嵐は青空を暗く染めて
「雷皇!」
力無く上空から落ちる雷皇の姿を見て風鬼が叫ぶ。受け止めに行こうとするも、雷皇に向けて更に鎌を振ろうとするシャムレシュルムから防ぐことを優先し、攻撃を仕掛けてそれを防いだ。それにより雷皇は地面に勢いよく落下するが、地面に触れる直前に速度が少し落ちたために落下のダメージは多少なりとも落ちていた。
魔装騎士の隊服にはそれぞれ自身を強化、補助する術式が組まれているがその中に緩衝術式もあり、今しがたそれが発動した結果である。
「やっぱり凄いのねぇ、貴方達魔装騎士って。一回触れただけじゃ操れないのなんて…気は失っているようだけどまだ息はあるようね」
シャムレシュルムは少しばかり残念そうに呟く。対して風鬼は決めに行った手を防がれ、かつ雷皇を戦闘不能にされたことで自身がどうすべきかを覚悟しつつあった。
「先程の攻撃の時か……彼奴はその鎌で死んだわけではない。であれば避けた時に狙っていたのだな」
「ええそうよぉ。もしもう1人を狙っていたのなら貴方は防いでいたでしょうけど、死人まで庇わないわよねぇ。私としてはいい結果になった訳ということよぉ」
シャムレシュルムの言葉に風鬼は歯を食い縛った。
"先読みが難しいとはいえ安直に事を運びすぎた。このままでは敗北は免れん……しかし今此奴をここから逃せば被害はどれ程のものとなるか分からん。例え1人であってもここで此奴を止めねば"
風鬼はシャムレシュルムの危険性を十分に理解していた。ここでの敗北が意味することも…それ故に風鬼が出した答えは、
「致し方ない…例えこの場で骸を晒すことになろうと主をここから離すわけにはいかぬ。故にこれより我が全身全霊を持って! お主を殺す!」
風鬼の覇気が込められた言葉が響く。それと同時にこの場の空気が重く……いや…薄くなっていた。
"我が纏いは周囲に影響が出過ぎる。しかし今は彼奴と2人のみ。雷皇には守護を施した。後は時間のみ"
「"人を導く神の恵みよ 我が身に宿る風の力は 全てを砂塵と帰す銀の風"」
「何をするのか知らないけれど、隙だらけよぉ」
風鬼はその場で立ったまま詠唱を始めた。シャムレシュルムはその行動に首をかしげるが、その結果を待つ程彼女は優しくはない。鎌を構えて風鬼に振りかぶった。風を切りながら不可視の刃が迫り、シャムレシュルムは動かない風鬼を前に直撃を確信した。しかし刃は風鬼を通り過ぎたにも関わらず手応えを感じること無く、そして風鬼が倒れることなく立ったままであった。この不可解な現象にシャムレシュルムは初めて不快感を感じて眉を寄せた。再び鎌を振るが結果は同じだった。思い通りにいかない事が嫌いなシャムレシュルムはこの"変化"について深く考えず、少しばかりむきになっていた。離れたままでは埒があかないと思い自分自身が詰めようと動くが、シャムレシュルムの視界が軽く歪み、体がぐらつく。突然の事に戸惑うが、咄嗟に呼吸をしようと空気を吸い込もうとする。しかし上手く空気を吸うことが出来なかった。どうやら周囲の空気が著しく薄くなっているようだ。
「"我が奏でる囁きを聞け 無情に切り刻む咆哮を聞け 天よ震えろ 大気に満ちる力の根元を己が身に宿す時 生を断ち切ると神に誓おう"」
この場の大気が全て風鬼に収束し始めていた。息がしにくくなるのもこれが原因だった。魔族であっても生命維持に関わることは人と何も変わらない。シャムレシュルムは追撃よりも離れることを優先し、風鬼から距離をとるために後ろへ下がる。
「"我が身に宿れ 我が身を纏え 人器纏 灰銀の装束"」
