第3章
夢を見た。
悲しみ。罪悪感。いたたまれない、感情に満ちた夢。
ブロンズ像そのままのウイニングチルドレンが並んでいる。しかしラピスだけは、いない。4人の子どもたちはみんな、光のない人形のような眼をしている。
風景らしい風景はない。あるのはあたり一面、濃紺の夜闇だけ。
「・・・!」
みんなの後ろに、ラピスの姿を見つけた。濃紺の茨にからめられ、血だらけになっている。十字架にかけられたキリストの、あの姿にそっくりだった。死んでいるのか、眠っているだけなのか、眼を閉じたまま動かない。
「ララ!!」
オレは習慣的にその名で呼んでいた。彼女に駆け寄ろうとすると、4人のウイニングチルドレンがオレの足にしがみついて制止した。
「何すんだよ、放せ・・・放せ!!」
なんで、仲間を助けない?なんで、オレを止める?
『ハナシタクテモ ハナセナインダ』
「・・・え」
聞き覚えのある台詞だった。
そのとき、ウイニングチルドレンの一人がラピスの方へ走った。手には、赤い刃を持っている。茨を切り離して、ラピスを助けるのだろう。
いや・・・
違う。
彼は、茨ごとラピスのことを斬りつけたのだ!
「やめろーっ!!」
オレは叫んだ。オレの声にかき消されてよく聞き取れなかったが…
『仕方ナカッタ コウスルシカナカッタ』
誰かが、こう言ったようだった。
「…っはぁ…」
オレは、汗だくで目を覚ました。いつも通りのオレの部屋。
「…。」
…なんて夢だ。
ラピスは、ウイニングチルドレンにハブにでもされてたのか?いや…そうとも考えにくい。
なら、なぜラピスを助けない?なぜラピスを攻撃したりした?
「放したくても…?」
昨日のクルーは、「話したくても」と言っていた。さっきは「放したくても」と聞こえた。
何を放せないんだ?オレを?ラピスを…ララを?
「仕方なかった…一体どういう…」
夢の内容を分析するのが趣味なわけではない。気掛かりなだけだ。
ウイニングチルドレンには、確かに何か秘密がある…!
そう考えていたその時。
「こらぁっウイズ!いつまで寝ているつもりだ!」
「うげっ…」
オレは、女の怒鳴り声に肩を震わせた。
「ったく…あいつめ、また勝手に入りやがった…」
ベッドから降り、嫌々ながら部屋から出た。
「ふぁ~…ったく、やっぱお前か…」
キッチンのあたりに、青いエプロンをしたラピスが立っていた。
オレには今、両親はいない。オレが10歳にもならないころ、アトラビリスに食い殺された。今は…育ててくれた叔母さんの元を離れ、学校の近くに古い家を借りて一人暮らしをしている。
で、なんでその家にラピスがいるのかって?
学校に入りたての頃、まだラピスの性格とかを知らかったオレは、「こいつ可愛いなぁ」なんて…不潔な下心満々で、家の合鍵を渡してしまったのだ。
もちろん今じゃ下心もなんもあるわけはないが、無作法なラピスは合鍵を駆使してよく家に遊びに来ては、好き勝手に荒らして帰るのだ。阻止しようとしても、きっとラピスはその気になれば魔法を使って侵入し、オレに勝ち誇ったような嫌~な笑顔を見せるのだろう。
こんな奴が、あこがれのウイニングチルドレンだなんて…
今でも信じられなかった。
「勝手に入るなって言ってるじゃねぇか。しかもこの朝っぱらから…」
「おはようウイズ。朝っぱらかどうか、外を見てみるといい。」
「…あっ!」
日はすでに高く、もうすぐ頂点に登り詰めそうなくらい。
「が、学校…!」
「阿呆。昨日と今日は休みだろうが。」
「…あそっか。で、ラピス…その休日に何の用だ?」
ラピスはそれには答えず、テーブルを指差した。
「ブランチを作っておいたぞ。食え。」
そこには、パンにハムエッグ、粉吹芋、コーヒーが並んでいる。料理が苦手なラピスがなぜ…
「毒でも入っ」
「入ってない、入ってない。さっさと食って着替えろ。」
