再会は大海に運ばれて
「では先日の事態を考慮した上で、あくまで予想にはなりますが、セルン王国の動きを踏まえた行動を話しますね」
ルミルスの話から、広げた地図を指しながらノイルは話を進める。
「勇夜君の証言を基にすれば、アルセリア姫を連れ去ったのは フェーシャ・サングィーズ で間違いないでしょうね。彼の説明は今は省きますね」
フェーシャ・サングィーズ……その名前を聞いた時、勇夜は膝の上で拳を握っていた。冷静にならなければいけない……だがやりようのない気持ちを勇夜は抑えられずに歯を食い縛った。
「恐らく彼が使用したのは"国家間転移"ではなく、個人の魔力を消費する"陣送転移"でしょうね。前者は両国が許可しなければ使用できませんし、場所も限られます。対して陣送転移は特殊な為、数が少ないですが場所を選びませんからね。変わりに多量の魔力を使いますし、術者の魔力によって距離が変わるのも特徴です。魔装騎士でも遠距離は出来ませんから、彼が2人分の魔力を消費した場合の距離と、その付近の村等を見ればこの場所に一度転移した可能性は高いです」
地図にある場所を指しながらノイルはその方法を推察していく。
「実際に行って、道中情報を得る機会はあるでしょう。ある程度時間が経っているとはいえ、セルン王国に行くには最短でも数日は掛かりますからね。此方も陣送転移を使用してもらいますし、魔力については光姫であれば問題は無いですしね。彼らの到着からさほど時間は掛からず到着できる筈です」
ノイルは小さな魔法陣が描かれた紙を二枚取り出す。あくまでルミルス頼りな行動だが、ルミルスは当然のように肯定する。
「偽装については光姫にお任せします。調査という事を前提として目立たない事が重要ですが、それも調査や潜伏、多くの任務をこなしてきた光姫であればそちらも問題無いでしょうしね。商人用の馬車を用意出来ますが、それ以外此方の補助は今回一切出来ません。何か好転するような物がなければ孤立無援であることを理解してください。最後に光姫、分かっているとは思いますが、貴女だけは何があっても正体を知られてはいけません。そしてもし、状況を変えるだけの何かが無く、暴かれそうな時は……」
ノイルはルミルスにだけ話し、途中で言葉を止めた。ノイルとルミルスの雰囲気が勇夜に伝わり、勇夜は止められた言葉の先を理解した。この国を危険に晒すことは何があっても許されないこと…だからこそやむを得ない場合はその存在を消すという意味だと分かった。
「では準備を終え次第、私達は出ます。その後の事は任せました」
ルミルスは立ち上がり、勇夜に付いてくるように促した。ノイルは頷き、勇夜は最後にお辞儀をして立ち去った。
~ギルド入口前~
「準備は良いね。"ユウヤ"」
「行けます」
少しばかり空が明るくなり、陽に照らされた2人の姿が露になる。その姿は勇夜とルミルスで間違いはないが、2人の髪の色と瞳の色が紅葉色に染まっていた。簡素な服装に薄手のマント羽織る姿は彼らを知っている者でさえも一目では分からない程だ。ギルド前にある商人用の馬車に乗り込み、何事もなく正門をくぐる雰囲気はさながら旅商人そのものだった。
今この状況になっているのは先程のノイルとの話し合いにより、ルミルスの指示を受けた為こうなっていた。表面上の髪の色と瞳の色はルミルスの力で見た目が変えられていた。ルミルスの説明では、強く魔力を発生させなければ解除はされ無いが、戦闘等を行えば元の姿に戻ってしまうようだ。正体を隠す上でも2人の関係を合わせる必要があり、見た目通りに旅商人をしている姉弟という設定のようだ。
勇夜は少しずつ遠ざかる故郷に目を向ける。これが最後だと勇夜は思う。いつかは戻れるかもしれない……そんな甘い考えは捨てなくてはいけないと……だからこそまだ見えるこの場所で、思い出を……大切な繋がりを振り返り、ただ進み続けるために……
