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7.捕縛作戦その一 ~胃袋を掴め

 セルリアンを捕縛するために私は作戦を立てることにした。


 ただ、追いかけ回すだけじゃらちが明かない。もっと、確実に捕縛できる手段はないか。


 考えた末、私は参謀(バイオレット)の元に尋ねることにした。


「いらっしゃい、アザレア……って何を持ってるの?」

「クーパーウオ。今朝、モリで仕留めてきたんだけど、大きいから氷付けにしてきた。美味しいよ、クーパーウオ」

「うん。ありがとう。もうどこから突っ込んでいいか分からないけど、とりあえず入りなさい」

「はーい」


 初めてバイオレットの家に遊びに行くということで、張り切って美味しい魚を仕留めてきた。

 体長2メートル。なかなか食べごたえがあるやつが仕留められた。満足。


 バイオレットは子爵の令嬢で、代々、魔法使いを輩出している家柄だった。

 だから、バイオレット自身も魔法が得意。

 バイオレットの拘束魔法は私でも中々、抜け出せないもんね。

 古く雰囲気のあるお屋敷を歩いて、バイオレットの部屋に通された。なかなか趣味のいい部屋だ。

 全体的に薄暗くて、ドロリと蝋を流して蝋燭が灯りをともしている。古びた本棚は天井まであり、びっしりと年代物の本が並んでいる。

 えっと、あれは古代語?

 心理術とか、呪いとか、催眠という文字が並んでいる。

 へぇー、同じ年代の女の子の部屋ってこういうものなのね。私の部屋ももっとおどろおどろしくした方がいいのかな?


「ふふっ。私の部屋、気に入った?」

「趣があっていいと思う」

「ありがとう。さて、それで? 今日はどうしたの?」


 私はバイオレットにセルリアンを効率よく捕縛するのよい方法はないか尋ねた。


「そうね…逃げ出せないようにするには、外堀を埋めるのが一番のような気がするわ」

「外堀…」

「王子様のお母様とお姉様たちとは交流あるの?」

「あるわ。毎年、誕生日パーティーには呼ばれるし、祝ってくれる。あ、私の誕生日プレゼントはね。セルリアンの隠し撮り写真付きなの! ふふっ。毎年、楽しみにしてるんだ」


 にこにこと笑っていうと、バイオレットはため息まじりの声を出す。


「大丈夫。外堀は完璧に埋まっているから」

「え? 本当に? やった」


 よく分からないけどラッキー。


「じゃあ、後は王子様の気持ち次第ってわけね。まぁ、それも少し揺さぶればどうとでもなりそうだけど」

「え? セルリアンを揺さぶればいいの?」


 そんな簡単なことで捕縛できるとは。


「物理的にではなく、精神的にね」


 にっこりと笑ったバイオレットの言葉はよく分からなかった。


「殿方はね、胃袋と下半身には抗えないものなのよ」

「胃袋と下半身?」

「そう。まずは餌付け。

 美味しいものを食べさせてあげたら、胃袋は掴めるわ」

「なるほど」

「手作りのお菓子を渡すのは定番よ。やってみたら?」

「わかった! やってみる!」


 意気込んで言うとバイオレットは楽しそうに微笑んだ。私も微笑みながら言う。


「お菓子の中に、睡眠薬を仕込んでもいいかな? あ、痺れ薬でもいいかな?」


 パンと手を叩きながら言うと、バイオレットはなんとも言えない顔をした。


「やめときなさい。お腹壊しちゃうから。ここは、普通にいきなさい。普通に」


 ものすごく念を押されて言われてしまった。

 いいアイディアだと思ったんだけどな。

 睡眠薬を入れたら、寝てるセルリアンに悪戯できるし。

 痺れ薬を入れたら、動けないセルリアンに悪戯できる。


 美味しいシチュエーションだけど残念。


 まずは普通にいくか。


 アドバイスをもらった私は家に帰ってさっそくお菓子作りを始めることにする。




 胃袋をつっかめ~つかっかめ~♪

 天使に罠をかっけろ~かっけろ~♪

 美味しいものを食べさせて~♪

 美味しく頂くの~いっただくの~♪


 オリジナルソングを心で歌いながら、私は台所へ立っていた。今、作っているのは混ぜればクッキーができるという初心者向けのレシピ。


 生地をよーく伸ばして、形は何にしようかな? 定番のハートかな。 愛情いっぱいって感じがするし。


 何個も何個もハートを作ってオーブンで焼く。


 チーン。


 うん、いい匂い。

 初めてにしてはよくできたかも。


「うわっ。い~匂い。なになに? お菓子作ってんの?」


 後ろから抱きしめながらゴロゴロとすり寄ってくるのはサントスお兄様。


「味見させて~」

「いいですよ? どうぞ」

「サクッ…うん! 美味しい。さすが、アザレア。自慢の妹」


 撫で撫でされてご機嫌になる。


「ん? なんだ? 甘い匂いがするが…」

「うまそーな、匂いだな」


 イチリーお兄様と、ニーサお兄様もやってくる。


「クッキー焼いたんです。味見します?」


 群がるお兄様たちに焼きたてをご馳走する。みるみるうちになくなるクッキー。


 おや?

