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誰もが皆同じだから 2

~グラッド家~


この日、敷地内にある訓練の為に作られた場所にヴィルは居た。数日前に勇夜と共に無事退院し、今に至る。ヴィルの手にはグレイブを模した訓練用の物が握られていた。


「ふっ!はっ!ハァ!」

動きを確かめるように何度も振り、鍛練しているようだったが、その表情は優れず、集中出来ていないようにも見えていた。


「随分と風が淀んでいるな」


「っ! 親父……」

部屋の入り口から何時から見ていたのだろうか、腕を組む男性、ヴィルの父親である フィルフィス・グラッド は声を掛け、ヴィルは少し驚きながら、そちらを向いた。


「全くお前はいつになったら、その呼び方をやめるんだ… せめて人前くらいセリエちゃんみたいにお父様かお父さんと…」


「悪い…今そんな気分じゃないんだ。用事がないなら独りにしてくれ」

フィルフィスはヴィルにおどけた態度を取るが、ヴィルは相手にせずにまた再開した。


「……何を迷ってる。いつものお前なら俺の接近くらいわかっただろうに……まあいい、お前が今どんな状況か、俺は別にそれが知りたい訳ではないが、どうなりたいかはわかってるつもりだ。……少し話をしようじゃないか」


「……なんだよ」

フィルフィスの言葉にヴィルは暫し考え、フィルフィスの方を向いた。


「お前は、俺たちが使う"風読(かぜよみ)"についてどの程度理解している?」

フィルフィスは真剣な表情でヴィルに問う。ヴィルはその問いに、今さら何をと思うが答えようとする。


「風読は、グラッドの家系で使う風を使った空間把握の魔法で、敵の数や場所の把握、行動を予測する物だと思ってる」

ヴィルの答えにフィルフィスは一度頷く。


「そうだな…お前の言った通り把握と予測することで優位に立つことはできる…だが、今の答えでは三分の一正解と言っておくか」

フィルフィスの言葉にヴィルは眉を寄せるが、フィルフィスは言葉を続けた。


「風読の本質はそれだけじゃないんだよ。よく考えてみろ、確かに敵の数や位置が分かり、予測が可能なら戦闘において優位になることは間違いない。しかしいくら把握や予測しようと防げない事はあるだろ? それについてはヴィル…お前が一番良く分かるはずだ。お前には風読の才が有るからな」

ヴィルは苦虫を噛んだような表情で腹部を抑える。傷一つないそこに触れて思い出すのは、大事な人を助け傷を負い、涙を流させ無力を感じながら死に目に合ったこと。


「言葉で話すより体感した方が早いだろう。構えて俺に攻撃してこい。それとお前も風読を使っていい。どれだけ精進したかも見てやる」

フィルフィスは無手のまま構えをとる。その目は本気だ。ヴィルは気持ちを落ち着けるために深呼吸し構える。


「ふぅぅ」

ヴィルは集中し、風を展開する。その範囲はフィルフィスを囲う程度に限定している。感じる風が多少ざわつくのは、恐らくフィルフィスも使用しているからだろう。その場から動かぬフィルフィスにヴィルは距離を詰める。


「ハァッ!」

ヴィルは縦に得物を振り下ろす。それに対し、フィルフィスはただ体を少し傾けるだけの最小限の動きで避ける。


「っ!」

フィルフィスも風読を使っているのだ。避けられることは想定していたが、ヴィルは何か違和感を感じているようだった。だがその正体を知るすべもない。ヴィルはフィルフィスの動きを予測し、右から左へ袈裟に斬る。その攻撃にフィルフィスは一歩下がり、上体を横に反らすことで避ける。ヴィルは違和感と戸惑いに苛まれながらも、動きを止める事はなかった。横に薙ぐ、突く、振り下ろす、回転を上げ次々と攻撃をするが、その全てがかすることすら出来なかった。


"んだよこれ! 何で当たらない? 何なんだこの違和感は… 親父が先読みしてるとしてもおかしすぎる。俺は避ける方向も予測して攻撃してるのに避けられてる……何でだ?………いや、避けられてるというより……逸らされてる?"

ヴィルはほんの一瞬だが、動きを止めてしまう。それは隙というには余りにも短いものであったが、フィルフィスは逃さなかった。


「隙を見せるな!」

フィルフィスの表情が険しい物となり、右腕を引き、腹部に強打を見舞おうとする。ヴィルはハッとし、フィルフィスの動きを見て、それを避けようとする。


"よし間に合う。親父の攻撃は大振りだ。正直間に合わないと思ったが、これならなんとか"

この攻防の中で反応できたのはヴィルの反射神経と冷静さが抜き出ていることが大きいだろう。フィルフィスの攻撃とそれに対しての反応、紙一重ではあるが、ヴィルは避けられる………筈だった。




「がっ!はっ!!」

ヴィルの腹部にフィルフィスの拳が突き刺さっていた。避けられるという安心感と避けてからの反撃、その事を考えたことで防御を疎かにした為に、諸に受けてしまった。ヴィルの体から空気が吐き出され、悶絶するような痛みに得物を落とし、両膝をついて腹部を抑える。


