きっと誰もが誰かを守りたくて ②
勇夜を引き連れたヴィルは、"風読"を使い誰にも見つからないように移動し、着いた先は学園の屋上である。時間もそうだが屋上自体人が来る方が稀である為、そこには誰も居なかった。気持ちは落ちているのに対して天気は良く。気持ちの良い風が程よく吹いていた。ヴィルは柵に体を預け勇夜の方を向く。
「勇夜、俺さ…セリが大事だ。婚約者以前に俺が大好きでセリを愛してる。何かあれば他の何を犠牲にしても助ける。それが誰かを傷付けたり敵に回す事になったとしても、俺はセリだけを守る」
ヴィルは心の内をさらけ出す。内容だけ聞けば歯の浮くような惚気話に聞こえるが、ヴィルの顔は真剣だった。
「勇夜も俺と同じようにアリサを……」
「っ!しょうがないだろ! 俺にどうしろっていうんだよ! 今この状況で何が出来るんだよ! セリエもヴィルも俺に何を期待してんだ! ……そうだよ俺はアリサが好きだ! 誰より守りたいと思った! 俺なら出来るって思った!……でも違った…守られたのは俺だ…アリサが止めてくれなかったら俺はここには居なかった…結局俺は誰かのおかげで戦えただけの弱いままなんだ…」
勇夜はヴィルの言葉を止め、どうしようもない憤りを言葉にして叩きつける。
「それでいいのか? 逃げて立ち竦んで、それで諦めて忘れられるのか?」
「っ!いいわけないだろっ! 忘れられるわけない! 俺が! ……俺が弱かったからアリサが連れていかれた! 俺が負けたからアリサに守られた! 俺が……俺がもっと強かったら手を掴めたんだ……アリサにあんな顔をさせずに済んだんだ…」
ヴィルの言葉に勇夜は掴みかかり、柵へ押し倒して怒りの表情を露にした。あれから抱えたままぶつけることの出来なかった気持ちを、想いを吐き出した。そして勇夜の掴んだ手も言葉も次第に力が弱まり、悔しさからか勇夜の頬に涙が伝っていた。
「ならどうする?! 本当のお前はどうしたいんだ!」
「俺は………お…れは……もう一度…アリサに会いたい…あんなさよなら…嫌だ」
下を向く勇夜を、今度はヴィルが胸ぐらを掴んで顔を上げさせた。先程セリエに見せたような剣幕で迫るヴィルに、勇夜は弱々しくも本当の気持ちを打ち明けた。脳裏に過るのはあの時のさよならの言葉と無理に作ったアリサの笑顔……
「それが本当の気持ちだろ?! 人を好きになるのは簡単なのかもしれない…けどな! 自分の全部を掛けてでも、誰かを犠牲にしたとしても守りたいと思う大切な人に出会うのは簡単じゃないんだよ! 例えそれが家族に、友人に何を言われようと、世界がそれを許さないとしても、自分が信じた大事な気持ちを…大切な人を見失うな! 自分だけだとしても信じ、助け、守り続けるんだ!」
ヴィルの言葉は続く。それは勇夜に伝えるため、そして自分の信念を守るために…
「大切な人と一緒に居たいって思うのはそういうことだろ?」
ヴィルは掴んだ手を離し、見守るような優しい声になって笑いながら勇夜の胸に拳を置いた。
勇夜はそんなヴィルの言葉に、いつも明るく大切な友人として接してくれたその笑顔を見て、勇夜の胸の中にあったモヤモヤが晴れたような気がしていた。ヴィルは勇夜から離れ、勇夜が口を開くと鐘が鳴り響いた。どうやらいつの間にか最初の授業が終わったようだ。
「おっ、思ったより時間経ってたんだな。流石に次のは出ないとな。セリに何言われるか分かったもんじゃないからな」
ヴィルは勇夜に背を向けながら歩き出す。勇夜は瞳に貯まった涙を袖で拭い、何かを決めたようにヴィルに振り向き口を開く。
「ヴィル!」
勇夜はヴィルを呼ぶが、ヴィルは振り返らず手を出して勇夜の言葉を止めた。
「勇夜…今のは俺が友人として言える最後の言葉だ。後はどうするかお前自身で考えて答えを出せ。ここから離れた時から俺は、グラッド家次期当主 ヴィル・グラッドとしての俺になる。どういう意味か分かるよな?」
ヴィルの話を聞き、それが意味することを勇夜は理解した。それは先程ヴィルがセリエに言った言葉そのままの意味だ。貴族として皇王の命令は絶対だ。勇夜がこれからしようとしていることも関われない事を意味している。
