姿は違っても家族の形は…………
~少し前 トール達の戦い~
トールは勇夜達と離れ、互いの動きが邪魔にならないようにするために、普段行うことのない威力重視の突撃でケイメンを飛ばし、離れた戦場へ共に移動した。リベラリムの用意したと思われるこの場所の広さは不明だが、現状端という概念があるようには思えない。
「…………」
無言で土煙の上がったケイメンのいる場所をトールが見詰める。先程の場所から戦闘の音がしていることから、あちら側は既に戦い始めているようだ。
「始まったか……、まあ奴等なら上手くやるだろう。それより……流石に魔族側の力を使っているだけあって特に変化はないか……それにしても何も感じて無いようなその顔は些か腹が立つな」
勇夜達の方を一目見た後に、トールはケイメンに視線を戻す。 トールは無表情のままその場に立つケイメンに眉を寄せた。リベラリムの言う通りであればこの反応は当然だろう。それが分からないトールではない筈だが、トールは続けた。
「……俺達が初めてあった日の事を覚えているか?」
「…………」
トールは反応しないケイメンに懐かしむような声で聞く。それに対してケイメンの答えは無言と攻撃であった。
「ケイメン!お前と初めて会った時っ! お前はっ今のように! 無表情でっ何もしないで! 言葉も喋らなかったっ!」
トールはケイメンの攻撃を避けながら、反撃せずに途切れ途切れになりながらも言葉を続けた。
「父が言ったのはっ! ただお前が面倒を見ろとだけっ名前以外何者かも言わなかった!」
言葉を一旦止めたトールは、ケイメンの腹部を蹴り飛ばして後方に飛ばす。
「ハァ…ハァ… 始めは面倒だと思ったよ。自分が誰かの為に時間を使うなんてな。ただ父からの義務だと自分に言い聞かせた…何を言っても喋らない、何をしても変わらない、ただお前はついてくるだけだった…」
少し荒くなった呼吸を整えながら立ち上がろうとするケイメンに話続ける。
「今思えば意地になっていたのかもしれない。何がなんでもお前を変えようとな…その時から俺にとって赤の他人ではなくなっていたのだろう。そして一年程経ってようやく言葉を発したな。確か"なんで?"だったな。だが俺はその言葉よりお前の可笑しな喋り方に笑ってしまったよな」
ケイメンはあまりに無防備に見えるトールに、立ち上がった瞬間再度攻撃を再開した。同時に話終えたトールは直線的な攻撃を仕掛けるケイメンを最小限の動きでいなす。
「あの時は結局流したが、答えは言ってなかったな。その答えは昔も今も変わらないんだよ、俺に……俺達にとってお前は家族で友人だ。お前が忘れていようといまいとな。俺は一年かけてお前を変えた。だが忘れたのだとしたらまた俺が思い出させてやる! 何年掛かろうが元に俺が戻してやる!何度でも俺がまた一から教えてやる!何度でもだ! お前には誰も殺させない! 何故なら俺が止めるからだ! お前は俺には勝てない! 何故なら俺の方が強いからだ! 俺が勝って今度こそ一生忘れないように教え込んでやる。お前が誰の物なのかを!」
トールは言い切ると、ケイメンに対して初めて構えらしい構えをとる。ケイメンは変わらず反応を見せずにいたが、トールの言葉を受けて注視しなければ分からない程の小さな変化がケイメンの顔に現れた。だがケイメンは気にせず前に進もうとした。
「………」
進もうとしたが、その体が動くことはなかった。見れば視認の難しい糸がケイメンを縛っていた。
"糸静技 一糸無喰"
短剣を一つ地面に突き刺したまま、右手に持ったもう一つの短剣を振ろうと気配を消していたリースがケイメンの後ろから現れる。
「あっ…」
完全に後ろをとったと思われた攻撃は、突如出現したケイメンから延びる尾によって拘束が解かれ、そのままリースを攻撃したために成立しなかった。
「ん…」
リースは眼を閉じてしまうが、次に感じたのは衝撃ではなく、柔らかな感触と落ち着く匂いだった。
「まったく…躊躇するくらいなら前に出るな」
「ごめん…なさい」
リースはトールに抱かれながら謝る。どうやらトールが寸前にリースを助けたようだ。
だが完全に後ろをとったと思われた攻撃が防がれたのは、やはりリース自身がケイメンを攻撃することに迷ってしまっていたことが原因のようだ。
「お前は優しいからな。あいつに躊躇してしまうのも理解できる。それにあの顔を見たら更にそう思うだろうな。だから落ち着くまで俺に任せろ」
トールはリースをゆっくり下ろしながらそう言った。
「何も感じない。何もかも忘れたのだとしたら、何故お前は今"涙を流したんだ"?」
トールの見据えるケイメンの顔は表情は変わることがなく、しかし一筋の涙が確かに流れていたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
"ケイメン!"
