朝日は黒く塗り潰されて
日は落ちまた上る。繰り返す日々は遂に戦争の日へと彼らを誘った。双方の命を掛けた戦いが始めるのは明朝、日の出だ。現時刻はその少し前、人界の人々はまるで眠りに落ちたように静かな時を過ごしていた。
準備は出来た。その戦いの行く末を知るのは神か……それとも別の何かか……だがこれだけは言える。誰も彼もが負けることを考えず、ただ己の勝利だけを信じていることを……
~カルディーク皇国 東門 騎士団臨時駐屯所~
騎士団は東門付近で、その更に東に位置するライイング平原から自国への進行を阻止するために陣地をとっていた。騎士達は各々自身のそうびを整え、落ち着くために瞑想や鍛練、騎士同士での連携の取り方等の確認をしていた。その中で騎士長やそれに準ずる騎士は門の壁上から陣地を見渡し、そして東の戦地に居る者達へ視線を向けるのだった。
「サレリア………いい加減落ち着きなさい」
腕を組み、軽装の鎧を着た男性 ユリシア・シュバル は目の前で何度を同じところを歩き回って、時折東へ視線を向けながら忙しなく動くサレリアに注意する。
「っ! だってセリエがっ! ………失礼しました。ですがユリシア騎士長! セリエがあそこに居ると考えると心配でどうにかなりそうなんです。いっそ今から私が変わりに行ければ」
サレリアはユリシアに注意され、今の立場を考えずに感情を剥き出しにした。しかし直ぐに落ち着こうと感情を抑え、自身の騎士口調で父であるユリシアに話し出した。そして今すぐにでも飛び出しそうな雰囲気を出していた。
「サレリア、お前もいずれ人を率いる立場となる者だ。今のお前を見て騎士達はどう思う? これから戦いが始まるというのに上の立場の者がそんな調子でどうする。俺達には俺達の成すべき事がある。それを成し遂げる為には私情を挟んではいけない事があるんだ。そしてそれは前線に立つセリエ達にも言えることだ」
サレリアはユリシアの言葉に歯を食い縛る。言われなくても分かっている。しかしそれでも心配なものは心配だ。だがそう考えて居るのは自分だけではないということもサレリア自身分かっていた。
「中々良いこと言うではないか。しかしユリシア、君もさっきから足を揺すってばかりいるではないか。それでは説得力も落ちているぞ」
その言葉と共に近付いて来たのは、同じく騎士長であるデュロ・ケネデリス 彼は薄ら笑いをしながらそう言った。
「これは……その………っ!というかお前の持ち場は違うだろ!何しに来たんだ?!」
ユリシアは少しだけ顔が赤くなり、最後には声を荒げてデュロに話し出す。それを見てデュロの後ろから苦笑する声がしたと思ったら、そこにはフィルフィス・グラッドの姿も見えていた。
「なに、緊張しているかと思ってな。これから共に戦う友人を慰めに来たのだよ」
デュロは変わらず笑みを浮かべながら、この場に来た理由を伝える。それに対してユリシアは"余計なお世話だ"と言おうしたが、その言葉は出なかった。それは余裕の笑みを浮かべていたデュロの手が震えていたからだ。そしてその後ろのフィルフィスも同様に緊張しているのが手に取るように分かった。
「はぁ……まあ情けないかぎりだ。お前の事を言う程私も余裕はないんだよ。まったく子供達に前線を任せてなんたる様か……だが私達がやるべき事はこの国を守ること、あの子達の帰る場所を守ることだ。必ずやり遂げるぞ」
デュロは呆れたように息を吐き、ユリシアに自分の余裕のなさを見られたことで心中を語る。そして下に向けていた目を前に向け、覚悟を伝える。それを聞いたユリシアとフィルフィスは頷き、3人は拳を合わせる。それ以上の会話は必要ないと感じたのか、デュロとフィルフィスは自身の持ち場に戻っていった。ユリシアも先程よりも力強い瞳となっていた。それを見ていたサレリアは胸に手を当てて、自身のやるべき事を再確認する。そしてまた自身の……多く人々の想いを紡いで戦おうとする彼らの事を思うのだった。
~ライイング平原 ギルド 陣地~
朝日が出ずにまだ薄暗い景色の中で松明や魔法による光で明るさを保っているギルドの陣地は、騎士団側と違ってまだ慌ただしく動きまわっていた。