とりあえず、ハムエッグを一口。
「…あれ?珍しくいい出来じゃん」
「珍しくとか言うな。…小さい頃からあまり料理をしなかったんだ。」
「お前を育ててくれた“先生”ってのが作ってくれてたのか?」
「いや。料理担当はファルだった。実家を離れてから、会ってない、けど……」
ラピスは、そこで言葉につまってしまった。なんとなく、オレも胸がざわついた。
「…で。今回は何をたくらんでるんだ?」
あのラピスが、なんの気なしに料理なんてするわけがない。
「…ふん、大したことではないさ…」
ラピスは、余ったコーヒーをあおって言った。
「買い物に付き合ってほしい。」
「…そういうことか…」
オレはぺろりとブランチをたいらげ、コーヒーにミルクをいれて一気に飲み干した。
「わかった。荷物持ちが要るんね。」
「ご名答だ。」
いくら魔法ができても、ラピスは体格と筋力がほんの子供並みなのだ。一人で上手に買い出しができず…このあいだ小麦粉につぶされそうになっていたな。
「ごちそうさん。わかったから鍵返せ。これじゃ休日も二度寝ができない。」
「食器は洗っておく。お前は10分で身支度を済ませろ。」
「無視かよ…」
オレは顔を洗って歯を磨き、外行きに着替えて雷魔法のバンダナを頭に巻く。背には愛用の鋼鉄の大槍。財布はポケットへ。
甘んじて、ラピスのプランに乗ることになってしまった。
「ったく…エプロン姿で黙って立ってるだけなら、申し分のないイイ女なのに。もったいねぇ。」
「性分だ。あいにく、男に尽くすタイプではないのだ。」
キラキラした秋晴れに、色とりどりの商品、行き交う人、歓声。
オレ達は、活気溢れる商店街を歩いた。
「で、何をお求めだい?」
「冬服と食料品だ。」
「冬服~?お前も流行とか気にするのか?背だってもう伸びないんだろ?去年のはどうした。」
「…えと…虫喰いに遭って。」
ラピスのリアクションは、ちょっとだけ不自然だった。
「むぅ…」
ラピスは、気に入ったらしい上着を広げ…ため息をついた。
セクシーなタイプが最近の流行らしく、大きく肩が開いているのだ。
「…印を…見せたくないのか…?」
「…!!」
ラピスの耳元に、低い男の声が響いた。あきらかにウイズではない。ラピスは驚いて振り向いた。
「誰だ…!?」
紫色をした魔導師のローブ。顔は見えない。ヒタヒタと足元を湿らすような、冷たい魔力の波動。
いかにも怪しい男だった。
「可哀相に…捕らえられた犠牲の印は消えない…」
「貴様…なぜ…」
「肩の印…咲きかけのまま成長しない外見…虫喰いも嘘だろう?本当は、お前の魔力のせいで服の生地がすぐに朽ちてしまうから…」
「なぜ…知って…」
男の赤い目がゆるんだ。ローブの下で笑っているようだ。
「俺は、誰よりもお前を知っているんだ…次に会う時には、きっと楽にしてやるよ…俺のラピスラズリ…」
男はそう言い残し、ローブをひるがえして店を去っていった。
「そんな…」
ラピスは肩を抱いて震えた。
(なぜ奴は、私たちしか知りえないことを知っている!?あれは私たちの一人か?…否、あんな暗い魔力、初めて感じた…つまり、誰かが口外したか…!?)
「ラピス…?」
オレは、足下に暗い寒気を感じて振り向いた。ラピスの様子がおかしい。震えている…?
「ラピス!どうかしたのか?」
オレは彼女の元に駆け寄った。彼女は冷や汗をかき、肩を強く抱いて震えていた。うつむいていてよく見えないが、苦しそうだ。
「ウイズ…」
ラピスは、おびえた表情のままこちらを見上げた。
「なんでも、ない…」
そのまま、震える唇でどもりながら続けた。
「…その…ストーカーがいたんだ…そう、私のことをよく知っていると言っていた…ずっと見ていたんだ。はは、美人も大変だな…そうだろう、ウイズ?」
…ストーカー?
