聖なる炎は水面に美しく映り
~ライイング平原 右翼側~
右翼の先陣をきり、魔物の群れを掃討する炎聖と水麗の姿があった。
「燃えろ! "炎羅"」
「唸れ"龍海"」
炎聖は前方の群がる魔物の群れに、刀身が黄色く美しく光る炎で出来た剣を巨大化させて垂直に振り下ろす。対して水麗は刀身の長い蛇腹のような剣を分離させて、勢いのある水を纏わせ鞭のように横薙ぎに振るった。炎の剣に触れた魔物は塵も残さず消滅し、水の剣はその魔物の大きさや硬さを問わずいとも容易く真っ二つにされ、大量にその死骸を晒した。
「畳み掛けるぞ水麗」
「わかってる。 "地表に彩る深紅の泉 水面に美しく映る鮮やかな水に近付くは 命を引き摺る死の泉となろう 汝らの血が泉を大きくし やがて多くを飲み込む災いとならん "詠唱魔法 血水の鮮泉紅"」
水麗が素早く詠唱魔法を発動させる。水麗を中心に魔法陣が地面に現れ、大量の水が前方へ流れた。水は戦場に流れた血を吸い、その色は鮮やかな深紅に染まっていた。深紅の水は多くの魔物を巻き込み、まるで生きているかのように形を変え魔物を引き摺り、引き裂き、突き刺す。
「"天を統べる陽の光 黄昏に全てを照らすその様は 心を癒し導く しかし汝が為にそれを奪おうと近付くのであれば その身を滅ぼす厄災の炎となろう "詠唱魔法 炎天の灼光円"」
続けて炎聖が詠唱魔法を発動させた。右手を上に上げ、そこから黄色い炎が舞い上がると瞬く間に巨大な炎の玉が出来上がる。炎聖は前方にそれを放ち、残る魔物の群れに向かっていった。
「見ィつケタァァァ!」
直撃するかと思われた炎聖の魔法は、獣のような雄叫びと響く地鳴りの後に現れたエテキスが、魔物を吹き飛ばしながら飛び込みただ殴るだけで飛散してしまう。
「なっ?!」
突然の登場とあっさりと消されてしまった魔法を見て、炎聖と水麗は驚愕する。しかしよく見れば無傷ではなく、殴った右腕に軽くない火傷が出来ていた。
「お前ラが魔装騎士だナァ! 2人もいるのハ好都合ダ! さっさと死ネェ!」
エテキスは傷などお構い無しに2人に襲いかかる。構うことも無いのだろう、何故なら火傷はほんの少しの時間で回復していたのだから。
「水麗、援護を」
炎聖はそういうと剣を構えてエテキスと対峙する。
「ハアァッ!」
炎聖の剣とエテキスの大木のような腕が交差する。何度も繰り返される攻撃の嵐にお互い譲ることはなかった。エテキスの攻撃は、かすったとしても吹き飛びそうな迫力と威力を見せ、次第に炎聖を押し始める。対して炎聖の攻撃は触れただけでもその身を焼く炎の剣でエテキスを斬る。しかし右腕を焼けば左腕が、左腕を焼けば右腕が放たれる。エテキスの回復速度が異常な速度で行われ、片方で攻撃している間にもう片方が回復しているのだ。
「さっさと死ねヤァ! っ?!」
エテキスが大きく振りかぶった攻撃を炎聖は避け、更に続けようとしたエテキスは自身の太い首に違和感を感じた。
「切り裂け "龍海"」
エテキスの首には水麗の剣が巻き付き、そして刃から水が噴き出しエテキスの首を深く切り裂き大量の血が舞う。
「"水泡弔"」
水麗は更に魔法を発動し、エテキスの首から頭を覆う水球を発生させた。
「このまま潰れてしまえ!」
水はエテキスの血を吸い、赤く染まりながら水麗は水を圧縮させて頭を潰そうとする。
「........!!」
それは雄叫びとも取れる音。しかし雄叫びと呼ぶにはあまりにも激しいものだった。そしてそれはエテキスから生まれ、頭に纏わりついた水を飛散させて周囲を圧倒させた。
「中々ヤるナァ魔装騎士ィ! 傷が疼くゾ、お前ラを殺せってナァ!」
先程も十分な殺気だったが、今はそれ以上に憤怒がこの場を支配していた。
「獣のような様相、異常な治癒能力、闇牢が言っていた魔族とはお前の事だな」
炎聖は自身の目の前にいる魔族が先の戦争に現れた魔族だと理解した。
「闇牢? ダれダそいつハァ? イヤッ俺を知ってるナラ、アの時の奴カァ?! アイツも来てンダナァ! 確カに匂いガしヤガる! ン? そこの女ァ 何故アイツと同じ匂い微カにしヤガるんダァ? マアいいカ、さっさとお前ラ殺して潰してヤるよォォ!」
「っ!」
