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それは捕える糸のように


「止まれ!」

関所入口に立つ2人の騎士が、馬車に乗る数m先の勇夜達に叫ぶ。

ルミルスは馬車を止めて降り、両手を上げた後に身分証を出して騎士に近付いた。


「商人か。偽造では無さそうだな…他にはそこの1人だけか? 武器、危険物の運搬は?」

ルミルスは自身と勇夜の身分証を渡し、受け取った身分証と商人である証を騎士は見比べ、簡潔に質問する。ルミルスは2人であることと、運搬に危険物は持ち込んでいない事を先ず口頭で説明した。


「では関所内で目的、運搬物について精査する。何か申し出があるならその時に担当と話せ。何も問題なければ遅くとも数刻で抜けられる筈だ。門を開けろ!」

騎士は手慣れた様子で無駄なく話し、その後に背後の門が開かれた。すぐ移動するように騎士から促され、ルミルスはお辞儀して馬車を進ませた。


「この位置に馬車を止めてくれ!」

特別大きな敷地という訳ではないが、整理され清潔さのある空間に入っていくと、1人の騎士が出て枠の位置に移動するよう合図した。ルミルスは馬車を進め、枠の位置で馬車を止める。するとその瞬間枠内の地面が光り、馬車の車輪が魔力で出来た鎖でロックされた。


「馬車から全員降りてくれ」

近付く騎士がそう言うと、ルミルスは従い降りる。少し遅れて勇夜も出てくるが、少し顔色が悪かった。


「大丈夫?」

それに気づいたルミルスが勇夜を気に掛ける。


「門を通ってから少し立ち眩みが…」

気分が優れない勇夜は頭を抑えながらそう答えた。


「きっと門の"透破結界(とうはけっかい)"の影響だな。君は初めてか? 少しすれば収まるから安静にしてな」

騎士は勇夜に近付き原因を言い当てる。勇夜はその透破結界という聞き覚えのない単語に疑問を持ったが、とりあえず問題ないらしい。


「ええ、弟は今回初めての旅で…私は何度か経験してるんですが…」

ルミルスは勇夜の代わりに騎士に答える。


「まあ相性は有るだろうな。ここに勤めて長いが、合わない者には合わないようだ。だがこれがあるから不届きな者からこの国を守れている」

騎士が言うには勇夜以外にもやはり体調を崩してしまう事が有ったようだ。

:この透破結界というのはセルン王国が独自に作り上げた国を覆う巨大な結界だ。結界といっても物理な物や人は通り抜けることが出来、攻撃等を防ぐことも出来ない。目的は外部の人間の"魔力"による偽装を打ち破る為だけにあるのだ。故に犯罪者や良からぬ者が偽装して入り込んだとしても偽装は解け、門外で許可されようと関所内で捕らえられるのだ:


ルミルスはこの透破結界の事を知っていた。セルン王国程大規模な物は現状存在しないが、取り入れている場所は今や少なくない。ルミルスの任務上、避けては通れない物なのだが当然対策をしてある。それが魔装騎士としての力になる。厳密に言えば魔力とは別の力であるその力を看破するのは今の技術では不可能である。故に調査、潜入についての任務は必然的に光姫…ルミルスが受けているのだ。


「時間も惜しいだろう。私は馬車の検査に入る。君達にはそこの扉から室内に入り、目的や経緯、身分等の面談をさせてもらう。扉から入れば担当が案内する。必要なら彼に休憩出来る場所があるか聞いてみるといい」

騎士は手早く動き、必要なことをルミルスに伝えた。騎士は方向を指した後に仕事に戻り、その場所に2人は移動する。


「手助けはいる?」


「魔力の干渉には少しは慣れてるから、少し待てば」

ルミルスはまだ気分が悪そうな勇夜を気にするが、勇夜は大丈夫だと伝えた。とはいえ気にしなさすぎるのも不自然な為、ルミルスは自然と気に掛ける"ふり"をしながら扉を開いた。扉の先には1人の恐らく騎士団の制服を着た、爽やかという単語が似合う笑顔を張り付けた男が立っていた。男は手を添えて一つの部屋を案内し、小綺麗にまとめられた書類が置かれた机と、対面するように置かれた椅子に座るようルミルスと勇夜に促した。


