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第6章

それは、何年も前のこと。


5人の子どもが、無人のさびれた教会で遊んでいた。

キリスト像に登るファル、面白がってそれを揺さぶるクルーとラピス。目を閉じてオルガンを弾くアーグ。その曲を味わいながら微笑むイリス。


「…あっ」

その時、イリスは物陰に赤く光るものを見つけた。

「誰かが落としたアクセサリーかなぁ?」

イリスはそれに触れてしまった。


…それこそが、“奴”の霊体の赤い眼だったのだ…


「きゃああっ!!」

「イリス!?」

たちまち彼女は、真っ黒な霧に包まれる。邪気と鼻をつく腐敗臭が広がり、そこに大きな化け物の姿が現れた。

「アトラビリス…」

誰ともなく、その名が出た。


子どもたちは死の恐怖にあてられたが、みんな黙って食われるネズミではなかった。


「このヤロォ、イリスを返せ!」

両親をアトラビリスに食い殺された過去を持つファルは、ためらわず銅剣を抜いて奴に立ち向かった。しかし、アトラビリスにとって彼の銅剣など蚊の針ほどのものだった。

「来たれ火の大精霊!剣に力を、邪に浄化を!」

クルーの魔法で、アトラビリスに刺さった剣は赤く熱を持って、その身体に食い込んでいった。

『グオォ!』

熱に苦しみもがくアトラビリスは暴れ、ファルは弾かれて強打を負った。

「いっ…」

「大丈夫、骨は折れてないよ。10秒で治すから、クルー、ラピス、そっち頼む!」

ラピスはみんなの前に立ち、藍色の壁を張った。

アトラビリスの身体の毒が反応を起こし、爆発が起きた。アトラビリスの肉片や教会の品々が飛び散るが、子どもたちはラピスの魔法で無傷だった。


4人は強大な怪物を目の前にしてもあきらめなかった。意思の源はみんな同じ。

『…ここで死んでたまるか。イリスを助けて、みんな無事に帰るんだ!!』


その時。

突然、アトラビリスの動きが止まった。


『グゥ…チカラガ出ヌ…コンナコムスメガ、ワタシヲ排除スルトイウノカ!?』

アトラビリスは唸り、黒い霧のような霊体に戻った。核になっていたイリスが目を覚まし、その強い自我がアトラビリスを追い出したのだ。

『オノレ…コンナガキガ核デハ…』

アトラビリスの霊体が、教会を出ようと…

「させるか!光の結界!」

ファルの手当を終えたアーグが、霊体を教会に閉じ込めた。そこにクルーとラピスが魔法攻撃を浴びせる。

しかし、その攻撃は霊体を素通りして教会のシャンデリアを破壊する。

『ハハハ…無駄ナコトヲ…』


無駄…

その通りだった。この世界のものでないエネルギーの塊である霊体には、銅剣はもちろん、電気や火など…この世界のエネルギーも受け付けなかった。


「そんな…」

子どもたちは、互いの顔を見合せ青ざめた。

『ソウダ!苦シメ!恐怖、絶望、理不尽ナ離別ノ悲シミ!ソレガ、ワタシダ!』

霊体は、倒れていたイリスめがけて真っ黒な火を吐いた。

「イリス!」

…しかし、一瞬先にはもうイリスはそこにいない…いつの間にか霊体の後ろに回り込んでいた。

『コムスメガ…』

霊体はそちらに火を吐く。

「マジカルイリスちゃんの秘術そのいち、りふれくしょーん!」

イリスが作り出した魔法の鏡にぶつかった火が、霊体に跳ね返った。しかし霊体にダメージはない。

「うぇえ、自分の技もダメぇ?ホントに弱点ないのぉ~?」

「…。」


ラピスは、意を決したようにクルーに近付き、そっと耳打ちした。クルーは勢いよく首を振る。


「だっ…だめだ!そんなの…正気か!?」

「いいから、やってくれ。自信があるんだ。正確に頼む。」

「…分かった…。」

クルーも、彼女の決心に気圧されて頷いた。

「アトラビリス!来い!私に取り付いてみろ!」

ラピスはみんなの前に立ち、両手を広げた。

「ラピス!?お前、何考えて…」

アーグとファルは止めた。しかし、ラピスは2人に“大丈夫だ”としか言わなかった。イリスとクルーは、彼女がどういうつもりなのか分かっていた。

『ホウ…闇ノ魔女…イイ核ダ…』

ラピスの左肩に、霊体が触れた。

「今だ、クルー!」

「おう!」

クルーは、あまり聞き覚えのない長々しい呪文をとなえる。イリスも魔力援護をする。

「これって…」

アーグは息を飲んだ。

「こないだ習ったばかりの“封印術”じゃないか!クルーの奴、ラピスの身体にアトラビリスを封印するつもりだ!」

「なっ…」

ファルが彼女の所に走ろうとするが…

もうアトラビリスの姿は消えかけていた。アトラビリスは、最後に笑ったようだった。

『フン、ワタシヲ封ズルカ…イイダロウ、娘ヨ、朽チルマデ、ワタシヲ負ッテ生キロ!呪イニ苦シミ生キロ!ワタシ二捕ラエラレタ、アワレナガキ共ヨ!!』

そして、邪悪な影はすべて消えた。


ラピスが霊体と交わった左肩には、闇の色をした紋が描かれていた。


「ラピス…」

ファルは、ラピスとクルーを交互に見た。

「…言われたんだ。“この身体に奴を封印してくれ”って…」

「てめぇ!」

クルーを突き飛ばし、倒れたところに馬乗りになって殴りかかる。

「あいつに全部押しつけたのか!?今の“奴”も、これからも…」

「やめろファル!」

ラピスはそこに駆け寄り、ファルを引きはがした。

「落ち着け。私が望んだことだ。クルーに落ち度はない!」

「ラピス…?」

「これが最善だと思ったんだ。あのままなら、みんな殺されただろう。お前も、街のみんなも、私も…」

「かばうのか?お前を迫害した街の連中も、無力な俺たちも…んで、お前が犠牲になるのか?」

「いけないか?」

ファルは、壊されたキリスト像を仰ぎ見た。

十字架にかけられ、すべての罪と苦しみをその身に負った聖人は、壊れてなお尊く見えた。苦痛を口にしない石の表情は、光を受けて悲しそうに見えた。


「犠牲…か。私はこの通り生きているし、かのイエス様ほどの痛みも苦しみもない。私が同情される要素がどこにある?」

ラピスは、いつもの可愛らしい笑顔を見せた。

「アトラビリスが“ここ”にいることは、みんなの秘密だ。この事実は私達5人が、アトラビリスは私が、責任持って地獄に持って行こう。」

「そうだ。アトラビリスはもういない。殺しちゃあいないが、倒したと言っていいはずだ。僕たちはアトラビリスを倒した。勇気あるリーダーはラピス。これでいいだろ?」

「…。」

ファルはうつむいて、唇を噛んだ。

「こんなの勝ちじゃねぇよ…アトラビリスはラピスの中で生きてるんだ。ラピス、待っててくれ。必ず俺が助けてやる!」

「…ファル?」

そう言ったファルも、いつものように明るい顔をしていた。ラピスも、いつもの剣士かぶれの戯言だと思っていた。


誰も、彼の内面の変化に気付かなかった。

銅と鉄錆びは、ひどく似た色をしていたから。

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