"さようなら"
少しだけ悲し気な表情をした勇夜は、直ぐに前を向いて気持ちを切り替える。その別れの言葉は誰に向けられた言葉なのか、或いは何かか……少しも未練が無いわけではないが、だとしても自分が選んだ道を進むと決めた勇夜に迷いは無かった。
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~航海中の船上~
快晴の空の下、木造の貨物船が一隻海を渡っていた。船上では数人の船員達が忙しなく荷物を運び、汗を流しながらも談笑して賑やかな雰囲気を作っていた。かといって船には船員だけではなく、ちらほらと私服の人も居るため、同乗している所謂客員のような人達も居るようだ。
そんな中で一人離れて船頭の付近で、航路の先を柵に手を乗せながら見る姿があった。
「ハァ……ったく、"蓮桔"様も人使い荒いんだよ。俺は姫付き剣士だってのに、離れてどうすんだって。いくら友人の大切にしてた国が今おかしいからって、俺が行かなくてもいいだろ」
恐らく16.7位の歳だろうか、黒い髪で短髪の少年は溜め息をついて呟いた。
「おっ?! 兄ちゃんどうしたよ。居心地悪かったりしたか?」
柵に少年がもたれ掛かっていると、通り過ぎようとしていた船員が心配して荷物を持ちながら声を掛けてきていた。
「あっそう言うわけじゃないっす。ただ長旅が久々だったんでちょっと疲れただけっす」
少年は振り返ると慌ててその船員に訂正する。船員はその少年を見てほんの少し驚くが、直ぐに歯を見せて笑う。
「そ、そうか。ん?兄ちゃんその格好は"ヤマト"から乗ってきたのか。するってぇとこの船が立ち寄るのはセルン王国だから、兄ちゃんもそこが目的地かい?」
後ろ姿ではマントで見えなかったが、振り返った事で露になった服装(和装)を見て船員は話続けた。
「そうっすね。まあ観光みたいなもんっす」
「なら今良い時期の筈だな。確かセルン王国はこの時期祝い日があった筈だから兄ちゃん運が良いな! あっちの大陸に行くのは初めてかい?」
船員は会話に楽しくなってきたようで、荷物を持っているのも忘れているかのようにどんどん会話を膨らましていく。
「へぇ……覚えときます。それとあっちに行くのは初めてじゃなくて、国は違うんすけど元々は住んでたんすよ。まあもう出て八年位経ってて、久々なんすけどね」
少年は目を細めるが、直ぐに頭を掻いて笑顔で答える。
「なら帰郷って感じなわけだ。俺も出身はこっち側だからよ」
「おい! その荷物こっちだぞ! サボらせるために雇ってんじゃねぇぞ!」
船員は懐かしむようにまた話し出すが、後ろから他の船員の怒鳴り声が聞こえ、目の前の船員は慌ててその船員に謝り戻ろうとする。
「それじゃあな。まだ到着まで数日あるし、良かったらまた話そう。観光もだが、知り合いにも会えたら良いな」
船員は笑い、そう言うと足早に動き出した。少年は船員に手を振ると、再度遥か遠くに有るであろう目的地に目を向けた。
「知り合い……か」
少年は懐かしむような顔をして、ゆっくりと手を自身の左目の部分に手を当てた。少年の左目には大きな切り傷のような物が出来ており、その目は何かを映すことは無いだろう。傷をなぞるように触り、そしてそのまま腰に指した花びらのような形をした鍔の刀に触れた。
「………勇夜…お前は今、何してんのかな」
ポツリと呟いた少年の表情は優しいものであるが、そこからは何か後悔のような感情も読み取れた。
"会うことも会わせる顔もねぇけど……俺はもう一度……"
少年が思うのは大切にしていた友達な姿……何も伝えずに去ることしか出来なかった在りし日の思い出……そしてこの刀に込められた"託された願い"だった。
二つの場所で2人の少年が向かうのは幾つもの思惑、想いが交差する場所。彼らがもたらす出会いは幸か不幸か、それとも別の何かか……




