11.情けない俺の話
俺には美人で完璧な婚約者がいる。
8歳の時に紹介されたアザレアを一目見て恋に落ちたと言っても過言ではない。
長い黒髪を風になびかせ、青い瞳が彼女の凛とした雰囲気によくあっていた。
キレイだと、幼心に思ったものだ。
ドキドキもした。
こんなキレイな子が婚約者だなんて嬉しかった。
だけど、俺はその感情に戸惑ってしまい。彼女に優しい言葉もかけられず、ただ、母上の影に隠れていた。
思えば、この頃からアザレアに素直な態度をとったことはなかった。
アザレアが婚約者になってから、俺は彼女のことを母上に尋ねた。
「アザレアちゃん? あー、彼女はね。特別な子と言っていいんじゃないかしら?」
「特別な子?」
「剣も魔法もずば抜けていいらしいわ。あれは天性のものね」
剣も魔法も…
その言葉に俺はうつむいた。
俺は聖女の子供なのに魔法はからっきしだった。上の三人の姉上は魔力が高いのに俺だけみそっかすだった。
だけど、俺しか男子はいないので、否応なしに期待される。それに答えたくて必死だった。
それでも、周囲の目は厳しかった。
そんな時に現れたアザレアは俺が欲しい全てを持っていた。
強さ、堂々とした振る舞い。
だから、アザレアに対して徐々に劣等感を抱くようになる。
それでも、一つだけでいい。
一つだけでもアザレアに勝つものがあれば、俺はまだ劣等感をこじらせなかったかもしれない。
でも…
何をしても、アザレアにはかなわなかった。
いくら剣の稽古をしてもそうだった。
渾身の一撃は簡単に弾き返される。重い一撃をくらい、剣が手から離れ、土に剣が刺さったのを唖然と見つめた。
息を切らし、肩が上下する。
「おわり?」
見上げると汗一つもかかずにアザレアは剣を下ろしていた。少し口元が笑っている。その余裕の笑みを崩したくて俺は立ち上がった。
「まだまだだ!」
剣をとり、アザレアに立ち向かう。
だって、情けないじゃないか。
これじゃあ、好きな女を守れない。
俺は弱いままじゃ嫌だった。
そう思って、向かったものの、剣はあっさり弾かれた。
アザレアへの劣等感は肥大し、徐々に彼女を見るのも辛くなってきた。冷たい態度をとるようになった俺にアザレアはそれでもまとわりついてきた。
そして、ある日のこと。
「セルリアン!」
いつになく興奮した様子でアザレアは俺に話しかけていた。
「なんだよ」
「あのね! セルリアン、前にドラゴン見たいって言ってたじゃない? だから、見せてあげる!」
「は? …なに、言って」
ふふっと可愛い顔でアザレアは笑ったかと思ったら、詠唱を始める。
「この地に姿を見せよ――暗黒竜!」
雷鳴が轟いたと思ったら爆風が立ち込めた。思わず腕で顔を守り、目をつぶる。
風がおさまり、目を開いた俺は腰を抜かした。
「ほら、ドラゴン! すっごいでしょ!」
無邪気なアザレアの声は遠くに感じた。
首が痛くなるほど見上げた先にいたのは、巨大なドラゴンだった。
俺よりも大きな足の爪がすぐそばにある。大地はドラゴンの重さに耐えられず割れていた。
暴力的な黒い竜が俺を見つめている。目を細められ、ひっと喉が鳴った。
「セルリアン?」
情けないほど震え上がった俺を見つめアザレアはキョトンとする。すると、人ではない言葉でドラゴンと話し出した。
なんなんだ。
なんなんだよ、一体…
ドラゴンを見たいからって召喚するか?
普通じゃねぇだろう! そんなの!
ドラゴンと話していたアザレアは頬を膨らませた。なんか、もめているのだろうか
唖然と見つめていると、アザレアは息を吐き出した。
「セルリアン」
「っ!」
「暗黒竜を帰すけど、もういい?」
俺は声も出せず頷いた。
アザレアは残念そうな顔をした後、また爆風が巻き起こる。目を瞑った俺の耳にこの世のものとは思えない声が聞こえてきた。
『こんな弱きモノのために我を召喚するとは、小娘の考えるとこはわからぬ…』
ドラゴンの声と思える呟きはため息と共に消えた。
静寂が訪れてしばらく経っても俺は動けずにいた。
「セルリアン、大丈夫? びっくりしちゃったの?」
いや、びくっくりどころじゃねぇよ!
死ぬかと思った!
「大丈夫? セルリアン…」
心配そうに覗き込む瞳から顔を背けた。だって、こんな姿、情けなさすぎる。
「セルリアン?…っ」
視界の端にアザレアがよろけたのが見えた。ふらついた肩を抱き止める。
「あははっ。ごめん、暗黒竜に魔力吸いとられちゃって、めまいが…」
そのままアザレアは意識を失った。
「アザレア? …おいっ! おいってば!」
血の気が引いた顔に頭は真っ白になって俺はアザレアを背負って駆け出した。
それからアザレアは一週間、目覚めなかった。
王宮の医師たちや、魔術士が忙しなくアザレアが眠っている部屋に出入りしている。もちろんアザレアの家族もいた。
「アホかお前は! なんでアザレアに召喚魔法なんか教えたんだよ!」
「…いや、まさか…本当に召喚するとは思ってもみなくてね」
部屋で騒いでるのはアザレアの兄上のニーサさんと、サントスさんだ。
「ではアザレアは教わって、その通りに魔術を唱えたというのか」
「たぶんね。ドラゴンを召喚したいと言っていたからね。でも、まさかと思うだろ? 召喚魔法なんてできる人間が限られてる」
その言葉にびくりとした。
俺のせいだ…アザレアがこうなったのは。
「確かに10歳のアザレアにできるとは思わないな…」
「でしょ?」
「でも、できた…アザレアの魔力がそれだけ膨大だったということだろう」
アザレアの兄上たちが話している中、俺は声を出した。
「俺のせいなんです…」
情けなくて恥ずかしかった。
だけど、アザレアがこうなったのは、俺のせいだから、それから逃げてはダメだと思った。
「俺がドラゴンを見たいって言ったから…」
そう言うと、兄上たちは思いっきり息を吐いた。
「いや、殿下のせいじゃない」
「そうそう。ドラゴン見たいって言ったからって、ドラゴン出すとは思わないでしょ? ごめんね。規格外の妹で」
ポンポンと頭を撫でられる。
それでも、俺の心は晴れなかった。
誰もいなくなった部屋で俺はアザレアを見つめる。よく寝ている。
その顔を見つめながら、俺はずっと言えなかったことを口にする。
「なぁ、アザレア…」
「俺はお前にとって必要な人間か?」
「俺はお前より弱いし、頼りにならない」
「お前が好きなのに…俺は…」
返事はなかった。
ただ、俺は自分の無力さにうちひしがれていた。




