戦場は寸分先も見えなくて
「すげぇ……」
目の前の光景を見て、部隊の中心に居たヴィルが呟く。そう思ったのはヴィルだけじゃなく勇夜やこの場に居る皆が思っていた。魔装騎士である雷皇と風鬼の詠唱魔法は、彼らだけではなく戦場全ての者達がこのまま終わってしまうのではないかという期待を抱かせる程だった。だがそんな淡い期待は容易く崩れ去った。
「っ!」
誰かが息を呑む。そして勇夜達は……あの青い炎を見た5人は眼を見開く。その炎はあの村を焼いた炎と同じ色……圧倒的だった魔法を消し去り、静寂を生んだ炎を生んだのが誰か勇夜達は分かっていた。見据えるのは遥か後方のリベラリム…周囲はあまりの光景に唖然とし、徐々に恐怖を感じているようだ。ただ勇夜達は思った程恐怖を感じずに冷静さを保てている。アゼルとの訓練が身になっている証拠だった。
時を待たずに魔物の進行が再開し振り出しに戻る。しかし全てが戻るわけではなかった。リベラリムの力を見た者達は足がすくみ、迎え撃つ態勢が全く出来ておらずに開戦より状況が悪くなっていた。だがそれを見て勇夜達は冷や汗を流しながらも自身の持ち場を誰よりも前に出て迎え撃とうと構えた。それが他の者にどう見えたかはわからないが、無意味ではなかった。少しずつ隊員達の目に力が宿り始める。そして………
"「この場にいる全ての戦う者達に告げる! 我々に向かう敵は全てを殺し、全てを壊す我々に害をなす存在だ! 猶予はない。我々には守るべき世界が、国が、人がいる! ここいる理由は皆違うかもしれない、だか敗北は自らの守るべきものを滅びへと向かわせる! 立ち向かい死することは恥ではない! 立ち向かわず敗北することを恥と誓え! 死を恐れるな! 敵から逃げるな! 覚悟に迷うな! 犠牲を無駄にするな! 我々が進む、世界が望む明日を迎えるために立ち止まるな! 我々は勝利するためにここにいる!! 幾十 幾百 幾千の屍を踏もうと眼前の敵を全て殺し尽くせ! 行けぇぇぇぇぇぇぇ!!」"
突如として全ての者達の耳へ蒼帝の声が響き渡る。
「「オ"オ"オ"ォ"ォ"ォ"」」
勇夜達の後ろに居た者達は蒼帝の言葉を聞き、自身を奮い起たせるように叫び、武器を掲げて前へ走り出した。周囲の変化と蒼帝の言葉に勇夜達は互いを見て小さく笑う。
「特殊編成部隊! 全員で生き残って勝とう! 行くぞォ!!」
ヴィルは隊長として部隊に声を張り、勇夜達は各々声を上げて先を行く隊員達のように戦場へ立ち入るのだった。
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「ハアァッ!」
"掌底煌波"
「ふっ」
「っドラァァ!」
前方へ走りながら前に居た勇夜と靖耶、グローザは襲いかかる二足歩行で1m程度の身長である小鬼の頭部を吹き飛ばし、切り捨て、叩き潰す。
「ゲァァァァ!」
力は弱く、脅威になりにくい小鬼だが唯一の武器である鋭い爪と一本の角、そしてその数は多い。倒してもどんどん勇夜達を襲う。
「ちっ! 邪魔くせぇ!」
グローザは鎚を巧みに操り倒していくが、小さい動きに苦戦していた。
「ギィィィ!」
「っ!」
飛び掛かってきた小鬼を横薙ぎに振り倒したグローザだが、飛び掛かってきた小鬼と同時に下から迫るもう一匹に対応が遅れてしまう。鋭い爪が振り下ろされグローザに直撃、なんとか避けようと後ろに飛んだため当たった拍子に尻餅を付いてしまう。
「しっ!」
追撃しようとした小鬼をエアルがグローザの後ろから剣を突き刺し、向かっていたもう一匹に刺した小鬼の腹部に風の衝撃波を与えて飛ばし、飛ばされた小鬼ともう一匹はぶつかり重なった。エアルは動きが止まった二匹の頭を跳ねてグローザを見る。