「さっきも言ったけどな。俺にとって大事なのはセリだ。セリが守れるならなんでもする。だからこそ俺は今の立場を守らなきゃいけないんだ」
ヴィルはそれだけ言うと1人この場から去った。
勇夜は見えなくなるヴィルの背中を見送り、ただ1人になったこの場所で今一度自分がどうしたいのか…これからどうするのかを考えるのであった。
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ヴィルは1人屋上から離れ、誰もいない通路を歩く。だが歯を食い縛る音の後で壁を殴り付けた。
「最低だ…俺は」
今のヴィルの表情にいつもの余裕はなく、後悔が滲んでいた。
「勇夜に1人で命を掛けさせるのと一緒だ。あんだけ御託並べといて自分は安全な方を取んのかよ……セリの事も立場の事も結局逃げてる事に何の違いがあるんだ……」
ヴィルが誰にも見せたことのない弱気な部分が今はハッキリと見えていた。そんなヴィルに近付く人物が居た。
「ヴィル・グラッド君、クラスからは大分離れてるみたいですが何故ここに?」
「リーゼス学園長」
ヴィルに近付いていたのはルミルスだった。ヴィルは"風読"を解いたわけではなかったが、ここまで感知が遅れたのはどういうわけかヴィルは少しばかり疑問だったが、大きな問題でもないので気にすることはなかった。
「まあいいでしょう。貴方に用件があったのでちょうどよかったです」
「用件っすか?」
ルミルスは手元にあった書類をヴィルに渡しながら何かを話し掛け、ヴィルはその話に驚く顔を隠すことが出来なかった。
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勇夜は未だ屋上から離れてはいなかった。時刻はお昼時となっていた。所々で生徒達の賑やかな声がし始めた頃に、勇夜は何処かに行こうと屋上から移動を始めた。
勇夜が止まった場所は生徒会室であった。扉をノックすると声が聞こえる。この時間であれば勇夜は会いに来た人物が居るという確信があった上での行動のようだ。勇夜は扉を開き生徒会室に入る。
「勇夜か? 珍しいな。どうした?」
「兄さんに話があってきた。生徒として、弟として"最後"のお願いをしに」
勇夜が会いに来たのは靖耶だった。靖耶は普段通りに何の用件か聞くと、勇夜はその目的を話す。勇夜の言葉とその目を見た時、靖耶は驚かず、ただ分かっていたかのような顔をしていた。
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~自宅~
「これで最後だな」
勇夜はあの後クラスには戻らず、自宅に帰っていた。辺りは暗く、時刻は深夜となっていた。勇夜の目の前には多くない荷物が箱に敷き詰められ、その場に重なっていた。その中には学園の制服や物も入っている。
"これの処理は兄さんに任せてる。だから大丈夫だ。母さんには何も言えなかったけど言葉は残してる。最後まで迷惑掛けてごめん"
勇夜は自分が持っている唯一と言っていい家族との想い出の品に触れながら、家族の事を少しだけ思い返していた。これからすることに余計な感情も想い出も、そして繋がりすらもあってはいけない。だからこそほんの少しだけ勇夜はその優しい想い出を振り返る時間を作った。
これから先、持っていくのは最低限生きるための邪魔にならない荷物と戦うための服装、武器。それだけをもって自宅に別れを告げた。
勇夜は暗く仄かな光を放つ街灯の中、静かになった街道を歩いていた。勇夜にはもう一つだけこの国で済ませなくてはいけない事があった。その為に移動し広場まで着くと、その中心に誰かが勇夜に近付いていた。
「よぉ勇夜」
「ヴィル……」
明るい光で全体が見えた頃、そこには自身の武器を持つヴィルが居た。
「今ここまで来たって事は決めたんだな」
「ああ、俺は決めたよ。俺はアリサに会いに行く。その為にやる事があるんだ。家と学園の事は兄さんに任せてきた。後はギルドに話を付けるだけだ」
勇夜はヴィルの存在を見ても狼狽える事はなく、おおよそ友人との会話とは思えない程冷静に答えていた。
