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囁く風は やがて雷雲を呼び


~ライイング平原 左翼側~


こちらは雷皇、風鬼を中心とする者達で編成されていたが、他方面と違い魔物の数が何故か少なく。その為温存するためにと他の隊員達が前線で戦い、2人を極力戦わせないようにしていた。


「そっちに行ったぞ!」


「俺が行く! 数は少ない!このまま押し切るぞ!」

隊員達は総数では負けているが、圧倒的な数を相手にするわけではない。声を掛け合い連携をとり、戦闘を有利に進めていた。


「任せんのは変な感じがするな」

常に前線に立ち戦い続けていた雷皇達にとって、守られるのは慣れないことのようだ。雷皇は何とも言えない感情を呟く。


「今は任せてくださいよ。結局魔族が来たら俺達じゃ相手になりませんし、頼るしかないんです。だからそれまでは回復に専念してください!」

そう言うのは後方に下がってきた隊員だった。この隊員は高ランクのようで先程まで指示を出しながら戦っていたが交代し、戻ってきたようだ。雷皇も風鬼も知った顔であるためか、笑いながら反応する。


「こちら側は一先ず制圧は出来そうですね。前線の消耗も少ないですしこのままなら……っ!」

隊員は状況を見ながら話し出し、油断はすることはないが安心したように息を吐く。そして前方へ向いたとき、少し前にいた隊員達の辺りまで何かが通り過ぎるような感覚が襲い、後方にいながら余波を受けた者達は顔を強張らせる。

次の瞬間、前にいた数十人の隊員達が突然糸が切れた人形のように倒れ込み、生きているのかも分からないほど少しも動かなかった。


「おい!大丈夫か?! 何があった!」

目の前の隊員達が急に倒れ、その直ぐそばにいた隊員達は倒れた者達に駆け寄る。


「………っ! 息をしてない! 雷皇様、風鬼様! これはいったい?!」

その隊員は状態を見てその不可解な状況に気付く。倒れた隊員の隊服には何かに斬られたような傷が付いていたが、体には傷がなく血が流れていなかった。


「いったい何が?……っ?! 其奴らから離れろ!」

雷皇と風鬼は急ぎ前に向かうが、その途中で悪寒を感じた風鬼が異常に気付き声を上げる。

だがその声で反応出来たのは殆ど居なかった。そして彼らは突如として動き出した者達に持っていた武器で首を斬られ血が噴き出し、そのまま倒れていった。


「おいおいおい! どういうこったよ!」

雷皇が目の前の光景に驚くのも無理はなかった。倒れていた筈の隊員達はゆっくりと起き上がり、不自然な動きをしながら武器を構えていた。生き返ったという訳ではない。その証拠に目には生気がなく虚ろで焦点があってない。それにまるで誰かに操られているような正常とは程遠い動きをしていた。


「あらあらぁ…思ったより少なかったのねぇ。 私の人形達(・・・)は殆ど向こう(・・・)に行かせたから代わりを用意したかったのだけど…」

その声は聞くものを震わせた。戦場に似つかわしくない艶のある声、そして前方から来るのは同じく似つかわしくないスリットの入った黒いドレスを纏った白髪と血のように赤い瞳の女性。戦場ではない場所でなければその美しさに見とれてしまう者も多いだろう。だが今この場にいる者達はそんな感情を抱く事はない。それはその女の雰囲気もそうだが、その手に持っているの身の丈を越える程の大鎌が妖しくその刃を光らせていた。


「お前は何だ?! 何しやがった!」

雷皇は冷静になろうとしつつも威嚇し声を荒げた。


「何をって、見たまま私の人形になって貰っただけよぉ。それと私は シャムレシュルム 今はここを任されてる魔族よぉ。それにしても私もこんなやり方は趣味じゃないの。だってつまらないもの…直ぐに死なせるなんて。恐怖に飲まれて生を懇願する声も姿も見えないのは嫌いなの……私の鎌は生を削る刃、今回は使うように釘を刺されているからしょうがなくやってるのよぉ」

その女は何も悪びれる様子はない。それどころかこの状態にすること事態残念そうにしている。そしてやはりというべきか、操っているだけであれば何とかなるかもしれないという淡い希望も、"死なせる"という言葉で不自然に動く者達は最早死んでいる事を理解した。


「情報にない魔族か…だが命を弄ぶとは!」

風鬼は怒りを露にし、その感情に乗せられた魔力が色濃く周囲を舞った。


「まあ私は直接戦うような野蛮なのは嫌なの。だから私の可愛い人形達を使って人界に攻めてたのよぉ。それにしても弄ぶぅ? なら貴方達がこの人形達を殺して上げたら? 今更何を怖じ気づいているのかしらぁ。いつものようにぃ」

