いっしょに出かけよう。それでいいだろ?』

『むー柾木って、女の子がわかってないなー』

 そんなことを聞かれると、ちょっと傷つく。だって、こっちも女の子であるつもりだから。

 まあ、雫としては「そういうこと」にしておきたいんだろうけど……。ときおり、雫はこんなふうにわがままなお姫様になっちゃうから、こっちとしては困る。

 いちおう、こっちも強気だって、子供の頃にはよく言われてるのに。別に自慢でもなんでもないけど、こういう状況になると、ちょっと頭が痛くなる。

『ともかく、約束ね。柾木! 大好きだよー』

『ああ、おやすみ』

 やっと雫もチャットを切ってくれたし、こっちにも余裕が出てきた。

 やはり、ずっとお仕事ばかりじゃ効率がよくない。少しだけ、息抜きをしてみてもいいじゃないかな。


 そう考えた私は、ブックマークを探って、いつもの「あの」サイトに入る。お気に入りの黒ロリ服をいっぱい売っている、お馴染みのサイトだ。

 ここだけではなく、私は黒ロリを買う時に、さまざまなサイトを使っている。すべては、すでに空気みたいに当たり前になった、ネットのおかげだ。

 あまりオフで買い物をする時間が作れないため、私は服などの買い物を、ほぼ全部ネットで済ませている。どれだけ疲れる時だとしても、このような黒ロリのサイトをみると、元気が溢れ出すような、そんな気がした。

 やはり、かわいい服は大好き。

 ここにいれば、どれだけ「別の姿」だとしても、私は間違いなく、自分自身になれた。

「今度はこんな服が入ったのか……いいなぁ……あとでチェックしてみようか……」

 ここを見ながら独り言をどれだけ口にしたって、外には漏れない。今の私は、自由だ。まあ、外から見るとたぶん、危ない男以上のなんでもないんだろうけど、それはそれで――

『柾木、柾木!!』

 そんな時、いきなり電話がかかってきて、私はびっくり……ところか、仰反る。時計を見ると、もう三時にかかっている頃だった。何、これは……秀樹?

 なんでこのような時間に、こっちに連絡してきたんだろう。

 こっちとしては、やはり眠ってほしいけど、秀樹にかまうのだって、今は自分の立派な仕事の一つだ。

 出ない選択肢は、ない。

『どうした。こんな夜に?』

『柾木ー眠れないよー暇だよー』

 私が電話に出ると、秀樹はすぐそんなふうに不満を漏らす。まあ、そうだろうとは思っていた。やはり、ここのような見慣れてない空間では寝づらいんだろう。

『別に俺だって、寝ていたわけじゃないが』

『え、なんで?』

『仕事中なんだから』

『あ、そっかー』

 私がそんなことを言うと、秀樹はすんなりと納得してくれる。自分の声が、いつもよりだいぶ疲れているのがよくわかった。

『眠いのに眠れないって、今の俺より大変だねー』

『別に、こういうのは初めてじゃないから、気にするな』

『でもさ、やっぱり大変だろ?』

 秀樹はこっちのことを、むしろ心配してくれていた。

 そういや、私の言っていること、信じてくれてるよね。以前、うっかり漏らしてしまったことからすると、私と雫が、ここで何かをやっているかもしれない、って考えてしまってもおかしくないと言うのに。

