怠惰の王国:タイヤード
色とりどりの花々が咲き乱れる花畑があった。風になびく木々の音が穏やかに響いている。鳥のさえずりや眩しい日差しが、心地良く眠るには絶好のロケーションを生み出していた。
その中心でアレスが眠っている。彼の周りを緑碧の光が漂っている。
「そろそろ起きろ」
光から発せられる、低く穏やかな声でゆっくりとアレスが目を覚ます。
「んーーーっ」
グーッと全身を伸ばすアレス。軽く体を動かすと辺りを見渡す。
「あれ、ここどこ? さっきまで真っ暗だった気がするんだけど」
「ここはフォレスティアと呼ばれる森だ。私がお前をここに飛ばした。早速で悪いが、肉体が欲しい。あそこの一本高く伸びている木の辺りにいる鳥を打ち落とせ」
「打ち落とすって、どうやって?」
アレスは両手を広げ、術がないことをアピールする。
「ラインレイという魔術を使え。あいつを狙って念じてみろ、出来るはずだ」
「俺が魔術?無理無理、記憶ないんだぜ?」
アレスはどうせ何も起こらないだろうと、鳥に狙いを定める。そして心で魔術を思い浮かべる。
何も変化は起こらない。と思われたその時、突如魔方陣が展開されアレスの目が一点を見つめ、
「天地を繋ぐ一閃を成せ、ラインレイ!」
瞬間、アレスの指先から閃光が伸び、目標を貫く。そのまま、閃光を浴びた鳥は地に落ちていく。ハッと目を見開くアレス。
「なんだ、今言葉が勝手に」
「鳥の体を手に入れに行くぞ」
アレス達が背の高い木の下へ行くと、打ち落とした鳥がピクピクと体を震わせていた。鳥は紫色の体毛をしており、羽は体よりも一回り大きく、その爪は鋭く光っていた。首には小さな水晶玉が掛けられていた。
「これが偵察鳥だ、覚えておけ。」
そういうと光は鳥へと近づいていき、体の中へと沈みこんでいった。すると鳥は大きく浮き上がり、アレスの方を向く。
「さあ、欠片を集めに行くぞ。まずはタイヤードへ行く」
「待って待って待って! え、鳥に入ったの?君は一体なんなんだよ」
「ああ、説明がまだだったか。俺は、そうだな。。。フリス、とでも呼べ。今のは一つの魔術の様なものだ。生き物に乗り移れる。世界についての説明等は実際に見た方が早く、正確だ。今はこれで納得しろ」
「勝手だなあ。けどまあ、なんでかあんたを疑うのは間違いなきがする。だから、導いてくれ。間違ってるかどうかは実際見てから判断してもいいしな」
アレスはニッと笑う。その手は先刻使用した魔術の感覚に震えており、その心は知らない世界でのことを思い奮い立っていた。今はただ未知を体験したい一心であった。
「タイヤードだっけ。導いてくれよ、俺何も分かんないからさ」
「……。ああ、それが彼女の為だからな。死ぬ気で付いてこい」
フレスは一瞬口をつぐんだが、何かを振り払うように口悪く続けた。
アレスとフリスはタイヤードを目指して、花畑を駆けていく。悲しみと好奇心を含んだ心を運んで。
******
暗く石垣に囲まれた牢屋で一人の少女が両手両足を鎖に繋がれている。両手は吊るされ、両足には重りが繋がれており、体中に鞭の痕や打撃の痣ができている。肉体はボロボロだが、その目には力強さが残っている。
牢の正面には監視の男が一人で座っている。男は細見で、その腰には牢屋の鍵が掛けられている。男は眠たげな表情で少女に話しかける。
「なあ、もう話したらどうよ?どうせもう勇者は生きてねえって」
少女はただ黙って男を睨みつけている。
「ああ、そうだ。俺らまだ自己紹介したことなかったよね?俺フォート、フォート・グリヨード。よろしく」
フォートは屈託のない笑みを少女へ向ける。少女はただ睨み続ける。
「君の口から自己紹介して欲しいんだけどな、"元"勇者部隊の強戦士、ティオール・フレクトさん」
「今までただ見ているだけだったくせに、意外に饒舌じゃない、ボート?」
フォートはふぅと息づきながら、頭をかく。
「フォレスティア」
目を見開くティオール。大声を出そうと全身をこわばらせる。しかし、その声はフォートの魔術により遮られた。
