表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第7章

「ああするしかなかった、仕方なかった…”それから、僕たちは後ろめたくてひっそり暮らしてた。僕たちは、輝くような英雄じゃない。友達をスケープゴートにして生き残った弱虫だ。」

クルーは、低い声で“あの時”のことを話してくれた。

「気丈な子だから表には出さないけど、アトラビリスの器は大変らしい。いつ封印が破れるかと不安な上、桁外れな魔力のせいで、成長は止まる、服は朽ちる…寿命だって、かなり削られるはず。そして、少しでも精神の平安を欠くと、すぐ奴の力が暴走しようとする…」

「あぁ…」


動揺したらすぐに肩を触るあの癖。童顔で華奢な外見。虫食いやストーカーの時の嘘…

オレの中で、すべてのつじつまが合ってしまった。


時を止めたように。蕾の姿のまま自由に咲くことなく、ゆっくりと死へ向かう花みたいだ…


「やめろーッ!!」

「ララ!?」

ララの悲鳴で、オレは我に帰った。

「こっちだ!」

「くそ、一歩遅かった!」

先頭を走っていたアーグが、古い小屋に体当たりするように入っ…

「うわっ!」

中から、毒々しいほどの光が溢れる。アーグはそのエネルギーにはね飛ばされ、こちらに転がる。

「アーグ!」

「なに、この術…気持ち悪い光…」

アーグは、起き上がって鼻をつまむ。

「いる…アトラビリス…!ファルの奴、本気でやりやがった!クルー、見てくれ!」

「おう!」

クルーが追いついて中へ。オレとイリスも続く。

「うっ…」


部屋をひどい臭いが包む。足下を吹き抜ける邪気。そして、きゅうくつそうに唸る大きなアトラビリスの傍らに、一人の男がいた。


「誰だ!!」

そう言ってしまってから、息を飲んだ。


魔導師の服を着ているけど、筋肉のつき方からして剣士だ。あれは…あの夕焼け色の髪は…赤い瞳は…


「よぉ、遅かったなお前等…」

男はニッと笑い、真っ白な剣を取り出した。

「ファル…」

「うっそお、これがファル!?」

オレの言いたいことは、イリスが代弁してくれた。あの剣士が、まさかこんな風に…

「そこで見ていろ。ラピスに取り憑いた化け物を消し去ってやる。そのために俺は力を手に入れたんだ。クルーのいまいましい封印術を破る力!邪を払う聖剣!大の苦手だった魔法!俺はこの5年間、ラピスを救うために駆け回ってきたんだ!」

ファルは、アトラビリスに剣を突き立てて詠唱した。

「黒き稲妻っ!」

アトラビリスの胸元で黒い魔力がバチバチ弾ける。アトラビリスの反撃をかわしたファルは右腕に手袋をはめ、魔力を練る。

「黒き太陽!」

ファルは炎渦巻く拳をアトラビリスに打ち込んだ。

「すげぇ…」

オレは驚いた。あいつ、とんでもない男だ…


技の名前を叫びながら戦ってる!イリスみたいだ!恥じたら負けなんだな!

…じゃなくて。本物のアトラビリスに、一対一で互角なんて、あいつは本当に17歳の人間か!?


「もうやめろ、ファル!ラピスが死んでしまう!」

アトラビリスの苦しむ様子を見たクルーが叫ぶ。

「な…」

「アトラビリスとラピスは完全に分離していない!アトラビリスのダメージが直に行ってるはずだ!」

「そんな、ララ!」

オレは慌てて駆け寄ろうと…

「よせウイズ、相手はアトラビリスだ。お前までやられる!」

「ララ!ララが危ないんだろ、放せ!」


ー…オレは、あの夢を思い出した。十字架にかけられ、目を開けないララ。オレを止めるみんな。そして、ララを斬りつける少年…ファル…


「…じゃ、どうしろと?」

ファルは邪悪に笑った。

「俺が何もしなくたって、奴はラピスを食い破って暴れてたかもしれない。そしたら、アトラビリスはお前等も殺すだろ。それから、こっから出て、街のみんなを殺す。壊す。それでいいか?」

