きっと誰もが誰かを守りたくて ③
~カルディーク皇国 ギルド~
勇夜はギルドの前に立っていた。明かりこそついてはいるが、明るい時と比べれば当然ながら静かであった。勇夜は深呼吸の後に扉に手を掛けて開いた。中に入れば隊員の姿は殆ど無く、しかし勇夜の視界に入ってきたのはまるで来るのを待っていたかのように此方を見ながら立つ、ユノルの姿があった。
「此方に来ると報告がありましたが、本当に来たんですね。如月 勇夜君、ギルドマスターが待っています。此方へ」
待っていたというのは間違いではなかった。ユノルは報告があったと言うが、勇夜が伝えたのは靖耶と先程会ったヴィルだけ…もしかしたら始めからこうなるのが分かっていたような対応に勇夜は身震いした。だとしても勇夜な目的は変わらず、手配された事だったとしてもある意味勇夜にとって好都合であった。ユノルに連れられ、以前と同じギルドマスター室に行くと思いきや、場所は地下にある一室に連れていかれ、扉を開いた先にはノイルが座り、勇夜を待っていた。
「ユノルさん、ご苦労様ですね。一度戻って頂いて大丈夫です。先程手配した通り"彼女"が着きましたら対応お願いしますね。また呼びますのでその時は頼みますね」
ユノルは一礼すると部屋から離れ、ここにはノイルと勇夜が残った。ノイルと対面の椅子に座るよう促され、勇夜は椅子に座る。
「ここはギルドでもごく一部しか知らない、機密保持の為の部屋となります。今ギルドもセルン王国に関する事では監視が入っているんですね。勇夜君、君が此方に向かっていると報告を受けた時にこうすべきと考え、此方に呼びました。……では君の用件を聞きますね。内容次第では君を拘束しますね」
ノイルは普段通りに会話を進め、勇夜の話を聞く態勢になった時に鋭い視線を勇夜に向けた。
「俺は、この国での全てを捨ててセルン王国に……アリサに会いに行きます」
勇夜の言葉に、ノイル深く溜め息をついた。
「君のその身勝手な行動が、どのような事をもたらすか理解した上での判断なんですね?」
勇夜はノイルの問いに頷いて答える。ノイルは勇夜の目を、その真意を見通すように見つめる。そして何かの合図のように軽く手を上げると、音も気配もなく現れた存在が、勇夜の首もとに刃物を置いた。
「脅しのようになって申し訳ないのですが、君は君が思っている以上に重要な立場にいるんですよね。君には感謝しても仕切れない程の恩があります。ですが今回の件は、場合によってこの国を危険に晒します。君は全てを捨てると言いましたが、それは簡単なことではありません。どれだけ捨てても消せない情報は必ず出てきます」
ノイルは一呼吸開けて続けた。
「もしセルン王国で君が罪人を庇い、そして君にとって良くも悪くもそれが知れ渡れば、君の家族は…友人は傷付き、多くの罪のない国民を巻き込むかもしれませんよね。君は君が守った物を自ら壊してでも、今の考えを改めるつもりは無いのですか?」
あくまでノイルは説得し、勇夜を止めるために話を続けた。ノイルにとっては正直建前ということもあった。この程度で引き下がるなら元よりここには来ていないのだから。だからこそ知りたかった。目の前の少年が何故多くの犠牲を出すかもしれないこの決断をしたのかという事を…
「俺は、セルン王国に行くことで多くの人に迷惑がかかることを考えなかった訳じゃないです。実際にそう思って自分の気持ちに蓋をして諦めようとしました。それにノイルさんの言う通り、俺がこの国と関係無くなったとしてもきっとこの国を危険にすることには変わりないのかもしれません」
勇夜は胸に手を置き、あの時の事を思い返す。
「でも俺はその大切の繋がりを捨ててもアリサに会いに行きたいんです。拒絶されるかもしれない。気持ち悪がられるかもしれない。でもやっぱり嫌なんです。あの時のアリサは泣いてた……いつも悲しい顔をしても涙を見せなかったアリサが……もしかしたら勘違いなのかもしれない、けどあの時のさよならがずっと心に残ってるんです…理由として弱いと思います。だけど俺にとってアリサの所に行く理由はそれだけで充分なんです。こんな俺のために道を作ってくれた友達の為にも…諦める訳にも止まるわけにもいかないんです」
確かに今この状況でノイルを…この国を危険に晒す為の理由としてはあまりにも不確かで弱い理由だった。聞いたノイルは納得すら出来ないだろう。だからといって勇夜は止まる気がなく、恐らくどんな事をしてでも出て行こうとする気持ちだけは伝わっただろう。
「君にとってそれが正当な理由であっても、アルセリア・リ・フォーセルンを助けるという事は"今のまま"では君も罪人となり、多くの国から狙われることになります。勿論此方にもね。それでも最後までその気持ちが変わることは無いんですね?」
これはノイルの最終勧告だと勇夜は感じた。頷けばこの場で首を跳ねられる可能性もある。それでも勇夜はただ一度だけ頷き、真っ直ぐノイルの目を見た。そして次に何が来ても抵抗できるようにと構えて……
「……いいでしょう。では少し待っててくださいね。君のこれからについて"彼女"を呼んでから話しましょう」