 秀樹は、いつもそうだ。

 私のことを絶対に信じてくれるし、ものすごく頼ってくれる。

 なんでそこまで、自分のことを信じてくれるんだろう。私に好意を寄せてくれるのはありがたいけど、そこまで好きでいてくれる理由とか、あるのかな。

 私には未だに、それがよくわからない。別にわからなくても、それはそれでいいとは思ってるけど……。

『別に、俺も秀樹も同い年だから、そこまで辛いわけでもない』

 やはり、自分が幼く見えがちだから、そう思われるのだろうか。

 そういう扱いはよくされるんだけど、そこまで弱い体はしていない。「元の姿」だって、それは同じだ。

 とはいえ、秀樹の心遣いはありがたいけど。

『そっかそっか、変なこと言ってごめんね。でもな~』

『ん?』

『こんな風に話すの、楽しいけどちょっと悔しいな。俺たち、すぐ側にいるというのにね。えいっ』

『何やってるんだ?』

『画面ぐりぐり、してみた。まあ、柾木には届かないんだろうけどね』

 なぜか私は、その光景を思い浮かべてしまう。「端末」の画面をぐりぐりする秀樹。ちょ、ちょっとかわいい。

『そういや、柾木って今、何やってるの? 息抜きとか、ちゃんとやってるのかな?』

『あ、そ、それは……』

 だ、ダメだ。このままじゃ、私が仕事中に黒ロリサイトを眺めていたことがバレちゃう。もちろん、こっちで見ているサイトが、秀樹にわかるわけないけど……。

『ふむふむ、危ないサイトとか、見てたり?』

『ち、違う。と、ともかく、もう寝ろ。だいぶ遅いから』

 もうすぐ、朝がやってくる。

 別に、自分がやっていることはともかくとしても、秀樹にはやはり、早く眠りについてほしかった。

 私がそんなふうに、あたふたしていた時だった。

『あのな、柾木。俺って今眠れないから、子守唄でも歌ってくれない?』

『あ?』

 秀樹は急に、妙なことを言ってくる。まあ、黒ロリサイトがバレるよりは、そっちの方がはるかにマシだけど……。

『だが、秀樹も、野郎の声で眠ることなんてしたくないだろ?』

 もちろん、恥ずかしいのも理由の一つだけど、今の私の声は、かなり低い。たぶん、聞いていて楽しい声ではないと思う。秀樹からすればなおさら。

『別にいいの。柾木の声なんだから』

 だけど、秀樹は、迷い一つもなく、そんなことを自然に口にする。

 どうしよう、ちょっと照れてしまいそうになる。

 別に顔を向き合ってるわけじゃないから、バレはしないんだろうけど、あの、その……。

『あまり、その、期待しないでくれ』

 結局、私はそう頷いた。

 あまり使いみちがないから、そもそも自分の「元の姿」の声は録音していない。だから変換などもできないし、この声でなんとかやり遂げるしかない。

 できるのだろうか。

 私に、この声で歌うことが。


 結局、私は作業も止めたまま、真夜中で秀樹に向かって、変な子守唄を歌うハメになってしまった。

 はっきり言って、この姿で歌う機会なんかめったにないので、自分の耳に届く歌声は、どこかへんてこに思える。

 なんか音程も合わず、誰からどう聞いても音痴……っていうか、完全に疲れた声だったからだ。まあ、夜更かし中の会社員だし、それは仕方がない。

 でも、秀樹は何も言わず、そんな滑稽な歌をじっと聞いて……

 ……くれる?

『くーくー』

『あの……寝てるのか、もう』

 いつの間にか、秀樹はこっちが気づく前に、すやすやとぐっすりと眠っていた。なんでここまで早く寝ちゃったんだろう。ちょっと悔しいけど、まあ、今度はこれで良しとしよう。

 こんな夜に、誰かと喋るのはだいぶ珍しい。もちろん、雫と話すこともよくはあるけど、こんなふうに、「自分のこと」を知っている人と話すのは、かなり新鮮な気がした。

 私って、だんだん秀樹に毒されてる気がする。

 まあ、別に、それが嫌いとか、そういうわけじゃないけど……。


「やっと終わったか」

 あれ以来、なんとか力を絞り出した私は、どうにか仕事を片づけることができた。よかった。これで私も眠れる。

 もうすぐ時間は夜の4時、そろそろ夜明けがやってくるところだ。

 これから眠りにつくつもりだけど、その以前に、水くらいはちょっと飲んでおきたい。今、ここには飲める水が用意されてないので、いちおう、休憩も兼ねて外に出よう。

 そんなことを思った私は、廊下へと出る。少し歩いたら、ふと、向こうから誰かがやってくる気配を感じた。

「……お父さん?」

「お前も仕事中だったのか、柾木」

 お父さんとこんなふうに、廊下で出くわすことはわりとよくある。お父さんだって、「偉い人」なんだから、夜まで仕事で忙しい時が多いんだ。

「橘とは、上手くやっているのか」

「はい。ご心配はいりません。ちゃんとやっていけてますから」

 お父さんの話に、私はそう答える。いつもと同じ、上司と部下のような話し方。外での私とお父さんは、だいたいこんな感じだった。

 ……こんなふうにお父さんと話す時に、視線をそっと逸らすくせは、いったいいつからついたものなんだろう。

「それなら安心だ。体には気をつけろ」

「はい」

 私がそう答えると、お父さんはそのまま背を向け、この場を去った。いつものような会話なのだから、おかしいところなど、何もない。

 でも、こんな時、なぜか私は、すごくモヤモヤしてしまう。

 これはどういう気持ちなんだろう。

 遠くなっていくお父さんの背中を見ながら、私はそこに佇んだまま、どうすればいいのか、ただただわからなくなった。

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