反撃してくるアトラビリスに剣を向けて…

「俺なら、こいつを消せる。そんでラピスが死んじまったら、俺も首かっ斬って追いかけるさ。アトラビリスに囚われて生きるよりは、ラピスも幸せだろ?」


「…ッの…」

オレは舌打ちし、走り出した。

「馬鹿ヤロォ!」


ファルを思いきり…それこそ渾身の力で殴り飛ばし、アトラビリスの方へ…


「ウイズ、やめろ、危ない…」

「かまうかよ!」

しかし、オレが槍を抜くより先に、アトラビリスはオレを捕まえた。息が出来ないくらいきつかったけど…

「ぐぅ…っ」

『ククク…マズハオマエカラ…』

「ウイズ!」

クルーが風の刃の魔法を使おうとするが、オレはそれを制止する。

「かまうなっ…今やったら…ララが…」

「くっ…」

クルーは慌てて詠唱を止めた。

「…あいつ…」

ファルは、殴られた左頬を触ってうつむいていた。

「ララ!あの時イリスは自我を取り戻したろ!お前も戻って来い!」

オレは、オレを潰そうとするアトラビリスに向かって叫んだ。

「そうよ…」

イリスも、邪気を放つ化け物に近付いた。

「あたしに出来たんだもん、ラピスも、戻って来てよぉ!」

人一倍邪気に弱いアーグも。

「そうだ、ラピス!お前はアトラビリスなんかに負ける子じゃないだろ?オレにするみたいに、アトラビリスにもガツンとアッパー食らわして追い出しちまえ!」

逡巡の末、クルーも。

「…っ、長らく苦しめて悪かった、ラピス!お前は犠牲なんかになるな、お前こそが英雄だ!」

『邪魔ナヤツラダ!』

「きゃんっ!」

イリスがアトラビリスの尾ではね飛ばされる。アーグが回復に走る。

それでも2人は、呼び掛け続けた。


ファルが、顔を上げる。


「ララっ…」

オレも叫んだ。つもりだったが、アトラビリスの握力でもう気が遠くなりはじめていた。自分の骨がきしむ音も聞こえた。



暗くなる意識に、一筋の朝日のような声が差し込んだ。


「レム=ローザ=ラピスラズリ!お前は影の化け物にあらず、愛される者!苦を背負う十字架にあらず、美しき薔薇の華!その名はラピスラズリ、目を覚ませ!」

「…?」


オレは目を開けた。みんなはファルの方を振り向いて見ている。


「ファル…」


彼の目は、さっきと違う色をしていた。


「お前を見てたら、昔の自分を思い出しちまったよ、ウイズ。本当の強さを知ってた俺を…」

ファルは、アトラビリスの血だらけの剣を放り投げて、ララの血がついた割れた銅剣を拾った。

彼の手で、それは鋭く光った。

「いつの間にか、なんの光もない鉄錆びに成り果ててた…こんなのは、俺じゃねぇ!!俺は陽鉄の子!太陽の光を浴びる鷹!ライト=ファルコンだ!」

その時。

『グッ…ゥ…マタ…邪魔ヲ…ガアァア!!』

アトラビリスはララから分離し、霊体になった。

「ララ…」

オレは圧迫から解放され、彼女の元にふらふらと歩み寄った。

「よかっ…た…ウイズ…」

ララは、目を閉じて倒れていたが、うっすらと意識があるようだ。

「この時を待ってたぜ!」

ファルは、霊体に銅剣を刺した。


銅剣は霊体を通過せず、深く深く身体を切り裂く。アトラビリスは、顔をゆがめた。


『ギアアァア!何故ッ…』

「てめぇの弱点は見切ってる、ウイズが思い出させてくれたぜ!」

「そうか…」


イリスがアトラビリスを退けた時。オレがインプを消した時。そして今。

純粋な純粋な、強い意識の下、エネルギーそのままの魔力は何より強い力を持っていた。


「…簡単な方式だ。霊体も、置換されない魔力も…いや生命のエネルギーそのものこそ…この世界で実体を持たない力。同じ次元の力だから通じるんだ…」


しがらみに、名誉に、様々な世界の価値観に囚われた大人には出来ないであろう、純粋な純粋な意志。

その意志の結晶が、イレギュラーな力が、奴の唯一の弱点だったんだ。


「うらぁっ!」

オレも槍を抜き、霊体に突き立てた。肉を突く、確かな手応えがあった。

『グオォ…ッ…オノレ!ワタシハ死ナン!人間ト光アルカギリ、影ハ滅ビヌ!覚エテ…イロ…!!』


肉の感触が、どろりと煙のように溶けていく。

今度こそ…本当に…アトラビリスが消えたんだ……


「終わった…」

オレは、膝をついてしゃがみこんだ。

「ラピス!」

ファルが、倒れているラピスの所に走る。すでに他の3人が傍らに寄り添っていた。

「ラピス、大丈夫か!?」

「落ち着けファル、問題ない。」

「もぉ、ファルの馬鹿!もう、こんなことしないでよ!」

「…あぁ…ごめん。約束する…」

イリスににらまれ、ファルは頭をかいた。

「大丈夫。このくらいなら治せるよ。」

アーグがみんなに笑いかける。

「よかったぁ~!あとで肩揉んであげるから、頑張ってネ!」

「おうよ!」

イリスの笑顔に、アーグは鼻息荒く張り切った。


「…。」

ファルは苦しそうに笑い、オレの方へ歩いてきた。

「ありがとな、ウイズ…だっけ?あいつが起きたら、言っておいてくれ…」


オレに小さな声で伝言を頼むと、彼はどこかへ去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