「負傷した? 大丈夫なら早く立って。示しが付かないよ」
「わってるよ! ありがとな!」
前を向きながらそう言うエアルに感謝しながら立ち上がり、チラッと攻撃の当たった腹部を見た。
「しかしこの服は凄いな。傷も付いてなきゃ、痛みも無かったぞ」
グローザの言うとおり鋭い爪で引っ掛かれた箇所には傷がなかった。部隊全員の服装は動きやすいように普段の制服姿と変わらないが、その内容は全くの別物で、光姫と闇牢による術式の効果により新調された物だ。
「グローザ先輩大丈夫ですか?」
少し離れた場所からヴィルがグローザに問い掛けた。グローザはそれに対して問題ないと手を上げ答えた。小鬼との戦闘は勇夜と靖耶、アリサのサポートもあり、余裕が生まれた。
「皆頑張ってる。私も負けてられない!」
セリエは前で戦う勇夜達を見て、自分もと意気込む。現状セリエ、トール、リース、ソルは遊撃の立ち位置で前衛の戦闘には参加していない。それは敵の数と連続する戦闘から、負担や連携をとる上での判断になる。全く参加していない訳ではないが、前衛より戦う事はまだ少ない。そんな中で変化が訪れれる。
「九時方向から魔物の群れ! 小物と大物が混ざってるぞ! 遊撃と俺で相手を…… セリっ!」
ヴィルの指示が部隊に飛ぶ。前衛は残った小鬼との戦闘中のために残った5人で対応しようとする。だがセリエがゆっくりと進み、ヴィルの呼び掛けに答えずに近寄る黒狼と小鬼を冷たい瞳で見据えた。そして牙を剥く黒狼がセリエを襲う。
「すぅぅ……っ!」
"流連 滝ノ型 一雫"
セリエが黒狼を横一閃、水の属性強化をした剣で開いた口から尾までを切り裂く。
"二水"
途切れずに後ろに居た二匹の小鬼の肩から胴体を斜めに真っ二つにする。
「せぁっ!」
"三雨"
セリエより身長が高目の魔物の両足を一突きし、下がった頭を刺した。
"四清川"
後ろから更に迫る四匹の小鬼をそれぞれ一刀で倒す。そしてセリエは技を繰り出しながらその次に迫っていた 爪血熊 を意識していた。
"五滝激"
四清川の勢いを保ったまま爪血熊の頭上に飛び、回転しながら勢いをつけて振り下ろす。爪血熊は両手の爪を交差させて防ごうとした。
「ハアァァッ!」
勢いの乗ったセリエの剣はその爪を折り、そのまま頭部から地面に切り下ろされ、爪血熊は絶命し後ろに倒れた。
セリエはその場で一息つき、動きが止まる。そこに二匹の黒狼とセリエよりも大きい雄蜥蜴という二足歩行で蜥蜴の風貌をした魔物がセリエに襲いかかろうとしていた。だがセリエはその場から動かずにただその魔物を見ていた。
その時セリエの後ろから何かが風を切り、セリエの近くを抜けていく。
「……セリエ様ばっかり……ずるい」
「張り切るのもいいが、目立ちすぎるのは癪だな」
二匹の黒狼の頭には二本の短剣が刺さり、雄蜥蜴の腹部には刺剣が刺さっていた。自身の武器を投擲したリースとトールはセリエを通り過ぎながらそう言った。
「やっ!」
リースは走りながら短剣に繋がった魔力の糸を引いて手元に短剣を戻し、振りかぶって二匹の黒狼の頭を切り落とす。
「このまま痺れ死ね!」
トールは刺さった剣を支点にして"雷動"を使用、そのまま地面に押し倒し剣に雷を発生させて雄蜥蜴を体内から焦がし倒す。
「お前ら少しは部隊の連携って言葉を考えろよ……」
少し遅れて呆れた顔をするソルが、セリエ達に言葉を掛ける。
「この程度の相手なら問題ないと思うが、まあ君には無理なのだろうな」
トールは出来て当然のように語るが、それだけではなく皮肉めいたことも続けた。
「相変わらずムカつくな。ただこの部隊の指揮はグラッドが取っているんだぞ。後に続いたベネットとケネデリスはともかくシュバルの行動は駄目だ。ここはもう戦場なんだからな」
