運命は選ぶもの されど定められた運命も また存在する
勇夜が閉じた視界を開けると、前にいたのは異形の形をしたリベラリム。そして耳に聞こえてきたのは聞き慣れない誰かの悲痛な声とトールの叫び声。視界の端に映ったトールは感情に任せて突撃しようとしていた。そしてそれを見ていたリベラリムがどう動くかも。
トールが危険な事を先に気付いたのはトールを制止しようと声を上げたヴィルだった。
"間に合え!"
勇夜は"瞬火"を使う。今この状況でトールに近い速度を出せるのは勇夜だけだった
「っ!」
庇った際に受けた傷の痛みに勇夜の顔が歪み、左腕から血が滴り落ちた。
「余計なことを」
後ろからトールの後悔の混じった声がするが、少しは冷静になったようだ。勇夜は力無く左腕を垂らしながら立ち上がり、リベラリムを見る。変わった顔から表情を読み取りづらいが、喜んでいるように見えた。その理由は言わずもながら勇夜が追い詰められたからだろう。
「勇夜君!」
「大丈夫か勇夜!」
アリサとヴィルが心配そうな表情をしながら向かってきていた。
「動かないで。出来るだけやってみるから」
アリサは近付くと同時に勇夜の左腕に治癒魔法を使用してくれた。ヴィルは一目傷を見て顔を歪めたが、すぐにリベラリムに向いて警戒を強めたみたいだ。そしてセリエはリースの所に向かっているのが勇夜は遠目で見えた。
「さあユウヤ、どうしますか? 私もここまでになった以上、傷を付けられるのは蒼帝か亡くなった剣鬼くらいでしょうね。もしかしたら貴方の力でも勝てるかもしれませんよ?」
リベラリムは俺に選択肢の無いに等しい問いを向けた。
"選べ"
頭の中で声がする。それは幻聴か…それとも別の何かか…それの意味することは考えずとも勇夜理解出来た。
"自分を犠牲にして可能性を繋げるか"
"何もせずに少ない可能性にすがるか"
"一つ目は単純だ。勝つ確率が低くても、力を行使して少しでも時間を稼いで命を繋げるか。もう一つは……"
勇夜はヴィルに視線を向けると、左手に蒼帝からもらった結晶が握られていた。だが望んだ反応は見られず、その希望は砕かれた。
"始めから分かっていた筈だ如月勇夜! 他に道はない、自分がやらなきゃ駄目なんだ! 逃げるな! 目を逸らすな! 誓いを守れ、最後の最後まで足掻き続けろ!"
「………皆っ」
"大丈夫だ勇夜。自分を最後まで信じろ"
目を閉じ覚悟を決めて伝えようとした瞬間、先程とは違う優しく懐かしさも感じる声が響き、右の手甲から暖かく確かな力が感じられた。勇夜はこの力が何なのか気付いた。そしてどうするべきかを…
「………ヴィル、アリサ、トール、力を貸してくれ」
途中で途切れた言葉に疑問を持っていた3人は、勇夜が続けて口に出したことで視線が向いた。
アリサは治癒をしたままだがそのおかげで血が止まり、満足に動かせずとも軽傷程度に直してくれたアリサに勇夜は感謝した。
「出来るのか?」
「ああ…やってみる」
勇夜はこれからすることを打ち明け、それに対してヴィルが色んな意味に捉えることが出来る疑問を言う。短く答え、その意志も勇夜は見せた。
「いいぜ。出し切るつもりでやってやるよ」
「私もやってみる」
「やってみろ。協力させといてしくじることは許さんからな」
聞いた3人は各々の言葉で答えてくれた。トールだけはいつものような高圧的だが、平常心を保とうと必死なのも伝わってきた。
「…ふぅ……頼む」
勇夜は右手を出しヴィルとトールが互いに手を乗せ、魔力を吸収する。そして隣のアリサも集中するように目を閉じる。
「先に行くぞ」
トールは飛び出しリベラリムに攻撃を始め、それを見たヴィル、セリエ、リースを除く態勢の整った面々がそれに続いた。
「どうするの?」
涙を流すリースを連れてセリエが近くに来ていた。セリエはヴィルにどうすべきかを聞く。
「これから最後の攻勢に出る。時間がいるんだ。セリも前の皆の援護に行ってくれ。リースは……そのままここにいてくれ」
ヴィルは現状を簡潔に説明し、リースの状態を見て2人に指示を出す。セリエは頷き前に向かい、リースは虚ろな目をしたまま座り込んだ。
"焦るな、出来る。イメージしろ力の形を!"
