10.今度は私の番
お城の舞踏会は来賓が多く盛況だった。
いくら喧嘩していても、仲が悪くてもセルリアンは私の婚約者なのでエスコートは彼になる。
ぶすっとした顔のセルリアンは童話の王子様のように決まっていた。
天使は成長して、さらに格好いい天使となった。小鳥のような可愛い声は低くなってしまったけど、代わりに低い声は女の敵のような色気を出している。出しまくりだ。
くりくりした翡翠の瞳は切れ長になり、鋭さを増した。
可愛いから格好いいへ。
セルリアンは令嬢たちから騒がれる色男となっていた。
王子様モードになったセルリアンは特にやばい。格好よすぎて直視できない。もう輝きまくってる。目が潰れるほど。
だから、私はエスコートされる時はあまりセルリアンを見ないようにしていた。
今日も鼻血を出して失神しないようにあまり見ないようにしている。
「おい、アザレア」
「なによ」
「後で話がある。顔をかせ」
「あら。それがレディにお誘いする言葉かしら? いくらなんでも無粋ではなくて」
「はっ。誰がレディだ。猛獣の間違いだろ?」
むっかー!
なんか、今日のセルリアンは可愛くない!
「スマートにお誘いすることもできないのかしら? 嫌だわ。これなら違う人のお誘いにのるほうがマシだわ」
ピクリとセルリアンの眉が潜まる。
「…違う人って誰だよ」
えーっと、誰でしょう?
勢いで言ったものの、そんな人誰もいやしない。
黙ってよい言い訳を考えていると、子供のような声が聞こえる。
「今晩は。もしかして、レディ・アザレアですか?」
誰?
んんんんんんっ!?
私は正直、驚いた。
だって、そこには昔のセルリアンそっくりの少年がいたからだ。
クリーム色のふわふわの髪も、くりくりの瞳もそっくり! 唯一、瞳の色が翡翠色ではなく赤色ってとこぐらい。
本当に似てる…
やばっ。心臓がドキドキしてきた!
「そうですけど、あなたは…」
「あぁ、失礼。僕はスカート・カーディナル。元魔王です」
天使の微笑みで言われた言葉に絶句する。
魔王!?
バイオレットが言ってたビックな人!
行けって言ってたのは容姿がもろ好みだからなのかしら…
「そうでしたか。初めまして」
「あなたには是非、お会いしたかったのですよ。挨拶のキスをしてもいいですか?」
え? キスって??
考えて込んでいるうちに、スカーレットは私の手をとり甲にキスをする。
ふぉ!?
くすりと笑ったスカーレットはあざとくて、可愛いのに悪い男に見えた。
「顔が赤いですよ、レディ・アザレア。婚約者がいらっしゃると伺いましたが、随分と初な反応をされるのですね」
ちらりとスカーレットが蚊帳の外だったセルリアンを見る。セルリアンは眉間にシワを寄せてスカーレットを睨み付けていた。
睨み合いに挟まれる私。
くぅ! いいっ!
過去のセルリアンと今のセルリアンが睨み合ってるなんて夢でも見られないシチュエーションだ。
あ、写真。写真とりたい!
コレクションの一つにしたい!
カメラ!
カメラはいずこ!?
あぁ! カメラなんて持ってきてないわよ!
なんで舞踏会でなのよ!
舞踏会用のバッグにごついカメラなんて入るわけないじゃない!
カメラー! 誰かカメラ持ってない!?
「レディ・アザレア?」
「っ! はい」
「いえ、さっきから声をかけているんですけど、上の空だったようなので。それで、返事はどうですか?」
赤目の幼いセルリアンが聞いてくる。
ごめん。何一つ、聞いてなかった。
「えっと…」
不意にセルリアン(本物)が私の手を引く。
「すみませんが、俺の方が先に彼女と約束をしたので、カーディナル卿とはまた別の機会に。失礼させて頂きます」
え?
ちょっと、セルリアン(本物)!
どこ行くのよ!
あああっ! せっかくのツーショットがぁ!