「では本日担当するのは私 ラーグ です。見たところ商人とお見受け致しますが、先ずは身分証を此方に置いてください。それから何処からどういう経緯で、これからどのように行動し、どのような目的があるのか。隠さず正確にお話し下さい」

ルミルスは指示通りに、身分証を差し出された魔法陣が描かれている板に載せる。ラーグという男はそれを受け取り魔力を流すと陣が光り、その板には細かく文字が幾つも浮かび上がる。ラーグは書類を取り出し丁寧に何かを書き込み始めた。


「ではお話し下さい」

書き写すのに夢中になっていそうだが、ラーグはルミルスからの話しを聞く態勢は出来ているようだ。ルミルスは質問の内容を隠さずに答える。あくまで表向きの回答ではあるが、相手と同じ様に慣れた対応でルミルスは続けた。


「なるほど……経歴も問題無し…犯罪歴も無し…目的もはっきりしているようですね…」

ルミルスの話と書き写した内容を精査しながらラーグは考えていた。身分証を偽造するのはほぼ不可能である。職業をする上でも旅をするにしても誰しもが必須になる物だ。身分証がなければそもそも他国に行くことや、城下はおろか街にすら住民でなければ入ることすら出来ない。身分証は小さな物で持ち運びはしやすいが、作成は本人の魔力や少量の血を使い、自身の情報を事細かに組み込まなければならない。故に身分証を作るには各国の管理する限られた場所で正式に作成しなけれびならない。


だが例外がある。それは個人で身分証を作れる者がいる事だ。しかしそれをするには国でその職に就くよりも更に難しいのだ。技術も勿論だが、個人の重要な情報を取り扱う為、個人で行うにしても国からの認可は必ず必要だ。その認可を得るのが非常に難しく、現在世界で資格を有しているのは10にも満たない。そしてその作成方法も資格を得た者以外誰にも洩らしていけないため、機密を守れる者であることと、身を守れる実力を持つ者に限られる。その上個人で誰かに継承する事も禁じられている。そんな制約に縛られた職だが、その需要故に個人では扱えきれない程の資産を得るのは難しくない。実際資格を持つ者は殆ど各大陸で自身の店を持ち、その情報を晒している。国からも場所を把握されているので多少の安全は保証されているが、常に危険が付き纏う職であることに変わりはない。その為安全確保するための金に糸目はつけない傾向が目立つ。


「ここに来るまで何か有りましたか?」

不意にラーグは顔を上げ、何かに気づいたようにそう口に出した。


「そう…ですね。国境に入る前に盗賊が現れまして…」

ルミルスは少し弱々しく見える仕草をしながら口を開き、それを聞いたラーグは人当たりの良い表情から鋭いものに変わった。


「その時セジアさん達が来てくださったおかげで、何事もなく無事でいることが出来たんです」

ルミルスは続けて、見回りをしていたあの青年騎士の話をする。ラーグはそれを聞き、少しばかり安心はしたようだが真面目な雰囲気は解けなかった。


「ならセジア達を向かわせたのは正解だったのか……」

ラーグはルミルス達に聞こえづらい程の小さな呟きを溢す。ラーグは顎に手を当て少しばかり考えるが、直ぐにルミルスに向き合った。


「ご無事で何よりでした。この件は我々が総力を上げて対処致します。この度は我々の警戒不足で大変な想いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした」

ラーグは立ち上がり深く頭を下げた。形式的な物ではなく本心からそう思っていると感じ取れる行動であった。


「頭を上げてください。無事だったのは騎士の皆様のおかげなんです」

ルミルスは優しい微笑みでラーグに伝える。ラーグはその言葉にゆっくりと顔を上げ、今度は小さくお辞儀をして向き直った。


「そう言って頂けると助かります。他にも何かあるかもしれませんが、取り敢えず手続きを終えましょう。身分証をお返し致します。セルン王国への入国に問題はございません。荷物等の精査も終了したようなので、此方をどうぞ」

ラーグは今一度椅子に座り、手続きを進めた。窓から馬車の様子を見てから話を切り出す。そして小さく澄んだ色の宝石が埋め込まれたブレスレットを二つ前に差し出した。


「此方は通行証と入国された方のセルン王国での身分証のような物です。関所から出た際には必ず着用し、外さないようにお願いします。もし無くしてしまったり、未着用で騎士に見つかれば不法入国として対処され、罰せられる事となりますのでご注意下さい。特に期限はありませんが此方は出国の際通る関所に必ずお返し下さい」