"陸真"に感じる小さな力の灯火を、燃やすように深く集中する。
勇夜、アリサ、ヴィルがその場で力を高めている間にも、トール達とリベラリムの戦闘は続いていた。リベラリムとの圧倒的な力の差がありながら負傷はあれど未だに死に繋がることがないのは、ひとえにリベラリムが勇夜の変化に気付き、自身の思い通りになっていると思い込んでいることから、それまで少しばかり遊んでいるという事が原因であった。リベラリムと対峙するだけで精神が削れ、体も魔力も限界に近付きつつある面々は意識が自身に向いていないにも関わらず、有効な攻撃が通じないリベラリムから更に精神的な苦痛が与えられていた。
「私は準備出来たよ」
「まだか勇夜?!」
二つの魔力を複合させ、自身の周囲に強力な魔力を帯びるアリサ。そして前方の状況が良くないことから焦りの見え始めるヴィルが勇夜に聞いた。
「いくぞ!」
"万全じゃないが、おおよそ出来た。後は決めるだけ…そして俺の全てをぶつける"
「……っ!」
勇夜は息を整え、体に吸収した属性強化を施して走り出す。
「セリィィィィィッ!」
「っ! "水昇方陣" 皆離れて!」
ヴィルはセリエの名を声を大にして呼び、先程指示を受けていたセリエはリベラリムの下方に水の柱を出現させて、攻撃と目眩ましを行った。他の面々はトール以外何をするか聞かされていなかったが、流石の反応をみせてリベラリムから距離をとる。そして同時に勇夜は"瞬火"でリベラリムに接近した。
「漸くですね、ユウヤァ!」
セリエの魔法を受けながらも勇夜の接近に気付いていたリベラリムは、喜びを露にして刃を振り上げた。複数の属性強化で更に速度を上げた勇夜と交差すると思われた瞬間、リベラリムの刃は空を切った。
「"白闇多守結界"」
勇夜がリベラリムを横切り、アリサの魔法が発動する。勇夜とリベラリムを広く覆う多数の結界が出現した。
勇夜は体の向きを変え、まず目の前の結界を足場にして強化した"瞬火"を使い、多数の結界に着地しながら縦横無尽に駆けて速度を上げていく。吸収した雷で自身の身体、反応の強化。風によって速度上昇に伴う体に掛かる負担を軽減し、速度を上げるために最適な魔力コントロールをしながら、勇夜の速度は視認が難しい程に上がっていった。
「くぅッ!」
汗を垂らしながら歯を喰い縛るヴィルとアリサ。アリサは多数の結界を維持しながら、速度上昇に伴い勇夜の上がり続ける蹴り出す力によって破壊された結界の再発動。アリサの負担も尋常ではないが、ヴィルの負担はそれ以上だった。風読による勇夜の補助と十分な力が出せるまで可能な限りリベラリムへ妨害をかけているのだ。特出した魔力量を持つヴィルも、度重なる発動によって限界が近付きつつあった。
"まだだ! もっと…もっと速く! 動けなくなってもいい、これで…一撃で決めるために!"
「何のつもりですか? 逃げているだけでは何も出来ませんよ」
リベラリムは勇夜の行動に疑問を持つが、刃の青い炎を勇夜に向けて何度も放つ。
流石のリベラリムも妨害をされながらでは捉えきれないのか、炎の弾は勇夜に直撃せずに結界を破壊した。
「流石に鬱陶しいですよ。銀髪の貴方」
「なっ?!」
リベラリムはイラつきを隠せない声でヴィル達の方を向くと、青い炎の刃を形成してヴィルに向けて放った。それは結界を意図も容易く破壊し、凄まじい速度でヴィルに迫る。
「クッソォォォォォッ!」
ヴィルの前に盾を構えたソルが出た。刃は盾によって防がれるがそれが出来たのは一瞬で、限界を向かえていた盾では持たずに真っ二つになった。ヴィルに直撃するかと思われた炎の刃は、一瞬の時間が出来た事で飛び出しヴィルを庇ったセリエと、盾の衝撃を少しでも刃に加えたソルのおかげで避けられた。
しかしリベラリムの思惑は概ね達成された。それは煩わしかったヴィルの妨害を消すことにあったからだ。
「っ! 勇夜ぁぁぁ!」
ヴィルの叫び声が響く。
"もう…少しッ!"
「残念ですユウヤ…待ってももうこれまでのようですね……あまり欲を出しては酷のようです。……では」
歯を喰い縛る勇夜に向けてリベラリムはもう一度炎の刃を形成し、妨害の無くなった状況で外すこと無い攻撃を……
「邪魔だ!」
リベラリムに向けて放たれた一本の剣は上空に弾かれた。しかしリベラリムの攻撃を止めさせた。
「いけぇぇぇぇぇぇぇッ!」
突如張り上げられた声にリベラリムはハッとし、勇夜を探す。
"これが俺に出来る全て……だからっ決める!!"