聞いたことのない声で、聞いたことのない名前を呼ぶ声がして、何故か自分という意識が目覚めた。暗い視界をゆっくりと開け、ボヤけた色の無い景色を、徐々にハッキリと映していった。
目の前にいるのは"誰"だろう…何故自分を見ているのだろう… 何故自分に対して言葉をぶつけてくるのだろう… それより疑問なのは目の前にいる知らない筈の誰かの名前を自分は知っている事… トール・ケネデリス、その名前を考えても何も思うことはない。ただその知らない誰かの言葉を自分はハッキリと聞いていた。その言葉に…感情に…何も思うことのない自分の中にある何かが、何とも言えない違和感を感じていた。
自分は誰で…何なのか…その感情と呼べるものは次第に大きくなった。
"彼は貴方が殺す存在、それ以上でもそれ以下でもない。殺さなければ貴方が死ぬだけ。そして貴方は人を殺す為の存在、だから何も考えず殺しなさい。さあ殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ…"
違和感に気付いてから自分の意識に割り込むように、何処かで聞いた声がする。延々と繰り返される"殺せ"という言葉に自分の意識は徐々に塗りつぶされていた。自分という意識が薄くなり始め、自分の意識とは関係なく目の前の殺す存在に向かおうと体が動こうとするが、何かに拘束されて体が動くことはなかった。
視界が後ろに向き、知らずに接近していたもう1人の存在が自分に向けて攻撃しようとしていた。それに反応するように体から何が生えて、攻撃していた。
"何なんだこの体は…自分は一体…何なんだ"
薄い視界に映ったのは尻尾、そして鋭く醜い手……自分の存在が分からない…いくら考えても意識を支配するのは目の前の存在を殺せという意識だけ。
そして自分の体はそれを実行しようとする、ただ何故だろう…自分はあの2人を知らない……だというのに…その存在を殺せと聞く度に、どうしてこんなにも苦しいんだろう……
この感情もその答えも自分は知らない、そしてこの体は動くことを止めることなく、命を散らすためにその爪を向けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
トール様が庇ってくれてから、またケイメンとトール様の戦いが始まった。その攻防は最早私が介入できるレベルを超えていた。ただその戦いは異様な物に見えた。トール様は攻撃を最小限に抑えながらケイメンとの思い出を紐解くように言葉を続け、ケイメンはそれを受けて行動を変えることはなくても、その顔はほんの少しだけだけど苦しんでるようにも見えた。
"結局私は一緒に助けたいと言いながら足を引っ張って、ただ何もしないで見ているだけ……いつもそうだ。トール様の優しさに甘えて、ケイメンはいつも私の話を聞いてくれて、時には助けてくれた。私を拒絶しないで向かえてくれた2人…今も人と関わるのが怖くて…言葉を伝えることが怖くて上手く喋ることが出来なくて…そんな私の居場所を作ってくれた。私を家族のように向かえてくれた。私に家族の暖かさを…好きになる気持ちをくれた大好きな2人…私はこんなにも辛い戦いを見たくない…でもトール様はケイメンを救うために命懸けで想いをぶつけてるんだ。目を逸らしちゃいけないんだ。きっと私よりトール様の方がずっと辛いんだ。トール様は自分を優しくないと言うけれど、私は……私達は知ってる。だからこそきっとケイメンにも必ず伝わる筈なんだ。"
そして変化が訪れた。涙を流したケイメンの表情が微かに口元を緩めたのをリースは見逃さなかった。ずっと人の顔色を気にして、他人の感情に敏感になったリースだから気づいた変化だった。故にトールはまだ気付いていない。互いに離れた位置で見合った2人、リースはこれから起きることを肌で感じてしまった。恐らくケイメンがしようとしていることを……それが本当になるか分からない、
"でももしそうなら止めなきゃいけない。そう思っても私にはそれを上手く言葉に出来ない。2人が傷つけ合うのが嫌なのに…助けたいのに…"
"こんな自分が嫌になる。変わらない自分も…変わることが怖くて前に進めない自分も…きっと私が変わったとしても変わらず2人は一緒に居てくれるだろう。でも今変わらなかったら、もうきっと3人で一緒に話すことも笑い合うこともきっと無くなる。後悔して失うのは嫌だ! なら自分が変われば良い! 言葉に出来ない私を…自分をさらけ出せない私を! 私は戻るんだ! 2人と一緒に!"