何かを嗅ぐように鼻を鳴らした後にエテキスの雰囲気は更に別の物となった。途中水麗に向けて疑問が持たれていたようだが、水麗は意味が分からず、そしてエテキス自身もやはりどうでもいいと思い、2人に向けてその巨体が向かっていった。
エテキスと炎聖、水麗の攻防は熾烈なものとなっていた。エテキスは別段何かの魔法を使ったり厄介な攻撃をしてくるわけではない。ただ単純にその巨体を生かした力押し、それだけで魔装騎士2人を追い詰めていた。力は言わずもながら、やはり厄介なのはその回復力であった。ダメージ覚悟で詰めるエテキス。しかしどれだけ受けてもどんな炎も水も瞬く間に回復してしまうエテキスを前に致命的な攻撃が出来ずにいた。
「オラオラオラァァァ!」
速度、威力共に対峙する度に上がり、何とか保っていた均衡が崩れる。
「ゴハッ!」
「炎聖ぇ!」
遂にエテキスの拳が炎聖を捉え、その太い腕が炎聖の腹部を打ち、嫌な音立てて炎聖は吹き飛ぶ。
「次ハァお前ダァ!」
「チッ!」
エテキスは狂ったように口元を歪めて水麗に突撃する。水麗は分離させた剣で対応するが、力という点で押し切られる。
「"燕水昇"」
迫るエテキスに数匹の水で出来た燕の形をした魔法を放つ。それはエテキスの太腿、首等を裂くがエテキスは止まらない。
「っ! "水……むぐ!」
水麗は更に魔法を使用しようとしたが、エテキスの速度が急に上がり、発動前に顔を鷲掴みにされてしまった。
「潰してヤルヨォ!」
もがく水麗にエテキスの手に力が込められ、素顔を隠しそして特殊な防御魔法が掛けられていた仮面が割れ、背中まで伸びた綺麗な水色の髪と同じ色の瞳の端正な素顔が現れた。
「ん"ン? お前中々いい顔してるナァ。お前ハ殺すのハ惜しいナ。そうダ、シャム姉に頼んで人形にしてもらうカ! そンで俺専用の人形として痛ぶってヤルよォォ!」
「ん"ん"~ん"ん"」
エテキスの玩具を見つけたような目に水麗は恐怖し、涙を浮かべてもがいた。
「マア、シャム姉との約束もアるし、とりあえず気絶サせるカ」
エテキスは掴んだ右腕と逆の左腕を引き、水麗に打とうとしていた。
「おい!」
だがそれが放たれる前に息苦しい程の熱が周囲を染めた。そしてそれは先程まで倒れていた炎聖から放たれていた。
「そいつに触れんなよ……俺の…大事な人を……傷つけてんじゃねぇぇぇぇ!」
エテキスは炎聖の変わりように、水麗の興味から炎聖への興味に変わり、水麗から手を離して落とした。
「"人を導く神の恵みよ 我が身に宿る炎の力は 人々を守り癒す黄昏の炎 我は多くを救い 己を燃やし 決して消えず倒れず 悪を燃やし救うと神に誓おう "我が身に宿れ 我が身を纏え 人器纏 黄昏の灯火"」
炎聖が詠唱し終わると同時に体から黄色い炎が立ち上ぼり、見るものからすれば火だるまになっているように見えるだろう。しかしその炎は恐怖より見るものを安心させるような不思議な気分にさせていた。炎は次第に炎聖の体を纏い始め、形の無かった炎が形を成し始めた。炎出来たそれはまるで甲冑のような形で炎聖の体に付き始め、そして周囲の炎が飛散すると風貌の変わった炎聖の姿が現れた。
「ハアァァァァァァァァ!」
炎聖は自身の背中と足裏から濃密な炎を噴射させて凄まじい勢いでエテキスに迫り剣を振り、それに反応したエテキスは右腕を放つが、勢いのついた炎聖の攻撃に飛ばされる。
「っ! ごめん すぐに私も」
少しばかり呆けていた水麗はハッとすると涙を拭い、立とうとするが上手く立てなかった。
「落ち着いたら頼む。それまでは俺が」
炎聖は水麗に向けて優しく微笑み、そしてエテキスを見据える。
「ンダこれハァ?!」
エテキスは自身の右腕に炎が粘着しているように纏わり付き、燃やし続けている事に気づいた。
「それが今の俺の炎だ」
炎聖の炎を纏った姿の力で跳ね上げられた力のおかげで漸くエテキスに届いたようだ。
「そうカよ!」
しかしエテキスは問題ないかのようにそう言い、そして両腕に先程と違い魔力を纏って炎を消した。
「お前思っタより強いナァ! ナラこっカラガ本気ダァ!」
エテキスから放たれる威圧に炎聖は一瞬たじろぐが、直ぐ様踏み出しそれに迎え撃った。エテキスと炎聖の攻撃の余波で地が割れ、熱波が周囲を襲う。戦争に参加した者達は離れた場所に移動し影響は少ないが、度々魔物が近付きその命を散らしていた。
「"火蜂" "煉爆"」