勇夜はリベラリムの頭上で最大限に力を溜めて蹴り出す。誰かに背中を押されるような感覚を感じた勇夜は、勝つために力を放出する。
"力を借りるよ……"鬼殲裂爪ォォ!"
右の手甲から赤黒い力が漏れ肘まで覆い、鋭い爪が形成された。勇夜が放つ技の名は亡き剣鬼 鋼誠の技。思いついただけか、はたまた知っていたのかは分からないが、想いの力が繋がった瞬間だった。
見失った事で完全に隙を付かれたリベラリムの背中に勇夜が爪を立てる。
「ヌッ?! グアァァァ!」
風を切る音で接近に気付いたリベラリム。しかし振り返るまもなく背中に攻撃が直撃する。
「ハアァァァァァァァァァ!!」
固い甲殻に阻まれ火花を散らす。だが勇夜は構わず押し込むために足裏を爆破されて更に勢いを強める。そして遂にリベラリムの強靭な甲殻が切れ、背中の中心から左脇腹まで深く抉り裂かれた。
「ガッ! アッ……ガアァァァァッ!」
致命傷とも思える深い裂傷を負ったリベラリム。しかし動きを止めたのはほぼ一瞬で、口から液体と炎を吹きながら空中で態勢を整えることの出来ない勇夜に刃を振り上げる。
"っ! まだ…まだ動かなきゃ! クソッ!"
先程までの速度は攻撃で殆ど殺され、その場でゆっくりと落ち、上手く体を動かせない勇夜ではそれを避けることは出来ない。だが刃を振り上げるリベラリムを見ていた勇夜の目には別のものが映る。
「ケイメンの……仇だ! 痺れ死ねぇぇぇぇぇ!!」
突如リベラリムの上空からトールが現れ、背中裂傷から胸に向けて剣を突き刺し、出せる最大の雷をリベラリムの体内に放出する。
「ゴフッ! ヒトノコゴトキガァァァァァ」
リベラは怒り狂ったように背中のトールを殺そうと暴れた。
"ここで決めないでいつ決めるんだよっ! 歯ぁ喰い縛れ!力を入れろ!"
さっきまで感じた力は既に無い。どれだけ望もうと今の勇夜に追撃する術はない。
「っ?!」
ふと勇夜の落下が止まる。それどころかあるはずの無い足場?のような物が足元に感じる。地面のような固さはなく、どこか体が浮くような感覚が生まれた。勇夜はそれが誰の仕業か瞬時に理解した。
"ありがとう"
そちらを向いて感謝したい気持ちがあったが、今すべきことを前に止まるわけにいかない。勇夜は心の中で感謝すると力を振り絞って構える。見据えるは深く裂いた傷に微かに見える心臓のように鼓動する場所。
「オオォォォォォォォ!」
声を張り上げ体にムチを打ち飛び上がる。
"ぶち抜く! "槍貫覇撃"ィィ!"
勇夜は力の限り拳を振り、目指す場所へ技を繰り出す。トールに気をとられ勇夜の接近に気付かなかったリベラリムは、更なる攻撃をモロに受ける。
「マダッ! マダワタシハァァァァァ!」
「ぶぅちぃぬぅけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
力を込めた勇夜に答えるように"陸真"が輝く。そして放たれた技はリベラリムを貫き、何かが破裂するような音と共にリベラリムは力無く地面に落下し始める。
そして力を使い果たした勇夜も同様に吸い込まれるように地面に落下を始める。
「世話の掛かる欠陥だ」
「…悪い」
勇夜がそう近くで言われると、同じ様に落ちるトールに空中で担がれていた。しかしトール自身も殆ど魔力が残っていないようだ。身体強化しているようだが、それはとても弱々しいものだった。だが勇夜からは見えていなかったが、落下の速度が上がる前に地面に向けて数枚の結界の足場が出来ており、難なく勇夜を担いだトールはリベラリムの近くに着地した。
「はっ…ハハハ……まさか人の子に…殺されるとは……流石に舐めすぎていました。申し訳ありませんギルヴァス様…貴方様の勝利を見る前に逝くことを……お許しください」
「まるで自分達が勝ったかのような言い方だな」
近くに勇夜を下ろし、まだ息のあるリベラリムがそう言っていることに眉を寄せながらトールはそう言った。
「まるで……ではなく確実な事なんですよ……トール・ケネデリス」
「スゥ…ハァ…お前が死んだことで、魔装騎士様達に余裕が生まれるはず。それすらも計算だと?」
勇夜は息を整え、笑いながら余裕のある言葉を放つリベラリムに話す。
「まあ……貴方達に殺されるとは…思いませんでしたがね。それと余裕があるのなら何故蒼帝は応援に来なかったのでしょうね。ともあれ端から我々の死など影響しないのですよ」