「うぅぅうーーーーう!」
「落ち着きなよ。良い知らせを持ってきただけなんだ」
憤っていたティオールが段々と落ち着きを取り戻していく。それに応じて、フォートは魔術を解除する。
「どういうこと?」
「僕が君に話しかけたのも、時が来たってことなんだ」
フォートはスッと牢屋の中に1枚の写真を投げ入れる。それを見たティオールの目に涙が浮かぶ。今まで張っていた糸が切れ、涙は流れ続けた。
---タイヤード王国城門前
城門前でアレスとフリスが呆然と立ち尽くしていた。というのも城門は大きく開かれ、そこには警備どころか、偵察鳥の1羽すらいなかったからである。
「こういうのって普通、警備とか沢山いて入城者を取り締まってたりするものじゃないの?」
「通常はな、だがここは怠惰の国と呼ばれる王国だ。その名に恥じてなくていいじゃないか」
クカカカと笑うフリス。アレスはあきれた表情で城門を見つめている。
「適当だなあ。俺の王国のイメージとは違うや」
2人は王国内へと入っていく。
*****
王国内は城門の静けさとは対照的に、華やかな賑わいを見せていた。大勢の人々が路上で集まり、いたるところで飲み食いの大騒ぎが行われている。どこからか聞こえてくる、陽気な音楽。テーブルに添えられた、酒樽や豪華な料理。場を賑わせるピエロやダンサー。どこを見渡しても、笑顔の人であふれかえっていた。
「すごいなあ。怠惰の国っていうくらいだから、もっと皆グウタラな感じかと思ってたよ」
「ああ、これは私も想定外だ」
アレスはその光景を不審に思いながらも、内心ワクワクしていた。
「本来の目的を忘れるなよ」
「大丈夫。感じるよ、この国にはカケラがいくつもある。言ってた意味が分かったよ」
浮足立っていたアレスにフリスが警告する。アレスは真剣な表情で辺りを見回していたが、その表情はすぐに崩れた。
「でもまあ、パーティーなんだし楽しもうよ」
言うと、賑わいの中へとかけていく。フレスがヤレヤレと後を追う。
アレスが賑わいに混ざると、陽気なおばちゃんが声をかけてきた。
「アンタ、見ない顔だね。旅人かい? 食べな」
いきなり巨大な丸焼きの前に出される。その大きさは周りに立ち並ぶ家と同等の大きさをほこり、その重量を支えるほどの机がなかったのか、地面に皿が直接置かれていた。その肉に多くの人が群がり、切り分けて食していた。
「すっげー。これ、何の肉!?」
「こいつは、ドラゴンの前足さ。肉厚で脂ものってる、最高の一品さね」
「ドラゴン!? 誰が倒したの?」
「この国の勇者様さ。あの人はお強いからねえ、何でも倒してきてくれるよ」
アレスは感嘆の声をあげつつ、ドラゴンの肉を一切れ食す。
「おお、肉自体の旨味もそうだけど、焼き加減と味付けも絶妙じゃん。これ調理はどの人達がやったの?」
全身の細胞が騒ぎ出す程の旨味を体に取り入れ、あまりの感動に目を輝かせ尋ねる。
おばちゃんは笑顔で平然と答える。
「この国お抱えの調理団の面々が調理してくれたのさ」
「へー、一流の人達の技なんだね。この味も納得だ」
うんうんと納得し、肉を食し終える。辺りを見渡すと花壇や家の装飾なども丁寧な造りで煌びやかに飾られており、時間と労力を掛けたのであろうことが伺えた。
「すごいな。今日の為に皆で頑張ったんですね。全部に力が入ってる」
アレスはこの賑わいが街の人間全員の協力の元に成り立った、美しい物だと信じていた。だからこそ、その目を輝かせたまま、一片の疑いもなくそう発言していた。
しかし、その期待の行く先はすぐに行き場所を見失う。
「いんや、パーティーは毎日の事さね。装飾も国の建築士達がやってくれる。力仕事や問題事は全て兵隊や将軍様が解決してくださる。私たちはただ何もせず、与えられるだけ。ただ何もせず、好きに生きていればいい。それこそがこの国で大切なこと」
おばちゃんが、国中の人々がそう信じ、行動し、生きている。アレスはその事実に驚愕した。
しかし、これがこの国に住む人々全員の幸せか、その答えを出すことはできなかった。