誰もが皆同じだから
~カルディーク皇国~
現在は先の事件から1週間程経っていた。あの日から天気が崩れやすく。ここ二日間は雨が降り続いていた。カルディーク皇国は未だに事態の終息が出来ず、対応に追われていた。そしてこの日、国を上げて犠牲になった国民の葬儀が執り行われた。この一週間で行方不明になった、あの場にいて消えてしまった等、その証言を様々な所から情報を得て、亡くなったとする者を確定した。今日この日まで広場が封鎖されていたが国中に葬儀を執り行うと伝え、多くの民が花を持ち参加をしていた。その中には亡くなった遺族の姿も多く居たが、やはり全ての遺族は参加することはなかった。あの日から認められずに今日という日にも何処かに居るんだろう…今も迎えを待っているだろうと歩き回り、探し、聞き、それでも見つからなかった。簡単な事ではない。皆同じだから、誰もかれも納得することは出来ないのだから…
~シュバル家~
セリエは1人、花を手向け自宅へと戻っていた。自室に入り、浮かない表情のまま窓の外を見る。雨は相変わらず降り続いている。そんな雨の中で1人の人物が雨に打たれながら立っているのを見つけた。セリエはそれを見て、部屋を飛び出し自宅の庭へ向かっていった。
セリエは庭に出るための扉を開き、家の中から外にいる人に声を上げた。
「姉様!」
「……セリエ」
雨に打たれながら剣を振っていたのはサレリアだった。彼女はセリエの声にゆっくりと振り向き、名を呼ぶ。雨に濡れ、前髪に隠れたその顔に、いつもの強い力は無かった。
「姉様、体壊しちゃうよ。それに今日は騎士団に行かなくて良いの? 父様達は行ったみたいだけど…」
「私は良いんだ。葬儀には行ってきたけど、騎士団には少しの間行かなくて良いの」
セリエの言葉に、その場でサレリアは答える。その言葉にセリエは疑問に思い、更に言葉を続けた。
「どうして?」
「……今の私に騎士団に居る資格はないの。あの現場に居て結局誰も助けられなかった…何も出来なかった。私が弱いせいで蒼帝様が来るまで無力だった…だから私から騎士団に言ったの、整理させてほしいって」
サレリアはそう言うとまた鞘に入ったままの剣を振り始めた。
「……私だって…」
セリエは小さな声で呟くと暫し下を向く。その後何かを決めたように、引き締まった表情をしながら顔を上げ、右手に自身の剣である"水茅"を白い鞘に入ったまま喚び出す。
「ふぅ」
セリエは一呼吸すると、驚くべき行動をとった。それはサレリアに向かって走り出し、間合いに入るとセリエは右から横薙ぎに剣を振る。サレリアは驚く表情をしながらもその攻撃を自身の剣で防ぎ、鞘同士がぶつかる鈍い音が響いた。
「セリエ…何のつもり?」
サレリアは普段セリエに向ける優しい顔をせず、真剣な顔でその真意を問う。
「姉様、私と戦って」
セリエは数歩下がるとサレリアの目を見て答える。
「……何故?」
セリエの真剣な瞳を見て、無意味な事ではないと感じていたサレリアだが、あえてその意味を聞いた。
「私が今、そうしたいから…そうしなきゃいけないと思ったから」
「そう…」
サレリアは小さく応えると、セリエに向けて鞘に入ったままの剣先を向ける。理由として納得出来るような内容ではないが、セリエの性格から恐らくこの状態を無しにすることは出来ないだろう。そう考えたサレリアはセリエと向き合う。
「貴女がそれを望むなら、手加減はしないわよ」
「わかってる、手加減したら怒るからね!」
セリエとサレリアは互いに中段の構えをとる。降り続ける雨に服が張り付いているが、2人共気にならないようだ。視線を合わせ、どちらもどう動くかを読み合っていたが、先に動いたのはセリエであった。
「せあ!」
水飛沫を上げながら、セリエは両手を使って剣を左右に振る。サレリアはそれを苦もなく片手に持った剣で捌き、セリエの動きを観察していた。セリエは雨という悪条件の中でも身軽に動き、上下左右、止まらない剣戟を繰り返した。基本に忠実なセリエの剣術はどんな条件下であっても、ブレたり歪むことはなく、水飛沫を舞わせながら振るう剣は美しくあった。
"やっぱり全部防がれるよね、でも姉様はどんな相手でも始めは防ぎなから相手を見る所がある。私が姉様に何か出来るとしたら今この時だけ、だからこのまま"流連"に持っていければ…"
流連というのはシュバルの家で使われる剣術の完成形とも呼ばれているもので、数通り在るなかで、剣術の型を幾つも途切れずに組合せ流れのように勢いを増し、最後に最も強力な型に持っていく剣術である。セリエの使える型はそう多くはなく、流連となるものは一つだけだ。だが、セリエはそれを試そうとしていた。気取られないように視線はサレリアを向き、一歩踏み出し構えをとった。
"流連 "滝ノ型" 一しっ!"