リベラリムの言葉に勇夜とトールは驚愕する。見透かしているように笑うリベラリムは何故蒼帝の事を知っているのか、そして自身の死が影響しないという言葉に……
徐々に崩れるように体が崩壊するリベラリムは高笑いをする。
「我々の揺るぎ無き勝利を! 最後に絶望する顔を楽しみにしていますよ。何故ならギルヴァス様は……………」
最後に死にかけているとは思えないほどに声を上げ、狂喜を感じる顔から真実が飛ぶ。同時にリベラリムは何も残さずに消え去った。
「2人共無事か?!」
リベラリムの言葉を受けて止まっていた勇夜とトールに、靖耶達が漸く合流した。2人は掛けられた言葉で我に返り頷いた。
「本当に倒したんだな」
靖耶の言葉に各々が漸く実感した。魔族を自分達で倒したことを。しかし手放しで喜べるほど今の彼らに余力は残されていなかった。
「どうやら戻ったっぽいっすね」
辺りを見渡したヴィルは、リベラリムを倒したことであの空間から抜けたことを確認した。近くで戦闘はないが、離れたところで戦っているのが遠目に見えていた。
「とりあえず後方に行こう。今のまま戦うのはまずい。魔族の報告も兼ねて一度下がるぞ」
靖耶は全体を見てこれからの方針を話し出す。全員納得し、それに向けて準備を始める。
「さっきのことは変に気にするべきじゃない。後はあちらのやるべきことだ」
トールは珍しく勇夜の肩を叩き、悩んでいるように見えた勇夜に声をかけた。
「そう…だな」
勇夜は短く答えた。トールの言ったこと、勇夜の悩んでいたことはリベラリムの最後の言葉にあった。それは……
"「ギルヴァス様は不死なのだから」"
トールの言った通りやれることはなく託すしかない。だというのに勇夜は何故か引っ掛かりのような不思議な感覚が抜けずにいた。
「まだ動ける俺とグローザ、エアルで周辺警戒。他の皆はそれに続いてくれ」
靖耶の声で部隊は動き出そうとしていた。
消費の激しいヴィルをセリエが支え、他の面々もゆっくりと進む。
「勇夜君大丈夫?」
一番後ろで歩く勇夜を心配したアリサが気付いて近付いた。
「大丈夫。前歩いていいよ」
勇夜は笑ってアリサに答える。
「うん…わかった。………勇夜君、絶対に生きて……生きて皆と一緒にまた…」
アリサの心配そうな表情は変わらなかったが、アリサが振り返る前に念を押すように勇夜の目を見てそう言った。それに対して勇夜が答える前に、アリサは前に向き直って勇夜から離れすぎない距離を保って前を歩きだした。
その時一際大きな爆発音のようなものが離れた場所から響き渡った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「ッ!」
そんなアリサを見て勇夜は一歩前に進もうとしたが、大きな爆発音の後に突然体が動かず、急に目の前が真っ暗になった。
「何が? ここはどこだ?」
音のしない、何もない空間で勇夜は混乱する頭で何とか冷静になろうとした。
だが不意に"ナニ"かどす黒いモノが内から噴き出すように勇夜の頭を…心を襲った。
セ …シテ……ネ
次の瞬間頭を刺すような痛みと声が響く。
コロセ! コロシテ… シネ! シナセテ… イタイ… クルシイ… ツライ… コワセ! コワサナイデ… ドウシテ…ダレモ…スクッテクレナイノ……ニクイ! ニクイ!
多くの怒り、悲しみ、1人じゃない多くの人の感情がぐちゃぐちゃに混じりあったような悲痛な叫びに、勇夜の頭が割れそうなくらいの痛みが襲う。
"何だよ! 何なんだよッ! 痛ぇッ!痛ぇッ!"
「"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
我慢できずに壊れそうな程に叫ぶ。多くの負の感情が勇夜の中を掻き回し、もがく体は泥沼のようになった足場に徐々に飲み込まれ出す。そして感情の波が突然収まり、首元まで飲まれた時その言葉は頭を巡った。
"我ガ契約者 汝朽チ 壊レユク時マデ我ガ力ヲ与エヨウ
"時ハ満チタ 我ガ契約者ヨ 我ラガ器トナリテ 汝ノ命ヲモッテ魔ヲ 神ヲ滅ボシ、我ラヲ救済セヨ"
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「勇夜君?」
後ろに居た筈の勇夜君の気配も足音も無くなって、私は後ろを振り向いた。でもそこには最初から居なかったみたいに勇夜君の姿は消え、見渡しても何処にも勇夜君の姿を見つけることは出来なかった




