欠陥拳士と立ち向かう運命
勇夜はイオの手を取って視界の眩しさに目を瞑った。次に目を開けた時にイオは居らず、前を向けば仄暗い空間に立ち尽くす多くの人影が勇夜の目の前に存在していた。目を向けた勇夜がその存在から感じたのは身の毛もよだつ程の負の感情。瞬時にこれがイオの言っていた始めにするべき事なんだと勇夜は理解した。一歩踏み出そうとした勇夜は背後に悪寒を感じて止まる。振り返るとそこには、前にいる黒い存在よりハッキリと人の形をした黒い存在が勇夜を見ながら立っていた。
:我ガ契約者ヨ 何故ココ二居ル…汝ハ我ラガ悲願ヲ達スル為ノ器 汝ノ意思ハイラナイ:
勇夜が声を発する前に"それ"の言葉が頭に直接入ってくる。そして勇夜はまるで金縛りにあったように動けなくなっていた。"それ"は黒い両手を前に出して勇夜の首を掴み絞め始めた。"それ"の力は強く、勇夜は力を振り絞って右手で"それ"の手を掴み退けようとするが全く動くことはなかった。何も出来ず消え行く意識の中、勇夜の右手に暖かい手のような感触と自身の隣から伸び白く光る手が黒い腕を掴んでいた。動かなかった体の自由が戻り、力が湧いていた勇夜はその手と共に"それ"の手を退ける事が出来た。
:何故邪魔スル 我ラノ目的ハ同ジ 憎シミノ元凶デアル魔ヲ滅ボシ 我ラ二望マヌ力ヲ与エタ神ヲ殺ス事 何故ソノ器ヲ救ウ:
"それ"は勇夜ではなく隣に居た白い存在に言葉を向けた。しかし"それ"の言葉を無視するように白い存在は勇夜の方を向いて、勇夜の胸に手をおいた。
「っ!」
勇夜はその手から暖かい感情が自身に流れ込んで来るのを感じ、その存在が何者なのかを本当の意味で理解した。目頭が熱くなるが感傷に浸る時間はないと堪え、"それ"と対峙する。
「俺は俺でいる為に…俺の約束を果たす為に…俺が生きる為にここに居る。俺は俺の意思で戦う、諦めたくないから…止まらないって決めたから! だから俺は行くんだ」
:汝ノ存在ハイラナイ 汝ノ意思ハ届カナイ、汝ハココカラ出ラレナイ、我ラノ目的ヲ果タス為二汝ハココデハテル:
勇夜の真っ直ぐな目が"それ"に向けられ、それと同じくらい真っ直ぐで強い言葉が発せられた。だが"それ"は聞く耳を持たず、ただ勇夜を邪魔な存在として消すことしかない。そして言葉が流れ、それに同調したように勇夜の後ろに居た黒い存在達が勇夜の至る所を掴み、引き摺り落とそうとしていた。
「俺は貴方達…の感情も想いも言葉も…感じた…それは…今でも俺の中にある。でも…俺は貴方達の苦しみも辛さも怒りも憎しみも…本当の意味で理解することは出来ない…俺はただ聞いただけ、感じただけなんだ…貴方達の抱える感情を辛さも苦しさも痛みも、それは貴方達が感じたものなんだ!俺なんかが理解しちゃいけない…」
勇夜は引っ張られながらも苦し気な表情をしながらも、言葉を止めなかった。勇夜の言葉は自分が感じた感情や想いが何なのか、それを確かめるように誰かに伝えるように言葉を紡ぐ。
「確かに許せるわけない。こんな世界を…貴方達がこんな感情を抱くようにした誰かを……貴方達はずっと苦しみ続けてきた。それでもそんな世界でも貴方達にも守りたい人が、大切な人が居た筈だ!世界でも国の為でもない誰かの為に戦った筈だ!だから今の世界がある!俺達が生きる今がある! 貴方達が守った世界が今ここにあるんだ!俺にも守りたい人達が居る。一緒に居たい人が居るんだ!だから」
:ヤメロ:
勇夜の言葉が次第に力を帯びる。勇夜の体に力が込められる。引っ張られながらも膝まで埋まった体をゆっくり踏み締めるように前に進む。少しずつ、少しずつだが黒い存在の力が弱まっていた。同時に"それ"が反応していた。
「だから……俺が見せる!これからの俺が!貴方達の戦いが!命が!想いが!その全てが無駄なんかじゃないってことを!」
:ヤメロ:
勇夜の言葉が続き、遂に黒い存在の手が離れ勇夜の体が全身が露になる。
「俺が生きて必ず繋げる! 貴方達の繋げたかった想いを!だから……だから俺を行かせてください。お願いします」
勇夜は振り返り、後ろに居る黒い存在達に頭を下げた。先程まで"それ"の指示通りに動き勇夜を止めようとしていた存在達は、"それ"の指示に逆らい勇夜の行く先を開けるように広がっていた。
「っ! ありがとうございます」
