第7章
「ああするしかなかった、仕方なかった…”それから、僕たちは後ろめたくてひっそり暮らしてた。僕たちは、輝くような英雄じゃない。友達をスケープゴートにして生き残った弱虫だ。」
クルーは、低い声で“あの時”のことを話してくれた。
「気丈な子だから表には出さないけど、アトラビリスの器は大変らしい。いつ封印が破れるかと不安な上、桁外れな魔力のせいで、成長は止まる、服は朽ちる…寿命だって、かなり削られるはず。そして、少しでも精神の平安を欠くと、すぐ奴の力が暴走しようとする…」
「あぁ…」
動揺したらすぐに肩を触るあの癖。童顔で華奢な外見。虫食いやストーカーの時の嘘…
オレの中で、すべてのつじつまが合ってしまった。
時を止めたように。蕾の姿のまま自由に咲くことなく、ゆっくりと死へ向かう花みたいだ…
「やめろーッ!!」
「ララ!?」
ララの悲鳴で、オレは我に帰った。
「こっちだ!」
「くそ、一歩遅かった!」
先頭を走っていたアーグが、古い小屋に体当たりするように入っ…
「うわっ!」
中から、毒々しいほどの光が溢れる。アーグはそのエネルギーにはね飛ばされ、こちらに転がる。
「アーグ!」
「なに、この術…気持ち悪い光…」
アーグは、起き上がって鼻をつまむ。
「いる…アトラビリス…!ファルの奴、本気でやりやがった!クルー、見てくれ!」
「おう!」
クルーが追いついて中へ。オレとイリスも続く。
「うっ…」
部屋をひどい臭いが包む。足下を吹き抜ける邪気。そして、きゅうくつそうに唸る大きなアトラビリスの傍らに、一人の男がいた。
「誰だ!!」
そう言ってしまってから、息を飲んだ。
魔導師の服を着ているけど、筋肉のつき方からして剣士だ。あれは…あの夕焼け色の髪は…赤い瞳は…
「よぉ、遅かったなお前等…」
男はニッと笑い、真っ白な剣を取り出した。
「ファル…」
「うっそお、これがファル!?」
オレの言いたいことは、イリスが代弁してくれた。あの剣士が、まさかこんな風に…
「そこで見ていろ。ラピスに取り憑いた化け物を消し去ってやる。そのために俺は力を手に入れたんだ。クルーのいまいましい封印術を破る力!邪を払う聖剣!大の苦手だった魔法!俺はこの5年間、ラピスを救うために駆け回ってきたんだ!」
ファルは、アトラビリスに剣を突き立てて詠唱した。
「黒き稲妻っ!」
アトラビリスの胸元で黒い魔力がバチバチ弾ける。アトラビリスの反撃をかわしたファルは右腕に手袋をはめ、魔力を練る。
「黒き太陽!」
ファルは炎渦巻く拳をアトラビリスに打ち込んだ。
「すげぇ…」
オレは驚いた。あいつ、とんでもない男だ…
技の名前を叫びながら戦ってる!イリスみたいだ!恥じたら負けなんだな!
…じゃなくて。本物のアトラビリスに、一対一で互角なんて、あいつは本当に17歳の人間か!?
「もうやめろ、ファル!ラピスが死んでしまう!」
アトラビリスの苦しむ様子を見たクルーが叫ぶ。
「な…」
「アトラビリスとラピスは完全に分離していない!アトラビリスのダメージが直に行ってるはずだ!」
「そんな、ララ!」
オレは慌てて駆け寄ろうと…
「よせウイズ、相手はアトラビリスだ。お前までやられる!」
「ララ!ララが危ないんだろ、放せ!」
ー…オレは、あの夢を思い出した。十字架にかけられ、目を開けないララ。オレを止めるみんな。そして、ララを斬りつける少年…ファル…
「…じゃ、どうしろと?」
ファルは邪悪に笑った。
「俺が何もしなくたって、奴はラピスを食い破って暴れてたかもしれない。そしたら、アトラビリスはお前等も殺すだろ。それから、こっから出て、街のみんなを殺す。壊す。それでいいか?」
反撃してくるアトラビリスに剣を向けて…
「俺なら、こいつを消せる。そんでラピスが死んじまったら、俺も首かっ斬って追いかけるさ。アトラビリスに囚われて生きるよりは、ラピスも幸せだろ?」
「…ッの…」
オレは舌打ちし、走り出した。
「馬鹿ヤロォ!」
ファルを思いきり…それこそ渾身の力で殴り飛ばし、アトラビリスの方へ…
「ウイズ、やめろ、危ない…」
「かまうかよ!」
しかし、オレが槍を抜くより先に、アトラビリスはオレを捕まえた。息が出来ないくらいきつかったけど…
「ぐぅ…っ」
『ククク…マズハオマエカラ…』
「ウイズ!」
