奪う者 失う物 変わるモノ
そこは何もない、静かで大きな空間だった。広間のようにも思える場所に3つの人影が居た。1人は膝をつき、力を失くしたかのように体が前のめりになり、その瞳に光はなく生きているのかさえもわからなかった。そんな1人を見下ろすように残りの2人は目の前に立っていた。
「では始めましょうか」
2人の内の1人の男 リベラリム が右手の指をならす。
「…………えっ? ここはいったい何処なん?」
指をならすと同時に、生気が宿ったように意識を取り戻した少年 ケイメン は驚き、動揺していた。
「初めまして、私はリベラリム。魔族の指揮をとらせてもらっています。まあ本来的であれば、初めましてということもないのですが。貴方という意識が生まれてからは会っていませんが、"作られた時"には会っていましたから」
リベラリムは丁寧な物言いで話し始めるが、その内容には奇妙な点が含まれていた。
「何を……何を言って?! 作られた? 生まれてから? どういうことや!」
ケイメンは動揺しながらも、放たれた言葉に声を荒げながら言葉を返す。ケイメンは信じていた。自分という存在はあるということを、そしてリベラリムの言うような存在ではないことを。だが、ケイメンの心には一つの引っ掛かりがあった。それはトールと出会った時、正確にはデュロに拾われた時より以前の記憶がないのだ。本当の家族のことも、何処で生まれ、何処に住んでいたかも。
「まあ動揺するのも理解できますが、そのままの意味ですよ。貴方はここで作られ、人族に紛れるために人格を刷り込まれた云わば擬似魔族、元々人ではないんですよ、ケイメン・オカダ……いえ、魔形偽人 712」
「嘘だ! 俺はケイメンだ! 人だ! 今だって生きてる本物なんだ!」
ケイメンは自身の正体を信じられずに反論する。ただケイメンは何かおかしいことに気付いた。それは自分がいつも出していた言葉が………
「案外早く効いているようですね。もう少し反応を楽しみたかったのですが……シャムレシュルム、薬は強くしたんですか?」
リベラリムはケイメンを少し残念そうな顔をしながら溜め息をつく。
「ふぁ……そこまで強くはしてないわぁ、でも意識については変えるんじゃなくて、戻す訳だから早いのよぉ」
シャムレシュルムは欠伸をしながらそう答える。そんな中でケイメンは何とも言いがたい恐怖が身を襲っていた。何かが自分の頭を這いずり回っている感覚と自分が自分じゃなくなるような感覚が合わさり、徐々におかしくなっていた。
「ああ……あ"あ"ア"ア"ア"ァ"、う"ぅ…オ"ェェェ」
急に襲う悪寒と突き抜けるような頭痛、視界が歪みケイメンは耐えきれずに嘔吐してしまう。
「おやおや、このままでは使い物にならなくなりそうですね。仕方ありません、私が楽にしてあげましょう」
リベラリム一度小さく笑うと、ケイメンに近付きみぎてを頭に添えた。
「や"め"……てくれ。消さないでくれ」
ケイメンはこれから何をされるのかそれを本能的に察し、ぐしゃぐしゃになった顔で懇願した。
「ああ……哀れな人形…安心しなさい。貴方はただ今の自分を失い変わるだけ……肉体は滅び、生まれ変わったその時、残った意識は必ず貴方の大切な者達と再会するでしょう。望まぬ形だとしても」
リベラリムは哀れむように笑みを浮かべ、かざした右手が黒い光を帯び、ケイメンの頭を掴む。
「あ"あ"ア"ア"ア"ッ、嫌だ嫌だイヤだイヤダイヤダイヤダ!! 忘れたくないワスレタクないワスレタクナイ!ウシナイタクナイ……」
頭が掻き回されるような痛みと共に、ケイメンは自分の記憶がまるで硝子が割れるように次々と砕け、凄まじい勢いで自分の中の物が失っていく感覚に襲われていた。それは自分の考える力を奪い、体の力が抜け、自然と涙が零れていた。
"トール……サマ………リー…ス……………"
「おっと、危うく全て消してしまうところでした。やはり人の記憶、意識というのは脆い物ですね」
リベラリムはケイメンの状態を見て右手を離す。掴む力が無くなったことで、ケイメンの………いや、ケイメンであったモノは、まるで本当の人形のように力なく項垂れ、その瞳に光はなく、ただ一筋の涙が地面に落ちていた。
「ではシャムレシュルム、後は頼みましたよ」
リベラリムは目の前のモノを暫し見詰めていた後に、後ろにいたシャムレシュルムに声を掛ける。
「もういいのかしら? なら連れていくわねぇ。さぁ、私の可愛いお人形さん 、一緒に楽しみましょうねぇ」
シャムレシュルムは、待ってましたと言わんばかりに妖艶に歪んだ笑みを浮かべて、首根っこをつかみ引き摺りながら連れていこうとする。
「それは大事な駒ですから、必ず壊さないようにお願いしますよ」
「はぁい、心配しなくてもそのくらいはわかってるわぁ」
リベラリムは念を押すように話し、シャムレシュルムは手をヒラヒラ振りながらこの場所を離れた。
リベラリムはこの空間で1人になると、床に手をかざして、汚れた箇所を青い炎で消し去った。
「リベラリム様」
リベラリムの目の前に突如黒い靄が現れ、そこから全身を黒い布で覆った者が姿を見せた。