風鬼の周囲は濃い渦が発生し、詠唱が終わると同時に飛散する。そこから現れた風鬼は、銀色の和装束に半透明な羽衣を纏い、そして顔を覆う一本角の生えた銀色の仮面を付けた姿を現した。
「さあ…死合いを始めようか」
風鬼は剣先を前に、銀色に淡く光る瞳を相手に向ける。
「……随分な変化ねぇ。けれどそれで勝てるかしらね」
呼吸が通常通りに戻ったのを確認したシャムレシュルムは、多少の驚きはあれど焦りはなかった。まだ余裕な態度を見せ話し出すが、話し終えると同時に左手を前に出す。すると周囲から一斉に死体となっていた魔物がその醜い姿で風鬼に飛びかかった。いつの間にか魔物に対しても刃を当てていたようだ。
"雪咲流 剣術 風装式 柊雪"
風鬼は小太刀を自身の周囲で振ると円上の風の膜が発生し、拡大して触れた魔物達を血も残さないほどの塵にした。
その光景を見たシャムレシュルムが瞬きした目を開くと、離れていた筈の風鬼が目と鼻の先まで迫っていた。
「シッ!」
シャムレシュルムは想像以上の速度に一瞬反応が遅れ、その一振りをまともに受けて左腕が斬り飛ばされる。風鬼は直ぐに追撃をしようと更に迫った。しかしシャムレシュルムから放たれた力の波動に押され、後方へ飛ばされてしまう。
「っ! よくもやったわねぇ…私を傷つけるなんて……もうお前はいらない! 四肢を裂いて殺してやるぅ!」
シャムレシュルムの整った顔は怒りに満ち、飛ばされた筈の左腕は糸が付いていたかのように元の位置に戻ってくっついていた。先程までは遊んでいたのか、はたまた楽しんでいただけなのか…今の彼女が放つ威圧も力も比べ物にならない程に上がり、明確な殺意を隠すことなく風鬼だけに向けられていた。
そして両者は再び対峙する。どちらも譲らない激しい攻防が、余波を生みながら繰り広げられる。攻撃の手数は風鬼に分がある。しかしそれは力の差を生み出すには決め手に欠けていた。シャムレシュルムはその無限に湧き出るかのような力を奮い、直撃すれば全てを奪われる攻撃を幾度も仕掛ける。だが風鬼は倒しきるための一手を打つことが出来ずに隙も作れない。纏った力は長く持たない。仮面の奥の瞳は諦めていない。しかし打開する方法も未だに探し続けている状況も変わらずにいた。
「いい加減死になさいなっ!」
禍々しい力を鎌に纏わせ風鬼を襲う。力が纏われたからか不可視だった刃が濃度を増し、その姿と巨大さを見せながら迫る。
「っ!」
風鬼は火花を散らしながら防ぐ。しかしその勢いで後方に飛ばされるが風で小太刀の刀身を伸ばし、地面に突き刺して勢いを殺す。
「"風装式 魔法 舞氷渦!"」
遥か上空に魔法陣が発生し、そこから風が渦を巻いて多数の鋭い氷の礫が地上のシャムレシュルムに向けて降り注ぐ。
「無駄ァ!」
シャムレシュルムは降り注ぐ氷の礫に対して鎌の膨大な力を解放し、上空へ振りそれによって風鬼の魔法は消滅した。
「スゥ……ッ!」
"雪咲流 剣術 奥伝 銀刹羅"
息を吐いて鋭い眼光を向けながら風鬼が一気に距離を詰める。その速度からシャムレシュルムは鎌による対応が間に合わないと瞬時に判断し、自身の前に結界を張る。そして詰め寄る風鬼の剣術が、結界に向けて目にも止まらぬ無数の剣閃を両の小太刀から放たれる。
「ハアァァァァァ!」
剣閃は勢いを増し、結界に亀裂が生まれる。
そして遂にシャムレシュルムの張る結界を風鬼が破り、前へ進む。勢い押され若干態勢を崩すシャムレシュルムに、風鬼は小太刀を持つ腕を交差して引き詰める。
"雪咲流 剣術 奥伝 白魔"
「っ!嘗めるなァァ!!」
シャムレシュルムは歯を食い縛り、怒りの形相で鎌を迫る風鬼に勢いよく振りかぶろうとしていた。
"間に合うか…いやっ!必ず届く!届かせる! 例え相討ちになったとしてもここで!"