トール様とケイメンは互いに構えて同時に突撃した。
「だ…め……っ!ダメェェェェェェェェェェェ!!」
リースは2人の間に入り込むように力の限り走り出した。顔を隠していたフードが脱げ、顔に付く忌まわしい傷が露になりながらも、おもいっきり声を張り上げた。今までこんなに声を出したことがなくて裏返った声。それでも初めて言葉に出来た声。そしてこれまでにない強い感情を出したことで魔力が高まったらしく、身体強化が強力になり2人が相対する前に届いた。
ただリースの突発的な行動は2人にとって無警戒していたことだった。トールの突き出した剣は止まること無く、突然現れたリースを貫こうとしていた。そしてリースは目を瞑った。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「まったく、世話の焼ける妹やな」
「ケイメン…お前」
止めることの出来なかった剣を止めたのは、左手に剣を貫かれながら逸らしたケイメンだった。
「思い出したのか?」
トールはケイメンに驚愕の表情をしながら問う。
「痛つ!、まあ少しだけ」
「お前!」
ケイメンは剣を抜きながらそう答える。トールは呑気な言い方をするケイメンに怒っていた。
「まあまあ、そんな怒らんでも…それに本当についさっきまで体動かなかったし、それに2人の事も思い出せなかったんやから」
トールはケイメンの言葉に鼻をならしてそっぽを向く。ケイメンはそんなトールを見ながらリースに手を伸ばして立たせた。
「2人の声、想いが聞こえた。ずっと苦しくて、2人を殺すことしか考えられなくなって…でも殺したくなくて自分が死のうとしてたんだ。そしたらリースがあんなことして、自分でもようわからなくなって気付いたら意識を押し退けてた」
ケイメンはあの時トールの剣をわざと受けてその命を終えようとしていたのだった。だがそれに気付いたリースが結果としてケイメンを取り戻すきっかけとなったようだ。
「ならいい…一つだけ約束しろ。お前はこれからも俺のものだ! 今度は忘れることを許さないからな」
「相変わらずやなトール様は。まあ取り敢えずこの状況変えてから………っ!!」
ケイメンは苦笑しながら言葉を続けた。まだ戦いは終わっていない。それを2人に告げて動こうとケイメンはするが、突然ケイメンは両手をトールとリースに突きだす。それは端から見れば襲いかかっているように見えるが、ケイメンはただこの場から離そうと2人を咄嗟に突き飛ばしただけだった。
そして…………
"ありがとう"
驚いた顔をするトールとリースに、ケイメンは"ありがとう"と伝え、優しい笑顔を向ける。2人は理解が出来なかったが、その瞬間に知る。ケイメンの胸には深々と青い炎が燃える刃が突き刺さっていたのだから。
"これで終わりか……まあしゃあないよなでも…"
ケイメンは2人の顔を見ながら自分の最後を悟った。しかしその顔に絶望は見えなかった。
"最後に2人の事を思い出せて良かった"
"最後に2人に会えて良かった"
"最後にありがとうって言えることが出来て良かった"
"さよなら"
心の中で紡がれる言葉をいい終える頃には、ケイメンの体は青い炎が燃え盛りまるで崩れた灰のようにその形を消した。
「あ…ああ……いやっ……っ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
地面に落ちた2人の前には大切な人の形はなく。リースの慟哭が響いた。
「お見事ですねぇ。本当に。せめて殺してから戻るものだと思っていましたら、こんなにも早く人としての意識を戻すとは……ほんの少しだけ残したとはいってもやはり人の想いの力は侮れませんね。流石に人形が敵に回ってしまうと厄介なので殺してしまいましたが」
少し離れた場所で話すのはリベラリムだ。しかしその姿は今までとは全くの別物となっていた。人に近い見た目はすでに無く、魔物と呼べるような甲殻が全身を覆い、右腕の刃は青い炎が帯び、その顔は悪魔のような見た目と口の端からは青い炎が噴き出していた。
「ああこの見た目ですか。これは"魔煌化"といって純粋な魔族だけが出来る。云わば本当の姿ですよ」
リベラリムはいつになく高揚したような雰囲気で流暢に喋りだした。ただ自慢するかのように。
「き……ま」
トールは拳から血が出る程強く握り締めて呟く。そんなトールをリベラリムは感情の読めない顔で見た。
「っ! 貴様ァァァァァァァァァァァァ!!」
体の全身から力強く唸る雷を放出したトールは、目に見えない凄まじい速度でリベラリムに迫った。直線的、しかしその速度は普通であれば感知することも不可能なレベルの物だった。
しかしリベラリムは落胆するような、つまらないような物を見る目で、ただ右腕を前に出し刃を向けた。もしかしたら普段のトールであれば反応出来たかもしれない、しかし怒りの感情に飲まれたトールにそれを避ける術はなく、自分から刃に吸い込まれていった。
「っ!」
だがそれはトールに当たらなかった。それは寸前に"瞬火"で勇夜がトールにぶつかり、横にずれたからだった。
「何をっ…………っ!余計なことを!」
トールは何が起きたのか分からず、近くにいた勇夜に怒鳴ろうとするが、勇夜の状態を見て冷静になる。
勇夜はトールを庇い、左腕を深く切り裂かれ血を流していた。痛々しい傷に激痛を感じる勇夜だが、冷静に状況を見ようとしていた。
"選べ"
そんな勇夜に聞こえた言葉は幻聴か…はたまた現実か…しかし勇夜にはその言葉の意味を理解することが出来たのだった




