3.薔薇色の学園生活とはいきません
聖女様のアドバイスに従い、私はセルリアンと剣の稽古をするようになる。
セルリアンは弱かった。
うっかりすると骨を折ってしまうほど弱かった。
だから、慎重に力加減をする。
これがなかなか難しく慣れるまでに時間を要した。
「あっ!」
「参った? セルリアン」
「っ! まだまだ!」
セルリアンと剣の稽古をしているとワクワクはぁはぁした。普段はあまり近づいてくれないセルリアンが向かってきてくれる。なに、このご褒美。美味しすぎる。
その場に縄があったら、うっかり捕縛している。
一回だけ我慢できずにやったら、とても怒られた。
セルリアンの剣を受け、顔が近づく。
あー、ちゅーしたーい。
とか思ってるけど、顔には出さない。
この時の私はセルリアンを見るだけでデレデレしてしまい、怖がらせてしまったので表情筋を殺すことを日頃から鍛えていた。
だから、無表情だ。
軽い剣を弾き飛ばし、転んだセルリアンに剣を下ろす。間違っても剣を向けない。可愛い顔に傷がついたら嫌だし。
「おしまい?」
笑って言うと、セルリアンは涙で睨んでくる。それにゾクゾクした。
その瞬間、私は変な病気にかかる。
私だけを見るようにしたい。
そのために怒らせる必要があるなら、怒られたっていい。
病気は根深く私に巣くった。
そんなこんなでセルリアンとの距離を縮めつつも、12才の年に学園に入ることとなる。
私はお兄様たちが学園生活で不自由しないように様々なことを教えてくれた。
学園では剣と体術と魔法と学問がそれぞれ授業としてあり、私の兄の得意分野とも一致した。
お兄様たちが色々教えてくれたおかげで私は主席として学園に入れた。
それは助かったのだが、学園生活はもっと楽しみがあった。
そう!
セルリアンとの薔薇色学園生活だ!
年頃になった私はあらゆる恋愛小説を読み漁るようになっていた。
もし、セルリアンが男同士の恋愛にはまってしまわないようにそっち方面も網羅している。
物語の学園生活は薔薇色だった。
手を繋いで学園に行くとか。
一緒の授業を受けて隣の席になるとか。
わざと教科書を忘れて貸し借りをするとか。
ちょっと遠くの窓から手を振り合うとか。
ランチを一緒に食べるとか。
授業が終わったら二人っきりで居残り勉強をするとか。
鼻血が出そうなシチュエーションが満載。
早くこいこい学園生活!
私は指折り数えてその日を待った。
だが。
現実とは上手くいかないものだと思い知る。
学園への登下校は馬車でするので手繋ぎは無理だった。しょぼん。
主席になってしまったばかりに、セルリアンとはクラスが同じになれなかった。しょぼん。
教科書を忘れてもお兄様が届けてくれて貸し借りは無理だった。しょぼん。
セルリアンに手を降ったら、なぜか男子全員が振り向いて大騒ぎになった。はぁ…
ランチを一緒にしたくても、なぜか見知らぬ人々が邪魔をしてきてできなかった。ちくしょう。
居残り授業だってセルリアンがわりと優秀だったためできたためしがない。ぐすん。
所詮、物語は物語でしかないというこね…
なら、薔薇色の生活はもぎ取るものよ。
そう決意した私は文字通りセルリアンを追いかけ回した。
「セルリアン!」
「っ!?」
でも、セルリアンは脱兎の如く逃げ出した。逃げられれば追いかける。これ、すなわち本能。
「風よ。我の足となれ――疾風」
風の魔法も使って追いかける。セルリアンは風の魔法は不得意だから、私が優位だ。
ドサドサっ
「セルリアン。つっかまえたぁ~」
中庭で芝生の上で押し倒す形になってしまった。もちろん、私が上。興奮してた私はたぶん端から見たら変態そのものだ。
「っ…卑怯だぞ、魔法を使うなんて!」
「あら、そう? だって、逃げるから。追いかけたくなるでしょ?」
「逃げたら嫌がってるって分かれよ! っていうか、どけ! 俺から下りろ!」
ジタバタと動くセルリアンの両手首を掴み、拘束かんりょー。
悪いけど、お兄様から体術はみっちり習ってる。特に悪い男を確保するのはお手のものだ。
「こら! バカ! 離せ!」
「いやよ。ふふっ。真っ赤になってはあはあ言うセルリアンなんてたまらないじゃない♪」
「嬉しそうに物騒なこと言うな! 色々な所からクレームがくる! つーか、周りを見ろ!」
そう言われて、周りを見る。
「あら」
校舎の側面にある中庭なので、窓から覗けば丸見えだ。ずらっと並んだ好奇の目。
「これは…」
「見られてるんだよ! 早くどけ!」
セルリアンをじっと見つめ、にやりと笑う。セルリアンがひっと喉を鳴らし青ざめた。
「愛のキッスでもしとく?」
「っ!?」
肩を震わせた真っ赤になるセルリアン。
「やらないし! お前とは結婚もしない! 今すぐ婚約破棄してやる!」
記念すべき一回目の婚約破棄発言は、麗らかな午後の昼下がり。
私がセルリアンを押し倒し、拘束している最中に言われた。
夢に見た捕縛だけど、あんまり感動はしなかった。むしろ、セルリアンの言葉がチクリと胸を痛ませた。
薔薇色の学園生活はまだ程遠い。