願う想いは友に向けて ②
「おい」
騎士団の建物から出て少し歩いた所で、前を歩くトールにヴィルが声を掛けた。
「……なんだ?」
「いや………そう言えばお前あの拘束どうやって解いたんだ?」
ヴィルはトールの問い掛けに少しだけ言葉に詰まると、気になっていた疑問を投げ掛ける。本当に言おうとしていた事とは違うようだが、ヴィルが此方も気になっているのは本当だ。
「まあ…あの程度俺にとって造作もないさ。理解していてもがさつな"誰か"には難しいだろうがな」
トールは振り返り皮肉を交えた言葉を発するが、ヴィルはいつものように声を荒げずにただトールを見ていた。
「ハァ……気付かなかったか? 俺達が入っていた牢は魔力や魔法を吸収する素材で出来ていた。恐らく脱走や破壊を防ぐ為だ。ご丁寧に許容値に達した場合次の衝撃が加われば放出される術式が組み込まれていた。魔装騎士様の手も加わっているだろう。だがあれ程の牢を使う事事態今となっては稀だ。整備がされなければ多少の綻びもある」
今の雰囲気を見て、トールは息を吐いて丁寧に説明を始める。ヴィルは"そう言えば"と言われてみれば思い当たる付しが有ったようだ。ただそれと今回の事についてどう繋がるかはまだ理解出来ずにいた。
「まあこの程度の話で君が理解できるとは思っていないさ。少しばかり"待つ時間"も有るようだから親切に教えてやるさ」
「あ"?!」
真面目に聞こうとしていたヴィルも、こう何度も馬鹿にされるような事を言われて眉間に皺を寄せずにはいられなかった。それでもトールは気にしていないようだが…
「君が呑気に寝ている間、綻びてヒビの出た壁の欠片で許容量と操作を確認した。何をされても対応出来るようにね。案の定拘束されたが、拘束魔法の解除は術者か魔力干渉による言わば鍵開けさ。ここまで言えば解るだろう?」
「ああ…」
"こいつはいったいどこまで先の事を考えてたんだ? 普通はそこまで冷静になれねぇし、いくら知識があろうとそれを実行するかよ。…トールは変わった。俺が今まで知らなかっただけかもしれないが、勇夜に負けてから敵わないと思う事が多くなってきた"
トールの説明にヴィルも漸く理解した。あの乾いた音の正体はその欠片が原因であり、大げさではあるかもしれないが、全てトールの思惑通りと言われてもおかしくはない結果となった。ヴィルは心の片隅に巣食うトール・ケネデリスという存在に対して、少なくない劣等感を感じていた。先程の事も昨夜の事もそうだ…トールが居なければこのような結果にはならなかった。だからこそ少し前に濁した言葉を言わなければとヴィルは深呼吸した。
「……っ! お前に言うのはこれっきりだからな!」
突然ヴィルが何の脈略もなくそう言い出し、それを聞いたトールは"何を言っているんだ"と眉尻を下げた。
「さっきは…助かった。昨日の事もお前が居なかったら多分どうにもならなかった。……ありがとう」
「まさか君からそんな言葉が出るとは予想もしてなかったよ。似合わなすぎて気持ち悪い位だ。なにより君のために動いたわけでも無いしね」
「………」
ヴィルがある意味勇気を出した感謝の言葉は、素直に受け取られる筈もなく。寧ろ似合わなすぎて気持ち悪いと返された。ヴィルはトールが好きではない。それどころか嫌いな所を上げればきりがない程だ。そんなトールに気恥ずかしさを抑えて言ったのにこの仕打ちだ。流石のヴィルも落ち込んでいた。
「君は昨夜の事を後悔しているのか?」
ヴィルの反応を待たずに、トールはヴィルの言葉からそうではないかと思い聞いた。
「後悔なんてしていない! ……するわけ無いだろ…」
トールの問いにヴィルは反論する。後悔がないのは事実だろう。ただ何かがつっかえているのはその言葉から見て取れた。
「……俺はただ…もっと別の良いやり方があったんしゃないかって…勇夜の手助けをする。それは変わらない…でも結局上手くいかなかったなら俺がやったことって意味が有ったのか…って。親父の言った通り俺はただ勇夜を死なせるような場所に、何も考えずに行かせようと行動しただけなんじゃないかって…」
「そうか…」
トールは一言だけ呟くと、一呼吸空けて真面目な表情でヴィルの目を見た。
