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第5章

「ウイズ…」

しばらく沈黙が続いた後、ララが思い詰めたように切り出した。

「その、実は…アトラビリスは…」


その時。

ドタバタ、ガシャン…騒々しい物音、使用人の叫びが混じる。

下の階からだ。


「きゃあ、誰!?」

「リチャード=アーガイル!イリスのダチす!」

「クルー=ウィスタリア、右に同じ!」

「ちょ、勝手に入らないでください!」

「悪い、緊急なんだ!」

ドカッ!

クルーの足が、イリスの部屋のドアを蹴破った。右手には、1人の小柄な少年。

ぶあつい目がねと白い杖がチャームポイントの…弱視の天才魔導師アーグ。

「久っしぶりぃ~ラピス~っ!」

アーグは鼻をヒクヒクさせ、ララに抱き付いた。

「うわっ何だ!?放せ、ていうか嗅ぐな!」

「だって見えないんだも~ん!ぐはっ!」

ララは、アーグの顎に渾身のアッパーを撃ち放つ。アーグは明後日の方向にふっとんだ。

「全く変わらんな…クルー、ちゃんと首輪をつけておけ。」

「ごめん、あとで死海に沈めておくよ。それとラピス、一大事ね一大事。」

クルーは淡々と言い放ち、ラピスに布で包んだ何かの金属を手渡した。

「協会のインプ…やはり使役術の魔力が残っていたよ。それは…使役者が残した媒介だ…」


ララは、布の中身を見て凍り付いた。

「割れた…銅剣…!?」

銅剣…

ララには信じられないキーアイテムだった。


「そんな…嘘だ…」

ララは銅剣を握りしめた。手から血が吹き出すのもかまわず…

「銅剣の残り香…間違いなく彼だよ…」

「嘘だ…嘘だっ!あいつは魔法など使えない!あいつはそんなことはしない!」

ララは三つ編みがぐしゃぐしゃになるまで髪をかき乱した。

「あんな邪悪な使役の魔力、奴が使うものか!どういうことだ…ファル…っ」

ララはそのまま外へ飛び出した。


かつての相方の名前は、悲痛にオレたちに響いた。




…あれは、ずっと昔だった気もするし、昨日のようにも思える。

母と私がこの街に来てすぐに、街はアトラビリスに襲われた。町並みは壊滅し、たくさんの人が死んだ。母さんも、死んだ。

悪霊レムレースの名を持つ私は…生まれつき怪物と同じ闇の魔法を使える私は…

この街では…不幸を呼ぶ魔物そのものだった。


「影の化け物レムレース。人を惑わす悪魔の酒ローザ。ラピスラズリは、夜闇の色。」

「不幸を呼ぶレムレース。この街から出て行くんだ。」

「お前はあのアトラビリスの仲間じゃないのか。せがれの仇だ、殺してやりたい。」


そこに、私の手を強く引く者が現れた。

「違う!レムは恋人ラーマンのレム。ローザは十字架ロザリオ。それがそいつの名だ!」


それは、私と同い歳くらいの少年だった。夕焼けみたいな色の髪の毛をしていた。


「…誰?」

私は、彼に強く引っ張られて転びそうになった。

「俺は、ライト=ファルコン!ファルって呼んでくれ!」

ライトは光。ファルコンは鷹。すごくいい名前だった。

「行こう。俺たちの親になってくれる人がいるんだ。レム…いやラピス、お前も来いってさ!」

「…うん!」

太陽みたいな笑顔に、私もつられて笑った。


それから私達は、“先生”にまるで兄妹のように育てられた。私は闇の力の使い方を教えてもらった。ファルは剣術を教えてもらった。

闇の魔法を使いこなす魔女と恐いもの知らずな剣士…幼いながらに期待を受けた“紅と蒼の双珠”はここに生まれた…ー



「あんな奴が、闇に堕ちるはずはない!」

ラピスは銅剣のかけらを握りしめ、郊外へ走った。セピア色にさびれた通りに入り、古い小さな木の家を訪ねた。