ノイルは勇夜の後ろの存在に目配せした。勇夜は来ると思いきや、それは予想と違うものだった。首もとから刃物が離れ、後ろの気配が音もなく消える。そしてノイルが放った言葉に勇夜は驚いた。
「どうしてですか?」
「どうしても何も君はセルン王国に行くと言うのでしょう? 私は今の君を見てそれを止めはしないと判断しただけですね。条件はありますが」
勇夜のもっともな疑問を平然とノイルは答える。勇夜の疑問は解けないが、そうこうしているうちに扉がノックされ、ノイルは返事をすると扉が開いた。
「っ! どうして彼がここにいるんです?!」
扉を開けて入ってきた女性は勇夜の存在に驚き、そしてその女性を見た勇夜もまた驚いたのだった。
「リーゼス学園長?」
この部屋に入ってきたのは、髪の色が少しばかり明るく、眼鏡をしていないが ルミルス・リーゼスその人であった。
「お連れしましたギルドマスター。それと先程騎士団より言伝てを預かっています。」
ルミルスの後ろからユノルがお辞儀をしながら、ノイルにそう言った。ユノルからの言葉にノイルは溜め息をつくが、内容を話すように促す。
「如月 勇夜拘束の協力と、逃亡に協力した ヴィル・グラッド、トール・ケネデリス 両名の拘束についての報告で以上になります」
勇夜はその報告に目を見開く。ヴィルもそうだが、まさかトールまで出てくるとは思わなかったのだ。犠牲にしてでも貫くと決めた心に小さくない痛みが走る。
「ではユノルさん、騎士団にお伝えください。我々は如月 勇夜 拘束の完了及びギルド内で身柄を預かり、処遇を決めると。協力した両名については騎士団に任せしますとお伝えくださいね」
ユノルはその内容を素直に受け取り、お辞儀の後に扉を閉めて離れた。
「どういうつもりですか貴方は? 私を呼んだのは任務についての筈。今このタイミングでこれが来たのは偶然には見えませんが?」
「ええ、概ね貴女が考えている通りです。今回貴女には皇王様より特命の任務が与えられました。それに彼を同行させます。この判断については私の独断ではありますが、引き受けますね? "光姫"」
勇夜は再度驚く事となった。内容は言わずもながら、目の前の自分が知っているルミルス・リーゼスという女性は、魔装騎士の1人である光姫本人だというのだから。ノイルにそう言われたルミルスは頭を抱えた。
「私自身の事については一旦置いておきますが、同行については賛成出来ません。彼の重要性と彼女との関係性を考えて今回判断を下した筈。それに私はあくまで調査という任務です。仮に彼を同行させ、何か予期せぬ事態になった時どうするつもりですか」
ルミルスはノイルの言動、そしてその内容に冷静に答える。
「だからこそですよ。私は勇夜君の気持ちを聞きました。確かにここに留めることは出来るかもしれませんが、彼の気持ちは折れることは無いと判断しましたね。下手に動かれるより貴女なら上手く管理も出来るでしょうし、何より貴女の力を使えば"正体がバレる"心配も無いのですからね。それに期待もしているんです。長くセルン王国に取り巻く何かが、アルセリア・リ・フォーセルンが生きていた事、そして彼の存在によって何かをもたらすかもしれないとね」
ノイルは心配というよりは期待しているような言動と雰囲気でルミルスに答えた。ルミルスはノイルの言葉が偽りではないことを理解し、勇夜に視線を移した。勇夜はノイルとルミルスの間でどうすべきか悩んでいたが、ルミルスの視線に気付き目を合わせた。勇夜は覚悟を決めた目でルミルスを見た。
ルミルスはそんな勇夜を見て、これまでの如月 勇夜という存在を思い返していた。生死の境で生きることを諦めなかった彼が…経緯はどうあっても誰も敵わなかった敵に諦めず立ち向かった姿が…あの場に居たルミルスは他の魔装騎士と見ていたのだ。恐らくルミルス自身ももしかしたらとほんの少しでも期待をしている自分に気付いていた。
冷静になろうと深呼吸して改めて見るが、決意は揺るがないようだとルミルスは折れた。
「わかりました。ですが君の望む結果にはならないかもしれません。君が願う再会にならないかもしれません。私は君に勝手な行動をさせるつもりはありません。それでも良いんですね?」
「はい、だとしても俺は決めたんです。俺にとって何が大切で、誰を守りたいのか……今の俺には皆を助けるような力は無いです。そんな事が出来るような器でも無いです。この気持ちはわがままで迷惑な物かもしれません。でも……それでも俺は…アリサに会いたい……例え不可能だと言われても会わなきゃ行けないんです!」
ルミルスの言葉に勇夜はその気持ちを答えた。誰がどう見ても、きっと誰もが幸せになれない結果なのは明らかだ。行ったところで何が変わるのかも分からない。だがノイルに話をした時と同様に勇夜は止まるわけに行かないと、そうルミルスにも気持ちをぶつけた。
「……ならこれからどうするか決めましょう。……どちらにせよ貴方はもうその辺りの目星はついているでしょうけど」
ルミルスは少しの間を空けてから口を開き、ノイルに向けて話す。ノイルは待ってましたとばかりに大陸の地図を取り出し、2人に向けて話し出した。