論外だ。2年間つるんでいて怪しい人影なんて見たことがないし、いたとしても…その場でラピスにやっつけられているはずだ。
しかし…問い詰めていい状態じゃなさそうだ。
「けっ!とんだ悪趣味なストーカーだな。お前なんかを追い回すなんて、どうかしてるぜ。きっと、タラコスパゲティに練乳でもかけて喰ってるに違いねぇ。」
ニッと笑ってやると、ラピスもいくらか安心したのか、同じように笑った。
「失礼な奴め。こんな可憐な美女とショッピングができることを、光栄に思え。」
「自分で可憐とか言っちゃった時点でアウトだ。」
オレとラピスは、さっきと同じように悪態をつきながら、商店街を歩き始めた。
「質問があるんだ。」
遅い昼食。ラピスは、ラム肉入りのピザをかじりながら言った。
「お前は、私をどこまで知っている?」
オレは、ハンバーガーから嫌いなピクルスをほじくり出している所だった。
「それは“ラピス”として?“ララ”として?」
「“ララ”だ。」
「ララ=インディ。国立歴史専学2年次。見た目子どもだけど17歳。黒髪の混血児。特技は魔法、好物はラム肉とコーヒー。このくらいか?」
「じゃあ“ラピス”はどうだ?」
「ウイニングチルドレンのリーダーで、魔法の天才。具現化した闇の魔力が藍色の花びらみたいだったから、藍色の魔女と呼ばれている。幼馴染みのファルと組んで“紅と蒼の双珠”と言われていた時代もあったと…」
「レム=ローザ=ラピスラズリ。それが私の本名だ。レムは悪霊レムレースを意味する言葉。ローザは薔薇ではなくロザリオ(聖なる十字架)。ラピスラズリは瑠璃色の宝石だ。」
瑠璃色…薔薇…十字架…?
なんだか、今朝の夢を思い出してしまった。
「悪霊という名前の、闇の魔女。出来過ぎだろ?私の呼び名をラピスと定着させてくれたのは、ファルなんだ。……ララは、ラピスラズリを縮めただけ。インディは、インディゴブルー(藍色)から取った。気付かなかったか?」
「まぁな…オレの中では、ラピスはそりゃもう妖艶で美しい魔女に育ってると思ってて、どうしてもお前と結び付かなかったんだ。」
「悪かったな、色気皆無で。」
ラピスはいつものテンションでふてくされていた。よかった。おちついたみたいだ。
「ウイズ…」
オレは、サイダーを飲みながらラピスの方を見た。
「私のことは、前と同じようにララと呼んで欲しい。ウイニングチルドレンである以前に、私はお前の…」
一瞬見せた、照れくさそうな表情に、ドキッとしてしまった。サイダーが鼻に回りそうだった。
「お前の、悪友だろう?」
「…まぁな…。オレも、ララって呼ぶ方が慣れてて楽だ。」
オレもララも、いつもの笑顔だった。
その日の夕方。
廃教会が強い西日に焼かれている。
「着いたぞ。気をつけろ、足場が悪い。」
クルーは、小柄な少年を介助しながら教会に入った。
「どうだ、アーグ。」
弱視の少年アーグは、しばらく目を閉じて立ち尽くした。
「かすかに残ってるよ…ラピスの香りが。…ぐはっ!?」
クルーは、彼に容赦ないハイキックをおみまいした。アーグはきりもみ状にふっとび、頭からガラクタの山につっこんだ。ガシャン、カラカラと…ロウソク立てやベルや金属の十字架が飛び散る。
「何すんだよっ!」
アーグは血まみれで叫んだ。自分にキュア魔法をかけている。
「問題発言があったらこうするよう、ラピスから言われてるんだ。」
「何その伝言ゲーム的ツッコミ…冗談だよ、ちゃんと調べた。インプはやっぱ操られてたよ…クルー、足下を見て。」
クルーは、足下に転がっている赤い金属片に気がついた。
「これは…まさか!?」
クルーの胸の中の仮説に、アーグは頷いた。
割れた銅剣は、西日を受けてギラギラと怪しく光った。