そんな中で要となる魔装騎士の面々は平原がよく見える場所に集まり、魔族側の状況を見ていた。
「たくっ! 何処を見ても黒くて嫌になるぜ」
そう呟くのは雷皇だった。その場に居る者が絶望するような景色が目の前に広がっているのだ。平原を埋め尽くす程の黒い影、魔族側も松明を使っているのかちらほら火の光が見える。ただそれでも黒が多かった。小柄な魔物から数mはある大きな魔物等の様々な種の魔物が今にも襲いかかろうと牙を剥いていた。だが何か強い力が働いているのか動けずに、その獲物を狩ろうとする眼だけを此方に向けていた。
「魔物はどうにでもなろう。問題は魔族の方なのだが、報告では少なくとも十は越える数がいるはず……しかし何処にも見当たらん……一部を除いてだが」
次に口を開けたのは風鬼。風鬼が言うように数で圧倒する魔物に対して魔装騎士達は驚きはするものの、対処には困っていない様子だ。問題は風鬼が言う一部。報告にあった魔族が見当たらないのも問題ではあるが、魔物達の後方で集まったその一部が放つ威圧感は、魔装騎士ですら見れば汗を噴き出しそうになるほどの圧力があった。
「ですが、我々のやるべき事は何一つ変わりません。魔物に大打撃を負わせ、魔族を叩き、王を倒す。帰るべき場所は彼らが……"王剣"が守りぬくでしょう。例えこの身が明日の日の出を見ることができなくとも、必ず勝利するために」
蒼帝が話を始め、彼らがすべき事を改めて認識させる。勝利の為には自身の犠牲と死、必要であれば受け入れ、世界の為に尽くす。それが魔装騎士として力を与えられたであると、そう自ら言い聞かせるようでもあった。
本来欲しくもなかった力を無理矢理押し付けられ、多くの絶望と挫折を繰り返したであろう彼ら魔装騎士。だが彼らしか魔族に対抗する事は出来ず、それを理解しているからこそこれまで戦ってきたのだ。世界のため?国のため?守りたい、助けたい人のため? 理由はそれぞれだ。ただ誰かの為に戦ってきたのは他でもない自分自身で決めた事なのだから。そう……理由は人それぞれ違うのだから………
「蒼帝、他国からの応援についてはどのようになっているんだ?」
少しの間が空いて、闇牢が話を切り出す。
「……返答が来たのはセルン王国のみですね。仕方がないとは思います。言い方は良くないですがまともな戦力は期待できませんでしたし、自国を危険にしてまで関わりたくないということでしょう」
蒼帝は小さく息を吐き、話を始める。それを聞いたこの場にいる者達は呆れたように息を吐いた。
「ですが、セルン王国から応援を呼べたのは大きいです。戦力的には我々の次に期待の出来る国です。10年前より戦力は落ちたそうですが、あれだけの事を立ち直った国が味方になるのは心強いです」
セルン王国は前王の罪から立ち直り、今では海に面したその立地を生かし他国との貿易を築く程に発展しているのだ。
「此方に応援にくるのはあちらの騎士とその騎士団長だそうです。名前は フェーシャ・サングィーズ 元々カルディーク皇国のギルド所属だっだそうです」
蒼帝は話を続け、最後にセルン王国の騎士団長について話し出す。その名前について殆どの者は知った名前ではなく。普通の反応をするが1人だけ違う反応をしていた。
「その名前に間違いはないんだな?」
闇牢だけは複雑な雰囲気を出し、蒼帝に確認を取る。
「そうですが、闇牢の知り合いですか?」
「いや、直接話したことはない。それに奴が所属していたのは20年前の戦争が終わってから数年経つまで。当時のギルドランクは今で言うA 当時は今のような別名をつける事は殆ど無かったが、奴には異名があった……それは"血刑糸" 実力は本物だった。ギルドから除隊させられるまでな………これ以上は今話すべきではないな」
不意に話を止めようとした闇牢の言葉に気になった蒼帝は問おうとするが、その前に誰かが近付いてくる気配を感じた。
「蒼帝様。マスターより伝達です。他国からの応援が到着したため、一度合流してほしいとのことです」
「………わかりました。では行きましょう。皆さんは後の事をお願いします」
ギルド隊員が近付き、蒼帝に対しての連絡を伝えだした。それを聞いた蒼帝は内容を把握し、他の者達にその場を任せると足早に移動を始めた。