ラーグは丁寧に説明し、用途と返却についても残さず話す。ルミルスはそれを受け取り一つを少しばかり顔色の落ち着いた勇夜に渡し、忘れないうちに左腕にそれを付けた。


「以上で手続きは終わりです。他に何かお話があれば今お話し頂ければ助かります」

ラーグは書類を整理し、ある程度のところで机に手を置いて確認した。ルミルスは少し考えるが、首を横に振り大丈夫だと伝える。実際何かしらの情報を得るきっかけとなり得る状況なわけだが、ラーグの人を観察する目は本物だとルミルスは感じていた。故に踏み込むこと無く、順調に抜けられる事となった状況を悪くする訳にも時間を悪戯に消耗する訳にもいかないと判断した。


「分かりました。では馬車までお送りします」

ラーグは席を立ち、扉を開けて進むよう促した。通った扉を更に戻ると、枠から移動された馬車が関所出口付近まで移動されていた。先程対応していた騎士が馬の世話をしており、此方に気付くと何故か驚いた表情をしたがそれも一瞬で、まるで目上の者にする敬礼を見せていた。ラーグはそれに対して手で合図を出して止めさせた。それを理解したように騎士は通常の表情に戻る。


「荷物は全て元通りに戻してある。問題ないか一度確認してほしい」


「分かりました」

ルミルスは荷台を確認し、変化が無いかを確認した後に問題ないことを告げた。


「それではお気をつけて行ってらっしゃいませ。これから先はセルン王国領内になります。領内では随所に観測所がございます。もしも問題が起きた場合にその通行証に魔力を送れば、直ぐに騎士へ伝わります。助けが必要な時はご活用下さい。ここから先の丘を登れば数刻で王都です。海に見える夕暮れが綺麗な時間に着く筈です」

ラーグは笑顔で説明し、馬車に乗った勇夜とルミルスはそれを聞きお辞儀する。


「それでは行きます。お世話になりました」

最後にそう伝え、馬車を走らせた。ラーグはお辞儀し、それを見た隣の騎士も慌てるようにお辞儀をしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


勇夜達が遠くなり、互いの顔も見えなくなる時にラーグは人の良さそうな顔を止め、険しい表情と明らかな強者と分かる雰囲気を纏っていた。


「騎士長、何故直々に対応を?」

隣の騎士はその雰囲気に怖じ気づきながらも騎士長と呼ぶラーグへ聞いた。


「気にするな。少しばかり気掛かりが有っただけだ。それよりも国境周辺の警備を強化する。質疑は無しだ。代わりに見回りに出したセジア達を直ちに呼び戻せ。戻り次第私の元に来るよう伝えるのも忘れるな」

ラーグの口調は強くないが、騎士にとってはいつもと違う危機感の感じ取れる言葉と雰囲気に自然と騎士の表情も引き締まり、一度敬礼した後周りの騎士達に声を上げ各々テキパキと動き出した。

その中でラーグは1人険しい表情で考え込んでいた。


"過去を振り返っても過去の事件を見ても盗賊が出た事は一度もない…だが指示が出てから狙ったかのように此方の見回り管轄に盗賊が出た……フェーシャ・サングィーズ、いったい何を考えている…"

ラーグが思い当たるのは昨日関所を通ったセルン王国大騎士長の座に居る1人の男…ラーグとフェーシャは特に接点が有ったわけではないが、騎士となったのはほぼ同期にあたる。だがラーグのように自国出身ではなく、突然今の国王である宰相の推薦で上がってきた男だ。実力もさることながら束ねる手腕も本物であり、評価は既に高かった。前王の罪が発覚した時も特に優れた動きを見せたらしく、それが影響して現王になった際に大騎士長に任命されたようだ。前王の代である騎士団は全面的に解体され、その時の大騎士長や騎士長達は表では追放…及び生死不明となっている。ラーグはその時に騎士長に任命され、今に至っている。


「戻りました!」

ラーグはどのくらい考えていたのか、いつの間にか後ろにはセジアともう1人の騎士が立っていた。


「これから私は伝書を届けに王都に戻る。セジア、お前も付いてこい。それと盗賊について詳細を報告しろ。それからお前は馬を用意しろ」


「「は、はい!」」

ラーグは2人それぞれに指示を出し、自身も部屋に戻り筆を走らせた。

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