表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/77

幕間~故郷は眩しく映り~


勇夜がまだカルディーク皇国に居た頃、既にアリサを乗せた馬車はセルン王国領内に入り、王都まで目と鼻の先であった。


「アルセリア姫、久しぶりの故郷は如何ですか?」

アリサの目の前に座るフェーシャは聞く。だがアリサは答えない。それどころか昨日からアリサは一言も喋ることはなかった。常に俯き、そこに生きて居るのかすら疑ってしまう程、アリサの纏う雰囲気は希薄だった。そんな態度のアリサにフェーシャは嫌な顔をするどころか、笑顔すら見せていた。


「フェーシャ様だぁ!」

突然こちら側に声が上がった事でアリサは驚き、小さく震えた。声を掛けてきたのは馬車の横を歩く子供で、窓から見えたフェーシャに気付いて手を振っていた。

そんな声に気付いた周囲の人々は各々挨拶したり、頭を下げたりする等様々だが、どれも敬意を持ったものであるのは確かだった。そしてフェーシャはそんな人々に手を振り答えていた。


「あんなことが有ったというのに、今はこれ程活気に溢れているんですよ。よく見たらどうです?」

フェーシャは再びアリサに声を掛け、アリサは恐る恐るフードで隠した顔を上げた。


「っ!」

アリサの目に映るのは活気に溢れ、明るい笑顔が多くある人々の光景だった。アリサがそれを見て思う事は良いことではなかった。寧ろアリサの胸には形容しがたい痛みが襲っていた。

アリサの目に映るその光景は、幼き日に見た人々の姿より生き生きしているように見え、一度…だがそんな人々の生活を…笑顔を…人生を苦しめてしまった事による罪悪感から、無意識に自身を追い詰めていた。フェーシャは苦しみ、整わない呼吸をするアリサを見て人知れず口角を上げるが、その真意は分からない。


「もうすぐ城に着きますよ。王は貴女の到着を待っています」

気が付けば城門が直ぐ側まで見えていた、セルン王国の城と城下街の間には、交易や祭事、国王からの声等多くの国民が参加出来るよう数百人以上入ることの出来る大きな円形の広場があり、その少し先に城がある。そして広場に隣接し、城と繋げるように出来た建物がある。大きさは城の半分に満たないがそれでも周囲の建物より高く、入口は城からかもしくは一ヶ所だけの騎士に守られた強固な入口しかない。広い屋上と壁から突出した中層階だけの簡素な物だがその用途は重要だ。

主に国王の顔出しや国民との触れ合いの場として使用されるが、もう一つ重要な用途がある……それは罪人を裁く場所でもあるということだ。公の場で多くの国民が罪人の処刑を見る…異様な光景ではあるが、犯罪を許さないこの国では普通の事である。ここでアルス王、そして生存が確認されたがアルセリア姫が処刑された場所でもある。

城門前で馬車を止めると、重厚な門がゆっくりと開き十数人の騎士が出迎えた。


「大騎士長、任務御苦労様でした」

頭を下げたままの騎士の中から、上の立場と見られる騎士が代表して馬車から降りるフェーシャに礼をする。


「ここに来るまでに見ましたが、準備は順調のようですね」

目の前の騎士に手で合図し、上体を上げさせてからフェーシャは口を開く。


「はっ! 指示通り明明(みょうみょう)後日に祭事を行えるよう手配し、騎士団の準備も滞りなく進行中です」

騎士は敬礼しながらフェーシャの問いに答え、フェーシャは満足そうに頷く。


「流石この国の騎士達は優秀ですね。無事に"今回の事"が終わりましたら、騎士達に褒美を獲らせるよう私から王に進言しますよ」


「いえ! これが我々の騎士としての義務です。そのお気持ちだけで十分です。感謝致します」

フェーシャは騎士達を誉め話を続けるが、話す騎士は義務だと言い断る。


「そうですか、では今回の給金に上乗せという形で手続しておきますね」


「っ! 感謝を」

フェーシャは嫌な顔一つせず、ならこのようにすると伝えて騎士は二度目の提案は断らず、頭を下げて感謝を示した。


「此方の事はいいので、本来の業務に戻って下さい」

フェーシャはそう指示すると、各々敬礼を見せた後に城の中や城壁、城外に散っていき、フェーシャと話していた騎士もそれを見届けた後に敬礼し、自身の業務に戻っていった。フェーシャは周囲に人気が少なくなるのを確認した後に馬車の扉を開いた。


「降りてください」

アリサは言われるがままにゆっくりと馬車から地面に降り立った。顔を上げたアリサの目に映るのは昔と変わらない、幼い自分が過ごした我が家であった大きな城。逃げ出した自分が…1人だけ生き延びた自分が…本当は覚悟も何も出来なかった自分が…本来居るべき場所に戻った…それでもアリサは、ただいまを言うことも、おかえりを言ってくれる人も居ないこの場所で何を思うのか…