「君にとって何が最善で、何が最悪なのか俺には知りもしない。俺には答える事も出来ない。だが、結果はどうあれ君は君自身の信じた道を選んだ筈だ。君がいくら過去を悔やんだところで戻る訳じゃない。それでも悔やむなら…俺でも君の友人に対しての行動が誤りだったかどうかは理解はできる」
「君は良くやったさ」
トールの言葉はヴィルに対して放ったとは思えない程の優しい声で、そして強い意思を持ってその言葉を伝えた。
そんなトールの言葉にヴィルは不覚にも胸を締め付けられるような想いと瞳が熱くなるのを感じた。流石に涙は見せまいと堪えたが、上手く言葉を出せなかった。ヴィルの性格上、誰かの為に自身を犠牲することは当然であり、明るく接してる表面からは想像出来ない程いつも周りに気を配り、心を張り詰めていた。貴族として、友人として、ヴィルが背負う物が多く有ることを知っていたのは、それと同等か或いはそれ以上の重圧を感じていたトールだからこそ、今そのような言葉が出たのだった。
「すぅ…はぁ…ったくよ。お前から言われたんじゃ喜んで良いのかよくわかんねぇよ」
ヴィルは深く呼吸して落ち着くと、少しだけ肩の荷が降りたように笑いながらそう言った。
「別に他意はないさ、この程度でも喜べるなら喜んでおくと良い。それに"まだ諦める"のは早いと、そう思っただけだからね」
所々毒を吐くトールの言葉は最早お馴染みだ。ヴィルは笑っているが、ふと今の言葉に疑問が生まれた。それはもう一つトールに聞いてみたかった内容ともしかしたら繋がるのかもしれない。そう思ったヴィルは口を開く。
「お前は勇夜の事を何か知ってんのか? さっきの事もそうだけど今もだ。勇夜について妙に落ち着いてるし」
「別に何か知っている訳じゃないさ。ただ………どうやら時間が来たみたいだ」
トールはヴィルの問いに答えようとしていたが、何かに気付くと話を切り替えた。ヴィルには突然の事で意味が分からないようだが、それは直ぐに分かった。
「ヴィル!」
その声がする方にヴィルが向くと、そこにはセリエとフードをせずに素顔を晒しているリースの姿があった。
「セリ…」
ヴィルが呟くとセリエは走って近付き、力強く抱きついた。
「もう…もう!心配したんだから! お父様から聞いた時、会いたかったのに会わせてくれなくて…無茶しないでよ!」
涙ぐんだセリエのそんな言葉にヴィルは抱き返したり、言葉を出すことは出来なかった。
「トール様」
セリエに遅れてリースも小さな足取りでトールの所に着いた。セリエと違って大袈裟な心配はしていないようだが、大丈夫かどうかだけは早く知りたそうにしていた。そんなリースの頭にトールには軽く手を乗せて少しだけ微笑むと、隣の2人を見て溜め息をつく。
「…その辺にしてやれシュバル。使い物にならなくなるぞ」
トールはセリエに声を掛けると、セリエは"何が?"とトールに視線を送るが、安心と心配で気付かなかった事がその言葉で冷静になり、抱き付くヴィルの体が強張って何かに耐えるように震えていた。
「えっ? あっ!ごめん!」
セリエはヴィルが痛みに耐えていたことを知り、直ぐ様体を離した。とはいえ勢いがあった事で多少押し出したようになり、ヴィルは硬直させた体のまま背中を地面に打ち付けて更に悶えた。
「ヴィルぅ!」
倒れるヴィルに寄り添うセリエは、さながら夫婦漫才でも見ているような光景で、トールは呆れリースは特に気にせずトールの指示を待った。
「……もういいかい?」
流石にトールもヴィルを不憫に思ったのか、そう口を開いたのはヴィルが多少なりとも回復した後だった。
「悪い」
ヴィルはそう言うと、泣き出しそうなセリエに大丈夫と手を向け、そしてトールを見た。
「なら君の質問に答えるとしよう。その前に今までの事を伝える」
トールは昨日から先程までの事を包み隠さず、デュロ達から言われた事も全てセリエとリースにも話した。それを聞いたセリエとリース、そして改めて振り返ったヴィルの反応は三者三様だった。だがヴィルとセリエの考えの終着は、何も出来なかった悔しさと変えることの出来なかった後悔だった。
「どうだ? リース」
