願う想いは友に向けて
日が昇り、小鳥のさえずりが聞こえ始めた頃、カルディーク皇国騎士団の隊舎にある牢屋の中にヴィルとトールが居た。
「いっつッ!」
横になっていたヴィルは、痛みが体に走り目が覚める。ゆっくりと痛みに耐えながら起き上がり、昨晩の出来事を思い出す。
「随分呑気に寝ていたようだね。その神経は見習いたいものだ」
固まった体の調子を確かめるようにヴィルは体を動かしていると、横から片膝を抱えたまま座るトールが皮肉を込めて口に出した。
「そうかよ。まあどこぞの上位貴族様は、お高いベッドじゃないと休めないみたいで大変みたいだけどな」
「ほう、だが貴族でありながら考え無しの馬鹿な行動をする奴よりは、随分ましな"奴"だと思うがな」
「なんだと?!」
見ればお互いに良い状態ではないのにかかわらず、口はいつものように言い合いを始めた。それはまだ続くかと思われたが、不意にトールは鼻を鳴らし、ヴィルは同時に溜め息を溢した事で2人の雰囲気は一気に落ち着いた。
「……なあ、"あいつ"は上手くいったと思うか?」
ヴィルはトールを見ずに、格子から指す光を見ながらそう言った。
「どうだろうね。どちらにせよ俺は欠陥を心配するような事はしない。結果がどうなろうと関係無いからね。……まあ、ここまでしておいて何も出来なければ悪態の一つや二つは浴びせてやるつもりだが」
トールは口ではそう言うが、表情の見えないヴィルであってもその言葉に感じた感情は理解できた。
そんな中で、2人の居る牢屋に足音が近付く、
「…出ろ。騎士長様がお呼びだ」
通常よりガッチリとした鎧を着た騎士が牢屋の鍵を開け、ヴィルとトールの手首を魔法で拘束してから2人を連れ出した。
2人を先導しながら騎士は目的地まで着き、扉をノックした後に扉を開けてから自身は入らずに2人に入るよう促した。騎士は中に居る者に礼をした後にこの場から去った。
「お前達は昨晩何をしたか…理解することは出来たか?」
部屋の中にはデュロ、フィルフィス、ユリシアの三人が鋭い視線と雰囲気でヴィルとトールを見ていた。そして代表してフィルフィスが口を開く。
「騎士団のトップであるお三方がこんな時にわざわざ出向いて来るなんて、随分と呑気なんですね」
その問いに口を開いたのはトールであったが、それは答えではなく、挑発するような物言いをした言葉だった。
「「っ!」」
トールの発言に出した答えは、フィルフィスの風でヴィルとトールを押さえつけることだった。床に這いつくばされた2人は苦悶の表情をしながら、上から見下ろす3人を睨み付ける。
「「ハァ…ハァッ…」」
数秒程経ち解除されたことで、2人は冷や汗を流し荒く呼吸を繰り返した。
「今お前達に許されているのは、此方の問いに答えることだけだ。今の私は騎士長としてここに居る。勝手な物言いは自分を苦しめるだけだと心得ろ」
苦し気な2人を気にすることなく冷淡な声でフィルフィスはそう言った。
「俺は……何も後悔していない。確かに俺は貴族で、この国に尽くさなきゃいけないし、俺にとっても大切な場所だ。でも…それでも俺は友達の気持ちも、想いも無駄にしたくない。俺には同じくらい大事なんだ! 責任なら俺がとる。だからっ!……っ!」
ヴィルは顔を上げ、言葉を出しながら少しずつ体を上げていった。ヴィルの言葉は偽りなく本心だと誰が見ても分かるだろう。だがその言葉を途中でフィルフィスは瞬時に近付き、ヴィルの腹部を容赦なく拳で打って止めさせた。
「責任をとるだと? 軽々しくその言葉を口にするな!」
フィルフィスの形相は自身の息子に向けるような物ではなく、怒りに満ちた表情をしていた。
「今のお前程度の責任で守れる事など無いと知れ! お前の行動一つで悲しむ者が居る事を知れ! 如何にお前に大義が有ろうと、この世はそれを認めぬ事を知れ!」
フィルフィスの言葉は止まらずヴィルに吐き出された。
「なら親父は! 親父なら大事な友人を国のために見捨てるっていうのかよ!」
フィルフィスの頭ごなしの言葉に、歯を食い縛って今度はヴィルが反撃した。
「悩んで苦しんで…どうしようもないから塞いで…自分が弱かったからって責めて…本当は飛び出したいのに諦めて…そんな友人を助けることも出来ないで…自分を犠牲にしてでも誰かの為に動けない奴が、国だろうが自分の大切な人を守る事も救う事も出来るわけ無いんだ! 俺はそんな奴には無りたくない! 俺が目指すのは…俺が求める強さってのは自分の意思は曲げない、曲げさせないで大事なもんを守りきる強さなんだ!」
ヴィルは両手を拘束されたままにも関わらず、立ち上がってフィルフィスに自身の想いをぶつけた。そんなヴィルの言葉にほんの一瞬だけ苦し気な表情を見せるフィルフィスだが、直ぐにヴィルの言葉に答える。
「お前の言葉はただの理想だ! 綺麗事なんだ! 俺ならどうするか? 決まっている。俺は国を守るためなら誰だろうと戦う! 俺にとって国を守ることは家族の居場所を、その命を守ることだからだ!」
フィルフィスの言葉は先程の強さに加え、威圧も込められていた。そしてヴィルの首元を掴み引き寄せる。