両者のタイミングはほぼ同時だった。シャムレシュルムの反応は流石としか言えなかった。だが風鬼の動きも覚悟も変わることはない。自らの死と引き換えだとしても…
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
"俺は何をしている……ここは……"
雷皇は暗く何もない空間で漂うようにそこにいた。
"何をしていたんだ?……確か戦って……そうだ…戻らないといけない、まだ…戦っているんだ"
雷皇は朦朧とする意識の中で、何とかしようともがくが体は動かず、落ちそうになる意識を何とか保つのに精一杯だった。
"ちくしょう…結局何も成せないのか…背負うだの何だの言いながらこの様かよ! ……俺は…俺はまだ諦めることも死ぬことも出来ねぇんだよ! 動けよ、戦ってんだよ! このまま死ねばあいつらの想いも死も無駄になっちまうんだよ!俺が背負ってやらないで誰が背負うんだよ!"
雷皇の朦朧とした意識が様々な想いを思い出す度に強く覚醒していく。目の前に小さな光が見え、それを手繰り寄せようと歯を食い縛りながら手を伸ばす。しかしそれだけでは足らず、未だに暗闇から意識を戻すことはできない。
苦悩する雷皇、そんな中で誰かが…いや、多くの手が背中を後押しするように触れ、そして光へ押し戻すように力強く支えていた。雷皇はその正体が何であるか振り向こうとするが、その勢いは凄まじく見る前に光の中へ飛び込んでいた。
「っ! ゴホッ!」
ボヤける視界と痛みが襲い、雷皇は咳き込んだ。状況はまだ飲み込めていないようだが、周囲の状況をいち早く確認するために前を見る。ピントを合わせるように徐々にクリアになる視界に映るのは、風鬼とシャムレシュルムが砂塵を上げながら凄まじい攻防を繰り広げているところだった。加勢しようと雷皇は起き上がろうとするが、立ち上がる力が出ない。精神を削られまだ回復しきっていない事が原因だった。
雷皇は見据える。風鬼のしようとしていることを肌で感じ取った。そしてそれが今にも行われようとしている。今自らに出来ることは残念ながら少ない…その中で最善であり、最悪を回避するためにどうすればいいかを雷皇は迷わずに決めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
風鬼は技を繰り出す時に僅かに聞こえた呟くように紡がれる声、それが何なのか理解するのは難しくなかった。だからこそ歩みを止めずに向かった。シャムレシュルムが振り下ろそうとし、風鬼は飛び込む。両者の攻撃が放たれそうになる瞬間、シャムレシュルムの頭上から一筋の雷が落ちた。
「っ!」
シャムレシュルムは突然の攻撃に反応することなく直撃した。その衝撃に声にならない悲鳴を上げ、振り上げた攻撃が止まる。
「オ"オ"オ"ォォォォォ」
雷により黒煙が上がる中で、雄叫びを上げながら突っ切ってくる風鬼の姿を捉える。風鬼もダメージが無かったわけではなかった。所々纏った力が剥げ、見える素肌は火傷の痕が出来ていた。しかし風鬼は止まらない、これが選んだ最善、止めをさせる最後の機会かもしれない。風鬼は引いた両の小太刀を薙ぎ、シャムレシュルムは防ぐ術もなく切り裂かれ血を噴き出しながら前のめりに倒れた。
「ハァッハァッ!」
風鬼は確かな手応えを感じるが、その場で力が抜けるように膝を付き、纏った力は飛散する。荒い呼吸がその場に響き、数瞬の間が空いた後に掠れた笑い声が響いた。
「アハハッ! ……これが死なのね。誰かの命が消える音も声もとても気持ちの良いものだったけれど……これもまた良いものねぇ……フフ…おめでとう…でもここで勝てても…貴方達の"場所"は守れるかしらねぇ……楽しみだわぁ……」
シャムレシュルムは死ぬ間際だと言うのに笑い、そして言葉を残す。近くにいた風鬼は眉を寄せるが、言い終えるとシャムレシュルムの体は崩れ、その姿を消した。風鬼はその意味を考える前に踏ん張って立ち上がり、雷皇の元へ歩く。
「無事か?」
「ああ……すまねぇな。無理させた」
何とか立とうとする雷皇に手を差しのべながら風鬼は聞く。雷皇は手を取り、風鬼の姿を見て謝罪した。