「蒼帝、注意はしておけ」
闇牢は後ろ姿を見せる蒼帝に一言だけそう伝える。蒼帝は振りかえると問いただすことなく頷き、その場を後にする。
刻一刻と迫る時間のなかで最善の方法を取り続ける事こそ、今出来る最大の行動だと誰もが思っているのだ。
~魔族側 ライイング平原~
「リベラリム、何故我が先陣を切ってはならないのだ。我はこの時をずっと待っていたのだぞ。酷いとは思わないのか」
人界側が緊迫する状況の中で、異彩を放つこの場所では何とも不釣り合いな拗ねるような声が漏れていた。
「まったく……何度も説明しましたでしょう。貴方は私達の要、何のために万全の準備をしたとお思いですか……それに加減が出来ないのですから戦況が落ち着くまでは私達にお任せください。どちらにしても人界の最高戦力がギルヴァス様のもとまで来ますから」
リベラリムは何度も見てきているギルヴァスの拗ねる態度を見て、根気強く説得する。ぶつぶつ呟きながら一向に納得しようとしないギルヴァスは、本当に戦う前なのか分からないほど一切の緊張感が無かった。
「絶対我のもとにくるのだな?!」
リベラリムに向けて疑いの目を向けて聞くギルヴァスにリベラリムは頷く。ギルヴァスはそれでも納得仕切れない態度を隠すつもりは無かったが、今までもリベラリムに口で勝てたことがないので、嫌々頷いて引き下がった。
「では私は最期の確認がありますから、ぜっったいに! ここから離れないで下さいね!」
リベラは念を押すとギルヴァスから離れて、指示を出しに場所を移動する。
「ギルヴァス様は大人しくなったのかしらぁ?」
リベラリムが着いた場所では、シャムレシュルム、エテキス、リエンが待機していた。リベラリムを見たシャムレシュルムは意地悪な言い方でそう言い出す。結果は分かりきっているというのに聞いてくる彼女にリベラリムは頭を抱えて溜め息をついた。
「いいですか、私達のすべき事は単純です。可能な限り人界の者達と魔装騎士を殺す事、それだけです」
「ふぅん、ギルヴァス様に取って置かなくてもいいのかしらぁ」
リベラリムの指示にシャムレシュルムは先程ギルヴァスに言って落ち着かせるように吐いた言葉を理解していたので確認をする。
「構いません。どちらにしても私達に殺される程度の者にギルヴァス様の相手は勤まりませんから」
「ナぁナぁ、シャム姉、これがオワったらいい加減ヤらせてくれヨ」
先程まで黙っていたエテキスが荒い息をしながらシャムレシュルムに自分の欲をぶつけた。
「そおねぇ………ならこうしましょ、貴方が私より多く魔装騎士を殺せたならぁ、考えてあげても良いわよぉ」
シャムレシュルムは右手の指で自身の唇をなぞりながらエテキスにそう言った。
「マジか?! いいゼぇ、片っ端かラ殺してやるヨオ!」
エテキスは興奮しだし、雄叫びを上げる。
「良いんですか? そんな約束して」
「良いのよぉ、私が負けるわけないしぃ、それに考えてあげるって言っただけだからぁ」
リベラリムは心配してか、シャムレシュルムに聞く。対してシャムレシュルムは余裕を感じる話し方で答え、小悪魔のような笑みでリベラリムを見ていた。
「そうですか、まあやる気が出るのであれば別に構いませんが……では貴女とエテキスには魔装騎士を任せます。私は先に用事を済ませてから合流するとしましょう。リエン、貴方には前もって伝えたように役目を果たしなさい。場所はあの森が良いですね。貴方の働きで勝利を確実にするんです。頼みましたよ」
リベラリムは淡々と話を続け、最後にリエンへ指示を出し始めた。リエンは何も言わずに頭を下げて消える。
「さあ、人界の終わりを、私達の始まりを始めましょう」
そう言うリベラリムの顔は先程と違い、力と使命に満ちた瞳となり、これから相対する人界の者達へ両手を広げて見詰めていた。
~日の出~
暗かった空模様は次第に明るさを増し、戦場となる場所の全容をあらわにし始めた。多くの人の眼が見詰めるのは平原を埋め尽くす魔物の軍勢。
朝日が眩しく映りだし、全ての戦場を照らし出した時、世界の運命決める戦いが今、幕を開けた。