「懐かしむのもいいですが、貴女の存在は一部以外にまだ知られる訳にいかないので移動しますよ」

フェーシャはアリサに急ぐよう言い、アリサもまた隠れるようにフードを深く被り、フェーシャの後を付いていく。

2人は城内を進む。目的地はアリサには分からないが、変わらない風景は更にアリサの胸を締め付けた。フェーシャの言う通り、アルセリア姫の生存を知られる訳にいかないと言うのであれば人目につきそうにない通路を行くのが当然かもしれないが、不自然な程人気がない大きな通路をフェーシャは気にすること無く進んでいた。そしてフェーシャがアリサを連れて着いた場所、それを見てアリサは目を見開いた。


「私はこれから王の元に行きますので、この部屋で大人しく待っていて下さい。一応部屋の前に従者を立たせますので」

フェーシャは扉を開けてアリサを部屋に入らせた。フェーシャはそれだけ言うと直ぐに扉を閉め、自身はその場から居なくなった。

アリサは少しの間、扉の近くで立ち竦んでいたがゆっくりと周囲を見ながら歩き出す。


「………お母様の部屋…」

アリサはポツリと呟く。


"記憶のまま……お母様の座っていた椅子…いつも一緒に居てお話しを聞かせてくれた場所…"

アリサは無意識にフードを外し、思い出すように様々な物に触れ、最後に想い出の強い椅子に座った。既に10年も経っているというのに定期的に清掃しているのか、埃一つ見当たらない綺麗なままの…アルセリアとしての記憶のままであった。


「お母様のお花…」

椅子に座り、ふと目に映るのは今はもう無い、母から贈られた髪飾りの花と同じ花。既に植物としての生は無いが、魔法が掛けられているようで、枯れること無い一輪花が綺麗に咲いていた。アリサにはこの花の名前を覚えていない。とても大切な想い出の一つだったのにも関わらずだ。幼い自身は、母が亡くなってから閉ざすように想い出に蓋をしてしまった。だから今は途切れ途切れの記憶が、その花を見たアリサの頭によみがえった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


"「おかぁさまぁ!」


「姫、急に走るのは危ないです!」

城内にある庭園の中で走る幼いアリサともう1人、年齢は初老位で左足に義足を付けた男性が、花壇の世話をする白菫色の髪を背中まで伸ばした美しい女性の下に向かっていた。男性は執事とは思えない程ガタイが良く、所々痛々しい傷跡が残っていた。ぎこちない歩き方で注意するように声を上げるがアリサは聞かずに飛び付く。


「アリア?」

アリサはしゃがんだ女性の腰に抱き付き、愛らしい笑顔で女性の顔を見上げる。アリアというのは、家族間でアルセリアの事を呼ぶ時に愛称として呼ぶ名前のようだ。


「えっとね、えっとね!」

アリサは何か話そうとしているみたいだが、どうやら忘れてしまったみたいだ。そんなアリサを女性は頭を撫でて微笑む。


「うむぅ…」

何故だかお話しを邪魔されたみたいに感じたアリサは頬を膨らませた。そんなアリサを今度は女性が優しく抱き寄せる。


「おかぁさまぁ?」

抱き寄せられ、優しい香りを感じてアリサの頬は元に戻るが、どうしてか女性の体が震えているようで、アリサは心配して声を出した。


「何でもないよ」

抱き寄せたアリサの顔を見た女性の顔は、見る人が見れば強がっているようにも見えるが、幼いアリサにはその違いは分からなかった。


「? あっ!おかぁさまのおはながおおきくなってる!」

アリサはよく分からないと言った顔をするが、肩から見える綺麗な花を見て興味が移る。抱き締める腕が離れ、そのままアリサは花の近くに寄る。


「ねぇねぇ、おなまえはなんていうの?」

アリサが見たことがあるのはまだ蕾も無い時の話。その時は興味を持つことも無かったようだが、綺麗に咲いた花に興味深々だった。


「このお花はね。私のお友達から頂いた………ってお花なの」


「かちゅっ!? ……うぇぇ」

アリサは花の名前を言おうとしたが、難しい名前だったのか舌が回らずに噛んでしまった。深くはないようだがアリサにとっては初めての事で、少しの痛みと驚きで泣いてしまい、女性は泣くアリサを再び抱き寄せ頭を撫で、頬に当てた左手が淡い光を発し、アリサの傷を癒しているようだ。


「王妃様!」

付き添った男性は目を見開き怒鳴るように声を上げるが、右手で静かにするよう男性を見て、それ以上何も言わないようにする。治癒を終えたようで左手から光が消え、アリサの涙を拭き取る。アリサは痛みが消えたとはいえ、まだ泣き止むことは無かった。