セリエは型の始めである剣術を振ろうとするが、その前にサレリアの目が冷たいものとなっており、目があったその瞬間、セリエの視界の右から凄まじい速度で剣が振られた。
「あぐっ!」
ギリギリの所で防ぐが、セリエは勢いを殺せず飛ばされ、背中から地面に落ちる水飛沫を上げた。
「もういいでしょ…貴女の剣は私に届かない…今の貴女じゃ私に勝てないよ…セリエ」
サレリアはセリエに、降参させようとあえて威圧し、それに合わせて言葉を放った。
「っ!……まだ……まだぁ!」
セリエは立ち上がり、剣を振る。しかしサレリアはそれを避け、背中に一撃を与える。セリエは前のめりに地面に落ち、四つん這いの状態になった。
「はっ…はっ」
早い呼吸を繰り返し、セリエは歯を食い縛っていた。そんなセリエをサレリアはその場に立ちながら見ていた。その胸中はズキッと痛みこれ以上はやめてほしいと思っていた。だが顔には出さず、その表情は無感情に見せていた。
「っ!」
セリエはその状態から地面に剣を這わせながら振り、大量の水がサレリアに向かって飛んだ。サレリアはセリエがとった行動に驚いていた。少なくとも自分が知っているセリエはどんな時も真っ直ぐで、それは剣術にも純粋に振るう姿勢として出ていた。そんなセリエがどんな理由であれ、視界を防ぎに来たのだ。驚くのも当然だろう。しかしサレリアは場数を踏んでいるだけあって、直ぐに冷静になり視界に迫る水飛沫を剣圧で弾く。
「ハアァァッ!」
サレリアの視界が開けると横に剣を構えるセリエが迫っていた。
"流連 滝ノ型 一雫"
セリエは右から左へ横薙ぎに剣を振る。サレリアは反射的に剣を盾に防ぐ。
"二水"
左へ振った剣を返し、左下から右上へそのまま右へ回り、左上から右下へ振り下ろす。
"っ!これは流連?"
サレリアは、セリエの放つ剣術を防ぎながら目を見開く。
"三雨"
右下に振り下ろした剣の剣先を前に向け、三度突く。それもサレリアは防いでいた。
「っ!」
"四清川"
セリエは、防がれながらも流れを作り、次いで右から左へ、左から右へ剣を振り抜き、右に振った剣を頭の後ろに周しながら勢いをつけて、左上から右へ、そのまま体を右に回転させながら更に勢いをつけて左から剣を振る。
端から見れば、抜け目のない攻撃のように見えていたがサレリアはその攻撃に対して、心の中で考えていた。
"一つ一つの型は完璧ね。こんなに成長してたなんて思わなかった……けど流連となれば別。まだ型の間に粗がある。それじゃあ相手を倒せないし、反撃もされる。本来の流連は最初から最後まで、流れる水のようでなければならない。どんな小さな物であっても、障害が出来れば機能しない。要はまだまだってことだよ…セリエ"
サレリアは次の型に入る前にセリエに攻撃しようと試みる。セリエも薄々感じていたようだが、それでも五つ目の型に入ろうとしていた。
"五滝激"
最後の型は、四清川の四回目の斬撃から勢いを維持し、少し飛び上がり回転し、更に捻りを加えて上から下へ振り下ろす型だ。しかし飛び上がる際にセリエはバランスを崩してしまい、自らサレリアの剣に当たりにいった形になってしまう。
"やられる!"