勇夜が顔を上げて見た光景に、再度頭を下げて感謝を告げる。勇夜はわかっていた。ずっと感じてた負の感情とは別に、助けを求める感情と誰かを恨むような事をしたくないという感情が、黒い存在……"彼ら"にあったことを……だからこそ彼らの想いも何もかも無駄にしたくなかった。自身を犠牲にせず出来ることが何かを考え続け、そして告げた。それが、その想いが彼らに通じたのかもしれない。
勇夜は頭を上げて開けた道を見据える。
:何故ダ 何故コンナコトガ 汝ハ何ヲシタ 何故コンナコトガ出来ル:
「俺はただ諦めたくなかっただけ……だけどそれだけじゃないのかもしれない。俺は手の届く所に居る大切な人を必ず助けられるようになりたい。でも大切な人を救うために倒さなきゃいけない敵がいるなら俺は立ち向かう。救わなきゃいけない人達がいるなら俺は戦う。無理かもしれない…だけど背を向けたくない。生きて生きて生き抜いて最後まで立ち上がってやる!だって俺は……俺は大切な人を……"彼女"を守るって…そう誓ったんだ!」
勇夜は自身の想いを"それ"に伝える。その言葉の最後で振り返った勇夜の顔は、小さな頃に戻ったような明るい笑顔だった。
"それ"は何も言葉を出さず、ただ勇夜を見ていた。勇夜は"それ"の無言が自身の言葉に対しての答えだと…そう悟った。そして勇夜は前に向き直る。目の前に広がるのは出口の見えない暗闇のみ。勇夜は覚悟をもって踏み出そうとするが、その前に背中を押すように触れられた手の感触を感じた。
"ありがとう……見なくても分かるよ。いつも温かく見守ってくれてるのは分かってるから、だから大丈夫。………行ってきます"
勇夜は目を瞑り、そう感じていた。もう一度目を開けた時には前に光が、光の元へ続く一筋の白い道が出来ていた。
勇夜はもう振り返らない。その光に向かって走り出した。
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「っ!」
勇夜が次に目を開けた時、そこは既に外に居た。戻って来たと安堵する間もなく勇夜の全身を耐え難い激しい痛みが襲った。叫びだしそうなのを堪え、自身に流れ込む力に全神経を集中される。
("本当に乗り越えたんだね。出来るかも程度の期待だったけど、やっぱり凄いよ君は。僕は現状できる限り力を抑える。もう少し頑張って")
勇夜の頭に直接イオの声が聞こえてきていた。次の瞬間勇夜を襲う痛みが緩和され、勇夜は深呼吸してイオの言葉を聞いた。
("さっきも言ったけど君が耐えられるようにしなきゃいけない。力を扱えるようにイメージして形にするんだ。君の魔力神経が力に耐えられるよう保護するイメージをね。可能な限り僕が力を抑えてる間に")
次々とイオは指示を出し、勇夜はそれを受けて体に流れる魔力の流れを感じとるように集中する。
"力をイメージ……想いを形にする力……大丈夫、これまでも何度かやってきたこと。落ち着け…最善をとるために最良の選択をしろ"
勇夜はイメージする。自身の力の在り方を……形の無い物、想像しづらい物、本来それを感覚的にするのは至難だ。しかし勇夜はそれを成そうとしていた。それは勇夜自身の魔力コントロールの良さもあるが、何度も繰り返し自身の力をイメージしてきたことがここで実を結んでいた。
「スゥ…ハァ」
("いいね。これなら次に進める。ここまで来たなら僕は最大限のサポートが出来る。後はこの力をどう形にするか、君が想う君にとっての強さをイメージして")
勇夜の体に力が巡り始め、随分と楽になったようだ。安心せず次のイオの言葉を聞き、勇夜は考えた。
"強さの形……まだ俺にはよく分かってない。魔装騎士の人達のように、父さんのように……俺が望む俺にとっての力…"
勇夜は選ぶ、力に与える想いを……勇夜が思い出したように頭に描くのはずっと昔に見た世界の英雄の本。そこに描かれた世界を救うために戦う、6人の騎士とその力を纏う1人青年の話。
勇夜を中心にその場が神秘的な光が眩く光だし、そして姿を現した勇夜の姿はその光と同じ色の形をした手甲と足甲、全身の所々を守るように付く鎧、服装も変わり開いた勇夜の瞳と髪にも変化が出ていた。
「ふぅ……」
"なんだろう…凄く落ち着いてる。今ならどんなことも出来そうなのにやるべき事を明確に集中出来てる"
勇夜は自身の変化に驚き、沸き上がる力に高揚感も感じてはいるようだがそれが表面には出ず、寧ろより良い状態となっていた。
("君はっ! …どうしてその姿を知っているだい?!")
