新たな始まりへ
ここはカルディーク皇国より数キロ離れた平原地帯、特殊編成部隊と称された彼らとアゼルは訓練為、この場所で現れた魔物の討伐に赴いていた。臨時とはいえ、正式なギルドの隊員として扱われるための試験も兼ねている。
「ッラァァ!」
グローザは自身の身の丈近い鎚を雷で強化し、爪血熊と呼ばれるニメートル程の体格と凶悪な爪を持つ熊の頭部を、上部から振り下ろす。
「……"旋風下"」
グローザの攻撃を何とか受け止めていた爪血熊だが、接触している鎚の反対側をエアルが魔法を放ち押し下げる。振り下ろす力が増したことで、爪血熊は受け止めきれずに頭部を打ち砕かれ絶命した。この魔物はランクDではあるが、単独ではないとはいえ苦もなく倒したこの2人はやはり実力者だろう。現在5人ずつ二組に別れて、お互い少し離れた場所で魔物と戦っているが、この場にはグローザとエアル、そして
「ソロンド、任せる」
「はい!」
靖耶の指示で、ソルが盾を構えながら前に出る。靖耶とソル、そして勇夜の三人が相手をしているのは、鎧鱗猿と呼ばれる同じくランクDのニ匹の魔物だ。二足で立ち刃こぼれした剣や棍棒等の獲物を使い、人と似通った戦いをする。特徴はそれだけでなく体全身を覆う程の鱗が、まるで研いだ鋼のように艶を放っていた。その鱗も見掛けだけでなく硬く、唯一鱗がない喉仏付近と腹部だけが肌を露出していた。ただ、他の魔物と比べても人と対して違わない力と獣のような立体的な戦いが出来ないことから、討伐事態はそこまで難しくないようだ。
鎧鱗猿は、二匹並んで一番前にいるソルに走りだし、各々持っている得物を振り上げ、ソルを攻撃する。それに対してソルは二匹の攻撃を瞬時に見極め、一匹目、二匹目と盾で受け流し防ぐ。対人戦に長けたソロンドの盾が相手を上回っていた。
「はっ!」
防がれた事に激怒した鎧鱗猿は力任せに得物を振り始めるが、ソルは冷静に受け流す、防ぐをこなし、二匹同時に振り下ろされた攻撃を盾の力を使い弾き、後ろに仰け反らせ、直ぐ様後方へ下がる。
「しっ!」
"如月流剣術 抜刀 閃滓逆月 焔"
ソルと入れ替わりに靖耶が抜刀の構えをしながら、前方右側の鎧鱗猿に迫る。 鎧鱗猿は弾かれた右腕と逆の左手で首を守ろうとするが、靖耶の横薙ぎに放たれる技に弾かれる。靖耶の技はこれだけで終わらず、抜き放ち右側に流れた刀を返し、逆手で持ち右足を踏み出して首を断ち切る。首の失くなった鎧鱗猿は力なく前のめりに倒れ絶命した。首を落とすのは簡単ではない筈だが、見れば傷口の鱗は溶けかかっていた。そして靖耶の刀が熱されたかのように温度が上がっていた事からその現象について理解することができた。
対して靖耶とは別の鎧鱗猿に向かった勇夜だが、その鎧鱗猿は仰け反らされたことで危険を察知したのか、仰け反りながらも後ろに飛んでその場から離れようとした。判断は悪くなかっただろう、だが離れることはできても今の体勢を戻すことはできない。そして勇夜もその隙を逃すことはなかった。
勇夜は少しだけ離れた距離を"瞬火"で詰め、鎧鱗猿が地面に足をつけた瞬間に踵へ足払いを見舞う。体のバランスを保てなくなった体は背中から地面に落ちるが、勇夜は地面につく前に強化した足で背中を思い切り蹴り上げ、鎧鱗猿は数メートル程上へ飛ばされる。
"空掌重練煌波"
鎧鱗猿が落下する真下では、勇夜が溜めを作り構えていた。いつも使用する煌波は威力と使い勝手の良い技だが、これは効率等を度外視した威力に特化させた技だ。勇夜は近付く鎧鱗猿との距離を計り、背中に右手に溜めた力を当て炸裂させた。決して小さくない爆発音をたて発動した技は軽くない鎧鱗猿の体を10メートル程の上空へ吹き飛ばした。威力に申し分はないが、それでも鎧鱗猿を倒せてはいない。勇夜は始めからわかっていたように更に"瞬火"で上空に追撃した。
「ふっ!」
"上牙降砕 火墜"
鎧鱗猿の直上に来るように調整し、直ぐ様技に入った勇夜は、前に回転しながら頭部へ技を繰り出した。避ける術のない鎧鱗猿は諸に喰らい、勢いよく地面に叩きつけられ小さなクレーターを作った。
「グッガガァ…」
致命的な一撃かと思われたが、まだ息も意識も断ち切ることはできていなかった。鎧鱗猿に対して打撃は有効ではないのかもしれない。
「っ! 土槍壁!」
地上で見守っていたソルが何かに気づくと、固い地面に盾の下を叩き技を出す。その瞬間鎧鱗猿の倒れる地面から真上に伸びる鋭利な土の壁が生え、背中を突きながら鎧鱗猿を再び上空へ誘った。何故ソルがそのような行動を取ったのかは、その上空にいる勇夜にあった。勇夜は右腕を引き、構えをとっていた。
"槍貫覇擊じゃ倒せないかもしれない。だからもう一つの俺の今出せる最大の力で一撃で決める!"