「当然の事をしたまで、主でも同じことをしたであろう。それにこちらこそ助かった」
2人は互いに感謝し合い、そして今後の事を考える。
「ここで魔族の将を討てたのは大きいが、損害も大きい。だが戦わねばな、彼奴等の為にも……」
「わかってる。こっち側は問題無さそうだ。まともに戦うのはキツいが、他の戦線に行くべきだな」
互いに次の行動を理解し、そして動こうとした時それは起こった。突然この戦場全てを飲み込むような悪寒が走り、同時に大きな爆発音が響く。
「マジぃな」
雷皇は冷や汗を流し、その原因の方向を見て呟く。
「どうやら本格的に動き出したらしい。あの方向と感じる力は炎聖らの所か? 雷皇、向かうぞ」
2人は感じる力がただならぬ物だと感じ取り、そして互いにざわつく気持ちの中で頷き、その地へと向かった。一緒に戦った今は亡き戦友達の想いを繋げるため、この場に残すことを謝罪しながら……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「光姫! 着き次第状況を見て援護を頼む」
「わかりました」
闇牢と光姫は炎聖達の居る右翼へ向かっていた。
ただならぬ力を感じた2人は魔族の確認できない主戦場の隊員達に後を任せ、その元凶と戦うために急いでいた。
"間に合ってくれ! 無事でいてくれ! 間に合わずに会えなくなるのはもうたくさんだ!"
闇牢は内心焦りを隠せなかった。"何に"というのはわからないが、それは後悔からきているようにも見える。2人の速度は更に上がり、もう少しというところまで近付いていた。先程から感じていた圧力と響く戦闘音が大きくなるが、不意に静かになる。そして闇牢の場所から炎聖と水麗の姿が遠目に確認できた。無事を確認できたと思いきやそれは望んだ状況ではなかった。炎聖は俯せに血を吐き倒れ、尻餅をついた水麗の前にはつまらなそうな顔をした男が、その漆黒の剣を握り今にも水麗を殺そうとしていたのだ。
その光景を見た闇牢は怒りの感情を露にし、更に力を込める。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
喉がはち切れんばかりの叫びを上げながら闇牢は手を伸ばす。だが無情にも剣は振り下ろされた。闇牢は苦し紛れだとしても水麗の前に結界を張る。しかし如何に強力な結界を操る闇牢であれどその一瞬で込められた力は微々たるものだった。その結界はほんの少しだけ抵抗するが、容易く破られる。間に合わないと何とか手を伸ばす闇牢、刃は涙を流す水麗の前で止まる。
「むっ?」
男は突然動かなくなった腕を見ると、手首の部分が薄い結界で覆われていた。
「長くは持ちません! 今のうちに!」
闇牢の後ろにいた光姫がそう叫ぶ。水麗の近くまで来ていた闇牢は直ぐに水麗を抱え、倒れた炎聖の所に移動した。
「フム…どうやらまだまだ楽しませてくれるようだ。そこの2人はつまらなかったのでな」
男は腕に力を入れると結界は壊れ、そして楽しそうな笑みと声でそう言う。
「無事か? 大丈夫なのか?!」
「えっと…大丈夫。ありがとう」
闇牢の取り乱しようを不思議に思った水麗だが、冷静になり涙を拭いながら闇牢に感謝する。闇牢は息を吐くと安心したように頷き、ゆっくりと下ろした。水麗は炎聖に近より心配するが、致命傷は避けているようで傷は酷いものの命を落とすことはなかった、
「2人共治癒します」
光姫も合流し、炎聖と水麗の傷を直し始める。
「お前が魔族の王だな」
「いかにも! 我はギルヴァス! ここには我を楽しませてくれる人界の者達がいるというのでな。まだまだ満足するには程遠い! 貴様はどのくらい我を楽しませてくれるのだ?」
初めて相対する魔族の王ギルヴァス。力の片鱗をまだ見せていないにも関わらず、圧力に押し潰されそうになる。
「カルディーク皇国ギルド Sランク 魔装騎士 闇牢! 自らの使命を果たし、世界を守る!」
"何をしている蒼帝?! 俺達だけじゃもたないぞ"
闇牢は悪態をつきながらも前に出る。今まともに戦えるのは自分だけだと言い聞かせて…




