5.いつも良いところで邪魔が入ります
太陽があたたかい光を降り注ぐ中庭でセルリアンとお茶を飲んでいる。
「美味しいね」
「うん…」
セルリアンが天使の微笑みで笑いかけてくれる。ドキドキして、顔が見れない。うつむいた私の手をセルリアンが不意に触れた。顔を上げると、ちょっと頬を染めたセルリアンの顔。幼い頃から見ているけど、随分と男らしくなった。
「アザレア…大事な話があるんだ」
「な、に?」
緊張した顔にこっちまで、緊張してくる。
どくん、どくん、どくん
心臓がもたない。破裂しそう。
「アザレア…俺とけっ―――」
ーどすん!
は? どすん!てなんだ。
いいところなのに、そんなベッドから落ちるような音。ムードも何もない。
目を開いた私の視界には照れたセルリアンはいなくて、見慣れた私の天井がある。
―――なんだ、夢か。
そうだよね。
あんな照れ顔のセルリアンが私の手をとるわけないものねー。
昨日はセルリアン不足で寝付けなかった。
思わず0歳~現在までのセルリアン写真集(隠し撮りあり)を読み返してしまった。寝付くまで。
現実ではないのが残念だけど、おかげでセルリアン不足が解消できた。
ありがとう、夢。
目覚めた私はテキパキと着替え始めた。
家族と朝食を食べながらラジオを聞く。するとニュースが入ってきた。
『魔獣による被害は王都まで広がりつつあります――』
魔獣か…
魔王が捕縛されて、活動が制限されてるって聞いたけど、また活動始めてるのかな? 物騒な世の中ね。
「アザレア」
「なんですか、父上」
「魔獣の捜査が難航しているそうだ。私の所にも昨夜、討伐依頼がきた。しばし、時間がかかるが、倒すから安心しろ」
「分かりました、父上。どうか、気をつけてください」
「ふむ。それでだ…」
父上は席を立って飾ってあった聖剣を私の前に差し出す。
「もしもの為に渡しておく使え」
「結構です。私、勇者ではありませんから、使いこなせません。それに慣れたレイピアの方が機動力があります」
「むっ…」
しょんぼりする父上には申し訳ないないが、そんなごついロングソード使いこなせない。
「それは魔獣討伐に使ってください」
「…わかった」
明らかに小さくなる父上にますます申し訳なくなる。
「ダメですよ、父上。アザレアは女の子なんですから。いいか、アザレア。魔獣に出会ってもすぐ、逃げるんだ。決して暗黒竜を召喚して対戦しようとは考えなるなよ?」
「分かりました、イチリーお兄様」
「でも、万が一ってこともあるしな。俺、学園まで送ろうか? そのまま護衛してもいいし」
「大丈夫ですよ、ニーサお兄様。学園にも護衛部隊はいますし」
「何かあったら、すぐ助けを呼ぶんだよ? 転移魔法で飛んでくから。合言葉はわかってるよね?」
「はい。助けてぇ!サントスおにいしゃま!ですよね? 分かってます」
「…これ、持って」
「これは?」
「…毒の袋。当たったら、死ぬから」
「ありがとう、ヨンバオお兄様。念のために持ちますね」
父上とお兄様たちに心配されつつ、馬車に乗ろうとすると、見送りに出ていたお母様が巨大な魔法銃を持ってくる。地面に置くとドスン!と土が抉られた。
「私の武器を持っていくか? 手入れはしてある」
お母様はハンターですが、昔は魔王討伐に同行したガンナーでもある。巨大な魔銃を使って敵をぶっ飛ばしていたそうだ。
「大丈夫ですよ。お母様。魔獣が来たらすぐ逃げますし、それに…お母様の魔銃は馬車に乗せられませんから」
「それもそうか…気をつけて行くんだよ」
「はい、いってきます」
こうして家族に心配されつつも私は馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
学園に付いてすぐバイオレットに捕縛された。無意識にセルリアンを追い掛けないようにだって。信用ないなー。
「どう? 追いかけないのは」
「しんどい。セルリアン不足で、禁断症状が出るかも」
「あら。ふふっ。それは面白いわ」
ちょっと人で面白がらないでよ。
こちとら真面目にやってんだから。
夢のおかげでどうにかセルリアン不足は補えていたが、思ったよりも早く禁断症状は出た。
「もぉ~っ! 我慢できない! 離して、バイオレット! セルリアンの所に行かせて~!」
「落ち着きなさいって。まだ一日も経ってないわよ」
お昼になって私はまたもバイオレットに拘束されていた。ジタバタと手を動かし、目は充血して、息も荒い。
まるでケダモノだ。
「セルリアンが見たい! 天使のような顔を青ざめさせたいっ!」
「落ち着きなさいって、今、あなたを野に放ったら、王子様の服を剥ぎ取って襲いそうよ」
セルリアンの服を剥ぎ取る…
セルリアンの服を剥ぎ取る…
裸のセルリアン! 見たい!
「行かせて! 裸のセルリアンが待ってる!」
「待ってないから。女が言う台詞じゃないから。男が言ってもドン引きだから。ともかく、落ち着きなさい。ほらこれ舐めて」
口に何か放り込まれる。
甘い…
「ひゃにこれ?」
「強力な鎮静剤。猛獣も寝るやつよ」
「(ごくん) …もっと、頂戴」
「いいけど、眠くなるわよ?」
「いい。人としての理性を忘れたくない」
「それもそうね。はい。ただし、一個だけよ?」
「はーい」
ぱくりと食べたら、心が落ち着いてきた。
なんとか乗り切れそうだ。
よかった~。
と、思っていたけど…
眠い。
非常に眠い。
うっかり、廊下で寝てしまいそうだ。
ぐぅ~
はっ。
寝てた? 私、寝てた?
いいか。廊下でも。
冷たくて気持ち良さそうだし。
おやすみなさい。
「アザレア…?」
あれ? セルリアンがいる。
なんでだろ~?
あぁ、朝の夢の続きかな?
「おい? ちょっと、フラフラしてるぞ! 大丈夫か!?」
あれぇ~? セルリアンが抱きしめてる?
セルリアンって見た目ふわふわなのに意外とゴツゴツしてるんだ。
ふふっ。
気持ちいー。
「たくっ。しょうがねぇな…」
あれれ?
これってお姫様抱っこ?
わーい。わーい。
セルリアンがお姫様抱っこ。幸せ~。
いい夢。
覚めないで、もうちょっとこのまま…
ーバサバサっ
「ここか! 魔力が高い子供がいるという場所は!」
なによ、この小者臭がする台詞をはくやつは。
せっかくいいとこなのに!
セルリアンのお姫様抱っこなんて、レア夢もいいとこなのよ!
邪魔しないでよ!!
私はキッと小者の方を向く。
そこには羽の生えた人型の魔獣がいた。
セルリアンの隠し撮り写真の提供者はセルリアンの母と姉たちです。