ソルは額に青筋を浮かべながらも冷静に話す。周囲を警戒しながらも説教のような口調で注意をした。
「……ごめん」
「謝るならグラッドに言っとけ。それに向こうも問題なさそうだしな」
セリエはソルの言葉で自身の行動を振り返り謝った。戦いたかったというだけで直ぐに行動してしまったことを後悔していた。ソルはそんなセリエに責めることはせず、ヴィル達の方を向いてそう言った。見れば残り数体というところまで敵を倒していたようだ。
「"黒手の鎖"! "針闇" っ!"守光の盾" 勇夜君!」
アリサは目の前にいる雄蜥蜴を鎖で縛り、地面から大量の黒く太い針が発生、雄蜥蜴を多方面から刺して絶命させる。その後勇夜に向けて風切蝙蝠が魔法が放たれ、それに気づいたアリサはすかさずその間に光の盾を出現させた。
通常の小鬼より大きく、筋肉の付いた相手と戦っていた勇夜はアリサの呼び掛けと左横から何かが直撃する音が聞こえ、視線を一瞬向けて状況を理解する。
「っ! ふっ!」
勇夜は目の前の相手に時間を掛ける訳に行かないと思い、勢いをつけて鳩尾に右の肘鉄を食らわせ、間髪いれずに右の裏拳を頭部へ、自身の右側へ寄った小鬼を当たる寸前で、爪先を爆破させ勢いを付けた左の後ろ回し蹴りを頭部へ放ち、骨が折れる鈍い音を立てて小鬼が勢いよく飛ばされた。勇夜は一息も付かず直ぐに風切蝙蝠の方を向き、追撃しようと口内で風が渦巻いているところに"瞬火" で距離を詰め、少し手前で飛び上がる。そして風切蝙蝠の眉間を踏んで更に上へ飛ぶ。
"上牙降砕 火墜"
落下と同時に勇夜は技を繰り出し、風切蝙蝠の頭頂部を直撃、地面に叩きつけられて絶命した。
「はぁぁ…」
地面に着地した勇夜は大きく息を吐く。アリサに眼を向け手を上げて感謝をした。アリサは小さく笑いそれに答える。勇夜は警戒しながら他の場所を見るが、どうやら靖耶達も相手をしていた魔物を倒していたようだ。
ヴィルは部隊の戦闘が終わったのを見て警戒は緩めずに集合の合図を出した。セリエは先程の事をヴィルに謝り、ヴィルはそんなセリエの頭を撫でて"無事で良かった"と言葉を掛けた。セリエは独断行動が如何に危険か、そして他者に迷惑を掛けてしまうかを改めて感じ、全員に向けて頭を下げた。
「思ったより敵の数が少なくて助かったな」
一段落したところで靖耶が声を発した。他の者達も同様に思ったようで、期待はずれという気持ちではないが、思っていたほどではないと感じていた。
「ええ、恐らく俺達の持ち場が主戦場から離れてるっていうのが大きいと思うんですが、向こうに大分固まっているみたいです。とりあえず俺達はこのまま近くの隊員達とあまり離れずに戦闘を継続しましょう」
ヴィルの話しと判断に各々肯定を示し、周囲を確認する。
「………あれ?」
不意に何かに気付いたアリサが声を上げた。
「アリサ、どうかした? ……っ!」
隣にいた勇夜が疑問に思い声をかけるが、アリサの向いていた場所を見て違和感を感じた。
「さっきまで見えてた部隊の人も魔物も何処に行ったの?」
アリサ何気ないように聞こえる言葉に全員が戦慄した。決して油断も警戒も怠ったわけではない。もしかしたら初の勝利に少しばかり浮かれていたのかもしれない。それでも今起きている状況の説明が付かなかった。いつの間にか視界に捉えていた他の隊員達も魔物も居ないのだ。それどころか先程まで響いていた戦闘の音すら聞こえなくなっていたのだ。
勇夜達はこの状況に、まるで同じ場所にいながら別の世界に飛ばされたか、隔離されているかのような感覚に陥り、動揺を隠すことが出来なくなっていた……