クルーが風の刃の魔法を使おうとするが、オレはそれを制止する。
「かまうなっ…今やったら…ララが…」
「くっ…」
クルーは慌てて詠唱を止めた。
「…あいつ…」
ファルは、殴られた左頬を触ってうつむいていた。
「ララ!あの時イリスは自我を取り戻したろ!お前も戻って来い!」
オレは、オレを潰そうとするアトラビリスに向かって叫んだ。
「そうよ…」
イリスも、邪気を放つ化け物に近付いた。
「あたしに出来たんだもん、ラピスも、戻って来てよぉ!」
人一倍邪気に弱いアーグも。
「そうだ、ラピス!お前はアトラビリスなんかに負ける子じゃないだろ?オレにするみたいに、アトラビリスにもガツンとアッパー食らわして追い出しちまえ!」
逡巡の末、クルーも。
「…っ、長らく苦しめて悪かった、ラピス!お前は犠牲なんかになるな、お前こそが英雄だ!」
『邪魔ナヤツラダ!』
「きゃんっ!」
イリスがアトラビリスの尾ではね飛ばされる。アーグが回復に走る。
それでも2人は、呼び掛け続けた。
ファルが、顔を上げる。
「ララっ…」
オレも叫んだ。つもりだったが、アトラビリスの握力でもう気が遠くなりはじめていた。自分の骨がきしむ音も聞こえた。
暗くなる意識に、一筋の朝日のような声が差し込んだ。
「レム=ローザ=ラピスラズリ!お前は影の化け物にあらず、愛される者!苦を背負う十字架にあらず、美しき薔薇の華!その名はラピスラズリ、目を覚ませ!」
「…?」
オレは目を開けた。みんなはファルの方を振り向いて見ている。
「ファル…」
彼の目は、さっきと違う色をしていた。
「お前を見てたら、昔の自分を思い出しちまったよ、ウイズ。本当の強さを知ってた俺を…」
ファルは、アトラビリスの血だらけの剣を放り投げて、ララの血がついた割れた銅剣を拾った。
彼の手で、それは鋭く光った。
「いつの間にか、なんの光もない鉄錆びに成り果ててた…こんなのは、俺じゃねぇ!!俺は陽鉄の子!太陽の光を浴びる鷹!ライト=ファルコンだ!」
その時。
『グッ…ゥ…マタ…邪魔ヲ…ガアァア!!』
アトラビリスはララから分離し、霊体になった。
「ララ…」
オレは圧迫から解放され、彼女の元にふらふらと歩み寄った。
「よかっ…た…ウイズ…」
ララは、目を閉じて倒れていたが、うっすらと意識があるようだ。
「この時を待ってたぜ!」
ファルは、霊体に銅剣を刺した。
銅剣は霊体を通過せず、深く深く身体を切り裂く。アトラビリスは、顔をゆがめた。
『ギアアァア!何故ッ…』
「てめぇの弱点は見切ってる、ウイズが思い出させてくれたぜ!」
「そうか…」
イリスがアトラビリスを退けた時。オレがインプを消した時。そして今。
純粋な純粋な、強い意識の下、エネルギーそのままの魔力は何より強い力を持っていた。
「…簡単な方式だ。霊体も、置換されない魔力も…いや生命のエネルギーそのものこそ…この世界で実体を持たない力。同じ次元の力だから通じるんだ…」
しがらみに、名誉に、様々な世界の価値観に囚われた大人には出来ないであろう、純粋な純粋な意志。
その意志の結晶が、イレギュラーな力が、奴の唯一の弱点だったんだ。
「うらぁっ!」
オレも槍を抜き、霊体に突き立てた。肉を突く、確かな手応えがあった。
『グオォ…ッ…オノレ!ワタシハ死ナン!人間ト光アルカギリ、影ハ滅ビヌ!覚エテ…イロ…!!』
肉の感触が、どろりと煙のように溶けていく。
今度こそ…本当に…アトラビリスが消えたんだ……
「終わった…」
オレは、膝をついてしゃがみこんだ。
「ラピス!」
ファルが、倒れているラピスの所に走る。すでに他の3人が傍らに寄り添っていた。
「ラピス、大丈夫か!?」
「落ち着けファル、問題ない。」
「もぉ、ファルの馬鹿!もう、こんなことしないでよ!」
「…あぁ…ごめん。約束する…」
イリスににらまれ、ファルは頭をかいた。
「大丈夫。このくらいなら治せるよ。」
アーグがみんなに笑いかける。
「よかったぁ~!あとで肩揉んであげるから、頑張ってネ!」
「おうよ!」
イリスの笑顔に、アーグは鼻息荒く張り切った。
「…。」
ファルは苦しそうに笑い、オレの方へ歩いてきた。
「ありがとな、ウイズ…だっけ?あいつが起きたら、言っておいてくれ…」
オレに小さな声で伝言を頼むと、彼はどこかへ去っていった。