「まあこんなものか…… 今の段階での読み、予測、それによる反応と反射、まだお前に風読を教えてから一年…よくここまで使いこなし、そして己を鍛えたものだ」

結果から見ればフィルフィスの圧勝であったが、その口から出るのは称賛と労い、そして優しい笑みであった。


「な………で?」

ヴィルは上手く呼吸が出来ない中、言葉を発する。


「焦るな、ゆっくりと呼吸をしろ。痛むだろうが、早く回復する筈だ」

ヴィルは多少無理矢理だが、深呼吸を繰り返し、徐々に体がリラックスするのを感じ、何度か繰り返す。体に力が入ってきたため、ゆっくりと立ち上がる。


「大丈夫そうだな。なら答え合わせだ。まずお前が感じたことを答えてみろ」

フィルフィスは、ヴィルが立ち上がり、呼吸が整ったのを見計らって話し掛ける。


「そうだな…気になったのは二つある。一つ目は親父の避け方だ。予測してるだろうが、それでも余裕がありすぎる。先読みされてるような感覚だった。ただ、違和感があった。何故かはまだ判らないけど、俺の攻撃が逸らされてるような感じがあったんだ」


「流石だな……出来るだけ効果は薄くしたつもりなんだがな。ヴィル、お前が感じた違和感はお前が言った通り、攻撃を逸らす物、名を 風読 "旋逸(せんいつ)" 簡単に言えば、自分側と相手側に風を作り、その流れで逸らせる。云わば風の壁だな」

フィルフィスは深く頷き、感心しながら言葉を続けた。ヴィルはそれを聞いてイメージしてみるが、上手くイメージ出来ていないようだ。


「詳しくはこの後伝える。さて、もう一つはなんだ?」


「ああ… これは最後の親父が攻撃した時に、ギリギリ避けられる所が避けられなかった。これは親父が直前にずらしたとも思ったけど、そうじゃなくて俺自身がずれた? というか引っ張られたんだ」

ヴィルの言葉に、フィルフィスは頬を掻く。その表情はやり過ぎたとでもいうような雰囲気があった。


「まああれはな……悪かったな、少しむきになってしまった。戦闘中の隙は、命取りだから、つい力が入ってしまった」

フィルフィスは謝罪すると理由を話し出す。その言葉も事実のようだが、まだ他にも理由が感じられるような雰囲気があったが、それをフィルフィスが口にすることはなかった。


「でだ。引っ張られるというのは間違いじゃない。これは 風読 "引旋(いんせん)"先程の旋逸と違い、逸らすのではなく、自分に引き寄せる物だ。原理は一緒だがそれぞれ調整が必要になる。そしてそれらは己の風読が使える範囲によるんだ。これがお前が感じた違和感の正体で、これから教える力だ」

フィルフィスは一度咳払いすると、もう一つの力の説明を始める。


「旋逸と引旋か… これがもしできるようになるなら、戦闘でかなり優位になるな」

ヴィルはこの話から導き出されることを考え、嬉しそうにしていた。恐らく自分が強くなれる事への期待があるからだろう。しかしフィルフィスの表情は優れなかった。


「……確かにな。この二つを極めることができたなら、余程の強敵でない限り、お前は負けることはまずないだろう………… だがこの技は一筋縄ではない。戦闘において最も厄介なのは、敵の力は同じではないことだ。この技を成立されるにはそれぞれの攻撃や動き、それらを全て予測し、その上で調整しなければいけないことだ。当然少しでも間違えれば、自身を救う技が自身に牙を剥く……」

フィルフィスは一呼吸置き、シャツのボタンを外し始める。ヴィルにはその意図が分からなかったが、それは直ぐに理解できた。外れたボタンの先に見える程よい筋肉質の上半身………そして………複数の傷跡だった。


切り傷や引っ掛かれたような跡、なにより目を引いたのは右脇と左肩に目を覆いたくなるような何かに抉られたような傷があったのだ


「この力を習得するのに半年……更に実戦で使い物になるまで一年以上も費やした……恐らくお前ならおれよりも早く使えるようになるだろう…………… 本来この力はお前に教えるつもりはなかった。いや……仮に教えていたとしてもそれはゆっくりと時間を掛けて危険のないようにするつもりだった…… だが運命はそれを許さなかった。お前に教えなければいけなくなってしまった……ヴィル…お前が望むなら戦わなくていい…………違うか、俺がそれを望んでいるんだ。俺はただ、お前がセリエちゃんと幸せになってくれれば……辛いことは他に任せていいんだと、戦うことはしないと望んでくれれば俺はっ…!」

フィルフィスの言葉はヴィルに伝わっていた。気持ちを理解してしまった。親として当然の事だと思う。きっと望めばフィルフィスは何に変えてもそれを為そうとするだろう。だからこそ、ヴィルの答えは決まっていた。


"っ! そんな目をするようになったんだな……元々意思の強い立派な子だった。成長したんだな……いや、俺自身が目を背けていただけなのかもしれない。なら俺はその意思に答えなくてはいけないな。お前を誇りに思うよ……ヴィル"

ヴィルの目を見て、フィルフィスは自分に向けられた意思を感じ取った。フィルフィスはそれを受け止めなくてはいけないと、心の中で思っていた。それが如何なる結果をもたらそうとも……


「これから俺が教えられることは全て叩き込んでやる。習得まで最短で行くぞ! そこからは実戦だ。経験に勝る向上はない。覚悟しておけよ」


「ああ、わかってる!」

フィルフィスは真剣な表情で話し、最後に口角を上げて笑う。それに対しヴィルも力強く答え、こちらも歯を出して笑っていた。

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