残念がっていた顔は突然口元をつり上げた歪んだ笑みに変わっていた。そしてそれを聞いた雷皇と風鬼は気づく。魔族、人形、という言葉。そしてこの状況から見て今まで戦っていた魔族と呼んでいた者達は……


「流石に察しがいいのね。そう、今まで貴方達が戦っていたのは私の作った人形、元は人界にいた貴方達と同じ人。貴方達は一体どれ程の同族を殺したのかしら! もしかしたら知った者がそこには居たかもしれないわねぇ!」

狂ったように笑うシャムレシュルムとは正反対に、人界側の者達の空気は途端に重くなった。それは雷皇、風鬼も同様であった。多くの魔族を殺してきた。それが人界を守る為だと信じて自身を犠牲にして戦ったきた。だが魔族と戦っていたのにその真実は自身と同じ人だったのだ。惑わすための偽りならよかったが、今起きているこの状況を見て理解せざるをえなかった。そしてそんな状態を見たシャムレシュルムは止めを刺す。


「さあ生きるために殺し合いなさい! 一緒に戦っていた筈の仲間を!同族を!私にその絶望の顔を見せなさいよぉ!」

シャムレシュルムの声と共に動かなかった。"人形"達は一斉に武器を構えて突撃し始めた。その光景を前に色んな想いの重なってしまった隊員達は動くことは出来なかった。


そして操られていた者達とシャムレシュルムに雷が落ちた。


「……あっさりと殺してしまうのね」

雷が直撃した筈のシャムレシュルムは、結界で守られダメージはなかった。そして動かなくなった自身にとっての人形達を見て、つまらなそうな顔でそう言った。


「……あっさりか…当然だ。俺にとって初めて会った話したこともない奴らばかりだ。悲しむこともなければ同情もねぇよ。……ただ」

雷皇の行動、言葉に風鬼を除いた全員が驚いていた。覚悟していたとはいえ、自分達の命はその程度なのかと思ってしまっていた。しかし雷皇の言葉には続きがあった。


「死は犠牲じゃねぇ、無駄じゃねぇ。そこに至った想いも覚悟もそいつらだけの物だ。誰かに汚される事じゃねぇんだよ! 覚悟を持った想いは誰かに繋がる。覚悟を持った死は誰かが背負う事が出来る。お前がそいつらの死を汚すなら俺が殺す! そしてその分を俺が全部背負ってやる! それが俺が今まで奪った命に報い、立ち止まらずに戦う理由だからだ!」

雷皇の言葉が、感情がこの場に流れる。怒りも悲しみも全てを背負おうとする1人の人としてこの場に立っているのだと自ら言い聞かせるようでもあった。


「ならば共に背負うとしよう」

雷皇の少し前に風鬼はゆっくりと歩き、シャムレシュルムを見据えてそう発した。


「まあいいわぁ…どのみち貴方達は殺さなくてはいけないもの。ただ奪ってもそんな事が言えるのか楽しみねぇ。人界の希望である魔装騎士を人形に出来たらどんな気持ちでしょう……きっと気持ちいいわぁ…さあ!生を懇願しながら一緒に気持ちよくなりましょう!」

