第8章(終)
「ララ…」
「ラピス!」
みんなの顔がうっすらと見える。イリス。アーグ。クルー。それにウイズ…
そうだ、ファル…。良かった。お前は、変わらぬファルのままだ。
こんなにも、まぶしい。
大丈夫…私は何があっても、嫌いではないんだ。この世界。この街。みんな…ウイズ…ファル…ー
「…ん…」
ララは、ゆっくりと目を開けた。
「アトラビリス…は?」
「いなくなったよ。」
クルーが笑顔を見せた。
「もう、悪夢は終わったんだ。僕たちは自由だよ、ラピス。」
「私は、眠っていたのか?」
「ん、そう見えたけどぉ、違った~??」
イリスは、疲れきったアーグをマッサージしながら答えた。
「ずっと、みんなの声を聞いて起きていたと思ったんだが…」
ララはあたりを見回している。誰を探しているのかは、オレには容易に分かった。もちろん、他のみんなにも。
「ファル…?」
「あれ、そういえばいつの間に…」
「さっきまでそこにいたのに…」
オレは少し笑って、ララに耳打ちしてやった。
「あいつからの伝言だ。“ごめんな。俺を許してくれるなら、来てくれ。あの丘にいるから”…だって。」
「そうか…」
ララは笑って、みんなに一言二言何か言って出て行った。外はもう、日が暮れはじめている。厚かった雲は減り、色づき始めた斜陽が差し込む。
「いいのか、ウイズ。」
クルーがニンマリといやらしく笑った。イリスとアーグが“うわぁ…”という顔をして退く。
「…なんだよ、気持ち悪ィ…」
「ララちゃん、取られちゃうぜ、あいつに。」
「ぷっ…」
初めてつづるような不慣れな名前を出すクルーに、周りは思わず吹き出した。
「バーカ、今行ったのはララじゃねぇ。ラピスだ。」
「何が違うんだ。」
また、オレ達は笑った。
ラピスは、息を切らして、郊外にある小高い丘に登った。
「ふぅ、やはり…綺麗だ…」
この時間になると、ここから見える空はとても美しいのだ。
目下の街は夕日に照らされて燈色に映え、あたりは夕焼けに染まっている。東の空はすでに暮れ、濃紺にひたされている。燈と紺のグラデーションが、広大な空を彩る。
「来たか。」
「ファル…」
すぐ後ろに、彼がいた。同じように空を見上げて。
「ここから見る夕日が、一番好きだ。よく覚えていたな。」
「俺は、ここから夜の訪れを見るのが一番好きだ。」
しばらくして、ファルが言葉を続ける。
「…ごめんな。よけいに苦しめたみたいだ。」
「ファル?」
「見てられなかったんだ。死という結果でもいい、どうにかお前をアトラビリスの呪いから解放したかったんだ。」
「それで邪術を…」
「おう、魔法の師匠を見つけて、その人に伝授してもらったんだ。」
「邪術は禁忌だと先生に言われたろう?」
「うっ…忘れてた…とにかく、そのくらい必死だったんだよ!今考えると、超バカだけどな、俺…」
「お前が馬鹿なのはかなり前から知ってたさ。」
「オイオイ…」
ファルは苦笑いした。
「なぁ、ファル。もう一度、一緒に先生の所に戻らないか?」
「へっ?」
「青かったよ。私もお前も。何が本当の強さなのか、何が本当に大切なのか…初心に帰って勉強し直そう。」
「…そうだな。」
ファルは、ラピスの肩に手を添えた。
その肩から、タトゥーは消えていた。
「冷えてきたけど、まだ見てるか?」
「あぁ…もう少し。」
ラピスは、ファルの胸に寄り掛かった。
2人で、暮れゆく空を、愛しい街を、ずっと見ていた。
朝のさわやかな並木道。朝日に光る落ち葉を鳴らし、次々に学生が登校してくる。
「おはよう、ウイズ。」
「おっ?」
ララはきちんと学校に来ていた。
「なんだ、元気そうじゃん。あいつとは仲直りしたのか?」
「ああ、2人で修行のやり直しだ。ファルの奴、よく実家に戻る決心をしたものだ…」
「へ?」
ララは、親指で後ろを指した。
オレが振り向いてみると…
「た、助けてくれぇ~!」
ボロボロになった若い男がこっちへ走って来た。
ファルだった。
「助けてくれ、殺される…!」
ファルはガタガタ震え、ララの後ろに隠れてみた。
「待ちやがれクソガキがぁっ!!」
「ひっ…」
鬼のような形相をした一人の大人が、何本もの薪を持って追いかけて来た。その恐ろしさは、アトラビリスにも匹敵すると思う…
「どけっ、ラピス!」
「ひぃっ!」
鬼は、ファルの襟首をひっつかんで、
「邪術には手ぇ出すなって、あれっほど言っただろうがァァ!!」
「にぎゃあああぁっ!!」
「…うっ…」
オレは、目の前の惨劇から目を背けた。
何が起こったか?それは…とてもオレの口からは…
「…あの通り、先生はスパルタな人なのだ。禁忌を破ったファルに、おしおきが下されるのも無理はない。」
「そ…そう……」
さすがララとファルを育てた人だけあって、只者じゃないぞ、先生……
しばらく歩いてから、オレは切なげにつぶやいた。
「あ~ぁ、2人一つ屋根の下か。仲がよろしいようで…」
「ん?」
「お前が幸せなら、それでいいさ…オレは応援するぜ…」
ララは首をかしげ、しばらく考えてから答えた。
「…よく分からんが、仕方ない。ラピスラズリはファルの相棒なのだ。」
オレは、あえて返事をしなかった。
「でも、ララ=インディはお前の…」
「…!」
オレの左頬に、ララの唇が当たった。
「なっ…」
真っ赤になったオレを、ララは平気な顔で笑い飛ばした。
「お前の、悪友だろう。そいつは礼だ。黙って受け取っておけ。」
「…むぅ…」
冷たい風が、オレのほてった顔を撫ぜていく。
時間が、季節が、ゆっくりと動き出す。この風は冬を運んで来る。すぐ後ろに春を抱いて。
夢中で探し続け、オレは何かを掴んだような気がした。戦いの記憶と、すべての真実と、一握りの奇跡…これらを、何と呼ぼうか。
「ほらウイズ、遅刻するぞ。1限目はクリーク教授の国史だ。」
「げっ!遅刻は即死やん!!」
そして傍にある、インディゴ・ブルーを。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。