 おやおや?

 残りがあと一個しかない。


「…僕も、食べたい」


 気配もなく近づいてきたのはヨンバオお兄様。


 残りは一個。

 これはセルリアンにあげるやつだけど…

 えっと…その…


「…くれないの? アザレア…」


 すっごい悲しそうな顔でヨンバオお兄様が近づいてくる。セルリアンのだけど、セルリアンのだけど…


「…僕も、クッキー」

「どうぞ…」


 悲しそうなお兄様を無下にもできず、最後のクッキーを渡した。


「…美味しい。ありがと」

「どういたしまして、ヨンバオお兄様」


 にこにこ顔のヨンバオお兄様を見てこっちも笑顔になる。

 お兄様達が口々に誉めてくれて私も嬉しくなる。


「わしのは…」


 んん!?


 ぬっと現れましたのは父上。

 クッキーの残り香と、空っぽになったお皿を見て、なんとも形容しがたい悲しそうな顔をする。


「わしのは…」

「あの父上…えっと…」

「わしのは…」


 まずい、いじけモードに入ってる!

 父上はいじけると部屋に篭って出てこない。唯一、お母様の怒号で出てくるけど、今、お母様はハンター仲間とハンター旅行に出掛けていないし。どうしよう!


「わしのは…」

「すぐ作りますから。待っててください。ね?」

「ふむ…」


 私は大急ぎでまたクッキーを作る。


「父上だけずるーい」

「確かに、父上だけ取り分が多すぎる」

「…なんだ、お前ら。この父に逆らうのか?」


 チーン


 クッキーが焼けた音と共に不穏な空気が流れる。


「アザレアはクッキーはわしのものだ。欲しければ、わしを倒してから奪い取れ」


 え? なんかバトルちっくになっているんだけど、なんで?


「はっ。いいぜ。親父を倒して、クッキーは俺のにする!」

「いや、俺が全部貰うから」

「父上と剣を交えるのも久しいな。いい鍛練になる」


 バトルモードになった父上とニーサお兄様と、サントスお兄様と、イチリーお兄様。


「外でやってくださいよ。父上もお兄様たちも」


 私がそういうと、4人は外に出る。

 ドッカーンとか、ガシャーンとか、バリバリっとか、すごい音が外で鳴っていたけど、私は家で待機。ついでにお茶を淹れようと準備をする。


「…アザレア」

「なんですか? ヨンバオお兄様」

「クッキー…頂戴」

「え? でも、これは父上の…」

「クッキー…頂戴」

「しかし、あの…」

「クッキー…頂戴」

「……どうぞ。全部、食べちゃダメですよ」

「うん…分かった」


 にこにこと笑いだしたヨンバオお兄様にしょうがないなーと笑う。


 みんな、クッキー好きなんだなー。

 よし! みんなが喜ぶなら、お菓子作りを続けよう!


 そう決意した私はすっかりお菓子作りが趣味になってしまった。


 クッキーに

 マフィンに

 カップケーキ。


 おやつの時間は私の手作りのお菓子が並ぶこととなる。


 家族の誕生日にはケーキを作るのが目標だ! 楽しみだなぁ~





 そして、また別の日。


 バイオレットの家にやってきた私は手作りのカップケーキを持参した。


「どうどう?」

「……うん。すっごく美味しいわよ」

「よかったー」


 バイオレットにも誉められて私は得意気になる。はぁと、ため息をつかれた後、バイオレットは私に言う。


「で? 王子様には渡したの?」

「え?」

「だから、王子様の胃袋を掴む作戦で始めたんじゃないの? お菓子作り」



 ………………そうだった!



 家族の喜ぶ顔が見れてすっかり夢中になってしまった!


 私のバカ―――――!!!



 うちひしがれる私にバイオレットはふふっと笑いながらカップケーキを食べ終わる。


「ほんと見てて飽きないわ」


 弾むような声の中で、私はどん底の中にいた。



 結局、その後もお菓子を作っても家族に食べつくされてセルリアンの口に入ることはなかった。



 胃袋を掴め作戦。失敗。


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