シャムレシュルムは徐々に戦う雰囲気を出し始め、笑みを浮かべながら前の2人に向けて鎌を構える。


「お前らがいると気が散って邪魔だ! 左翼は問題ねぇから他の場所に行け!」

いつ始まってもおかしくない状況で、未だに動きのない者達に雷皇は叫ぶ。事実を述べているのは変わりないが、余計な犠牲を出さないために敢えて強い口調で言葉を放った。


「っ! 武運を!」

2人近くにいた隊員がそれに対して冷静に反応し一言答え、声を上げて残った者達をこの場から離す。


「フフっせっかくだからもう少し遊んでいきなさい!」

不意にシャムレシュルムが笑い、まだ雷皇達とは距離がある筈なのに鎌を大きく横薙ぎに振る。その軌道は離れようとした者達を狙っているかのようだった。

しかし何かがぶつかる音と共に鎌は振りきる前に止まる。


「不可視の刃か… 厄介な」

鎌を振ったその間には二本の小太刀を交差し、何かを押さえ付けるように立つ風鬼の姿があった。


「よく見えたわね」


「見えたわけではないが、風には好かれているようなのでな!」

シャムレシュルムの驚きと感心する声に、風鬼は力を込めて何かを弾くような音を立てながらそう答える。


「雷皇、奴の力は未知数…そしてあの鎌の力は厄介な上、どうやら距離は分からぬが不可視の刃を飛ばせるようだ。直撃はおろか、軌道上にいても不味いだろう」

風鬼は冷静な判断で可能な限り敵の情報を分析するが、その頬には冷汗が流れていた。


「対応出来そうか?」


「此方も風から感じるだけ…完全ではないが主よりは何とかなろう。前で相手をするゆえ、主には隙を見て攻撃と止めを任せる。此方の手札で奴を討つには少々力不足。頼んだ」

雷皇の問いに風鬼はそう答え、小太刀を構えた。雷皇は頷き自身も斧を方に担ぎ動きに備える。


「では、参る!」

風を纏い、風鬼が駆ける。シャムレシュルムはそれに対し、鎌を振り風鬼を狙う。風鬼は両の小太刀を巧みに扱い捌き、避けながら距離を詰めた。


「舞え "鷹羽(たかばね)奏調(かなつき)"」

右手に持つ金色の羽が装飾された鷹羽、銀緑色の模様が施された奏調、二本の小太刀が風鬼の魔力に反応し唸りを上げる。風鬼の繰り出す流れるような剣撃をシャムレシュルムは持ち手の部分で苦もなく防いでいた。


「あまり運動は好きじゃないのよねぇ」


「その割には、よく動いているのではないか?!」

風鬼は少し下がり、上から小太刀を交差させて振り下ろす。シャムレシュルムは左手を前に出し、結界を発動させて防ぐ。


「滾れ "痺轟(ひごう)"」

対峙する2人の上からシャムレシュルムに向けて力強く弾ける音を立てながら雷皇は斧を振り下ろす。

シャムレシュルムは風鬼の攻撃を素早く弾き、後方へ軽やかに飛びその攻撃を避けた。


「危ないわねぇ」

言葉ほど焦りを感じさせない表情でそう言うと、シャムレシュルムは小さく息を吐いた。


「流石にこの程度じゃ反応されるか」

雷皇は舌打ちしながら避けられたことに悪態をつきつつ、その動きを見て簡単なことではないと改めて認識する。


「しかし有効なことに変わりはない。このまま畳み掛ける」

風鬼は構え直し、先程より速度を上げて詰める。


"雪咲(ゆきさき)流 剣術 初伝 壱ノ型 咲々メ雪(ささめゆき)"

風鬼は小太刀を交互に斬りつける。シャムレシュルムは速度の上がった攻撃を先程と同じ様に防ぐ。


"弐ノ型 雫リ雪(しずりゆき)"

防がれても止まらず勢いをつけて飛び上がり、回転しながら上から振り下ろす。その勢いに押されてか、僅かながらシャムレシュルムの体がぐらつく。


"参ノ型 六華(りっか)"

地上でそのまま五回左右に斬りつけ、最後に右から左に回転しながら二本の小太刀を横に薙ぐ。それも防がれシャムレシュルムに直接ダメージは無いが、遂にシャムレシュルムの態勢が崩れ後ろに仰け反る。しかし抵抗しようとしたのか不利な態勢から無理やり風鬼に向けて鎌を振った。


「っ!」

だが風鬼はその軌道を読み、最小限の動きで避けて技を繰り出す。

"肆ノ型 吹雪(ふぶき)"

風鬼は小太刀を逆手に持ち、回転して風を起こながらシャムレシュルムを追撃する。

シャムレシュルムは風鬼の猛攻に軽度の切り傷を負ったが、もろに直撃する前に上へ飛び上がり、風鬼の完璧と思われたタイミングの攻撃も避けきってしまった。


「やるわねぇ。でも……」

シャムレシュルムは下にいる風鬼を見ながら称賛する。しかしその言葉の続きが止まる。


「今度は逃がさねぇよ!」

シャムレシュルムが気づいた頃には雷皇が斧を構えながら目と鼻の先まで迫っていた。流石のシャムレシュルムの反応が出来ていないようだ。防ぐ間もなく直撃する……そう思われたが、シャムレシュルムの表情は笑っていた。


「これでぇ…っ?!」

振り下ろす直前で雷皇の動きは、突如として襲う横からの衝撃に体が硬直してしまった。雷皇はその原因に目を向けると、自身の脇腹に殺された筈の首から血を流した隊員が、その生の宿らない瞳で抱きついていたのだ。ほんの一瞬雷皇は止まってしまう。しかし直ぐ様左手に雷を纏い、歯を食い縛りながらその隊員を殴って離す。それは本当に一瞬の出来事…だが意識が離れ、隙を作ってしまった雷皇は……


「残念ねぇ」

前にいるシャムレシュルムの不可視の刃に斬られ、そのまま意識を失い地面に落ちていった。

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