そのまま手を引かれて控え室へと連れていかれてしまった。
誰もいない部屋に連れ込まれると、セルリアンが繋いでいた手を乱暴に離す。
「なんだよ、あの態度!」
「は?」
セルリアンの怒りが分からず私はポカンとしてしまう。セルリアンはいつにも増して怒っていた。
「お前は俺の婚約者だろ! なんで、あんな子供みたいなやつにキスされてボーッとしてんだよ!」
セルリアンの怒りの方向がよく分からないので黙っていると、ますますヒートアップされる。
「くそっ! なんで黙ってるんだよ! いつもみたいに言いかえせよ!」
「…いや、よく分からなくて」
「はぁ!?」
「だって、セルリアン。まるで嫉妬してるみたいなんだもの」
そうだ。
変だ。
おかしいのだ。
セルリアンのそれは、他の男なんか見るな!と言っているようなもので。
それは、おかしすぎる。
「セルリアンは婚約破棄したがってたじゃない。私が誰と会話しようと関係ないでしょ?」
「それはっ…」
セルリアンがバツが悪そうに頭をかきだす。逸らされた視線。隠された口元。
「まだ…婚約者だろ…」
「いやいやいや。そうだけど。おかしいじゃない、急に心変わりしたみたいな感じになってるわよ」
「っ…」
セルリアンが何を考えているのか、ちっとも分からなかったけど、今回は特に分からない。
「この前だって、捨て台詞吐いていたじゃない? ギャフンって言わせてやるとか。婚約破棄の書類持ってきてやるとか息巻いてたじゃない? なのに、なんで?」
そう言うとセルリアンはまた頭をかき出した。
それが一通り終わると今度は私を見つめる。
熱を孕んだ眼差し。
おや? なんだ。
なんで、こんな艶っぽい雰囲気になってる?
いやいやいや。
おかしいでしょ、こんなの。
だって、あのセルリアンだよ?
私から逃げ回って婚約破棄したがってた。
セルリアン……だよね?
「もう、俺はお前から逃げない」
一歩、距離を詰められる。
「アザレア…俺と、結婚しろ」
…………はっ。
嫌だ。また寝てた。
そうよね。
セルリアンが結婚なんて口にするわけないもの。
はははっ。
夢でも、プロポーズなんて聞けてよかったというべきか。なんというか。
「返事は?」
ん?
まだ、夢続いてる?
「おいっ! なんで黙ってるんだよ! な、なんとか言えよ! いつもは減らず口ばかりなのに、こんな時ばっか黙りやがって。くそっ!」
…夢だよね?
なんか妙にリアルな夢だ。
私は頬に手を伸ばして思いっきりつねった。
「いったーい!」
「何してんだ、いきなり!?」
頬は痛かった。
じゃあ、夢じゃない?
え? 嘘。
信じられない。
セルリアンが結婚してなんて…!
はっ。
そっか。
こやつ、偽物か!
あんなにセルリアンそっくりさんがいるだもの!
そうに決まってる!
「こら、偽物! セルリアンの顔をして結婚してだなんて、私は騙されないわよ!」
「なんで、そうなるんだよ!?」
「だって、セルリアンが結婚なんて言うわけない」
ビシッと言うと、セルリアン(偽物)はうっと言葉に詰まった。しばらくした後、セルリアン(偽物)は、視線を逸らして、手のひらを握りしめる。
「お前に…複雑な俺の心が分かるかよ…」
ポツリと言われた言葉。
悔しそうな顔をされてキョトンとしてしまう。
「セルリアン?」
「ともかく、結婚だ。結婚すれば、もうお前から追いかけ回されずに済むしな」
「は? なにそれ。まるで追いかけ回されたくないから言ってるみたいじゃない」
「そうだよ。お前に追いかけ回されるのはもううんざりなんだ」
はぁ? なんだ、それ。
追いかけ回されたくないなら、結婚?
意味わからん。
「結婚したって追いかけ回すかもしれないじゃない」
「いいや。結婚したら、今度は俺が主導権を握る。今まで散々、引っ掻き回されたんだ。お前の手綱は俺が握る」
人を珍獣かなんかみたいに言って。
にやっと笑ったセルリアン。
いつの間にこんな悪い男の顔をするようになったんだ。私の天使は。
…なんか腹が立つ。
だって、今まで散々、嫌がっていたのに、この手のひら返し。
信用なんてできるわけない。
結婚したらそれでおしまい。
公務にかまけて、私はほったらかし。
そんなことも充分、あり得る。
なので、私は最後の賭けに出た。
「セルリアン」
「なんだよ」
「あなた、私と結婚したいのよね?」
「あ、あぁ…」
「どーしても?」
「っ…あぁ!」
にやりと口元が弧を描く。
セルリアンがぞわっと青ざめた。
私、この台詞一度、言ってみたかったのよねー♪
「私、セルリアンとは絶対、結婚しないから」
絶句したセルリアンを見つめて、笑みを深めた。
今度は私が逃げる番。
立場逆転。
次からはセルリアン視点になります。