「このタイミングで来たということは、問題なく準備が終わったと言うことでいいですね?リエン」
リベラリムは現れた"リエン"という者に問い掛ける。
「はっ! 指示通り魔界各地に転移門となる陣を形成、そこから人界へ渡るようにし、もう一つの陣も問題なく人界の指定した場所へ転移出来るように致しました」
「そうですか、ご苦労様です。これで概ね準備は出来ましたか……ふむ……"アレ"は問題ありませんか?」
受けた報告を満足そうに聞き、リエンへ話し出す。リベラリムは途中考え込むが、もう一つ頼んでいた報告が無いことから、その話題を切り出した。リエンは一度肩を奮わせ、言いづらそうにしながらも口を開けた。
「申し訳ございません。 未だに制御が出来ておりません。対応にあたった者も死に、私の力であっても完全に制御出来ていない状況です」
「そうですか………さすがに腐っても人族で力があった者ですか……貴方は此方の重要な戦力です。戦争での"大事な役割"もある大事な体……何かあっても困りますからね……ふむ、エテキスでは殺しかねませんし……では私が行きましょう」
リエンは満足いく報告ができず、頭を下げながら報告するが、リベラリムはそれに対して納得し、咎めることはなかった。
「リエン、ご苦労様でした。後の詰めは私が請け負います。貴方は役割の準備をしなさい。当日に失敗しないよう念入りに」
「っ! かしこまりました。感謝致します」
リベラリムの言葉にリエンは冷や汗が流れるが、直ぐ様上がっていた頭を下げ、現れたときと同様に黒い靄を出しその場から消えた。
「ふぅ……まったく、物事を円滑に進めるのは本当に難しいですね。消してしまえば簡単ですが、今回は確実に勝利しなければいけませんし、念入りに準備して悪いことはありません。ギルヴァス様は文句を言うかもしれませんが………先代のような失敗をギルヴァス様に与えてなるものですか……」
リベラリムは大きく息を吐き、これからの事を考えていた。その過程で古い記憶が呼び起こされる。
今より数百年前に歴史上最大の戦争が起き、その戦争で先代の王は死に、初めての敗北を味わった。リベラリムはその生き残りの魔族だった。当時は今のような立ち位置ではない若輩者ではあっても力は有った。主戦場から離れて戦っていたリベラリムは最終局面を見ていた。そして屈辱的な敗北も。
魔族と呼べる者はその殆どが命を落とし、リベラリムを含めても片手で数えるほどだった。だがそれでも魔界が抗い続けたのは、ギルヴァスという唯一の王の血を分けた存在が居たからだ。ギルヴァスはまだ幼く、戦場に出れば瞬く間に消えてしまう程の存在であった。しかし魔界の王たる資格があれば、望まずとも先代…いや、今までの王の力がその身に宿ってしまうのだ。そしてギルヴァスは幼いながらもその資格を認められ、その身に強大な力が宿ってしまった。今までの力が宿る……聞こえは良いが、自身でも制御仕切れない力が突然発現すればどうなるか、それはギルヴァスにも言えることだった。幼いギルヴァスは暴走し、魔界のあらゆる場所を破壊し、自身をも死に追い込むところであった。
その暴走で残りの魔族は死に、とうとうリベラリムとギルヴァスだけになってしまった。塞ぎ混むギルヴァスをリベラリムはまるで自身の子供のように育て、力の制御を試みた。だが世界は上手く物事を運ばせてはくれなかった。その力はギルヴァスを蝕み、意識を乗っ取ろうとしていた。そして力に適応するように、ギルヴァスには"呪い"ような力が生まれてしまった。リベラリムはギルヴァスの戦闘への欲求や意識への介入を防ぐために深い眠りをギルヴァスに与えた。
今のギルヴァスの言動にまだ幼さが残っているのはそういった影響がある。
その後のリベラリムは、いずれ目覚めるギルヴァスの為に魔界を変えることを決意した。戦力の補強と人界の動きを調べる事に重点を起き、行動を始めた。時間は掛かったが、先ずは自身と同じ上位魔族と呼べるような存在を作ることで、軍としての機能を回復させようとした。シャムレシュルムやエテキスはその過程で生まれた。そうして徐々に戦力を上げ、人界への介入を始めた。その目的は勝利というよりは情報を得るためといった方が正解だろう。それでも勝てるのであればそれに越したことはないが、今日まで大規模な戦力で攻めていないのはそういうことだ。
その頃には効率よく魔族、または今回のケイメンのような人形を作る技術も出来始めており、軍の質は数百年前と同じか、それ以上にまで膨れ上がっていた。そんな中でギルヴァスが目覚めた。リベラリムが今回に掛ける思いは人一倍なのだろう。味わった敗北を繰り返さない為にと………
「さて私も行くとしましょうか。後始末を終えれば、ギルヴァス様の望む通りお互いの全てを出しきる殺し合いの準備をしなければいけませんからね」
リベラリムは笑みを浮かべ、その場を後にした。これから起こる戦いは、善も悪もない、どちらが最後まで生き残り勝利するか……どんな結果になったとしても、魔界と人界の戦いはこれが最後になると……互いが決意して戦うのだから