「そうか……なら俺がここに居るのもなんでか分かってるだろ?」
ヴィルの問いに勇夜は頷く。
「俺には俺の使命がある。だからお前を止めようとする俺を倒せ。そしたら直ぐに行け。お前なら出来るだろ」
ヴィルの言葉には流石に勇夜も驚いた。勇夜はヴィルが止めるだろう事は何となくあの会話から分かっていた。だがヴィルは自らの犠牲を取ったのだ。自らを倒させることで勇夜を行かせようとしていた。
「出来ない」
「あっ?!」
勇夜の答えはヴィルの望むものではなかった。故に勇夜の言葉にヴィルは青筋を浮かべた。
「出来ないだと? 甘ったれんなよ! そんな覚悟でアリサを助けれんのか?!自分の大事なもん守るために友達だろうと何だろうとぶっ倒せなくてどうすんだ!」
「分かってるさ。でも俺は俺の大事な友達を傷付けるつもりはない」
ヴィルは武器を勇夜に激しい感情と共に向けた。しかしそれでも勇夜は構えず、その考えも変わらなかった。
「ならいい、お前をその気にさせてやる。構えろよ勇夜…そうしなきゃやられんのはお前だ!」
ヴィルは武器を構えて走る。そして間合いに入ると勇夜の頭部目掛けて刃を突き刺した。
「っ!」
その攻撃をしたことで目を見開いたのは、ヴィルの方であった。勇夜の頬に一筋の切り傷が浮かび血が流れる。
勇夜は避けなかった。それどころか身動き一つ取らなかった。ほんの少しでもずれていれば只ではすまなかったであろう。
「なに…やってんだよ。死にてぇのか!何でなにもしない!アリサに会いに行く前に死ぬつもりか!」
「ヴィルは勇夜の胸ぐらを掴み、学園の時のように叫ぶ。
「俺は……俺はもう二度と大事な友達を傷付けない。俺はアリサに会いに行く。その為にここまで来たんだ。ヴィルを倒す為じゃない。それに死ぬつもりもない。絶対に」
ヴィルの目に映る勇夜は、前と違いその弱々しも迷いもなく前を向き、覚悟を持った強い目をしていた。ヴィルはそんな勇夜を見て手を離し、大きく息を吐いた。
「……やっぱり俺には向いてねぇな」
「ヴィル?」
ヴィルは頭を掻いて小さく呟く。勇夜にはハッキリと聞こえておらず、突然威圧感の無くなったヴィルを疑問に思った。
「何でもねぇよ。ただお前はやっぱり最高の友達だって事が改めて分かったって事だよ」
ヴィルは苦笑しながらそう勇夜に言った。
「勇夜、これ持ってけ」
ヴィルは腰に巻いた鞄から手の平サイズの箱を取り出した。勇夜は受け取り開けてみると、そこにはアリサがいつも身に付けていた髪飾りが中に入っていた。
「セリが帰ったら家に届いてたらしい。他に何もなかったそうだが、多分これだけは守りたかったのかもな」
勇夜は箱を閉じて、自身の鞄にそれを入れる。ヴィルはその後に近付き、勇夜の額に自身の額を当てた。
「いいか勇夜。これだけは守れ。必ず帰ってこい。例えどんな結果になったとしても必ず俺の所に戻ってこい。後は俺が何とかする。俺だけじゃない、セリも……癪だがトールもお前の味方だ。俺がお前の居場所を守ってやる。だから約束しろ」
「……ああ、約束だ」
ヴィルの言葉に勇夜は笑みをこぼした。互いに目を合わせる事はなかったが、その言葉で充分2人の気持ちは伝わっていた。
「なら急いでいけ、出来るだけ早くな」
ヴィルは離れ、勇夜を急がせた。その理由はヴィルにしか分からないが、勇夜は振り返らずに走った。己の誓いも、友との約束を果たすために前へと動き出した。
「何故行かせたヴィル」
勇夜が去って少しの間が空き、暗がりから出て来た人物 フィルフィス・グラッドが姿を現した。
「まあいい、行け、逃げられる前に捕えろ」
「ハッ!」
フィルフィスの隣から2人の騎士が指示に従い、勇夜を追ってヴィルの横を通り過ぎようとした。
「何の真似だ」
騎士はヴィルより後ろには行けなかった。通り過ぎようとする瞬間ヴィルはその騎士達の意識を刈り取ったのだ。
「悪いけどアイツの所には行かせねぇ」
「……それがどう意味するか分かった上での答えか?」
ヴィルは構えながらフィルフィスに答え、それを聞いた瞬間フィルフィスはヴィルに射殺しそうな程の威圧を向けた。