「だがお前のしたことはなんだ?! 友人の為と言っておきながらお前がしたのはその友人を死地に追いやっただけだ! 本当に想っているのならお前は力ずくで止めるべきだった! 彼1人で何が出来る?! 彼1人の行動が何をもたらす?! お前の行動は浅はかで、衝動的な物でしかない」
互いに譲ることの出来ない意志の言葉が交わされる。フィルフィスにもヴィルのの言い分が分かるように、その逆も同じだった。だが今のフィルフィスはそれを認めるわけにはいかなかった。
「平行線だな」
睨み合う2人の変わらない状況の中で、デュロが声を上げた。
「互いに譲れない事があるのだ。自分の息子の事なのだからこうなるのは分かっていただろうフィルフィス?」
デュロの言葉に大きく息を吐いて頭を掻くフィルフィス。先程までの雰囲気は既に何事も無かったように消えていた。
「それに既に"終わったこと"を長々と話していても無意味だとお前も思わないか?ユリシア」
「……そうだな。私としては"収まった"なら特に問題無いと思っている。それに娘達に嫌われたくないからな…解放しても良いと思うが」
デュロの問いにユリシアは答えた。途中ボソボソと小さな声になったが、最終的には問題無いという事だった。
「……一つ聞きたいことが。お2人の言った終わった、収まったというのはどういう事ですか?」
その会話に疑問を感じたのはトールだった。その言葉に冷静さを取り戻したヴィルもその言葉の意味を考えた。その答えは国の大事であるにも関わらず、騎士団を束ねる3人がこの場に居ることをが答えだった。
「どういう事も何も、その意味に気付かないお前ではあるまい。だが伝えるべきだな。ギルドから報告があったのだ。如月 勇夜を確保、拘束したとな」
その言葉にヴィルは目を見開き、トールは目を伏せ何かを考えているようにも見えた。
「それは事実という事で良いんですね?」
「? ギルドからの報告を信じるのであればそうであろう。此方も万が一を考えて動いてはいたが、その後彼がギルドからは出ていない。数人の商人は確認したが、門の騎士には厳しい素性と目的の確認を徹底していたからな」
デュロの言葉を確認するように聞くトールの雰囲気に、少しばかり疑問を感じたデュロだが、気にせず分かっていることを話した。
「なら此方もここに居る理由もなければ聞くこともありません。よければ出て構いませんね」
ヴィルは信じたくないのか何かを言おうとしていたが、その前にトールがヴィルを制し、そのまま淡々と話を進めた。
「構わんぞ」
「っ! デュロ!」
簡単にその答えを出すデュロにフィルフィスは食って掛かった。たがデュロはフィルフィスに落ち着くようにいい、そしてユリシアも解放する事に問題無いようで特に何も言わなかった。
「グラッドさん、気持ちは察しますがこれ以上は私情を挟んだ不毛な話し合いでしょう? それならばいくらでも時間は有るのですから、後程貴方の息子と2人で話せば宜しいかと。幸い国の平穏は守られ、私達も反省し受け入れますので」
トールは冷静な雰囲気を出しつつも、その言葉はどこか急いでいるような、早く立ち去りたいような印象が見えるが、トールの最もな話にフィルフィスは言い返す言葉が出なかった。
「フハハ! 我が息子ながら大したものだ。ではお前達の後処理は此方で上手くしよう。……だがこれだけは覚えておけトール。如何にお前であろうと次は無いぞ」
デュロは声を上げて笑うと呆気なくトールの発言と行動を許す。しかし不意に笑みを捨てたデュロの顔は無表情でありながらその雰囲気は恐ろしく、そこから放たれた低い声にトールも冷や汗をかきながら頷いた。
「トール、どういうことだ。俺はまだ聞きたいことが…」
「今は抑えろ。理由なら話してやる」
ヴィルはまだ言いたいことがあるようで、この場から抜けることを良しとしなかったが、そんなヴィルの耳元でトールがそう呟くと、ヴィルは納得しないながらもトールの言うことを聞くことにしたようだ。
「では拘束を解く。少し待っていろ」
「構いませんよ」
デュロは2人にそう言うが、トールはその申し出を断った。その言葉は全員に疑問を持たせるが、その理由は直ぐに分かった。小さく乾いた音が一度鳴った後にトールを拘束していた魔法が分解されるように消えていた。騎士長3人が驚くが、トールは気にせずヴィルの手首に手を添え視認が難しい程の小さな雷が走ると、その拘束魔法も同様に消えた。
「では失礼します」
トールはそれだけ言うとヴィルを引き連れて出ていった。驚く3人に何も言う時間を与えずに立ち去る姿はある意味流石である。
「お前の息子は本当に何なんだ」
少しの間が空いて溜め息と共にフィルフィスが口を開く。
「さすがに私にもどういう手を使ったのかは分からん。あの拘束魔法は術者か他者からの魔力介入が無ければ解けず、繊細な調整も必要だ。魔力封印も発動していた筈だが……」
デュロを始め、他2人も頭を悩ませるがトールの手品じみた所業を理解することはできなかった。
「末恐ろしい息子だよ。本当に…」
デュロは口角を吊り上げ笑っているように見えるが、その実表情や目に余裕はない。成長を誇らしくも下から突き上げてくる緊張感を感じていた。確かに今は実力も経験も勝り、負けることは万に一つも無いかもしれないが、トールの潜在的な力は既に自分を越えているかもしれないと少なくない恐怖を感じてたのはデュロだけではなかった。