「ファル!いるか?」


ドアを叩き開けると、カビのはえた書物のような臭いがした。昼なのに中はほの暗く、ランプが一人の男を照らし出している。

紫のローブの…先日、店でラピスに話しかけたあの男だ。

ラピスは、その不気味さに一歩退いた。


「…来たか。」

「だ…誰だ?ファルはどこだ?」

男は、“心外だ”とばかりに目をぱちくりする。

「…俺だよ…ラピス。」

「ファルなものか!バカを言うな、あいつは…」

途中で、男はラピスの両腕を掴んだ。その力は強く、ラピスは動けなかった。

「なんだ、分からないのか?“我が愛すべき”ラピスラズリ…」

「な…」

レムをレムレースではなく“恋人”と呼ぶのは…ファルだけだった。

「嘘だ…」

「俺は誰より、お前をよく知ってる。俺は誰より、お前を愛している。違うか…?」

男は、顔にかかっているローブをはがした。若い男性らしい骨格、剣士らしい鋭い目と首筋の筋肉…

何より目に付いたのは、紅色の瞳と夕焼け色の髪だった。

「…ファル…」

ラピスは、彼の顔を見て絶望的に名前を呼ぶ。

「そうだ。俺はファル。お前の相棒だ。忘れちゃいないだろ?言ったじゃないか、“必ず俺が助けてやる”って…」

「あ…」

そうだ。その言葉を思い出した時…

「何をする!?」

ファルは、彼女の上着を引きはがし、部屋の中央に押し倒す。

ファルは、ラピスの肩のタトゥーに触れた。

「…こいつがここにいるせいで、お前は苦しみながらも本音を吐けず!こいつが外に出ないか不安をつのらせ!服はその邪気に朽ち、身体は成長せずに邪気に蝕まれて少しずつ死に向かう…それで良いわけがねぇ!俺が今、解放してやる…!」

「解放…まさか…よせ、ファル!そんなことをしたら、私もファルも…街の人も、みんな……!!」

ファルが、不気味に優しく笑う。

「…優しいな、お前は。こいつを解放したら、確かにまた惨劇が起きる。死んだら嫌か?お前をののしり悪霊と呼んだ街の奴等も、お前を犠牲にして、ちょっとだけの栄光を得た俺たちも…」

ファルは、黒い呪符をラピスの左肩に叩き付けた。

「ラピス、憎め。あいつを、街の奴等を…すべてを!」

「やめ…」

タトゥーが妖しく光り、ラピスは苦痛に顔を歪める。ファルは呪符の力を発動する短い詠唱を終えた。

「お前の名は絶望!恐怖!不幸!絶対の負の力…現れろ、さぁ!」

「やめろ…やめろーッ!!」


街に、ラピスの悲鳴が響いた。



「大変なことになった…」

オレたち4人は、郊外へ走る。ララは見失ったが、アーグの嗅覚は正確にララの後を追う。まるで警察犬だ。

「クルー、どういうことだ?」

「おそらくファルは、ラピスをおびき出して、とんでもないことをするつもりなんだ…」

「ファル、言ってたモン…あの時…“助けてやる”って…本気だったら一大事だよぅ…」

「ファルは、そのために魔法を習得したんだな…おそらく、主に邪術を…」


オレは、あのウイニングチルドレンが青ざめているのに気がついた。クルーは切迫した表情で告げた。


「ウイズ。腹をくくっておいてくれ…離脱してもかまわないが、どうせ言っても一緒に来るだろう?」

「ああ。なんかヤバめの事態みたいだけど、だからこそララが心配だ…」

「そうだな…」

クルーは、他の2人に目配せしてからはっきり言い放った。

「あいつは、アトラビリスを解放するつもりなんだ!奴が暴れ回ったら、また惨劇が…」


言ってから、自信なさげに小さくつぶやいた。



「僕なんだ…あの時、ラピスを“捕らえられた犠牲”にしてしまったのは…」

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