勇夜は迫る鎧鱗猿を前に右腕、右手に力をイメージし、炎を纏いながら更に力を凝縮させていた。
「でぇぇりぁぁぁぁ!」
"炎吼重覇砕"
極限まで高めた力を鎧鱗猿の顔面目掛けて打ち放つ。落下しながら振り抜いた攻撃は、直下にあった土の壁を砕き、その体は地面に吸い込まれるように打ち付けられ、先程よりも大きいクレーターを作った。その中心にいた鎧鱗猿の顔面は潰され、少しの間痙攣していたがやがて動かなくなり絶命した。勇夜は着地する前に足裏から爆発を起こし着地の衝撃を和らげ、危なげなく着地した。
「はぁはぁ……っ!」
"まだ上手く調整出来てないか、体に負荷が出過ぎてるな"
勇夜は右腕を抑え、呼吸を整えながら今の戦いを振り返っていた。
「へぇ、あいつ中々やるじゃないか」
勇夜を見ていたグローザは、感心するように腕を組みながら口に出す。
「そうね。会長は当然として弟君の動きも流れが良かった。それにソロンド君も流石に盾の扱いが良い、端から見てたからわかるけど弟君の動きを見て技を出した。中々判断力もある」
グローザに続き、隣に居たエアルも冷静に今の勇夜達について語り出す。
「彼らは元々戦闘というものに対してのセンス、そしてそれを御しきる力がありましたから、後はそれをどんな状況でも発揮できる精神と経験があれば、あのくらいは当然でしょう」
そう話すのは不意に2人の横に現れたアゼルであった。2人は気配なく近付いていたアゼルに即座に体を向けて後退るが、アゼルとわかると力を抜いた。
「ふぅ…警戒を怠った訳じゃないのに気付かなかった。やはり貴方の正体が気になる」
「ちっ! どんなに正体だろうと性格悪すぎだろ。この2日間の事もな!」
エアルは落ち着きながらそう話すが、グローザは舌打ちし、昨日の事を思い出して悪態をつく。
「ひどい言われようですが、猶予もあまり無いでしょうし、詰めるべき所は詰めなければいざというときに役に立ちませんから」
アゼルは前にいる勇夜達を見てそう言い、次いでもう一組の方を向いていた。
グローザはアゼルの冷ややかにも見える雰囲気に小さく身震いしていた。グローザがアゼルに対して反抗しないのも、苦手に感じるのも2日前が原因だ。数日前に特殊編成部隊の話がなされてから、アゼルがまず彼らを鍛えるために行ったのは、恐怖心への慣れだった。アゼル対全員で戦闘をするという単純な内容だが、その概要はアゼルが加減せず彼らに殺気を向け、動ける又は戦うことが出来るようにするというものだった。当然初めは誰1人として武器を取ることはおろか、立ち上がる事さえ困難であった。リベラリムと向き合った5人も例外なくアゼルの殺気の中で動くことが出来ずにいた。以前のリベラリムの場合は試すという意味もあったことから本気では無かっただろう……だが次に会うときは同等、もしかしたらこれ以上の状態があるかもしれない。そういった状況があり得る中で慣れというのは命を左右する重要な経験だ。
それを2日間の訓練を続け、初めは靖耶と2学年の2人、そして勇夜とトールが動きを見せ、他の者もそれに続くように徐々に動けるようになっていた。常にどこから攻撃されるかわからないプレッシャーに苦悶の表情は消えなかったが、彼らの成長はアゼルにとっても目を見張るものがあったようだ。
グローザは思い出したくない事を思い出し溜め息をつく。エアルも同じ気持ちだったようだが、今はアゼルの見詰める先、勇夜達と別の組の状況を同じように見守るのだった。
ところ変わって少し離れた場所にいる5人組は六匹の魔物と戦っていた。風切蝙蝠と呼ばれる全長1メートル程で、群れで行動する習性も持っているランクDの魔物だ。元々十匹程居たのだが、今は六匹に減っているため、辺りに四匹の死骸があることから倒したようだ。風切蝙蝠の特徴として、動きとしてはそれほど厄介な動きはしないが、切れ味の鋭い風の魔法を放って来るのである。一撃一撃は致命傷になるような威力ではないが、群れで多くの量を放ち、大量の血を流させてから喰らうという恐ろしい面もある。相当な実力者でなければ必ず多人数で討伐することが推奨されている。
そんな魔物を相手にしている彼らの陣形は、ヴィルを司令塔とし中衛にアリサとリース、前衛にセリエとトールといった形をとっている。