炎聖は少し後方に下がり、数匹の炎で蜂を模した魔法をエテキスに放ち、近付いた瞬間に激しい爆発を起こす。
「ヌるいナァ!」
「"紅蓮籠"」
爆発も気にせず突っ込もうとするエテキスに更に炎聖は円上の炎でエテキスを閉じ込める。今のエテキスには対して効果は薄く、破壊しようと殴り付けていた。
「っ! "炎獄粉塵爆"」
エテキスの周囲に先程の"火蜂"が爆発したときに出来た粉塵が煌めいていた。そして炎聖が魔法を発動させた瞬間、閉じ込められたことで熱量が増し、地を響かせる程の爆発が起きた。黒煙が姿を隠すが、炎聖は次に備え警戒をしていた。
エテキスの姿が次第に見え始めると全身に焼け焦げた跡が残り煙が上がっていた。先程のように回復はしているようだが、治りが遅くなっているのか完治はまだしていないようだ。
「オ"オ"オ"ォォォォ!」
エテキスは獣のような雄叫びを上げて、ただ目の前にいる炎聖に襲いかかる。
「"人器纒 水月の抱擁"」
少し離れていた場所にいた水麗から言葉が発せられた。見れば水麗の姿は水で出来た美しいドレスのようなもので全身を覆っていた。そして
「"水装式 魔法 三ツ又の水大蛇"」
エテキスを中心に3つの巨大な水柱が発生し、その頂上から生きているようにエテキスに向かい同時に襲いかかった。
エテキスは押し潰されずに耐えていたが、回復の終えていない体とその勢いから身動きがとれずにいた。そして炎聖は水麗の動きを見て後方に下がり、力を貯めていた。
「"炎装式 魔法 煉獄の焔天凰"!」
炎聖は上空から攻める水麗とは逆に、エテキスの地面から勢いよく炎の柱が噴き上がり、エテキスを挟む形で水麗の魔法を押し上げながら上へと勢いを増した。
「こンナモノで俺は死ぬ訳ガネェェェェ!!」
エテキスは自身の力を目に見えるくらい貯め、徐々に挟む二つの魔法を押し返し始める。
「ここで決めるぞ水麗!」
「うん! ハアァァァァ!」
2人は出せる全ての力を出し切るつもりで目の前の敵を倒すために力を振り絞っていた。
「こンナ…こンナモノォォ!」
エテキスは歯を食い縛り耐えるが、勢いを増す二つの魔法に押され出す。
「「" 水煉浄炎爆」」
水と炎が重なりあい、次の瞬間先程とは比にならない程の巨大な爆発が起きる。どうやら高温の炎に触れた事で大量の水が爆発を起こしたようだ。
戦場すべてに響くような轟音と余波が勢いよく襲い、近くにいた魔物は吹き飛ばされ、離れていた者達も少なからず影響が出ていた。
「どうだ?…」
近くにいたにも関わらずにその場に止まっていた炎聖が呟き、その近くにいた水麗も同様に考えていた。しかし水麗はまだ纒った状態を保っていたが、炎聖は通常の状態に戻っており片膝をついていた。
そして上空の煙の中から何かが地面に勢いよく落ちるのが見えた。炎聖と水麗はそれを確認すると直ぐにその場所へ向かう。そこには何とか動こうとするエテキスの姿があった。
「クソガァ……まだ殺していネェのに、こンナことデェ」
エテキスの体は既に炭のように黒く焦げ、所々崩れ始めていた。それでもエテキスの目の力は衰えていない。
「終わりだ。お前はもう誰も殺せはしない」
そんなエテキスに答えるように炎聖は言葉を発する。
「死ネェ…死ネェ死ネェ死ネェ死ネェ!この手で殺す殺して殺して殺して殺し尽くしてヤル! オ"オ"オ"ォォォォォォ……………」
エテキスは狂ったように叫び憤怒の現れた顔で睨み付け、そして最後に雄叫びを上げるとその体は限界を向かえ崩れていった。
「どうしてこうなったのかな…」
水麗は最後のエテキスの行動に思うところがあったのか、少し寂しげな表情でそう言った。
「さあ…な、ただ俺達の戦いは終わってない。それを考えるのは全部終わってからだ」
水麗の想いを理解出来た炎聖は、それでも今考えるべきではないと伝えた。水麗は一度下を向くがすぐに頷き前を見据える。
これから目指すのは魔族を統べる王の場所だと気を引き締めながら……
「やはりエテキスは殺られたのだな。だが仕方のないことであろうな…奴が弱かっただけのことなのだから。 さて魔装騎士の二方よ! 我が配下を倒したその手腕! 我を満足させるために振るって見せよ!!」
そう……戦いは終わっていない。そして更なる恐怖はこれから訪れるのだから……