「アリア……私がこのお花を好きなのは、お花の言葉が素敵だからなの」


「うっ……おは…なの?」

優しい声と微笑みで少しずつ安らぎ、ゆっくりと顔を上げたアリサは花の言葉と言われてよく分からないという反応をした。


「そう…私もお花に言葉があるって初めて教えてもらって、その時に聞いた言葉がとても素敵で、それで今私はあの人とアリアのおかげで、お花と同じ気持ちなんだよ」

懐かしむように話す女性は明るく、そして今が自身にとってどのような物かを物語っていた。


「その言葉はね………」


ーーーーーーーーーーーーーーー


突然扉を叩く音と共に、アリサの意識は覚醒した。返答はしていないが扉が開き、フェーシャと1人のメイド、そして煌びやかな服装をした恐らく国王と呼ばれる人がアリサの前に現れた。


「お久しいですな。アルセリア姫」

歳は30後半か40位だろうか。王はアリサの事を知っているが、アリサ自身は何処かで見たことがあるかもしれない位でフェーシャ程記憶にはなかった。


「覚えていないのもまあ無理はないでしょう。アルス王は極力私共のような側近に姫を会わせたく無かったようですから」

国王は何気なく笑うが、その笑みを見た時アリサの頭に何かの記憶が過る。処刑台に立つ磔にされた父親ともう1人、そして逃げる時に見てしまった父親の後ろに居た人の表情…

アリサは何故かその記憶に嫌な感情を持ち、知らぬ間に目の前の男に威圧的な感情を向けていた。


「改めて自己紹介を…私は現セルン王国の王であり、元宰相の ヴェイティル・フォルティア と申します。ようこそ我が王国へ、アルセリア姫」

パッと見る印象は物腰も柔らかく丁寧であるが弱々しい訳でもなく、どこか王である自信というのもその雰囲気から感じられた。アリサから威圧されても気に留めず、ヴェイティルという男は自身の自己紹介をした。


「あっ…」

自分が無意識に目の前の男を威圧してしまった事に気づいたアリサは謝罪を反射的に口に出そうとしたが、それはヴェイティルが前に手を出したことで止められた。


「こうして生きて戻られたのも運命…気になられてることもあるでしょう。ですが姫もお疲れの筈、ですので私がここに来た用件…いえ、頼み事をお伝えしましょう」

ヴェイティルの表情からはどのような感情かはおろかその真意の欠片ですら読み取ることは出来ない。そのような男から告げられる頼み事とは一体…

しかし今のアリサに深く考えるような時間も余裕も在りはしなかった。


「"我が国"では、3日後祭事を執り行います。それもただの祭事ではありません。私共はごく一部ですが姫の生存を知った時よりその日のために準備を行ってきました」

少しずつヴェイティルの思惑が見え隠れするが、まだ続きがある。


「この祭事で私共はアルセリア姫の生存を我が国民に…いえ、世界に告げる用意をしています」

アリサはここに来て何度も驚くが、これはまた別の意味で驚いていた。少なくとも自身の存在は害だ。この場で殺されても受け入れる覚悟もあった。だからこそ"何故"という思いが顔に出ていた。


「姫が警戒するのも理解できます。ですが今この時だからこそ‼あの時を乗り越え出来た今の我が国だからこそ、私は姫のお力をお借りしたいのです。他ならぬアルス王の唯一の血族である姫だからです」


「っ!……でも私は…」

ヴェイティルの言葉にアリサは狼狽えてしまう。決して悪いようにはしないと訴えるヴェイティル。だが今のアリサにはその言葉に答えるような言葉は出なかった。


「ええ…私はどのような答えでも姫を尊重しましょう。ですが今この場で答えていただく必要はありません。3日後のその時に、改めて姫の想いを言葉を答えをお聞かせください」

あくまでヴェイティルは答えを急ぐことはしなかった。時間はある。ただその時までにどうするのか決めろと…


「申し訳ないですが祭事まで姫にはこの部屋から出す訳にはいきません。ですが不自由にはさせません。困り事や衣食はこのメイドが対応します。くれぐれも勝手な行動はしないで下さい。では私共は執務がありますので失礼します。ゆっくりお休みください」

ヴェイティルはそれだけ言うとアリサとメイドを残し、フェーシャとともに部屋からでて通路を歩く。




「もうすぐだ…もうすぐ」

その呟きが聞こえたのはすぐ後ろを歩くフェーシャだけ、そして暗く明かく照らす月が見たヴェイティルの見せる、先程の雰囲気からは考えられない程口角上げて笑う、酷く醜悪な笑みだった…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