そんな勇夜に聞こえたイオの言葉は驚いた声だった。勇夜は先程まで冷静だったイオの変化を不思議に思いつつもそれに答える。
「この姿は昔よく読んでた本に出てた人の姿を思い浮かべたんですけど、その本自体は伝わってる歴史と少し違ってたからよく覚えてるんです」
("………そう…か……ハハ…アハハハハ! ……そうか……誰かが見てくれてたのか……")
勇夜がそう答え、暫しの沈黙の後にイオは口を開く。そして突然笑い出したかと思えば嬉しさの混ざった少し湿った声が勇夜に届いた。
("……何でもないよ。さあこの力も長く持たない。時間が勝負なんだ。行くよ")
どうしたのか気になった勇夜だが、イオの言葉でまずやるべき事に意識を向き直す。勇夜は周囲がよく見えていた。これからの戦いがどのようになるかわからない為に、後ろで動くことの出来ない魔装騎士達を包む結界を張り、そして上空で戦うアゼルとギルヴァスの元へ強く地面を蹴って飛び上がった。
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「ちぃっ!」
アゼルは悪態をついてギルヴァスとの戦闘を続けていた。先程まで通じていた技も力も対応され、相手には傷を負わせる事も出来ず自身は動きに影響する負傷はなくとも、押されているのは明らかだった。急ぐためとはいえ自身の考えの甘さにどうしようもない後悔も見せていた。ギルヴァスは止まらない。ただ自身の力を最大まで高め満足するまでその乾きは潤う事は無いのだろう。アゼルに余裕など少しも無かった。どちらにせよこのままでは"本当"の力を出さずにやられてしまうのではないかとすら頭に過り始めていたが、その時空気が破裂するような音と共に何かが急速に近付く気配をアゼルは感じ取った。
「まだまだ足りんぞ蒼帝ェェ!」
ギルヴァスはアゼルだけを見て、アゼルだけを獲物として、そしてそれ以外感知出来ない程に目の前のアゼルと戦う事に全ての意識を向けていた。故に……
目の前にアゼル以外の存在が突然現れ、そして避ける事も防ぐ事も出来ずにその拳が諸に直撃し、その体は後ろにぶっ飛ばされた。
「アゼル、ここは俺が抑える。今のうちに」
アゼルとギルヴァスの間に、結界を足場にして空中で立っていた勇夜はアゼルにそう言った。事前にアゼルの状況をイオから聞いていたため、短く簡潔に互いにすべき事を言葉にした。アゼルは驚いた顔をしたが、直ぐに状況の飲み込んでその場を離れた判断は流石だった。
「何なのだ貴様は! これからであったのに」
気が付けばギルヴァスは何事も無かったように勇夜の前に戻ってきていた。
「俺には名乗るような肩書きも力もない。だけどここに立つのは大切な人を守るために来た……如月 勇夜って言うただのちっぽけな存在だよ。だからこそ今お前の前に立つんだ」
勇夜はギルヴァスの気迫に押されること無く言葉を出した。そして同時に出せる力を目に見えるほどに高める。ギルヴァスは始め嫌悪感を出していたが、それを見てアゼルに向けていた物と同じような感情を勇夜に向けた。
「貴様も良いではないか! 蒼帝が居なくなってしまったが、我はまだまだ満足出来ないのだ! さあ!貴様も我と死合おうぞ!」
ギルヴァスは目を輝かせ、そして構える。勇夜も構え、二度目の対峙が再び始まりを告げた。