次に出した言葉はヴィルやセリエではなくリースに対してだった。リースは少しだけ考える素振りを見せると口を開いた。
「当主様が言ってたのは…間違ってない。トール様と分かれてから言われた通りに…彼を追ったけど、"彼が"ギルドから出てないのは確か。…ただ」
リースは以前のような弱々しく途切れるような口調が、完全ではないが無くなっていた。素顔を日常的に晒すようになったのも、話し方も以前から変わろうと頑張っているのが見て取れた。因みにリースの言う当主とはデュロの事である。ヴィルとセリエはこの問答に何の意味があるのか分からず、ただ流れに身を任せていた。
そして気になったことがあると言うリースに、トールは続けるように促した。
「明朝まで出入りしたのは数人。フードで見えない人と…商人の人。だけどその中で2人だけ気になった人がいた。門から出ていったけど1人は…女性で見た事無かった。もう1人も彼とは違う…遠目だけど容姿が違った、でも彼にとてもよく似てた。…ううん…間違いないと思う。」
まだ話し方がぎこちなく伝わりづらい部分も多いが、そう言うリースの言葉を黙って聞いていた3人は、各々別の想いを持っていた。ヴィルとセリエはリースが何を言おうとしていたのか、半信半疑ではあるが理解し、トールにいたってはさも当然のように小さく口角を上げた。
「それって勇夜が本当は拘束なんかされてなくて、無事に出れたってことなのか?! でも見た目が違かったんだろ? それにギルドが嘘の報告を騎士団にしたって事にもなるんじゃないか?」
ヴィルはリースの言うことから頭がこんがらがり、リースに詰めよって質問攻めをしてしまう。リースは少しずつ人と話すことに慣れてはいたが、それでも今の状況はリースを萎縮させ、言葉を詰まらせてしまった。
「離れろグラッド…」
トールはヴィルを威圧し、それを感じたヴィルは自身がリースにやっていたことが悪く、冷静ではなかったと分かり、リースから離れて謝罪した。
「先程の事もある。信じられないのは理解するが、リースがそう言うなら間違いない。俺が保証してやる」
トールが何故そう言いきれるのか…それはリースを信頼しているのは当然として、リースの事を理解しているからこその言葉だった。
リースは幼い時のトラウマから周囲の状況や人の顔色、仕草等の多くの情報を傷付かないように、傷付けないように、嫌われないように読み取る事をずっとしてきた。そんなリースがトールの前で間違いないと言い切ったのだ。
「なら、本当に勇夜は自分の意思を曲げないで行けたってことなんだよな?!」
ヴィルは後悔に押し潰されそうな雰囲気と表情をしていたが、自分の行動が間違ってなかったのだと、それを確かめるようにトールに言葉を向ける。
「どのような意図があってリースが見た状況になったのか、それを確かめる術はない。だがあの欠陥が易々と折れたり、諦めないだろう。俺が言えるのはそれぐらいだ」
答えになっているのか、それを聞いていたセリエはヴィルを見るが、ヴィルは安心したような顔をしていた。
「私には何も出来なかったし、皆の話しはちゃんと理解できてない。でも私達の友達がやりたいこと…私達が出来なかったことをしに行ったんだって言うのは分かってる。だから願おう? "2人"の大事な友達が無事に帰ってこれるように」
セリエは精一杯笑って遠くに行った友人の無事を願った。皆がそう願うように口に出して…
「トール」
「今度は何だ?」
そんな中でヴィルはトールに話しかける。
「さっき聞きそびれたやつだ。何でお前は勇夜の事を冷静に見てたんだ? 結果的にそうなったが、始めから分かってたみたいに」
「単純で簡単なことさ」
トールは少しだけ前の事を振り返るように上を向く。
「俺はただ…」
己に勝った男が…
己を救った男が…
この場の誰よりも強く、そして世界すらも救おうとした男が…
「欠陥が……如月 勇夜という男が…」
たった1人大切な人を救う事が出来ない筈がないと…
「その程度の事ぐらい、やってもらわなければ張り合いが無いと思っていただけさ」
もしかしたら自身にとって初めて友と呼べるかもしれない男の事を、ただ誰よりも信じていただけだった。