「アリサ! 前方2時と4時の方向から!」
「っ! 守光の盾!」
アリサにヴィルの指示が飛ぶ。アリサは直ぐ様指示の場所に光属性の盾を出し、その盾に何かが直撃する。その方向には二体の風切蝙蝠が居るため、風の魔法が放たれたようだ。
「リース!その二体を!」
「しっ!」
ヴィルは間髪いれずにリースへ指示を出し、リースは魔法を放った二体の風切蝙蝠に自身の武器である短剣 "珀葉"を二本投擲する。短剣は一匹の頭部へ刺さり力なく地面に落下した。
もう一匹も直撃するかと思われたが、数メートル手前で大きく羽ばたき、短剣を避けようとしていた。標的がずれたことで、リースは短剣に伸びる糸を操作しようとするが、その前に風切蝙蝠が不自然に何かに引っ張られ、短剣の進路へ移動していた。その結果リースは操作せずとも同じように頭部へ短剣が刺さり、同じように地面へ落ちていった。
何が起きたのか……リースはそれがわかると頬を膨らまし、フードに隠れた顔が不機嫌そうにヴィルを見ていた。ヴィルはリースの雰囲気を感じ取ったが、それに対して反応せずに次の行動に移る。
"風読 引旋"
ヴィルは前方で近寄っていた三匹の風切蝙蝠に右手を向け、自身の風読の範囲に居ることを確かめて血からを発動させる。対象となった三匹は短く鳴き声を発しながら空中で体が密着し合うようにくっついた。
「セリ!!」
ヴィルはこの現状を作り出した後に、セリエの名前を呼ぶ。セリエはそれを意味することを理解し、剣に勢いのある水を纏わせて風切蝙蝠の元へ飛び上がった。
「せあぁっ!!」
"水輪渦"
セリエは飛び上がったと同時に一回転して勢いをつけ、横に連なった三匹の風切蝙蝠の首を横一閃で切り落とした。セリエは綺麗に着地するとヴィルに笑顔でVサインを見せた。ヴィルは視線だけ一度セリエに向けるが、最後に残った群れのリーダーの行動を探る。
「トール! 前方から中型がくるぞ!」
見ればトールに向けて一回り大きい風切蝙蝠が牙を剥いて迫っていた。そんな状態であってもトールは自然体で構えをとっていた。一つ違うのはトールの右手で持っている刺剣 "黄呀"に濃度の高い雷属性の魔力が纏われていた。
「この程度の相手に本気になるつもりはないが………」
トールはそういいながら、近付く風切蝙蝠にすれ違い様に腹部へ切り傷を与え、それと同時に纏われていた雷も消えていた。傷は浅くはないが、倒せる程の攻撃ではない。風切蝙蝠は再度トールに向けて突撃する。だがトールは既に魔力を帯びていない剣を鞘に納め、右手を向けた。
「加減するつもりもない。弾けろ "雷踊餓蛇"!」
先程付けた切り傷から小さく乾いた音がすると傷口から雷が溢れだし、うねるように体に纏わりつき、風切蝙蝠の外部と内部の両方を痺れ焦がした。少しの間暴れていた風切蝙蝠は、黒い煙を上げながら動かなくなった。
ヴィルは全ての魔物を倒した後に再度周辺の警戒をするが、問題ないことを確認すると4人に声をかける。
「お疲れさん。結構上手くいったんじゃないか?」
「うん! ヴィルの指示があったから連携しやすかったし、このランク相手なら絶対負けないって思うよ」
ヴィルの言葉にわれさきに反応したのはセリエだ。いつも以上に興奮しているようすだった。
「まあこのくらい出来て当然だかな」
トールはそう言うが、少なからずヴィルの指示出しや連携について認めてはいるようだ。素直に認めない事からセリエには睨まれているみたいだ。
「………手を…出さなくても……私が調整…出来てた」
少しの間が空いて、不機嫌な物言いをするリースがヴィルに近付いていた。
「そこは許してくれるといいんだけどな。それにいつでもフォロー出来る状況で最善の動きを出来るようにする練習を俺もしなきゃいけなかったからさ」
「むぅ……」
ヴィルは申し訳なさそうにリースに話しかけるが、その理由を聞いてリースも反論することはしなかったが、少し唸っていた。
「というかいつの間にか向こうも終わってたんだな。こっち見てるし」
ヴィルは改め周りを見渡し、勇夜達の組も戦闘が終わっていることに気づく。ヴィルは向こうに向けて手を上げると、それを見たアゼルが合流するように合図を出していた。
ヴィル達は倒した魔物の処理をとりあえず後回しにし、勇夜達と合流しようと歩き始めるのだった。