セリエは満足に態勢を整えられずに、来るべき衝撃に目をギュッと瞑った。
だが、セリエを襲ったのは剣の当たる衝撃ではなく、柔らかい物であった。セリエはその感触にゆっくりと目を開けた。
「姉様…」
セリエは顔を上に向け、雨に濡れこちらを見るサレリアと目があった。今セリエの頭はサレリアの胸に埋まっている格好となっている。サレリアは何かを言おうと口を開けるが、言葉が発される事はなく口が閉じてしまった。
セリエはサレリアの感情を感じ、サレリアから離れる。
「やっぱり姉様は強いな! 私はやっぱり、まだまだだよ」
セリエは俯いていた顔を上げ、笑みを浮かべながら明るく声を上げる。サレリアはそんなセリエを見詰めていたが、セリエの話に答えることはしなかった。
「私は結局あの日から変わってない……怖くて動けなくて、自分じゃ出来ないから相手を頼って…… 今回もそうだった。友達がもしかしたらあの場にいるかもしれない…助けなきゃって思っても、姉様に頼って私は何もしなかった…出来なかった…」
セリエの表情は次第に曇り、悲しげな表情になっていった。
「それは違うよセリエ、それは当たり前の事…力がない者が誰かを頼ることは当然で、それはあの時の私もそうだった…セリエに落ち度はない…あの時私にもっと力があればきっと…」
サレリアはセリエの言葉を否定し、当たり前の事だと言った。その後に続くのは後悔の言葉…だが、それを言い切ることはできなかった。
「違う!! 違うよ姉様…私が…私が本当に言いたかったのは! 言いたいのは……」
セリエはサレリアの後悔の言葉を止め、今度は勢いの籠った言葉を発した。
「皆…皆同じなんだよ…姉様だけじゃない、皆が助けたくて…でも力が無くて…後悔して…誰かを頼るしかなくて…それでも!」
セリエは俯きながら濡れた声で精一杯言葉を出し、顔を上げたその瞳には涙が溜まっていた。
「セリエっ!」
サレリアはセリエの言葉を塞ぐように抱き締めた。また悲しい顔をさせてしまったという気持ちと、これ以上その言葉を続けてほしくなかったから、サレリアはセリエの言いたいことが分かってしまったようで、恐らくそれは自分自身で答えなければいけないことだと気づいたからのようだ。
そんなサレリアの行動に、雨に濡れる冷たいものとは別に、とても温かく優しいものに触れているような気がしていた。
「お姉ちゃん…私…強くなれるかなぁ…」
セリエは震える声でサレリアに話し掛ける。安心したのか、いつの日か呼ばなくなった"お姉ちゃん"という言葉をサレリアに発した。胸に埋めるセリエにはサレリアの顔は見えていないが、サレリアは優しい顔をしていた。
「大丈夫…なれるよセリエなら…だから一緒に強くなろ」
サレリアはギュッと抱き締めるとセリエも同じように腰に手を回し、抱き付いていた。
「くしゅっ」
セリエは安堵したからか可愛らしい小さなくしゃみをした。
「ふふっ いつまでもここに居たら本当に風邪引いちゃうわね。せっかくだから久しぶりにお姉ちゃんとお風呂入ろっか」
「……うん…」
サレリアは微笑みながらセリエに提案すると、セリエは弱々しくも肯定した。その返答を聞いた瞬間にサレリアの口はニヤリと笑い、目が光ったように錯覚する。
「よぉし! じゃあセリエの体に傷がついてないか隅々まで見ないとねぇ、えへへっ たぁっぷりと成長を確かめないと!」
サレリアはセリエの手を引き、ルンルン気分で歩き出した。
「えっ? ちょっ、お姉ちゃん!」
「ふんふふ~ん」
私そんなの聞いてない、というような顔をセリエはするが、サレリアは聞く耳もたず、自分だけとても気分が良さそうだ。セリエは段々冷静になり、恥ずかしさ等の感情から顔が赤くなり、頬を膨らます。
「むぅぅ…もぉ! 姉様ぁ!」
「あはははは」
雨に濡れながらも映るその風景は、紛れもなく仲の良い姉妹の姿であった。
余談だが、その後サレリアは大分調子に乗ってしまったようで、次の日までセリエは一切口を聞かなくなったという。サレリアが今度新しいぬいぐるみを作ってくれるという約束で、仲直りをしたようなのだが、その話はいずれ…