「っ! ああそうだ。考えても見れば簡単なことだったんだよ。大事な友達の行く道邪魔してまで守らなきゃ行けない義務に意味があるのかってな!俺はそれがセリを守るためだって信じてたよ。それが当たり前みたいにな。それは間違いじゃない。でも最良の答えじゃないんだよ!俺はセリも友達も家族も国も、全部守った上で最良の道を行く!大事なもん犠牲にした先に俺の目指す未来はねぇんだよ!それに今の俺の方がセリに嫌われずに済むだろうしな」
ヴィルは自身の想いをフィルフィスにぶつけた。その上で歯を剥き出しにして笑い、結局はセリエに好かれる為だと言った。
「まるで親子喧嘩のようだなフィルフィス」
フィルフィスは今にも飛び出しそうな雰囲気を出すが、その後ろから笑い声が発せられた。
「まじか…まさかケネデリスさんまで居んのかよ」
ヴィルは、デュロ・ケネデリスの登場に冷や汗をかいた。元からフィルフィスにも勝てると思っていなかったが、それでも足止め位ならと思っていたが、それも難しい状況となってしまった。
「フィルフィスの息子には悪いが、これ以上は無理なのでな。処罰は受けてもらうが、ここでは一度退散してもらう」
デュロの登場でフィルフィスの威圧が一度解けるが、私情に流され始めた感情を戻し、今はヴィルを一刻も早く無力化して勇夜を追うことを優先とした。
「まったく、散歩中に騒がしいと来てみれば……揃いも揃って近所迷惑だと思いますが」
突然横から音もなく現れたのはトールだ。今の状況に相応しくない普段通りの声に、一触即発の雰囲気だった3人の意識はトールに向いた。
「……家に居ろと言った筈だが」
「子供ではないんです。此方にも自由があるんですよ父上。それにそちらこそ夜遊びが過ぎると思いますが」
「此方は仕事だ。お前には関わりのない事だ」
「そういう訳にもいかないんですよ。此方も上としての立場をしっかり守らなければいけませんので」
ゆっくり近付きながらトールはデュロからの威圧にも動じず、話を続けた。
「上の立場というのなら今どうすべきか分かっているのだな?」
「ええ、当然ですよ」
周りを置いてけぼりにするトールとデュロの会話はここで止まる。ヴィルは今の話から更に窮地に立ってしまうと感じていた。トールは勇夜との事を知らない。であれば騎士側の…騎士長側に立つのは明白だった。
しかしトールが立ったのはデュロ側ではなく、ヴィルの前だった。
「何してんだお前?」
ヴィルはトールの行動に疑問を感じた。何も知らない筈だと思っていたからだ。
「ふん! 貴様が今ここに居るのは欠陥が関わっているのだろ? 貴様達と違って頭の出来が違う俺が分からないとでも思ったか?」
「いや確かにそうだが、だとしてもお前がこっちの味方する理由がないだろ」
トールはさも当然のように煽りながらヴィルに向けてそう言うが、ヴィルは煽りよりもその行動がどういう結果になるか分からないトールではないと理解しているので、更に疑問を浮かべた。
「トール、先程お前は立場を守るといったが、何故そちらに行った」
当然デュロもヴィルと同じだった。言っていることとやっていることがあまりにも噛み合わず、トールのその答えを待った。
「何も間違っていませんよ。俺はこいつらの上に立つ者として、その責任を全うしているだけです。俺は上の立場としてこいつらに…欠陥に大きな借りがあるんですよ。その借りを返さずに居なくなられたんじゃ、責任も借りも返せず目覚めが悪いんですよ。それこそ下の奴らに示しがつかないと思いますが」
トールの答えにフィルフィスを除く2人は呆気に取られていた。言葉の真意はトールにしか分からないが、やはりトールらしい自己中心的に思える言葉がそうさせた。
「アハハハッ!」
「デュロ?」
突然笑いだしたデュロにフィルフィスは驚く。
「そうか…であればそれがお前の出した答えなのだな」
「そうですよ。残念ながらね。ですから此方も始めましょうか、"初めての親子喧嘩"をね」
デュロとトールの掛け合いが終わりを告げた。デュロとトールが互いに戦闘態勢を取ったことで、ヴィルとフィルフィスもそれに合わせるように見合った。
これから始まるのは互いの信念と想い、そして自身にとっての守りたいものを守るための親子喧嘩だ。




